目次
 起床十二時。屠蘇・雑煮。母上・道子同道出かける。中野実出征留守宅へ「新婚二人三脚」の脚本料を届けに行く。それから雑司ヶ谷墓地に参り、三時に東宝グリルへ行く。一座の新年祝賀会である。座員一同揃ひ、君ヶ代を歌ふ。天皇陛下万才を三唱して、座へ出る。補助椅子も売り切れたさうで、去年より一層いゝ入りらしい。今年第一回の芝居が始まる。「松の一番」が、まづ受けた。二が「新婚二人三脚」これはひどい本故、めちゃくちゃをやって、わけもなく笑って貰ふより手はないと思ひ、例の半白痴的ハリキリボーイでやる。それがワッと来るので、杉寛の腰かけてる上へ、飛びついてみたりして、ます/\笑はせる。次が「遠山の金さん」、かなり安心してゐたのだが、思ったほどには受けない、僕が又悪く芝居にしすぎて、こはし損った感じもある。四が「ロッパフォリース」後半がいけなかった、特別出演のあきれたぼういずが、まあ/\受けてゐるが、タップの稲葉や歌の豊島珠江は一つも手がとれない。僕の「豪快ぶし」がクサリで、歌ふ気がしない。「フォリース」の作・編曲の鈴木静一もしきりにクサってゐる、井田一郎の指揮がクサリの大きな原因だ。帰宅してウイスキー少々のむ。


 十二時に座に着く。補助も出切りの超満員である。「新婚二人三脚」は、馬鹿なことをすればする程受けるので、舞台で「そんなに可笑しいかな」と役者同志が話すほどだ。「遠山の金さん」セリフが、まだ入ってゐないのでヘドモドする、現代物なら何とかヨタでつなげるが、七五調めいては、さう/\ヨタも吹けない。「ロッパフォリース」何うもいけない。夕食は楽屋でふた葉の親子丼をかき込む。夜の部補助ビッシリ、「新婚」大受け、芝居最中、ズボンがスル/\と落ちたのには驚いた、馬鹿な話。「ロッパフォリース」の歌が気に入らず、ハネてから鈴木静一速製ママのをけい古する。十二時近く帰宅。楽屋へ、藤山一郎・マルセル・ルキエン等来訪。
 脚本では全く分らないものだとつく/″\思ふ、陣屋八太郎作の「遠山の金さん」がいけなくて、「新婚二人三脚」がいゝとは誰も思はなかったらう。


 十二時開演、びっしり超満員。井田一郎の指揮は、一々キッカケを外すのでクサリ、終って演出者と井田を呼んで充分叱る。「ロッパフォリース」は、あきれたぼういずの楽屋入りがおくれ、そこを抜いたので、着換へが間に合はぬやら、いろ/\ゴタついてしまひ、稽古のし直しだと怒る。昼が五時前にとれた。スコットのビフシチュウとライスカレー。吉岡社長ごきげんで、いろ/\話などして行った。夜も、むろん唸る満員。「新婚」のよく笑ふこと全く呆れるべし。又々音楽トチる、井田ではダメだ。「フォリース」では、昨夜けい古した「ハリキリ」を歌ひ、「豪快」を引込める。川口松太郎来り例の調子で「あきれたぼういず以外はつまらんねえ」と言って皆をクサらせる。ハネ十時二十分。


 座へ十二時に入る。既に超満員だ、今日から順序を入れかへて、二に「遠山の金さん」をやる、この方が目先が変るので笑ひも多い。幕だまりがうるさく、怒る。「新婚」他愛なく笑ふ。音楽のキッカケの悪いのでクサリ、照明もまだ暗いので明るくし、客席も、少し明るくしようと思ふ。昼が終ったのが四時五十分、部屋でスコットのポタアジュとオムレツ、マカロニ。夜の部、大満員。又、「遠山」の幕溜りうるさく叱る。大道具が八人も休んでゐるさうで、道具に暇どって困る。「ロッパフォリース」トン/\と運ぶやうになり、「ハリキリ歌」あまり受けもしないが、まあいゝとしよう。ハネ十時十分。ルパンへ、凱旋の岩井達夫を連れて行き、乾杯。


 十二時座へ入る、超満員、社長より「遠山は面白くないから、二の替りを出して狂言を替へては」と言って来たが、さうもなるまいから、大詰だけ面白く直させようと思ふ。又、あきれたぼういずの坊屋三郎トチリ、心がけがよくないな。昼終ると、支那グリル一番から五目めしと焼売とって食べる。楽屋の食事は全くはかない。夜の部、超満員、よく笑ふ、客は元日あたりより質がよくなってゐるやうだ。「遠山」も「新婚」も、すっかりハコに入りまとまって来た。「フォリース」音楽がはづまないのでワーッと盛り上らない。ハネ十時十分、十一時帰宅、食事。


 出がけに下二番町へ年始に寄る。昼の部、先づ超満員である。「遠山」何うも気のりがしない、新人の脚本は、手を入れてからでなくてはと思ふ。「新婚」此んなことでいゝのかと思ふが、よく笑ってゐる。伊藤松雄来訪、東京発声の重宗所長が僕に挨拶したのに、こっちが挨拶しなかったと怒ってゐる由、覚えがないが、そんなことを言ふ奴とはつきあひたくないと言ってやる。藤山一郎とホテ・グリへ行き、オニグラ、カネロニー、ゲームパイ、コーヒー。夜の部、補助も出切ってゐる。「遠山」夜はまあ/\キッパリやれた。「新婚」松の内済んで、此の位受けるか何うか心配である。「フォリース」の「ハリキリ歌」は、手をとるとこ迄は行かないがまあいゝとしよう。ハネ十時八分。PCLの植村泰二氏、藤山一郎とロンシャンでウイをのみ、一時前帰宅。


 十二時に座へ入る。補助殆んど出切ってゐる。声が大分いけない、歌になると苦しい。「新婚」のアチャラカ振りは益々甚しい、袖で見てた、生駒のとこの山原老人が「笑の王国うちでも近頃此んなのはござんせん」と言った。昼の終り、日東紅茶のサンドイッチとって食べる。夜も大満員、「新婚」こゝ迄ふざけて、役者が遊んでゐれば、これも一つの魅力かと思ふ。評論家の怒る程、客の喜ぶといふ光景。ハネが十時十分、神戸のマルセル・ルキエン迎へに来り、渋谷のシュヴァリエ邸へ、フランス料理、うまい羊肉、赤白のワインにシャムパン、夜あけ迄のむ。


 朝十時半起きで座へ出る、宿酔気味。気分悪く、芝居に身がちっとも入らない。「フォリース」豊島珠江がトチリ、歌を久米夏子が代った、久米中々行ける。橘から菓子一折届く。スコットのポタアジュとハムエグスのみ。全線座の樋口大祐より、西洋菓子が届いた。夜の部、大満員びっしりである。憂悶が去らず、芝居してゝ、とけ込めなくて困る。「新婚」でアチャラカをやり、お互に吹きっこでもしてゐるのが一ばんか。ハネ十時。あきれたぼういずを誘って銀座ルパン、牛込の鷹の羽へのし、飲む。飲む程に憂悶す。
 正月興行は、街頭切符売りの書き入れだ、二円席が五円六円で売れてゐるさうだ。プレミアムも此うなると一寸愉快である。


「都」に青々園の劇評が出た、「緑波は心配だ」といふ標題だ。此んな擽りばかりやってゐては、「心配だ」といふ好意のある見方である。金さんが羽織を早く脱いだ方がいゝとの評も当ってゐる、改めよう。川口松太郎から手紙、今朝の青々園の劇評に全く同感だ、もっといゝ脚本をやれと書いてある。五時半開演の今日から一回、「金さん」では一景で、羽織をぬいだ。お白州の場は、菊田が書き直し十四日あたりからそれをやることゝなる。ハネ十時。今朝へ、文芸部六人連れて行き牛肉を食ふ、ひどく寒い。


 南品川の海徳寺へ、芳村伊四郎の告別式へ行く。文芸部太田恒次郎の父である。ひどく寒い日、濠も池も氷一面。一時に帝劇のアトラクション「ミュジクパレード」を見に行く。練習充分で感心した。スターのゐないよさがあった。編曲指揮の服部良一に会ってホテルでコーヒーのみ、二時半文ビルへ、本年度から始めたダメ出し会、出席随意としたら十何人か集った。それから三信ビル地下の理髪へ寄り、座へ出る。ガールスの一人で故郷へ帰ってゐた雲井つばさ死去の報あり。大満員。憂悶のため舞台が不安でしょうがない。セリフなどどまついたりする。「遠山」どうも。「新婚」インテリ客となり笑ひ少くなった。ダッシー八田氏、横尾泥海男来訪。まっすぐ帰宅。
 ダンスチームのハリキリ娘光芙美子ダンス中ハリキリすぎてボックスへ落ちる。而も怪我なし。こんなこともあり。


 一睡もしなかった、家庭事変。五時半楽屋入りする。此ういふ時は一層シャンとしよう、と化粧前で思ふ。入りは二階が空いてゐるやうに見えたが、補助は沢山出てゐる。「遠山」いつもよりぐっとくだけようとした。「新婚」相変ずの馬劇をやる。「フォリース」のハリキリボーイ歌は漸く手が来るやうになった。ハネ十時五分前。福田宗吉と中山良男来り、ルパンへ行き、福田をコンダクターとして入れる話、向ふも希望し、ボックスと役者と近づけたよき仕事したいと話す。十二時すぎルパン出て帰る、ヘト/\だ。


 十二時すぎ迄、二日分ねた。日東コーナーハウスで四時、大辻司郎と会ふ、大辻はアメリカの世界博覧会へ行くので、帰朝六月、うちでそのレポレヴィウをやりたいといふ。そいつはよからう、どん/″\材料を送るやうに言っとく。名物食堂へ寄りデンツーでポタージュとえびのニューバーグを食ひ、五時座へ出る。今日も補助出切りの盛況だが、客が落ちてる――質が――気がしてしょうがない。昨夕刊に村松梢風の劇評「ロッパ喰はれる」が出たが、これも面白い意見だった。ハネは十時一寸前。築地のきん楽へ、ビクター岡の招待、川口松太郎と三益同席が既につまらんところへ新橋芸妓の不礼さに呆れ、腹立つ。帰宅二時すぎ。
 恐れ多くも「ロッパの大久保彦左衛門」は、天覧の栄を得たとのこと。


 一時迄ぐっすりねた。文ビルで「遠山」の白州場の改訂版を、けい古する。菊田が書き直し、すっかり変ったものになった、これから覚えるのは大変だが、面白くなればいゝ。サトウ・山野と大辻のしるこやへ寄って、ぜんざいと雑煮を食ひ、フロリダキチンで豚を食って座へ出る。常に憂欝が晴れない、むしゃくしゃして来る。「新婚二人三脚」の最中、張物の裏で小道具がベチャクチャ喋ってゐるので、引込んで叱る。「フォリース」では、マイクロフォンが故障で声が通らなくなっちまふし、何かといけない。樋口が「あきれたぼういず」を二十五日から日劇のアトラクションに掛持ちさせていゝかと言ふ。これは断はる。ハネ十時前。吉本の林弘高の招待で、築地の蜂龍へ行く。相変ず新橋芸妓の感じ悪し。


「遠山」を覚えようと思ってゐたが、心境更に落ち着かず、一時に出て浅草へ行く。笑の王国へ寄り、ヴァラエティー見物。高屋朗の歌ひっぷりにはつく/″\呆れる。丸の内へ出て名物食堂のハゲ天で天ぷらを食ひ、座へ出る。入りは、補助の出切る満員で、有楽座のレコードを破りつゝあり。今日より「遠山」のお白州改訂の方をやる、はぢめのうち台本を置いといてやれたからよかったが、後半それもならず絶句すること屡々、でも菊田は曲者だ、やっぱり受ける。ハネたのは十時一寸すぎ。ルパンへ寄り、生駒・只野などに会ふ。あまり飲まず。
 大阪の寺本来り、目下梅田映画劇場で「ロッパの大久保彦左衛門」上映中、「ロイドのエヂプト博士」と組んだ番組もいゝが、大変な評判で、大した入り、北野のエノケンが喰はれてくさってるとのことだ、あんな映画が当るのかいなーと不可思議である。


 昨夜はあまり飲まなかったのに、調子をやった、夜中に蒲団はいで風邪ひいたか、「遠山」の第一声で、こいつあいかんと思った。昼は満員、補助出切り。昼終り、支那グリル一番のごもくめしと、焼売。徳山※(「王+二点しんにょうの連」、第3水準1-88-24)、遊びに来る。有楽座今月の入りは正に新記録らしく、企画の成功を思はざるを得ない。夜の部、むろん大満員。ます/\声苦しい。お白州受けてはゐる。ハネ十時五分。菊田が、「松の一番」がエロすぎると警視庁が言ってると言ふので、帰宅後エロ部分をカットする、時節柄もっと注意すべきだったと反省する。


 十二時に座へ入る、昼の部意外や空席あり。これはやぶ入りなるもの近年全然意味ないのと、宣伝がきかず、マチネーのあることが分ってないのとによる。「遠山」の暗転で、暗くなり切らないうちに体をくづすのでガールスを怒る。声、昨日よりいゝが、まだいけない。昼終ると、スコットのポタアジュとトースト、ハムエグス。小笠原明峰来訪。夜の部は完全大満員、「松の一番」は、夜からカットした分をやる。客席を見るに何うも客がいさゝか落ちてゐる。質が。ハネ十時一寸前。ルパンへ行き、浅く飲む。


 四時迄家にゐた。いろ/\で、ちっとも本も読まず、映画見物もしてゐない、もっと精神的方面の栄養をとらなくてはと思ふ。東宝ビルへ、那波氏に呼ばれたのであきれたぼういず掛持の件だらうと思ったら果してさうだった。此う攻められては仕方ない、OKする。名物食堂へ寄り、天ぷら少々食って座へ出る。補助出切り、びっしり入ってゐる。「遠山」今日あたりになると狂言に対する批判がはっきり出て来て、やりにくいことしきりである。「フォリース」の歌も、受けるといふ自信なしにヘラ/\笑ひ乍ら出るのは、いとも辛い。ハネは十時。まっすぐ帰宅、岩波の「役者論語」といふ書を読み大いに得るところあり。


 雪が降ってゐる。十一時半に出かけて、帝劇へ行く。「台風」“Hurricane”といふジョン・フォードのスペクタクル物、呼びものゝ嵐の場面は、中々面白かったが、結局ミニュチュアの巧用だ。雪の銀座を女房と歩き東劇、「修善寺物語」なので一幕見へ入る、左団次の永遠の大根ぶり、歌舞伎の魅力の薄らぎ方。名物食堂のデンツーで、鶏のクリーム煮とスパゲティ食べて座へ出る。雪だのに補助椅子出切り。昨夜読みし「役者論語」の教訓、「見物を忘れろ」のこと、気になる。われ/\の芝居は見物を忘れるのと、忘れないのと二つの仕分けがむづかしいのだ。ハネ十時。まっすぐ帰って勉強する。


 雪の翌日は暖い。今朝は晴。豊田正子の「続綴方教室」を読み出す、やっぱり打たれる。二時に出て、日劇へ、「ロッパの大久保彦左衛門」を見に入る、大満員である。はぢめの方は見てゝも気持がいゝのだが、半分頃から、嫌になって来て、つひに出てしまった。「おとうちゃん」より此の方が当ったとあっては、全く分らなくなる。名物食堂へ行って、ハゲ天で食事。座へ出ると、入りは補助が一寸残ってゐる位のもの。「遠山」の目張りは、幸四郎の「松のみどり」で会得したやうに入れてみる。此の方がいゝ。「新婚」は、冷静になると、やって居られない馬劇。ハネて銀座ルパン、石田・大庭を連れて、気軽に、仕事を離れて飲む。


 十一時迄よくねた。「続綴方教室」に没頭する。豊田正子は恐ろしい子である。三時、東宝グリル。柳・菊田・堀井・上山で三月の大阪出しものを練る、「歌ふ金色夜叉」とヴァラエティに、菊田一夫従軍土産「ロッパ従軍記」を出し、序には、渡辺とロクローで「大久保と一心」といふ山盛りで大体定める。ハゲ天へ又行って、食事し、楽屋へ入る。入りは頗るよく補助も殆んど出切ってゐる。「遠山」は、ます/\やり辛く、うはの空みたいになる。「新婚」も同断、馬鹿々々しくてやっとれん。ハネは、十時。あきれたぼういずと柳橋へ行く。四人組が勉強心強いのが心強い。


 十一時迄ねる。梅幸の「梅の下風」を読み始める。これが又たのしめるので嬉しい。二時半出る。東宝ビルへ、日劇の前は行列である、「大久保」が当ってゐることは、何う考へても喜べない。夕食は座へ出てサンドウィッチ。今日も補助椅子は売切れ。ジャパン・アドバタイザーの女記者アメリカ人のミス・何とかいふのが来り、インタヴィウ。声が今日あたりからビン/″\よく出るやうになった。芝居中日過ぎるとます/\やりにくゝなって来た。ハネ十時五分。まっすぐ帰宅。


 十二時楽屋へ入る。木村千疋男来り、揚幕で辛抱強く終り迄見てゐた。「新婚」の時、山野がやり過ぎるのと、カヂるのでくさる。注意して直させなくてはいかん。花柳小菊が来た、きれいだし頭もいゝ、舞台へ出ろとすゝめる。大辻と樋口大祐来る、大辻は渡米につき「送別会をやってくれよ」と言ふ。二月一日夜、やってやることにする。屋井とホテ・グリの食事、ポタアジュ、コールドラブスター、ハンバーグとアプルパイ。座へ帰る、大満員。「遠山」の大詰は馬鹿に受ける。あきれたぼういずの坊屋三郎、軽い盲腸炎を起し、トチる。ハネは十時。帰宅、梅幸の「梅の下風」を読むのがたのしみ。


 今日は有がたくなし、警視庁行き。菊田一夫と検閲の寺沢氏のとこへ、此の非常時に、あんまりひどいものはいかん、今後注意せよと、おだやかに話しあり、一々恐縮して引き下る。日劇のステージショウ「冬のスポーツ」を見、ラウドスピーカーの強音になやまされ、ハゲ天で食事して座へ。大入満員。大道具の音我慢ならず、その上張物の裏でベチャクチャやるので、カンが立って居られなくなる。今回は音楽と大道具に随分攻めつけられた。ハネ十時五分。山野を呼び、カヂリ芸について意見する。
 ファンからの手紙に、「遠山の金さん」のオイランの里ことばは、子供がアリンス言葉を覚えるので困るとあった。全く、こいつも恐縮。


 十二時頃出て、帝劇へ。道子と。「潜水艦D1号」といふワーナー物、一時間四十分の長いものだが、目先が変るので見てゐられる。「ボッカチオ」は期待外れの愚作だった。出て東京会館のグリルへ行き、カレーライスの辛いのを食った。辛いってのだけがうまいのだ。座へ出る、今日も大入満員、「遠山」やりながら、「梅の下風」の芸談、手のやり方など色々考へてやる。山野は昨夜の僕の意見に対して手紙を書いて来た、いろ/\感謝する、口では言へないのださうだ。ハネ十時。屋井の招待で中洲の中村へ、座員二十名ばかりで行く。のみ、さわぎ。
 ハリキリボーイの歌がすんだトタン、客席から一声、「ロッパうまくなったなア」でドッと客も笑ふ、こっちも全くテレた。


 都に、「ロッパ叱らる」とて、一昨日の警視庁のことが出た。くさりである。座へ出る、今日も大満員。夕刊にも「ロッパ叱らる」が二三出た、それで当ったかと笑ふ。楽屋へ上森・阿部・滝村・斉藤等、二月の脚本二十七日出来、同夜打ち合せる約束。「新婚」での一ばん受けるところが、「ハイ、姉さんのおつれあひ」といふところだから可笑しい。「フォリース」の歌、ハリキリのコントやっとコツが掴めて来た。今日月給日、色々な勘定取り来る。ハネは十時一寸すぎ。まっすぐ帰宅、牛肉を鉄板で焼いて食ふ。


 十二時半に出る、女房同伴国際劇場へ。「日本三部曲」といふ、国策線に沿ったもの、入り八九分。「忠臣蔵」つまらず、「見て来た大陸」更にいけない。トリの「防共の誓」がわりによかった。楽屋入り、ふた葉の挽肉親子を食ふ。今日も大入満員。「遠山」のお白州で大失敗をした。終りの頃、立上らうとする時、長袴をひっかけ、縫目がほどけて左の足をまる出しにしたからワッと悪落ち、仕方なく「一同立て、但し余は都合があって立たぬぞ」と言ったら又大受け。いやはや冷汗。ハネ十時十分。築地きん楽へ、例の三島等の会で行く。


 小勝の落語集をニヤ/\笑ひ乍ら読む。三時に家を出て、山水楼へ、週刊朝日の座談会。藤山一郎・上山草人・中村正常他、とりとめなき喋りっこ。中村正常てのは狂人じゃないか。流石に朝日の座談会は金をつかふし、失礼がない。座へ出る。今日もびっしり満員。舞台では、歌ひ乍ら、歌てものゝ歌ひ方を、しきりに考へる。「内田百間随筆より」といふ、題のついてゐないシナリオが出来た。大急ぎに読む、渋い、殆んど笑ひがない。ハネ十時。築地の秀仲に、阿部・滝村に上森も来て、シナリオを研究する、渋いから興行的に何うかと思はれる。八田尚之のシナリオは、まづくなし。


 二時から東宝小劇場を借りて「酔のコンクール」をやるので、出かける。青年部各々頭を絞ったコント芸、大体皆ウイ/\と歩いて来るのばかりだったが、皆ハリキってゝ面白かった。山野が飛入りで出たから、いゝとこあるナと思ったら「青年部てのは月給が安いからまづいのは当りまへだが」てな芸評をやり出した。気違ひだ。一等は加川久、二等城木浩二、三等吉川・佐々木。楽屋へ入る、菊池氏紹介の宮口保険女史につかまり医者の診断をされちまふ。それから中野英治がやって来る、満州ゴロの板倉美爾緒が来る、ロクなの来ないでクサる。入りは今日もよろし。「婦人公論」のたのみで中村篤九来り談話をとる、題「家庭の団欒」とは苦し。ハネ十時一寸すぎ。まっすぐ帰宅。


 千秋楽のマチネーである。十二時に入る。昼も大満員。本社に呼ばれ、一同へ五円宛の大入袋が出る。去年よりづっといゝ筈なのにケチになったらしい。清川虹子が、いつもの通りパイを持って挨拶に来る、義理堅い奴だ。夜の部、補助も出し切った。李王殿下がおしのびで見に来られた由で、大さわぎだ。「遠山」の幕切れ、サッと扇をひらいて顔をかくしてから後ろ向きになったらワッと受けた、早く気がついて此うすべきであった。「愛国行進曲」を合唱して終り。技芸賞とナロー賞は、「松の一番」の月野恵子、「遠山」の久米夏子、「フォリース」の加川・兎のダンスチーム、リヅムガールス四名に出た。銀座へ出る。


 本日より休養。充分ねて、女房と日暮里の高橋へ行き、夫婦二組にて浅草のみや古、ウイのみいゝ心地――向島の入きんへ二組で泊る。


 向島入きんの朝。馬鍋と名物の蜆汁や里芋で食べて、十二時半女房と、高槻の迎ひで出る。四谷見附で女房が下りたトタンに、車が故障し、別の車を雇って砧村へ。円タクがメーター制になったのはいゝが、七十銭増しなら行くといふ、で結局一円八十銭に七十銭増の二円半とられる、昭和十四年珍風景である。砧村着。それからカツラ屋でカン/\/\とヅラ合せ、二役なので、夕方になってしまふ。六時近く砧を出て、渋谷のふたば亭へ、阿部豊と食事。ポタアジュうまし、ローハムの煮たのから、バゞロアまで吟味の跡たり。帰って読書したくなり七時半といふ時間に帰宅、恥かしいやうなもの。
[#改段]

 昨夜百間随筆二冊読んじまったから眼がだるい。凱旋の岩井達夫がやって来て、戦争の話をきく。四時頃女房共々出て、中村屋で食事、ボルシチとハンバークサンド、コゝアをのむ。三信ビル地下で理髪する。八時に全線座に山野・玉井・樋口と大辻が来て、富士見町の喜京家へ、大辻の渡米送別会をやる。生駒・関・井口・徳川も来り、面白くなりかゝったところへ、先日来インネンつけてゐた東京発声の重宗社長がこっちの部屋へアバレ込み、めちゃ/\にされてしまひ、クサリ。


 十二時迄ねる。昨夜の重宗の乱暴、池田の無礼が腹が立つので東発へ電話し、池田と五時に会ふ約束する。一時すぎに出て、伊藤松雄を訪問、落語家の楽屋話を脚色してみないかと言っとく。正月興行は評判悪いと言ってゐた。五時、池田とモナミの二階で会ったが、生活に負けた姿で、頭が何うかしてるとしか思へないので話してゝ嫌になり、別れて有楽座東宝劇団の初日を見る。「勧進帳」の長いのにたゞ弱る。「官員小僧」いゝ加減で切り上げ、ルパンで二戸・友田と会ひ、結局田中三郎の面白くもない話――此ういふ馬鹿なことで一日潰したのが口惜しい。
「官員小僧」の始まる前に、作・演出の川口松太郎、食堂で日本酒をあほる。「おれ位顔の皮が厚く出来てゐても、初日は一杯のまんと自分の芝居が見られないんだよ。」こいつは面白い。


 一時柳の麹町宅へ行き、要談。女房同道、ちまきやの菓子を買って、橘弘一路宅訪問、久々禁を破って雀戯数刻、成績よからず。


 十時半起き。東宝映画の橋本啓一が来訪「忠臣蔵」の件につき、断りのおくれた詫と、今夜東京会館で、披露をやるから出て呉れと言ふ件。台本も見ずでは話にならぬが、考へておくと返事。東宝ビルへ。那波氏にその事言ひに行くと、小林相談役もゐて、そのことはり。今夜は兎に角出席しないと断る。日劇のエノケン「突貫レヴィウ」を見て、楽屋へ行き、エノケンも「忠臣蔵」で面喰ってゐるので、いっそ夜討のそば屋を二人で共演しようかといふ話になる。ビクターへ四時近く行き、奥村・鈴木と会ふ。今月中に何か一枚といふこと。支那グリル一番で夕食し、橘の家へ行く。友田・松村で麻雀。今日はよろし。
 小林相談役に、「忠臣蔵」では何でも僕に宗匠か何かやらせるらしい、宝井其角でせうが、困ると言ふと、「そいつはキカクが悪いね」と、小林一三一世一代の駄洒落。


 十一時起き。今日は屋井に国際劇場の昼の切符貰ってゐる。井上河合の新派で、一円五十銭最高といふ安値なので大入満員だ。屋井・花井・田村・藤田・原――偶然菊田も来てゐた。「馬と兵隊」といふ軍事物、馬鹿々々しい。河合の「仮名屋小梅」まあこゝらが新派のいゝとこなんだが劇場がダゞ広くて締らない。「華なる夜景」井上の中間演劇、中々いゝ、ただ井上の役はつまらない。皆と日本橋の偕楽園で食事、変ってゝうまかった。老酒のむ。雨が雪になる。明日より撮影開始とあり、あまりおそくなれず、藤山一郎と会ひ、帰る。


 頬白先生撮影第一日。
 今日から撮影。十時開始の由、十時と言っても何うせ中々だらう、十時頃出かける。果して、砧村へ着いてみると、一時開始とある。仮題「頬白先生」の高利貸の家のセット、阿部豊の監督は何度もリハサルをやらせるが、流石にうまく、嫌な気を起させない。ワンシーンワンカット、三分何秒流しっ放しで、丸山定夫とのやりとりを一カット。それから金を返すところ、これも二分ばかり。今日はこれだけで、はや七時過ぎとなる。新しい俳優部屋の風呂は中々いゝ。阿部と二人、渋谷のふた葉亭へ寄る。今日はチキンで美味かった。帰宅九時頃。


 一日だけ撮影あり、今日休み。
 柳の家から橘の家へ。雀。


 今日も亦休み、ダレることなり。
 橘夫妻と友田を誘ひて、偕楽園の夕食。
 それより又橘の家へ行き、雀。


 昼、銀映座に「アヴェ・マリア」と「むかしの歌」を見、雑司ヶ谷の九日の集りへ久々顔を出した。


 又今日も撮影なし。十一時半に出かける。東宝ビル、社長支配人と、四月の企画打ち合せ、天勝より「ロッパの鶴八鶴次郎」の方がいゝかも知れない。山野特別出演扱ひとして、金を払ひ、一旦専属を解く。それから東配へ森岩雄を訪れる、ニューグランドでゆっくり話をした。一座の方針、給金のこと打ちあけると、「ハゝア、ねえ、うまさうな人が案外下手なもんですなア」と痛いところをやられる。夜は、阿部豊と会ひ、ルパン。映画ばなしは常に面白し。ハリキって今年は!


 朝――全く朝だな、八時起き。いゝ心持、みっちり仕事しよう。九時すぎ砧村。支度して待ってるのに中々始まらない。徳川夢声と藤原釜足が遊びに来る。結局昼飯となり、食堂ではかない定食を食って、一時すぎセットへ入る。二カットで三時すぎた、エキストラの婆さんが、セリフを言ひ損って、何度も/\やり直す、それからもう一カット、和服で読書してるとこで今日はアガリ。急いで演舞場迄かけつける。新国劇、トリの「沼津兵学校」に出る古川信誉といふのが、僕の養祖父だといふのでその縁故で招待され、母上・女房と見物。幕間に古川に扮した小川虎之助と楽屋でスナップ。銀座の鳴門で食事して帰宅。


 九時に家を出て、砧村へ。一カット撮ると、昼めしだ。午後は、青路先生の下宿してゐる二階へ、月田一郎扮する川端といふ盲人の琴弾きが訪ねて来て、茶釜をたぎらせてじっとその音をきいてる渋いところ。月田一郎、セリフでさんざ苦労する、映画の人は、セリフで苦しむし、演出家の注文がきけない。今夜は徹宵で、青路の二階のセットをあげてしまふことになった。その腹になり、五円出して、セットの連中に、しること雑煮を食はせるので材料を買はせにやる。夜の七時すぎから又青路の家。阿部豊が細かい、凝りを見せるので、一カットに二時間もかゝる。久しぶりの徹夜仕事だ。


 十二時頃から、高峰秀子扮する先生の娘が、二階へ訪れて来るしんみりしたところ。高峰秀子は、別の映画で先刻迄働いて、これで徹夜すると又朝八時開始で働くんださうだ。夜も三四時頃、僕の芝居が何うしても阿部の腑に落ちない個所が出来、いろ/\注文されるが、何度やってもいけない。さんざ手古擦って、明け方に終る。折角買ったお雑煮の材料が、煮過ぎて、のりのやうになってダメとなり、又食堂で何かと食ひ、午前八時頃から階下の芝居をやってアガリ。帰宅今朝十時。すぐねた。風邪気味だったのだが反ってこれで治ったらしい。三時半迄ねて、名物食堂の天ぷらをしこたま食った。それからクラブへ寄り雀をやり、ルパンでのみ、牛込松ヶ枝へ寄った。


 十二時に迎へ来り、砧へ向ふ。青路の細君と娘の家である。午後一時開始で、玄関のところ廊下等順に攻めて行く。今夜もおそくなるらしいので、がっかりだ。近藤日出造が、スタヂオめぐりに来り、徳川夢声が「はたらく一家」で徳永直そっくりで、こっちが内田百間そっくりだといふ話。食堂できり干しにガンモ、サツマ汁。だけじゃ足りないので支那そばを食ふ。漸く夜に入ってハカドリ出したが、今日はすっかり声が嗄れちまって音の人も苦労する、自分でもクサる。アガリは九時半頃、わりに早かった。すぐ帰る。


 八時半に起きる、その辛さ、あゝもう少しねたい/\と思ふ。雪だ、霏々と降る。十一時すぎにセットへ入る。声が昨日よりひどいので、モニターが弱ってゐる。昼めし、オムレツを食ふ。午後は、次女との件で、堤真佐子の例のオーバーな芸を阿部豊が巧みに演出するので感心する、ヴェテランだ。夕食、まづき/″\白シチュウを食ひ部屋へ帰ったら、「声が大分いけないから今日は中止、明日一日休みにして、治して下さい。」もう少々早く言って呉れゝば、ふたば亭が食へたものを!
 徳山※(「王+二点しんにょうの連」、第3水準1-88-24)が、他の映画に出るので、PCLへ来た。彼の近作に曰く、PCLの便所に入りしみ/″\と思ふ、入江たか子も此処でするかと。彼の面目躍如。


 今日は休み。蒲田の田中家へ女房と行く。
 声をよくするため吸入これつとむ。


 十二時頃起きると、鏑木が来てゐた。撮影所から電話なし、白川も来り、連絡とると夕方かららしいといふので、白川・鏑木と女房・僕とで麻雀をやり、一等には五円やると言ったら僕がトップ。一番負けの白川は、罰として、ボビーと話しをさせられた。五時頃家を出て、此の分では又徹夜と覚悟し、支那まんじゅうを仕込んで行く。砧村、青路の家の声の悪かったところの撮り直しから始まる。声、すっかりよくなったので、皆安心する。食堂で、思ひ出すのも悲しき食事をし、四時近くから青路の家の表を撮る。オールチョンとなりしが六時。帰る途で夜がほの/″\と明けた。


 今日は、東発のセットへ二時といふことで、ゆっくり出かける。「おとうちゃん」以来、なじみの楽屋で待つ。もう少し待てといふので「続もめん随筆」を読み始めたが、「もう少し待て」とは数時間のことで、一冊読み了った頃漸くかゝり、小田といふ高利貸の陋屋へ青路が訪れるところを二カット撮ると、今日はアガリ。それでは横浜へ行かうと、車を急がせる。横宝の、ロッパ一座選抜軍アトラクション、「春のワルツ」と「出征」を見た。「出征」は、一昨年八月僕も演ったもの、山野がその役で、おどろくべき芝居を見せる。先代訥子のやうだと大笑ひする。近くに石田守衛の知り合ひのバアがあり、大ぜいで行く。しっかりしたバアでブラックエンドホワイトあり、大分のみ、一時すぎ帰京。


 今日は一時開始だから先づ三時かな。でも二時近く迎ひ来り、東発へ行く。毎日同じやうなこと繰り返してるので日記してゝもわけが分らなくなる。小田の家の中から始まる。新協の鶴丸といふのが小田を演るのだが、阿部の注文きゝ切れず、何辺もやるからとても手間どる。終るのは明朝七時と見通しをつけ、専ら読書。阿部知二の「幸福」から正宗白鳥の「文壇人物評論」にうつる。夕食は、持参のシュウマイを食ったのみ。映画ぐらしは、楽しみをうばひ去られる。出場になったのは二時すぎ。かくてアガリはちゃんとにらんだ通りの午前七時。ねむい/\。


 三時迄眠る。今日は五時開始。宇野浩二と黙阿弥は今年の研究題目なのだが。正宗白鳥の「文壇人物評論」読んでゐると明治文学を一と通り読みたくなった。六時近く迎へ来り、東発へ。雨びしょ/″\と寒い。八時近くから、弁護士のオフィス一カット。それでセット代り。ライト置きかへの間たるや、ユウに一時間から二時間。渡辺・藤田房子も出るので、朝何時になるかアテッコする。うちから持参の弁当を食ひ、セットへは、おでんを持ち込んで皆に食はせる。さて、午前ももう六時といふに、これから又二三カットある。


 八時近くから鳥屋の門のところを三カットばかり。終ったのは、もう十時半。外は、夜中から雨が雪になってゐる。車にゆられて帰り、一時頃ねて、五時半に起きる。今日は此の天候でロケーションはない。女房とハゲ天で夕食し、帝劇へ行く。評判の「望郷」てのが、ちっとも面白くなく、デュヴィヴィエのコケおどかしが嫌味だった。松竹楽劇団の「シンギングファミリー」もつまらなかった。十時に、愛宕山へ。菊田脚色の「体操大臣」のテスト。例によって読み合せから、スタヂオへ入ってテスト二回。午前二時近く迄かゝる。一向面白くないものだから気のりせず。


 徹夜が続いて日記が溜ると、さて此の日何うしたのかと見当がつかなくなる。兎に角、此の日も砧村へ行った。さうだ、今日から大学の教員室のセット、二役の藤田百庵を初めて演る。イガグリ頭にチョビひげで、東北弁、こいつは気が楽でいゝ。然し、阿部にかゝって、映画は勉強になった。映画の流れといふことで、狙ひは実にいゝ。玉井旭洋、大学教授で出る。弁士とは違って、すら/\行かない。七時迄で切り上げ、迎への車で、放送局。「体操大臣」の放送。面白くないもの、おまけに今夜大分舌をかんだ。北村季佐江が意外によかった。済むと、ルパンへ寄り、浅草へのり出し、ウイをのみ、すぐ酔った。


 砧村の大学のセット。急がされて出かけてみれば、早目に昼食して、一時から始めるといふ。今夜も徹夜と定ってゐるので気は浮かない。文ビルの方で大阪行の稽古も始まったのだが、舞台稽古へブッツケに立つよりなし。午後、学校の先生大ぜいなので動かすのに手間がとれ、一カットが長くかゝる。夕食、食堂でライスカレーをやり、ラッシュを見る。いゝものか、何うか、兎に角異色映画だ。女房が食料持参、セット見物に来た。そのせいかN・Gを出し、笑はれた。夜に入り、阿部ます/\冴えるらしく、どん/″\やり午前三時すぎ終る。車の中でコクリ/\。


 晴ならロケといふことで、あひにく晴れたから、十時起き。ロケ先は新宿の空地、バスの通るのを水町庸子と眺めるところ、此んなとこのロケは、ワイ/\人が集るからやり切れない。すむと小田急沿線梅ヶ丘ってとこへ向ふ。そろ/\春めいて来た、狂人女が病院から逃げ出して追っかけられてる。いや、これは撮影ではなく実況だ。雑木林の中、丘の上相当歩かされて、八カットほど進む。砧村へ引っ返し、夕食となる。六時半開始が、手間どって八時近くから始まる。そして、何とこれが夜あけ迄――二役のとこ、杉寛とのとこ、丸山とのかけ合ひ、すっかり終ったのは午前六時。


 午後三時すぎ迄、久しぶりでよく眠った。たしか五時開始だが、時間通り始めるわけはないから、母上と夜食しに新宿へ出た。紀国屋で新刊買って、天兼の天ぷら。軽くてうまい。上品ぶった花亭などより安いしうまい。それから、砧へ行く。柳が待ってゐて、要談二三。神経衰弱のやうで此の頃は不眠です、と涙を流すことなどあり。文ビルは、「ロッパ従軍記」のけい古に入ってゐるが僕・渡辺の主役二人が不在故はかどらぬ由、弱ったことなり。大学教室のセットに入る。上山来り、月給受取り、今回は慰労会の暇もないので百円也を滝村に渡させ、衣裳・床山への心附もさせてしまふ。


 砧のセット大学教室が、十二時すぎにアガリ、東発で杉原勾当の家が始まる。砧の食堂でフライエグスで飯を食ひ、東発へ向ふ。此っちの部屋はスチームなくとても寒し。火を起し、開始を待つ。始まったのが夜中の三時で、四十カット近くあるのを昼迄にアゲると言ってたが、つひに今夜も十二時になると見通しがついた。今夜は母上・女房と夕食の筈もオジャンとなり、風強き中を女房、銀座の京屋の鳥を持って来る、それを煮乍ら食事。やれ/\すっかり予定狂った、「ロッパ従軍記」も心配だ。午前中にあがらないと大変、明日の一時出発だ。


 撮影完了――大阪へ出発。
 昨夜十二時には終るといふのが初めの予定、無理だらう、夜中の二三時か、と言ってるうち、それも無理で、先づ夜あけ、結局は九時でせうといふこと。杉原勾当の家の中がアガったのが六時すぎ、仕方のないことながら、いゝ顔をしてはゐられない。九時から、家の表を二カット。これでオールチョン。東発を後に、家へ帰ると、入浴食事もそこ/\に大阪行きだ。一時のかもめ。一等のコムパートメントを奢って眠らうかと思ひボーイに交渉すると、ちゃんと用意して呉れ、五時半迄眠り、食堂で夕食し、二等車へ帰ると又トロ/\眠る。九時二十分大阪着。まっすぐ南の竹川旅館へ行く。何しろ眠いので、すぐ眠る。


 北野劇場舞台稽古。
 たっぷりと寝たが、又今夜徹夜では――。二時半劇場へ入る。「ロッパ従軍記」から始める。菊田も労れて、馬脚をあらはした感じ。風呂へ入るとこなどいやな場面あり、クサる。これがすんだのはもう十時。ライスカレーかっ込む。一休みすると、「春のサーカス」新しいものだから暇がかゝる、これで夜があけちまった。「歌ふ金色夜叉」にかゝったのが、八時近くだったか。サトウの荒尾が場違ひな感じ、花井の赤樫もピッタリ来ない。幕切れを緞帳を下して幕外の引込みをつけてみた。こいつは受けるやうな気がする。十時すぎに竹川へ帰る。労れた/\と眠る。
「金色夜叉」の幕外の引込みを思ひつき、「勧進帳」の弁慶の引込みだネと笑ふ、あれは飛六法だが、これは、ハイこれは古川ロッポーで。
[#改段]

 北野劇場初日。
 四時起き。初日に限り四時半開演だ。座へ着くともう売切の大満員。「歌ふ金色夜叉」で僕、初めて顔を出す。「金色」は、手に入ってゐるのだが、サトウの荒尾が、てんで田舎廻りでひどい、渡辺の富山も思った程でなし、それに音楽が宝塚の若いコンダクターでこれもいかん。「春のサーカス」は、封切だが、わりにまとまってゐた。トリの「ロッパ従軍記」があんまり面白くないとこへ、セリフが入ってなし、皆もボケてるので、かなりさん/″\であった。ハネ十一時。客、静かで甘し。竹川へ帰る。湯豆腐と天ぷらなど食ひ、労れたりと眠る。


 十一時起き、旅へ出てゐると朝飯はうまい、東京から持参の味噌の味噌汁が、東京の時よりうまいのは可笑しい。柳永二郎・英太郎夫妻に、山田伸吉夫妻、それにクス子姐さんや堀井夫妻もあらはれ、麻雀やり始めたが、新派ルールで、何か名のある役以外はアガリ無しだから、しんから面白くはない。六時に急いで座へ。今日から五時開演。貸切明日迄三日間。大満員だが、貸切の客はピンと来ない。「金色」は手順よく行ったし、ヴァラエティもよかったが、長いのでカットを要す。本日午後四時三十五分内親王殿下御誕生、君ヶ代を客に立って貰って合唱、万才三唱。ハネは十一時二十分。竹川へ帰る。


 十一時頃起きる。女房と松竹座へ。「シカゴ」を見る、大仕掛の火事、スペクタクルとしては「ハリケーン」に劣るが、面白かった。南の浜作へ行き、食事、うまくなかった。座へ出る。今日迄が貸切で、ワッと大満員。十時半には終らないと叱られるさうで、芝居一体に走ることゝなる。「金色」サトウの荒尾が汗をかき熱演するほど安っぽく、品のないものになる。皆くさる。幕外の引込みは受ける。「春のサーカス」も先づよし。「従軍記」は、気は楽だが実がない。ハネて、山田伸吉の案内で、女房と三人で、八千代てふ安グリルへ行き、グランドホテルなるものを食ふ。帰ると面子が待ってゝ麻雀。


 喜多村緑郎・英太郎に山田伸吉・僕といふメムバーで、つひに夜あかしである。喜多村のおでこのイボを見乍ら、年のせいか辿々しいのも、好きな人だから腹も立たず、午前九時半頃迄やり、ヘタ/\と床についた。四時すぎに起きて座へ出る。今日から貸切でない、ほんとの客。びっしりと満員で、昨日迄の客よりはピンと来る。時間が長いので「金色」のカーテン前と貫一の家をカットする。サトウの荒尾はます/\くさくて弱る。ヴァラもカットし、「従軍記」は逆に、カーテン前の僕のモノログをふやして、ハネは十時半。竹川へ寄り、女房とかどやで食事。


 マチネーで十二時に竹川を出る。入りよろし。「大久保」を見た、アチャラカで面白い。「金色」壺が定って来たが、サトウの荒尾が何うにも御難だ、ところが夕刊の劇評はサトウが一番うまいと来たんで呆れる。外出の暇なく、親子弁当を、はかなく食べる。夜もいゝ入り。川口松太郎来り「ロッパの鶴八鶴次郎」は、菊田に書かせたいのだが、本人が「なアに書くよ、菊田は芝居を知らんから。」と言ふので仕方がない。夕刊の劇評二三出る。ハリキリボーイズの評判よろし。「ロッパ従軍記」を海軍省の連中来り見物、大体いゝらしい。ハネは十時二十何分。サンボアへのして、ウイをのむ。


 十一時すぎ迄ねる。女房と出て、北浜の野田屋で食事、うまくはない。それから国枝といふ理髪店へ。二時一寸すぎ、座員数名と御影の嘉納氏を訪れる。道場で試し斬りが始まる。藁の束をエイッ/\と切るのだ、僕もやったが、あんまり面白くはない。うなぎ丼を馳走になる。雨の中を自動車で阪急御影迄送られ、座へ。少々空席あり。女房、座へ来り一緒に竹川へ帰る。


 十一時近く起き、母上より送って下さった熱海の生椎茸を食べる、うまい。階下では喜多村・英が麻雀をやってゐる。こっちへは、堀井・伊東が来たので麻雀、ひたすら女房と僕が負け、伊東などホク/\。堀井と松竹座前のライオンで食事、変ってゝうまかった。座へ出る、いゝ入りだが多少空席がある。ハネは十時二十分。宝塚の欧州行き女生徒見物に来る。ハリキリボーイズ四人を連れてサンボアへ行き、飲ませる。帰ると、高橋の姉東京より来り居りたり。速水より電話あり、九日アラミス行定り、楽しみなり。


 今日はマチネーあり、椿油の愛用者招待とかで、つまらぬ話である。生椎茸をソティーして食べる、納豆も東京より来り美味き朝食。座へ出ると、補助出てゐるがてんでつまらぬ客で、「金色」の序幕でくさり、「従軍記」もハショリ気味。幕間に、伊藤松雄の原稿、「百鬼園先生」が届いたので読む。まあ/\いゝが、うまくはない。タンシチュウとライスカレー、食堂からとったのだが、そのまづいこと。夜の部、相撲が始まったのが影響してか、大分空席がある。が、ちゃんと受けるから此の方がづっと緊張する。ハネは十時二十分。女房と高橋姉とで、南の多幸平へ行き、食事、ショッパイのでくさり。


 アラミスの食事。
 十時起き、喜多村氏迎へに寄って呉れ、阪急で神戸へ。三ノ宮口で速水氏と落合ひ、神戸港のアラミス号へ行く。バアでカクテル。食堂へ行く、オルドヴル。フアグラ――のうまさ。伊勢蝦のチーズ焼、鳥のクリーム煮、次にパンケーキ・スゼットでおしまひ。フアグラ一ばんうまし。今日のは物足りなかった。ホワイトワインでほろ酔。二時に船を出て、大阪へ帰る。座へ出る。入りは八分か。「金色」は、受けるが一体に弱い。「春のサーカス」のハリキリボーイズます/\受ける。「従軍記」投げたくなって困る。ハネ十時十五分、女房・姉見物で、一緒に帰る。堀井夫妻・白川来り、麻雀。最中に鮭で飯を食ふ。


 今日は小林富佐雄氏の招待なので、十二時に出かける。唐物町の蘭亭といふ長崎料理。座員十数名と、吉岡社長も出席、阪急の佐藤・岩倉もゐて、会食。よかったのは豚の角煮とおしるこ。おしるこはお代りした。二時すぎ梅田映画劇場へ。「はたらく一家」と「ステージドア」を女房・姉と見た。二つともつまらなかった。座へ出る。樋口が来り、四月は昼夜にして貰へまいかといふ。一言の下にハネつけ、エノケンのマチネーですぐ気が変る東宝の無定見には呆れると言ってやる。藤山一郎、満州の帰りだとて寄る。八分弱の入り。「金色」が一ばんまとまった受け方。頭痛がして困る。風邪かな。夜食は、鮭や味噌汁、とんと朝飯。


 十二時半迄寝た。びしょ/″\雨の音がして、寝てるには最もいゝ。食事が楽しい。東京からの鮭や何やらで美味い。座へ出る。雨があがって、入りは満点。「金色」でサトウの荒尾が熱演するので客が笑ふ、大分インテリ客になった。「春のサーカス」で歌ってる歌は二つとも来月へ持ち越す。「従軍記」やればやる程馬鹿々々しい。ハネ十時十五分。帰って、女房・姉とで、かどやのグリルへ、ビフカツレツ・カレーライス共にうまし。帰って、「映画之友」へ七枚「僕の映画月旦」を書く。喜多村氏が来て十二時すぎから麻雀。


 十一時起き、マチネーだ。座へ出ると昼は補助出切り、客種いともよろし。白井鉄造氏、浅見といふ青年を連れて来り、四月からその人を引受ける。「金色」のサトウの臭いのとつきあふのが嫌んなる。昼の終り、蘭亭から豚の角煮その他をとって食べる、高いので驚く。夜の部は、補助は出てゐない。客種は依然としていゝ。ハネると、安宅商会のオザで、北の蓬来といふうちへ行く。ハリキリボーイズ四人を先づやらせて、山寺をひいて貰って、二十ばかり声色をやった。双葉山・羽黒山ともう一人相撲がゐて、こいつらの馬鹿々々しさにくさる。一時すぎに帰り、すぐねる。


 十一時起き、東京から田中三郎来り、ビールを飲んでゐた。茶の間には、喜多村・英両所が待ってゝ飯もそこ/\に、麻雀。満槓などやって華々しかったのだが、結局負け。タカザワのカレーライスとって食ふ、うまい。座へ出ると、九分弱の入り。柳が、風邪気の顔で来て、わけの分らぬことを言ふ。体を治してから何か言へと言って取り合はぬ。ハネて女房・姉とで、かどやのグリルへ。ポタアジュとビフカツ、共によろし。竹川へ帰ると、白川道太郎が待ってゝ、柳と打つかった話をする。柳は、ハリキリボーイの僕の直した個所を「おれの通り何故やらぬ」と怒り、「先生の言ふこときけて俺のはきけねえのか」と言ったさうだ、柳のこと今迄我慢して来たが、此う出られては考へなくてはならぬ。


 朝早く高橋姉帰京。十二時迄ねる。熱海の椎茸をソティーして食べる。二時から朝日会館へ行く。キネマ旬報のベストテンの映画会、見損ってゐた「五人の斥候兵」を見に。田坂具隆は確りしてると感心する。が、思ったより面白くはなかった。千疋屋で、サンドイッチを食ひ、座へ出る。入りは九分か。柳の言ふこと常に常識外でクサる。「春のサーカス」の時、ハリキリボーイ、ちゃんと僕の直した通りやらせてるので拍手抜けした。楽屋の空気一掃せねばならぬ。帰宅十時四十分頃。


 昨夜又麻雀となり、田中三郎・堀井と今朝六時に至ったので、起きたのは一時半。三時から試写があるので、女房も共に、福徳ビルの東宝試写室へ。「頬白先生」試写。辷り出しが気に入らないが、全篇稀に見る浸々したもので、終ったら新聞記者らしいのが拍手してゐた。近くの支那料理へとび込んだら、案外当りで、五円二人前といふのが中々うまかった。座へ出る。九分の入り。「金色夜叉」の時、前列にポカンと口をあいて寝てる客あり、よく/\見れば渋谷天外なのだ、呆れてしまふ。ハネると、自転車の鈴木義豊を誘って、サンボアをふり出しに、パオンへ行き、すしを最後に。一時半ねる。


 十一時起き、夫婦でガスビルの永田氏を訪れようといふ日。十二時半頃ガスビルへ。永田将紀氏が八階の食堂へ案内、アラカルト、ポタアジュ及第、帝国ホテルの料理人が来てるのださうだ。トルネード、うまからず、ドレッシングがうまくてサラダ美味し。一旦宿へ帰り、三ちゃん・英・竹川と一荘やり、勝つ。六時近く座へかけつける。「金色」のロクローで毎日くさり、「ロッパ従軍記」は、これ又毎日腐演である。ハネ十時十分頃、宿へ帰って、すきやきを食ふ。それから三ぶちゃんとポーカーをやったり、おとなしく遊んで一時半頃床につく。
「金色夜叉」の大詰で三益のお宮が鏡を出し、ライトを当てゝ歌ふ。それにつれて鏡を動かし客席を照すのだが、光の当った客が、東京では笑ひ、テレ、或ひはプロや帽子で顔をかくした、大阪では、何と平然と目もつむらぬ人が多いのには呆れる。大阪人は、見栄をはらぬし、テレないのか。


 十一時近く起きると、麻雀の早朝興行の連中がやって来る。此の宿にゐては、読書も出来ない。と言って、こっちもつきあひのいゝ方だ、座へ出る五時半ぎり/″\迄、英・竹川・三郎で麻雀。一向つかず。座へ出る、入りは八九分行ってゐるが、今日あたりの客のつまらなさ甚しい。「金色」も「従軍記」もブツ/″\言ひながらやる。ハネ頃三郎が来り、大庭・石田・伊東を連れて、サンボアへ行く。弘養館のビフテキをとって食ひ、パオンへ行く。ガサ/″\してゝ、こっちのカフェは又ひどし。すしを食って、僕だけ帰る。


 又意味なしマチネーだ、ショップ・ガイドとかの貸切だ。つまらんと思ひつゝ宿を出る。彼岸の入りだといふのに、雪がちら/\、寒い。座へ行くと、大満員だが、客種の悪いこと、いつも受けるとこが受けない。いゝ加減気を抜いてやる。昼終り、丸一食堂といふのから奇怪な支那めしをとって食ひ、漫才の打合せをし、四月狂言の宣伝文章をまとめる。夜の部いゝ入りだ。楽屋へ、バルベ氏のタイピスト嬢が、フォアグラの罐詰一つ届けて呉れた、有がたい。ハネ十時五分頃。女房と、南の錦へ天ぷら食ひに行く。二人で十円はショッパイ。宿へ帰って紅茶。三ぶちゃん未だゐて、映画のはなしなどする。


 マチネーだ。座へ出る、満員である。やってゝセイのないものばかりだ。昼の終りに、地下のサンドウィッチを食ふ。京都の八田氏来り、楽屋で話す。(これは昨日の間違ひなりし。マチネーつゞきでわけが分らなくなった。)四月狂言にやる漫才大会のうち、花井・藤田と、林・石田の分とを書いてしまふ。夜の部も大満員、客は鈍である。屋井専蔵来る。客席で僕と間違へられた由。鈴木重三郎来る、満州行の途、寄ったもの。宿へ帰り、かどやからライスカレーとって食ひ、喜多村・三ぶちゃん・クス子でやる。四百の負け、午前七時に寝る。


 今日は谷崎潤一郎氏を訪れる筈だったが、旅行中とあって、中止。花井・藤田・北村が来た、柳の話が出る、感じ悪きこと後から後から出る。此の連中と道頓堀でチンピラ劇といふのを一幕見る、五六歳の子が剣劇をやる、気味が悪い。天華クラブの支那料理を食べる。何とも体裁の悪い料理ばかりだが、うまい。たっぷり食って満腹。梅田映画劇場へ入り渡辺篤の「娘の願はたゞ一つ」を見る。斎藤寅次郎の馬鹿々々しい笑ひ。座へ出る。満員である。川口松太郎来り「ロッパの鶴八鶴次郎」の脚本出来、ちっとも笑がないので面喰ふ。弱ったものだ。ハネ十時十分。又、安宅商会から頼まれて北の蓬来で一席やる、すしやへ寄って帰る。座員藤田芳江、宝塚ホテルで怪我した。


 又マチネーだ、座へ出る。満員だ。嘉納健治先生の御入来、それッと皆かしこまる。ごきげん頗るよく、一同に祝儀が出る。那波支配人より手紙、四月はぜひ歩み寄ってマチネーを九日までやって呉れとのこと、いやだ。夜の部、満員だ。柳が東京へ行ったので、反って気分よし。此の旅も成功だった、入りのいゝこと、受けること。女房と竹川来る、千日前の喜久の家てのへ行く、汚くてまづし。読書ってものしばらくしない、今宵も亦何となくねる。


 十一時起き、大庭と伊東が来て待ってゐる。朝飯が、もう納豆も鮭もなくて味気ない。麻雀開始、夕刻迄打続け、座へ出る。菊田・斎藤来り、配役打合せ、明日からけい古に入る。入りはよろし、九分か。那波支配人より電報で九日迄マチネーをやる案に賛成して呉れ返事待つとのこと、腹が立つ、「ゴカンベンネガフトヨリコトバナシ」と返事させる。「従軍記」スピードかけたらいつもより受けた。不しぎな現象。ハネてから、鈴木重三郎満州行の送別会へ行く。南のパオンである。皆々大いに酔ひ、我も通りの看板を外したり、提燈をカッパラったり、百鬼園的酔を発揮した。ねたのが三時すぎ。


 今日は嘉納先生の御馳走だ。長堀の大市といふ家へ。大きな牛肉屋、すきやき十何人で食べる。嘉納氏頗る機嫌よくて此処へのチップひょいと百円だったといふ。阪急デパートへのして、女の子等はスウェーターを買って貰って大喜び、大部屋に菓子十円買ふことなどあって、三時からけい古なので座へ出る。「百鬼園先生」の本読みから一二景立ち。入りは八分強位か。井口静波が来て一寸出ようと、「従軍記」のクリークの場で浪花節をやる。好きだな全く。ハネる頃、嘉納先生来り、サンボアへ行き、カメオなんて高級品をのみ、パオンから南の大久屋まで行く、大酔ひである。何うも実に嘉納先生には散財をかけた。
「頬白先生」の評判がいゝやうだ、川口松太郎などもあれはいゝと言ふ、自分ではいゝのか悪いのか見当がつかない。


 昨夜あんまり厄介かけたからと、大久屋へまだ嘉納さんゐるので、礼を言ひに寄る、大機嫌で、一緒に座へ来て、稽古が済んだら天ぷら食ひに行かうぜ! と又居合せた座員大ぜいで、梅月へ出かける。鳥の挽肉を入れた赤出しが美味くて二杯やった。皆にきくと昨夜は僕珍しい程酔ってゐて、嘉納先生に「先生なんか芥である」などゝ言って恐かったさうだ、やれ/\。座の入り八分強位か。嘉納氏楽屋でグーグーねちまって起きないので、起して大久屋迄送り、やっとホッとする。堀井・花井・轟が遊びに来てゝ麻雀などした。然し、嘉納氏に千円貰ってゐる、有がたいやらこはいやら。


 二時から本読みなので、座へ出る。川口松太郎来り、「鶴八鶴次郎」の本読み。新派でやったまんまで、ちっとも可笑しくないのは弱った。漫才も出来てゐないし、いさゝか心配になる。アラスカへ、ポタージュのフレッシュトマトがうまくて三杯位平げる、此処の飯田が凝りすぎて素直なもの食はせなくて困る。入り八分強といふところ。芝居ももう倦き/\、早く済ませたい気持。ハネ十時十何分。堀井夫婦を誘って、南の浜作へ。鴨バタに丸吸、いかつくり、若竹に鯛茶。一緒に竹川へ帰り麻雀、これが夜あかしと相成り、午前九時近くヘタ/\とねたが、さてマチネーがあるので辛いのう。


 北野劇場千秋楽――大阪発。
 千秋楽のマチネー。二時間位しか寝てゐないので起きるのゝ辛いことったら。座へ出ると、八分の入り、結局は十一月より一寸悪いだらうと思ふ。昼の「金色」から悪ふざけを始め、「従軍記」では、松平がお国訛の九州弁をやり舞台中大笑ひ、客はあんまり可笑しがらない。夜の部も入り八九分ってとこ。大いに走ったので九時半にハネちまふ。ステーションは、十一時の汽車の連中もゐて大賑か、十時三十八分のが遅れて着く、すぐ食堂へ、帰京の花柳章太郎と一時近く迄語る。芸の話ばかりで、よく/\の好き者。


 六時半に眼がさめる、花柳章太郎もう起きてゐた。熱海で下りる、伊豆山相模屋へ。久々で海を見た、陽がキラ/\気持がいゝ。千人風呂へ入る、丁度試験休みでジャリ多く、入浴してるのを見物されてクサる。朝めし、味噌汁三杯。九時から一時迄ねる。起きて喜多村緑郎夫妻を誘って、一休庵へ食事に行く。普茶料理、僕だけ二人前とって平げる。相模屋へ帰り入浴。葉書など諸方に書いて、九時に熱海ホテルへ、今度は喜多村氏の御馳走で食堂へ、パーラーで話し、十時すぎ相模屋へ帰って、又湯滝に打たれて寝る。


 海を見渡して風呂へ入り、味噌汁たっぷり飯を食ひ、十時半に宿を出る、一時五分東京駅着、文ビルへ急ぐ。皆集ってゐる。ハリキれといふこと、一座は僕の独裁だからそのつもりでゐろとヘンな訓辞を述べ、けい古に入る。「従軍記」の直しから「百鬼園」「鶴八」の順、途中一人で名物食堂へ行って天ぷらを食った。「鶴八鶴次郎」渡辺が例によって休み、ちっとも笑ひがないので弱る。川口の演出、三益つかまへてお前は/\で皆アテられる。有楽座へエノケンの千秋楽を見に行く。「エノケン誉の土俵入」だけ見る、ひどいものだが、客はとっても入り大喜びである。今朝へ寄り、牛肉たっぷり食って帰る。円タク中々なし、ハイヤー高し。


 朝ゆっくりねる、穂積純太郎が待ってゐた、辞職届を懐に――文芸部が柳や清水の暴力的圧迫を受けるので辛いと言ふ、困ったものだ、辞職届はあづかって置く。鏑木清一も近処へ越したからと顔を出す。一時に文ビルへ。「百鬼園」のセリフの多いこと憂欝である。「鶴八鶴次郎」は川口も、可笑しくなくって弱ると言ひつゝやってるが、全く大まじめなので弱る。花の茶屋へ約束の滝村と会ひ話す、吉本並に東宝の漫才を引抜かれて大あはてしてゐる、吉本の如く芸人を苛めてゐては、此うなるのは当然であらう。ルパンへのしてウイ。


 急にたのまれて月島の陸軍病院へ慰問に行く。昨夜手ひどく咳が出たと思ったら今朝声が悪い。樋口付添、三益と共に慰問を済ませて、文ビルへ。二時から「百鬼園」を立ち、つゞいて「鶴八鶴次郎」。六時から「従軍記」の舞台けい古故、ホテルのグリルへ行き、オニグラとフィレソール、ボンファムを食ひ有楽座。小林一三来り、サトウロクローをハチローと間違へたりして、面喰はせる。九時新喜楽の文藝春秋社の会へ。菊池氏・川口・岩田専太郎と米田家へ行き、ウイをのみ、スコットを食べる。寄せ書を戦地の中野実に書く。一時頃引きあげる。


 有楽座舞台稽古。
 伊藤松雄に電話して舞台稽古に来ないかと言ったら、何か怒ってるらしく、来ないやうな返事、又うるさいな、放っとく。座へ二時近く出た。セリフやってると、ヌウッと部屋へ入って来たオットセイの標本みたいなのが「私が内田百間です」成程変ってゐる。「百鬼園先生」の稽古が三時すぎから。妙な味の芝居で、一寸いゝかも知れない。内田先生づっと見てるので、弱った。終ってホテルのグリルへ。スープ抜きで、チキンコロッケ、マカロニとヨークハムを食ふ、ヨークハムとてもよろし。座へ帰ると、「鶴八鶴次郎」に入る。笑ひを随所に盛り込みつゝ行く。川口はキビ/″\してゝ演出はいゝ。三時すぎ帰ると、セリフの残りをやっちまふ気。
[#改段]

 一時に眼がさめた、起きてセリフをやる。四時迎へ来り、五時開演の初めっから出てるんだから、出かける。座へ行く、売切の満員だが、席にはまだ客が揃はず、それに「ロッパ従軍記」がつまらず、客は食ひつき損った。次の「百鬼園先生」は思ったよりアッピールして悉くシーンと静まり返って見てゐる。ヴァラエティ「春のサーカス」で、シュヴァリエ風のウイ・ハヴ・ノー・バナゝを歌ふ。「鶴八鶴次郎」幕あきの各漫才よく受けた、さて三益との漫才、全然打ち合せなしの打っつけにやったのだが、実によく笑ふ。あんまり笑はすために真面目に運ぶとこが利かなくなり、此の後の芝居は不出来だった。ハネ十時四十五分。カットの打合せで残り、帰宅十二時近く。特出の高杉妙子、急性盲腸炎で今朝入院、久米夏子が代役した。


 二日目のマチネー十時半に入る。既に売切れの大満員である、「従軍記」のホテルの場が、セリフが入ってないので間が抜けた、菊田がカン/\になって怒ってた。「百鬼園」は、日曜の客には何うかと思ったがよく受けてる。「鶴八」もよく受ける。伊藤松雄、来る。来れば怒ってる様子もなく、分らぬ人なり。夜の「従軍記」が又ドマついたので又菊田が荒れ、帰っちまった。三益が生意気になり、面白くない、川口迄三益の他の舞台に口を出したりして、座内空気一掃の必要をしみ/″\感じた。夜も「百鬼園」よく受け、「鶴八」もまあ/\であった。ハネは十一時すぎる。よっぽどカットの要あり。やれ/\八度舞台へ出ては労れる。


 又今日も八度舞台へ出る、いやはや全く好きだと思ふ。昼の部、大満員である。昨日荒れた菊田がケロリとして機嫌よく出て来てるので可笑しかった。東宝映画の連中来り、明日の一時頃から「忠臣蔵」のワンカットだけ撮って呉れと言ふ。労れてるとこ故、いゝ返事は出来ない。「従軍記」これがムダだ、つまらない。「百鬼園」は評判よく、やってゝも気持がいゝ。妙なものが当る。「鶴八鶴次郎」も、漫才が出来不出来があるが、今回一ばんの爆笑は此の漫才にある。コロムビアの服部良一が来り、ルパンへ行く。それから日本橋の何とかいふうちで飲む。


 十二時起き、東宝撮影所からの迎へが来てる。しょうがない、砧村へ出かける。鬘をつけ、衣裳をつけて、大名のニセものってわけ、清川虹子が京都へ行ってゝゐないから三益が出る、達者だから心配はない、四時迄に二カット済み。何ともつまらないものだ。後口の悪いこと。砧から有楽座へ。時間キチ/\なので食事の暇もなし、ふた葉へ親子を言って、「従軍記」の引込む度にパクつく。「百鬼園」今日はお社の招待なので、よくやらうと思ふのが反っていけなく出来が悪い。「鶴八鶴次郎」は普通に行った。漫才はよく笑ふ。ハネ十時二十分。生駒と関が来り、ルパンへ行き、飲む。生駒も関も「鶴次郎」を絶讃する。入り、今日も大満員。夜に入りて雪。
 寒い、春とは思へない寒さである。ふと、「百鬼園先生」のやうな芝居は、寒いほど受けるのではあるまいかといふ気がして来た。ポカ/\して来ると、やりにくゝなるのではあるまいか。芝居と寒暖の関係は、あると思ふ。


 雪が積ってゐる、四月の陽気ではない、寒い/\。寺木定芳ドクトルから手紙で、今度の有楽座はすばらしかった、「百鬼園」が殊にいゝと言って来た。入りばかりでなく、今回は内容的にも成功らしい。四時半に出る、寒いし雨なので何うかと思ったが、入りは満点。「ロッパ従軍記」は、やればやる程つまらなくなって来る。「百鬼園」は、自信がついたのでやりよくなったが、今日の客はあまりよからず。御影の嘉納氏から稲荷祭のお供物を沢山送って来た、配る。「春のワルツ」のバナゝは今日が一ばん乗れた。「鶴八」の漫才少々ダレた感じ。でもよく笑ひよく受ける、ハネ十時十五分頃。


 十二時半に出て、銀座の小松理髪店へ行く。英太郎が白毛染をやってるのにぶつかる。三時、日比谷の公会堂へ、ウテナの会で一席。藤山一郎が伴奏ピアノを買って出る。丸善へ行き、パイプを買ふ。名物食堂へ行って、天ぷら。座へ出ると今日も満員、補助少々残る程度。岡ビクターより笹巻すし沢山来る。「従軍記」クサリ。「百鬼園」先づ安心。「春のワルツ」終ると、公会堂のウテナの会へ、五六分喋り、すぐ引返して「鶴八」。漫才が兎角長くなる。ハネ十時十五分。築地きん楽へ、岡・川口と。藤山一郎よりビクター復帰のことをたのまれてゐるので岡に頼む。


 又寒い。一時に女房と帝劇へ行く。メトロの「地球を駈廻る男」の途中から見る。アメリカ物は明るくていゝ。アトラクション「桜をどり」はつまらなかった、此ういふアトラクションは、此処らでおしまひだと思ふ。名物食堂のデンツーで、ブフ・アラモドとスパゲティを食ひ、座へ出る。補助椅子も出てる。ポカ/\して来たら凄いだらうと思ふ。「従軍記」は体操の時間が来た位憂鬱だ。「百鬼園」は、劇評でも好評だったし、よけいやりよくなった。「鶴八」で、どなるところが多いので咽喉やってしまふ。ハネ十時二十分。青年部にくじを引かせ当選の白川・岡・前川を連れて今朝へ行かうと思ってたらルパンにゐる田中三郎から電話、皆を連れて行き、おそくなり、帰る。
「都」で伊原青々園の評よろし、此の行き方はいゝと賞めてゐる。


 文藝春秋社に頼まれ、世田ヶ谷の聯隊へ慰問に行く。近日出征する軍人ばかり、一席やり、金語楼と代る、彼のうまいのと松井翠声の司会ぶりに感心。三時近く済み、東宝劇場のマチネーをのぞく、「宝塚花物語」凡そ美しく凡そ面白くない。名物食堂の天ぷら食って座へ。柳の馬鹿々々しいタクラミが方々から耳に入る。入りは大満員、補助椅子出切り。「従軍記」流石は東京の客だ、馬鹿々々しがって受けない。「百鬼園」と「鶴八」は大丈夫受けてゐる。漫才新ネタがないとダレてしようがない。ハネ十時十五分。まっすぐ帰って夜食。


 マチネー、十時起き辛し。いゝ天気だが、まだ寒い。座は大満員、英太郎楽屋へ来る、柳永二郎も。今日は屋井が新派連を呼んだので喜多村御大以下来てる、島田正吾、ひょっくり現はれる、スターオンパレードだ。「百鬼園」気にしてるせいか出来が悪い。「鶴八」の漫才は気楽にやって笑はせる。昼終ると、ゲンナリする。四狂言は多過ぎたよ。プランタンのライスカレーとビフカツ、まづい。夜の部、大満員、補助出切り。小林一三夫妻見物。「従軍記」つく/″\いやんなる。「百鬼園」は夜の方が出来がいゝ、意地の悪いものだ。「鶴八」も夜の方がよかったやうに思ふ。ハネ十時十分頃、「忘れちゃ嫌よ」が明日からさし止めとなり、代りを考へる。まっすぐ帰宅。床へ入って「歌舞伎談義」を読み終る。


 十一時出かける。那波氏と樋口を東宝ビルに迎へ、日本橋のすき焼井上へ久しぶりで行く。オイル焼を大分食べ、すき焼で飯を食った。東宝へ帝劇が入ってからの企画など、小林老は常に新しいプランを出す。いろ/\時間潰しに苦労して四時すぎに楽屋入り。入りは、補助席がかなり出てるのに、二円席の後方が空席あり。「従軍記」今になってカットの個所二三通達あり。漫才の「忘れちゃ嫌よ」も明日より訂正することにする。「百鬼園」幕切れのイキが昨日から出なく、手とれず。漫才相変ずよく笑ふ。滝村「忠臣蔵」の出演料持参、女房迎へに来り、伊東章を連れて支那グリル一番へ、たら腹食って帰宅。


 天気漸く春らしい。あまり桜がきれいなので、九段を廻り、半蔵門迄の桜を見る。ガスビルの永田将紀と会ひ、天八といふのへ入り天ぷらを食べる、天汁がくどい、僕には安いハゲ天の方がいゝ。五時に座へ入る。空席あり、何ういふものか。「百鬼園」と「鶴八」がツイちまったのか。受けるには受けるが、爆笑が少い。トリに歌の無いのがいけないのかも知れない。色々考へる。「鶴八」の漫才、今日も「忘れちゃ」をやり、明日より「愛馬進軍歌」にする。ハネは十時十五分。上森と会ふ約束、築地とき本へ行き、柳のことに関して一切を話す、上森引き受けると言って呉れた。安心して飲み、酔った。


 九時半に眼がさめる、昨日のまゝでは気がゝりなので、築地のとき本へ、上森のねてる間に行き、昨夜の話のつづきをする、上森が俺に任せておけと言ふ。浅草へ行ってみる。笑の王国の口上とヴァラエティ「歌の浮世絵」を半分ばかり見る。貴島のもので、ひどいものではあるが参考になることあり。公園を生駒と歩く、花に浮かれて大分人は出てるが、小屋へ入らず、景気はよくないさうだ。広養軒でハヤシライスなど食ひ、座へ出る。入り九分か。弱ったもの。「従軍記」の暗転で道具が倒れ、モロに向ふづねを打つ。ハネ十時十分。上森来り、とき本へ僕と柳を連れて行って、話すこと数刻。柳、一切悪かったから許して呉れとのみ。上森に一任し、柳をやめさせるか何うか今月末迄答を保留して貰ふ。あんまりだらしなく謝るので又嫌である。


 今日は岡氏に昼食をよばれてゐる。多摩川近くの岡氏邸迄車で。桜新町といふ名の町、桜の並木美しく、驚いた。よばれたのは吉屋信子・門馬女史・川口・三益と僕、花柳章太郎は欠席。食事は簡単だがうまかった、野菜を実にうまく食はせる。三時近くに丸の内迄送られ、日比谷映画へ入り「巴里の評判女」“RAGE OF PARIS”を見る、延々と長く、つまらない、愚劇である。座へ出る、入りは詰めれば八分ってとこだ。柳は、しかつめらしい顔して出て来てる。高槻運ちゃん昨夜事故を起し拘留されて、来ず、円タクで三円とられて帰宅。


 英太郎の家、喜多村氏も来て麻雀でもといふ話。女房同道十一時に出て、教文館の富士アイスで食事、チキンクリーム煮入りのホットケーキといふのは大ゲテ物。英家へは之も少々ゲテなる西洋ずしを届けさせといたが、中々好評。二荘やり、負ける。五時に座へ入る。今日は団体あるらしく満員である。「従軍記」つく/″\面倒くさし。「鶴八」の高野山で大道具がガタンピシンやるので客が「大道具うるさいぞ」と叫んだ。全く弱る。モヒ中毒の岡村健公来り十円タカられ、又銀座の中村マコが来り十五円とられ、くさる。ハネ後、上森と会ふため登喜本へ、高槻の自動車事故の件で又迷惑をかける、大庭より柳が近々座をやめると語ったことをきく。
 喜多村氏は「百鬼園」を絶讃、他に真似手なしと言ふ。「鶴八」は、こわし足らず、高野山は、あの道具では誰でも動けるものじゃないと言って呉れた。


 十二時起き、二階で読書ピョン/\。三時近く出て東宝ビル、那波氏と会談数刻、柳の事、上森出現は那波も大いに安心した由。五月は撮影、六月は十日間、久しぶりの日劇を開けてみようかと思ふ。それから日劇へ入り、ダンシングチームの「新鉄道唱歌」半分見て座へ。ニットーのサンドウィッチを食べる。柳は、まだノコノコ来てゐる。今日は、徴兵保険会社かの貸切りださうで、「従軍記」が受けて、「百鬼園」は、まるでピント外れ、大いにクサる。「鶴八」は、此ういふ客には打ってつけと見え、漫才から終り迄大喜び。高槻は、揉めた末、車を売ってしまった。帰りの車、中々無く漸くハイヤーに乗ると三円三十銭、此う高いんじゃあ弱る。床へ入り武者小路「牟礼随筆」を読む。


 十時起き、高槻の車がないのでハイヤーで出る。座は、昼の部大満員である。一体に急行といふことでサッサと運ぶ。柳はしょげ切ったやうな顔して出て来てる、可哀さうだと思はせたいらしい、見ないことにする。昼の終りが四時半、やれ小一時間休めると思ったら、土屋伍一が身の上相談に来ちまひ、ふた葉の親子を食ひ、ミルクコーヒーのむともう夜の部。「従軍記」つぐ/″\[#「つぐ/″\」はママ]いやだ。大道具がやかましいので又一怒りする、小さい舞台と無理のあることは分るが、如何にも操作が拙劣なのだ。市丸・徳山見物、「鶴八」が今夜あたり一ばん受けてゐる。ハネが十時。ナロー会で築地きん楽へ、子爵連の珍評をきゝ、二時すぎ帰宅。
 五月は撮影と定ったが、月初め五六日は休みになる、伊豆山の湯滝を楽しむ気だ、今から色々な本を買ひ蒐めておいて、波の音きゝ乍ら、ゆっくり読まう、楽しみだ。六月は、日劇へ月初めに出て、あと半分旅に出、七月が大阪、八月有楽座である。


 二時から試写があるので、出かける。八重洲口のワーナー・ナショナル。写真はワーナーの「四人姉妹」“FOUR SISTERS”といふもの、いやはや此のつまらなさには呆れ返った。近くの喫茶店の二階で「映画之友」のための合評会。宇野浩二・丹羽文雄・徳川・松井苦心して賞めようと思ふのだが、うまく賞められっこなし。座へ出る。八分強といふところ。客席の活気がない。「従軍記」くさり、「百鬼園」出来よし、「鶴八」も走って、ハネは十時。ホテルグリルで吉本の林弘高に会ひ、あきれたぼういずの件、その他色々の話。下谷の新梶へ寄り、飲み、合の子弁当食って帰る。


 十二時半に出て、母上・道子と帝劇へ、リスキン=キャプラの「我が家の楽園」を見に行く。しまひから見て元へ戻ったので、大分興が殺がれたが、何ともスマートで感心した。出ると、車が無いからテク/\歩いて汗かきつゝ――然し之もいゝことだな――天八へ行く、天ぷら頻りに食ふ。又テクで座へ。今日は八の日であるせいか大満員だ、が、客の活気が感じられない。「百鬼園」は一方絶讃されるだけに一方不安あり。ハネ十時。ホテルのグリルで柳と会ひ、利巧に別れようと言ふ、本人も分り、では病欠といふことにさして下さい、と言ふ。ルパンへ、屋井と会ふ、飲みである。


 所謂早朝興行といふ奴で早く家を出て、英のところへ麻雀しに行く。不二家で食事、マカロニが国産品でまづかった。コーヒーが世にも美味しいので感心した。銀座の英宅、喜多村・竹川・英とで四時すぎ迄続ける。今日は八千近くも勝。座へ出る。今夜は八分ってところだ。いかん。柳は、今日限りでお暇を戴きますと言ったと思ふと、清水を連れて姿を消してしまった。これで座は明朗化されるに違ひない。「百鬼園」やり乍ら、此ういふもの(高いと言ふより暗いもの)をやることを考へる。ハネて、女房・竹川と山田伸吉、田中三郎同道で、蒲田の田中氏邸へ。麻雀夜明しといふ約束で。


 昨夜十二時近くから延々長期戦、約十五六時間、相手は色々と変るのだが僕だけは一回もやめず、曳々とばかり打続ける、何年ぶりかで十三※(「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-1-10)九を自摸る、結局一万も勝った。四時、蒲田の田中家を出ると、タクシーで有楽座へ。一睡もしてないから声もらくではないが、やり出せばちゃんと出来る。体は強い。柳は今日那波氏にやめると言った由。果然座は明朗である。清水もゐない。上山の顔など光る位溌剌としてゐる。ハネて、女房・堀井夫妻と石田で今朝へ行き、牛鍋、ビール。柳の話で持切る、石田など踊らんばかりに喜んでゐる。


 たっぷりよく寝て一時頃入浴、三時内幸町の高千穂ビル、ユニヴァーサルで、試写あり。座員大勢で見る。ジョン・エム・スタールの「忘れがたみ」“LETTER OF INTRODUCTION”といふ、アドルフ・マンジュウ主演もの。とてもよかった、余興の腹話術も面白いし、本筋もいゝ。座へ入る。今日も入りはいゝ。九分か。柳が居なくなってから大道具迄静かになったといふ話だ。十時にハネる。久しぶりで浅草のみや古へ行かうと、石田・大庭・堀井に、白川・佐々木と誘って、タクシーで行く。浅草迄二円半とる。みや古はいつもうまく安し。ウイもあり。帰りも円タク探しで一骨。


 起きて又床へ入り、昼寝して、夕刻から女房と銀座へ出て、三昧堂で新刊を買ふ。五月初旬の伊豆山で読まうといふので――たのしみだ。エスキーモへ入り、二品ばかり食べてコーヒー。此処のコーヒーもうまい。座へ出る。入りよろし、柳ゐなくなったため皆元気がいゝ。今日はむし暑くて汗の出ることしきりである。「百鬼園」はうまくやる程、暗くなる。いくらよくても此ういふものは、いかんと思ふ。ルパンへ行く。五月の映画の打合せ。銀座ゴロのマコが又出て来て気分をこはされた。


 十時起き、座へ出る。満員だが、客種がよくない、「百鬼園」は受けつけないので、さら/\ッとやってしまふ。放送局の佐藤武輔の告別式あり、役者は行けないので文芸部皆行く。柳のゐない座は全く明朗である。昼の終り親子丼を食ふ。夜の入りもいゝ、が、何うも客が色が悪い。「鶴八」の始めのとこで、ふとしたことから吹いちまひ、三益と渡辺、三人で笑ってぶちこはしちまった。ハネは、十時十分前、銀座裏のふた葉へ行く。ハリキリボーイズの須田村・城木・吉川を呼び、柳と共に去るか否かをきく、三人共退座の意志なきを声明。


 十一時近く起き、女房同道で橘のとこへ寄る、伊豆山行きをすゝめ、四時近く辞して、ホテルのグリルで那波氏と会ふ、菊田・上山同席。六月の日劇案は、名・京が一年一度は来て呉れと言って来てる由で、結局、仕方がない。一人だけ食事、オニグラ、フィレソール、ボンファム・シャリアピンと定ったやうなものばかり。座へ出る。月給日で、部屋で会計係りにガン張らせて、一々渡すことにした。座内益々明朗である。入りは八分強位のもの。「百鬼園」も今日はよく受ける。柳が月給取りに出て来た。もう座員も相手にしない。「鶴八」の高野山で天井から金が降って来たのは驚いた。まっすぐ帰宅。


 招魂社の臨時大祭で特別マチネー、入りは七分位か、まあみっともなくないだけ、走れよ/\で昼の終り四時十分、急げば外で食事出来るからと、ホテ・グリで食事、スープ抜いてコールドラブスターとハンバーク。座へ帰ると、竹屋の学習院息子とその友来り、輔仁会でやる芝居を作って呉れと言ふ。よろしい。夜は入りよろし、「従軍記」走り、「百鬼園」半分りらし[#「半分りらし」はママ]。「鶴八」漫才すっかり手に入った。柳ゐないので自分で勘定払ひ、面倒くさいが気持いゝ。ハネ十時十分前、清水が会ひたがってるので一寸話し、銀座の第三お多幸でおでん茶めし、実にうまい。円タクで帰宅。


 マチネー、ダイヤ菊愛飲者招待会といふ、気のすゝまぬことで十一時半家を出る。入りはビッシリだが、何しろひどい客で、まるで受けつけない。三益が腹痛で倒れ、注射して漸っと出たが、元気なし。女房が竹葉の弁当持参、少時のびてるとぢき夜の部。夜は八分強位。「従軍記」の時、眠くて弱った。「百鬼園」はちゃんと受けたが、此ういふものは間違ってゐると思ふ。「鶴八」三益がしょげてゐるのでハッキリしない。十時十何分か前にハネる。雨となった、女房・堀井夫妻・上山・大庭で今朝へ行く。霜ふりロース中々うまし。高槻の車の事故のため戸塚警察から呼び出しあり。しょうのない奴だ。


 九時に戸塚警察の交通課へ、女房が行って呉れた、助かった、女房は気の毒。僕は、十時起き、招魂祭の奉納余興で軍人会館へ、堀井・石田の漫才、次に一人で漫談、田舎客、おまけに子供ビービー泣き、大くさり。銀座へ出ると、夕立の如き雨、雷鳴。オリムピックへ入り、アイスコーヒーをのみ、小松へ理髪に行く。まだ雨やまず、円タクで浅草迄行き、常盤座の舞台稽古をのぞき、広養軒でハヤシライス食って座へ。入り、七分弱位、ガーンと淋しい。ハネ十時八分前。とき本へ、上森を招待、大庭・石田を連れて行き、明朗化のお礼から飲み。


 赤坂の加藤の紹介の洋服屋来り、寸法とる。夏服。高くなったのには驚く。高槻来る、うんと油を絞る。高橋姉来る。女房と三人で出かけ、銀座劇場へ入り松竹の「心の太陽」を見た。中々いゝし、役者がうまいのに驚いた。四時、ニューグランドで母上を待ち合せ、食事。それから座へ。三益が出られぬとの報せがあったので、花井に鶴八をやらせることゝし、「鶴八」を三に、「春のワルツ」をトリに据える。入りは八分弱。「鶴八」漫才がまるで僕の一人喋り、花井、恥かしがってるからまるで駄目。あとの芝居も三益とは比較にならず、くたびれた/\。十時二十分前ハネ。お多幸へ行く、上山・堀井と、おでん茶めし。帰宅十一時すぎ。
 三益に休まれたので「鶴八鶴次郎」は、めちゃくちゃになった。こういふことがあるから、うっかり女にいゝ役をやらせられない、つまり女の出しものてのは考へものだ。つく/″\今日は困った。


 天長節のマチネー。十一時に出る。月末迄打続けることを宣伝してないから、昼のひどさは、目も当てられない。五分である。「鶴八」は、三益休演と定ってるので気が抜ける。花井には全く弱り。ホテ・グリへ行き、ミニツステーキを食ふ。夜の部、八分強の入り。もう何十回目故、ダレにダレてゐる。吉岡勇が、ヘンな雑誌記者を連れて来り、酒気を帯びてゐて、とても無礼、大怒り。ところへ又、土屋伍一が来り、金を貸せと言ふ、あんまり図々しいからもう知らんと怒る。ハネは、十時二十分前。コロムビアの服部良一を奢り返す、松平晃同席、ロンシャン・バーから浅草迄のして飲み。


 三益から電話、今日は無理しても出ますと言ふ、やっぱり役者だな。座へ出る、三益が出る準備させたいにも文芸部が一人も出てゐない、呼びつけて叱る。又、楽屋内でバクチをする者ありとのニュースが入ってるので、堅く禁ずる。昼の入り悪し、六分強って程でもないか。三益出て来て、「鶴八」は助かった。昼の終り、松平晃と天ぷら、ハゲ天へ行き、ニットーコーナハウスで紅茶。座へ帰り、すぐ夜の部。入り八分強。「鶴八」の漫才、三益と言ひたいこと言って朗かだった。フィナレに、吉例「愛国行進曲」合唱。技芸賞授与、ロッパ賞をハリキリ・ボーイズの四人に。ナロー賞を久米、花井に授ける。ロンシャンから、お多幸へ。
[#改段]

 今日から一週間はたっぷり休養出来ると思ふと、やたら早く眼がさめる。「エスエス」に頼まれた十年前の日記を四枚書いた。中野実が三週間の暇を得て広東から帰ってゐるといふので十時頃早稲田の中野家へ行ったが、今朝もう出かけたと言ふ。東宝ビルへ行くと、意外なり、特賞が出た。ビクターへ電話して奥村を塩瀬の喫茶部へ呼び、徳山の件(八月五周年記念に出演させる件)藤山の件(ビクター復社の事)その他の要談をし、十二時、永田町映画世界社橘のとこへ行く。女房も後から来り、友田・松村・都の日色等の好敵手揃ひで、徹宵麻雀開始。


 昨日の昼一時頃から始めて、二十四時間打通し、十六荘といふレコードを作った。が、何と又、何かゞツイてゐるやうに、落ち目で、十六荘中一回もプラス無し、三万符近く負け込んでしまった。さあ、これより休養だ! 東京駅へ、二時二十三分で熱海へ向ふ。熱海着四時半、伊豆山相模屋へ落着く。海を眺め、実にいゝ心持だ。入湯、湯滝を味はふ、快し。九時前に床へ入り、本も読まずに寝てしまふ。
 伊豆山相模屋の室からは海を見渡せる。これから何日か、海を見て暮せるのが嬉しい。今日は浪が高くて音がすさまじい。海の上の空の動きも眺めてゐて嬉しい。


 八時起床、今日は快晴、海を見る幸福。湯滝に当り朝めしを食ふ。さて、用は無し、女房とも/″\熱海へ出る。熱海宝塚劇場へ入った。ビクター東宝提携の「船出は楽し」といふのは、呆れ返った愚作。「友情と兵隊」英国物、これはましだ。こゝを出て、緑風閣迄歩く、海を眺めながら天ぷらを食った、建物と景色はいゝが、天ぷらはまづく、値は高い。天二物を与へず。宿で宇野浩二の「楽世家等」を読み、八時頃又飯を食った。それから竹屋の息子に頼まれた、中学生用の脚本を「五十年後の同窓会」といふ題で十六枚、一時迄に書き上げた。
 湯滝の快さ、ハイカラでないところ、非文化的なところが丁度煎じ薬を飲むやうなよさで、きくやうな気がする。伊豆山、熱海を控へてゐるだけに、ちっとも退屈しないで済む、シャバッ気の多い者でも辛抱出来る所以。


 此の宿に一つの大欠点がある。蠅のゐること。五月の蠅でウルサイとはよく言った。ハンケチを被ってねる。足へチョコ/\と来る、かなはん。東京へ電話し、橘弘一路夫妻に、来ないかと誘ふと、夕刻伺ふとの返事。ひょっこり堀井夫婦現はれる。四時半頃橘夫妻が風月の菓子を持ってやって来た。ではやらうといふことで、麻雀一荘。賑かに夜食――こいつが宿の食事で、その不味さ。又麻雀を始める。づーっとやって午前四時。はや、海ほの/″\と蒼し。


 蒼く明け行く海を見ながら風呂へ入り、それから寝た。蠅が顔へたかって十時に眼がさめる。湯滝を浴び、皆で揃って朝食、大勢だと美味い。食後、又麻雀になり、五時頃迄やり、揃って風呂へ入る。花井は、沼津行きとやらで出発し、残る五人で、一休庵迄出かけ、普茶料理を食べる、例によって僕だけ二人前食べる。皆とてもうまい/\と喜ぶ。伊豆山へ帰る。高橋の夫婦も来たり、大した賑かさである。それから又麻雀となり、午前三時すぎ迄。明後日で帰京だ、六・七・八のプランだけは立てゝ置きたいものである。橘夫妻・堀井は明朝早く帰る由。


 十二時迄寝た。入浴する、湯滝の快、たっぷり浴びた。高橋夫妻、箱根へ出かけた。朝食して、「チェーホフの手帖」を読み上げ、かねてから練ってゐた、チャプリンのための原稿を書く。五枚に簡単な筋を書き上げる、これを森氏にたのみ、高野氏を通じてチャップリンに送って貰ふつもり。又、湯滝。上山雅輔来る。先づ風呂へ入らうと、又湯滝を味はふ。七時頃万平ホテルへ行く。食事、いやはや美味しくない。宿へ帰って、女房と蠅とりを持って蠅狩りする。上山と夜更ける迄、色々プランを立てる。二時頃迄「マリウス」を読みて寝る。


 そろ/\宿の朝飯が我慢出来なくなる。一時何分の汽車で、女房と三島へ。女房の伯父の墓参りをつきあふ。田代グリルといふとこで洋食二皿ばかり食って、熱海へ引返す。熱海宝塚劇場へ行く。去年見たキャプラの「失はれた地平線」と、東宝渡辺邦男の「裸の教科書」を見る、渡辺邦男てのは兎も角商売人だ。それから又一休庵へ行く。普茶料理も一昨日の今日では一向うまくなかった。宿へ帰る。入浴、湯滝のみ、いゝ心持。「支那劇物語」といふのを読み出す、変ってゐて面白い。
 ガソリン統制以来、自動車の運ちゃんのキゲンの悪いことは東京でもさうだが、三島あたりでも、まるで乗せるだけ損みたいにプン/\してゐる。昭和十四年度の奇現象らしい。何年間此ういふ現象が続くものか。つひ去年迄、うるさくつきまとって乗車をすゝめた円タクが、逆に客を振り、バット進呈のオマケ迄して運ちゃんに呼びかけてゐたガソリン屋が、運ちゃんを振る。主客テン倒風景。


 帰京。
 九時起き、入湯、名残りの湯滝を浴びる。熱海発十一時三十二分。車中、「支那劇物語」を読む。東京駅一時四十分、文芸ビルへ行く。二時、座員総員集まる。今まで何もかも人任せで仕事に身を入れなかったことを詫び、柳にコビヘツラッタ人々に今後を誡め、その他色々話す。それから東宝グリルで、応召の文芸部太田恒三郎の壮行会をやり、又文ビルへ。東宝映画から斎藤寅次郎来り「ロッパの子守唄」(仮題)の本読み、読み手がないので自分で読む。青年部の会が今朝で開かれ、出席する。人数は少い。然し不良分子が無くなり、気分はよくなった。上森ととき本へ行く。ねむくなり、ろくに飲まず、ダレた。


 十一時すぎに斎藤寅次郎、小国英雄来り、打合せ、「ロッパの子守唄」と題は決定、明日ロケに立ち、二十何日かにアガるやうにするといふ。東宝本社へ、那波・秦・大阪の寺本もゐた。川口から三益を七月休ませてくれと勝手を言って来た。それでは出来上ったプランがめちゃになる故、七月は出ることに諾させる。森岩雄そこへ来合せ、チャプリンのための原稿を渡した。七時ルパンで中野実に会ふ。毬栗頭、先づニューグランドへ行き、中野式梯子で、ルパン、ロンシャン、ルーウエ、サロン春、ヒュッテと歩いて、赤坂寺田へ落ちつく。中野ノビてしまふ。置いて帰ったのがもう三時半なり。あきれたぼういずの残れる一人川田義雄に会った。
 中野実に広東の話をきく、その中で支那ってとこには水がないときいてゾッとした。水は濁った黄色い液体ださうだ、僕の如く水を呼吸するやうに飲む者は到底やりきれたものではあるまい。水をのむ度、感謝しなければならないと思ふ。


 富士大宮へロケ出発。
 十一時起き、あきれたぼういずの坊屋三郎から、うちの加川を引抜いた詫手紙が来たので、その返事、そんな事はいゝから勉強々々の事と。三時何分の汽車でロケーションに出発といふことで二時に東京駅へ、丸ビルで缶詰を買ひ、荘司の地下室で鈴木静一と打ち合せし、富士大宮町へ向ふ。六時に富士駅着、ハイヤで富士大宮って町の、橋本屋といふ宿へ落ちつく。大広間でお寒き食事、さて――雨になったが、いやんなっちまふなあ。スタッフの連中と麻雀を二荘ばかりやる。いやな宿屋で寝心地は悪い。


 ロッパの子守唄 撮影第一日――ロケ。
 六時半に起される。宿屋の味噌汁のはかなさよ――大宮町から約一時間、目的地へ着く、富士裾野の根原といふ、茅葺ばかりの村、曇りでやっと一カットを撮り、待ち、宿からの弁当うまし。富士は晴れたり曇ったり、雪ちら/\と寒い。待ってゝもダメと白糸滝迄行く。茶店でウデ卵子食ったりして待ち、つひにこれもダメとなり、ダレて大宮町へ引返す。宿へ帰ってスタッフ連と麻雀、上山・白川と町へ出かけ、ひどい洋食屋で二三食ふ。かなり悲しい町である。夜は又スタッフ連と麻雀し、カンづめのゆであづきを食べる、これがうまい。
 富士高原の根原村、そこの子供は、われらの宿の弁当の余りを与へたら貪り食ったさうだ。然し、その子供らの歌ふのをきけば、「満洲娘」の一ふしで、「王さん待ってゝ頂戴ね」と来たのである。
 曇天で生れたダジャレ、「ロッパの曇り唄」。もう一つ。富士裾野には、確かゴルフ場がある筈だと言ふから、あそこにあると指した。あれはW・Cだ、だから、ゴフジョーさ。


 雨の音、而も沛然と。これじゃあロケは駄目だ。はかない朝飯を食って、「モダン日本」へ漫才を五枚、「ライト」の一枚半、片付ける。十二時近くから又麻雀だ。夕刻迄やり、川口松太郎より贈られた「新篇丹下左膳」を読む。夕飯に、肉ばなれがしさうだから、すきやきを頼む。鶏肉の如きが出たので、きくと、牝牛ださうで、その悲しい味に驚く。町の松竹座といふのへ行く。新興の「仇討人情双六」と「喧嘩横町物語 貧しき者の幸福」共に面白く、大いに参考になった。もう一つ「孫悟空」第二篇、まだ雨、十一時半床へ入る。
 此の宿に泊って、久しぶりで夕ぐれの悲しみを味はった。電燈が六時にならないと点かないのだ。たそがれ時の悲しみ。もう一つは、牝牛の肉を食ったことだ、われ/\の常に食ってゐるのは、あれは雄の牛であったのか。そして牝牛といふものゝ味たるや。ソップ殻の肉を噛むやうな、いや、もっとはかない味であった。


 ――帰京。
 今朝も雨だ、ヘーヴィーレインだ。缶詰のおでん、冷たいのを食べる。しみ/″\色々なものを食ひたい。雨はやんだが晴れて来ない、晴れる迄白糸滝の現場待機と定り、出かける。途中、濃霧だ、白糸へ行っても霧、茶店で待機、焼鳥を売る爺あり、中々うまいので頻りに食った。結局、鳥食ひだけで、帰ることになる。何とムダなことだ。三時何分の富士発で帰京となる。大宮町の古本屋で買った「微笑行進曲」を読む。新橋下りるとすぐホテ・グリへかけつけ、ポタージュ、サンジェルマン、チーズ・スフレ、チキンロース等食って、内幸町の放送会館へ。今日から放送開始のビルディング、テストの終り二時。
 カンヅメを色々食った。日本のカンヅメも発達して、カンヅメくさいのがわりになくなった。ゆであづきのカンヅメは優秀だった。牛肉、鶏肉は、やっぱり寒々とした、にほひがついてゐる。


 一時半迎へが来り、新放送局へ。三時四十分から、「オーケストラの親爺」放送。参観が多いので、いつもみたいに行儀悪くも出来ない、上衣脱いだゞけでやる。終ると、文ビルで、新入座員と研究生の試験をやる。女の子はお寒いのばかり、青年部と研究生には見込あるのが大分ゐた。研究生中、朝鮮人あり、一寸いゝ顔してるし採用する。上森来り、柳への慰労金千円也を渡して置く。それから林寛・上森・堀井で、近くのクラブで二荘やる。ダットサンの会社より借りたダットサン、高槻の運転で十一時半帰宅。


 セット入り。
 七時すぎにダットサンで家を出る。かなり揺れるが、コクリ/\やり乍ら行く。田舎の大助の家の台所のカット、煙がもう/\と立つ、むせ返りつゝ二三カット。これで昼食となる。腹は空かないが、定食を食ふ。今日は明治座の切符がとってあるのだが、中々終りさうもない。午後は、同じセットで鯉つかみのさわぎ、三益の娘と酒を飲み乍ら話すところ、初日のせいか調子が出て来ない。明治座は上山をやることにした。夜、まずいものなら食はぬがましと、食事せずに、赤ん坊の件りを撮る。生後三ヶ月の子供が、とてもよく芝居したので大助かり。九時に終る。鈴木静一と代々木八幡の夜店を見て、神楽坂のゑびす亭で牛鍋食って帰宅十二時近く。


 七時半に食事だ。ねむい/\。午前中数カット。十年後の大助の家、悦ちゃんといふ子と初めてつきあふ、相当な子、まるで大人で、感じよくない。食堂で、情ない食事、一寸風邪ッ気で熱があるやうな気がする。床山がハゲヅラをつける時、濡手拭の堅い奴で、遠慮なくおでこを打つので気分が悪い。午後も専ら悦ちゃんを相手に、力だめしに大きな石を持ち上げて見せるとこなどやる。森岩雄、セットへ現はれ、チャップリンのためのストーリーは面白いから翻訳にかゝったと言ふ。夜も食堂の飯、げんなりする。十時迄かゝり、チョン。ダットサンで帰宅。アスピリンのんでねる。
 撮影所ってものは、何ういふわけで遠く不便なところにあるのかと、今更乍ら腹が立つ。往復の不便は、もとより、食ひもので一ばん悲しくなる。食堂の飯を続けて食ってると、全くヘンになってしまふ。今夕あたりも、双葉亭が食へるかと楽しみにしてゐたのに、やれ/\。


 八時、晴れたからロケ。先づ渋谷松濤の公園で二カット、麻布の郵便局前で一カット。これで昼迄暇になった。銀座へ、三昧堂で新刊数冊求め、千疋屋でシャベットやコーヒーのみ、砧村へ。十二時からのプレスコが、鈴木静一来らず待ち。漸く三時近くから。郵便屋の歌二つ入れる。それからセット入り。支度して行くと、一区切りしたから夕食だと、又カツラを外して、待ち。石川欣一の「大阪弁」を読み上げて、大岡竜男の「妻を描く」にかゝる。夜、渡井の家のセット、渡辺・三益と気が合ってるから楽だ。終ったのが九時。渋谷の白十字で、一人はかなくチキンカツを食って帰宅。
 さて妙な商売だなアと、ふとセットの待ちの間に思った。朝早く起きて、市中で爺になって歩き、今度は又こんな所へ来て、たゞうだ/″\と待ち、セットへ入れば怒ったり笑ったり――。


 六時半起き、たのむから、もう少し眠らせてくれといふ気持。七時すぎに迎へ来る。成城駅前あたり、職業を求めてるところと、撒水車を挽いて歩くところ、撒水車の重いこと、肩を凝らしちまった。十一時前にアガリ、撮影所へ帰って食堂のめし食ふ。試写室の満洲映画を見る。大谷俊夫演出の、李香蘭主演物、馬鹿々々しいが面白かった。二時近くからセット入り。料理屋の板前になったところ、石田守衛が僕と渡辺に揉みくちゃにされる場面。珍しく夕方アガリ。銀座へ出る。小松で理髪し、ホテ・グリで滝村と食事、トマトクリーム、フィレソール、鶏の煮たの、アスパラガス、コーヒー、苺のバヴァロア、八時帰宅。
 撮影してると、毎日一冊宛、本が読めるのだけは嬉しい。どん/″\色々なものを読みたい。思へば撮影所の食堂位、色々な客が来るとこもなからう、下は一日何十銭の日給の者から、上は一ヶ月何千円の大スター迄、それが同じ二十銭の定食を食ふのだ、中々むづかしからう。


 六時半起き、ダットサンで、砧へ。近くの道で、郵便配るところ、移動して成城駅で、三益とめぐり逢ふところ、三益、映画に馴れないから、間がのびてしょうがない。これで僕はアガリ。スタッフの相談をきくと今夜発で伊東へロケとか言ってる、休養がほしいから、滝村に予定を変へ一日休ましてくれるよう、その代り今夜滝村をサービスすると話し、さう定り、上山と銀座へ出て、不二家で昼食し、本社へ寄り、那波と座員の月給問題につき研究、文ビルへ行き、六月の旅の、打合せ、配役決定、連名つくり。東宝の「思ひ出のアルバム」見て、滝村と落ちあひ、赤坂の長谷川へ行き、飲みたり。


 今日は撮影は休み、女房とホテ・グリへ行く。西村太一に世話になってゐるので、呼ぶ。ブロスにコールドラブスター、肉の煮込み、バゞロアとプディング。吉右衛門が食事してた。それから赤坂の加藤伯母上の見舞に寄る。もう長くないとのことで、伯父上は力が無かった。橘のとこへ行く。友田・松村居て早速麻雀となる。麻雀といふ奴、勝ってると運命の順調が嬉しく、負け出すと魔につかれてるやうで不気味になる。今日は初め勝ったが、あとでひどく負けてゼロといふ成績。井うちの支那弁当とって貰ひ、美味かった。十一時近く切り上げて帰宅。


 早朝、快晴の青空の下、砧の撮影所内の池へ入り鯉を捕まへるとこ、まだ水は冷たい、これが昼前にアガリ。午後は料理屋のセット。又鯉の料理をするとこあり、鯉供養でもしたくなる。これでセットが終る。女房と竹屋夫人子供等が、農大農場苺とりの帰りだと言って来る。女房とダットサンで橘の家へ出かける。友田や松村が又ゐて、即ち麻雀になる。今日は田原屋のハヤシライスをとって貰った。勝負は僕よろし。勝ってる時の麻雀は、全く気持がいゝ。負けてる時は全く嫌だ、当りまへだが。十二時に帰る。


 カラリと快晴だ。七時すぎにダットサンは、はるか鶴見の花月園迄飛んだものである。小さな車の中で窮屈な思ひをするので肩がコチ/\に凝ってしまふ。動物園の中で、ロケ。渡辺の園丁が、熊の梱へ入ったり、僕は孔雀の中へ入り、ホースで水のブッかけ合ひなどゝいふさわぎがあって、昼すぎ位にアガリ。園内のおでんを食ひ、又ダットサンで文ビル迄。ハリキリボーイの一人須田村に話あり、フワ/\してたが、之から一生けん命やると言ふ。那波支配人と上森をよんで会食するので、赤坂の長谷川で待つ、八時頃迄来ず、やっと来た頃は、僕もう酔ひでクタ/\、十一時迄持たず、帰宅。


 七時起き、たまにガボリ/″\やると、色々な滓が飛散してさっぱりする。八時すぎ迎へ来り、渋谷の区役所前へロケーション。職業紹介所前で、渡辺と喧嘩の数カット、終って、双葉亭へ渡辺と行き、昼食。サラダがうまかった。砧へ行き、二時頃セット入り。郵便局内数カット。俳優係りの手違ひで、三益が四時半すぎにやっと来ると、今度は赤ん坊を呼び出すのを忘れたの何のとあんまりダラシがないのでクサリ、監督も止めて明日にしようと、何のことだ馬鹿々々しい。南部僑一郎をダットサンに乗せ、虎の門の晩翠軒で夕食。大徳でソフトを求め、新橋演舞場の五郎氏を訪れ、自著一冊貰って帰宅。プラーゲが告訴したと見え、検事局の呼出しあり、面倒なり。
 国民新聞の今朝のにロッパ一座の内紛といふ題で、柳脱退のことゝ渡辺・菊田も脱退工作中だなどゝ、デタラメを書いてあった。柳の友人の伊藤伝とかの仕事に違ない。問題ではないが。


 七時起き、癖がついて辛くなく起きられる。が、起きてからが、一日中眠くていけない。ダットサンで砧へ。これが相当の苦しみ、肩は凝るし、よく揺れるし。昨日中止したバスの中のスクリーン・プロセスの撮影、スラ/\行かず、砧専属の役者達のセリフを入れるのゝ下手なこと驚く。停車場の改札口のところ、二カットでアガリ。三時すぎ。女房の歯医者帰りと待ち合せ、英太郎宅へ寄り、上京中の竹川・田中夫人と手合せ、負け。高橋兄の家へ。兄夫婦共に、偕楽園へ行く。今日はあまりうまくなし、老酒がもう無くなってる。十時半帰宅。


 今日はゆっくり寝てゐられるのだが、八時頃眼がさめてしまふ。一時に出て、徳山の家へ。八月出たくないとか言ってるさうで、こっちから乗込みの直談判だ。会へば何のことなく承知。文ビルへ。二時に皆集まり、月給を渡す。毎夕の中林が、何とかいふ年鑑へ入れと三十円とられる。四時半、演舞場の曽我廼家五郎見物、上山・女房と三人。五郎が全然元気がない、活気がない、いやな予感さへした。帰りに赤坂加藤へ寄り見舞して帰宅。


 今日でセットはアガる。九時頃砧へ。放送局の応接間と階段、硝子越しに放送室を見物する室。午前中三四カット。泣き乍ら室を出るとこが先で、泣くとこは後でやるんだから、気が入らない。昼食、二十銭の定食。午後はアフレコ、スクリーン見つめ乍ら色んな声を出す、これも終り、セットの模様代へで待ち。七時に出来上り、それから見物室。たゞ後姿のみ、屁みたい。九時終り、赤坂の加藤へ、今暁、伯母上死去のため、行く。十時半銀座へ。滝村への礼金をすませる。チャプリンの件、何しろ世界的な企画だから話が大きい。ウイ大分飲み、夜も更けた、二時すぎ寝る。


 伊東――箱根 ロケーション。
 六時起き、辛し。八時二十五分の東京駅発伊東行き。着くと、大東館といふ宿へ落ちつき、伊東駅のホームで、ワンカット撮す、と今日はアガリ、馬鹿々々しい、何のために此んなとこ迄来にゃならんか分らず。今度は箱根行きとなり、四時十何分に伊東発、塔之沢福住へ落ちつく。富士屋ホテルへ食事に行く。ハイヤ往復五円、ちと贅沢だが、うまかった。オルドヴルよし、トマトクリームスープよし、ベーキハムよし、ローストビーフよし、アイスクリームよし。塔之沢へ引返し、スタッフ連と麻雀。溪流の音きこえて此処も亦いゝ。明日は又早く起きねばならぬ、早起地獄だ。


 帰京、「ロッパの子守唄」撮影終了。
 曇りらしく起しに来ない、でも七時に起きてしまふ。支度し、小田原の町を突抜けた所の多古養魚場付近、橋のとこ、田圃道で数カット。宿の弁当をうまい/\と食ひ、パッと晴れない薄日和だが、今度は町へ出て、八百屋の買物、箱根へ向ふ道で、プレーバックの続き、三時すぎオールチョン。宿へ引あげて一休み。五時三十分の小田原発で帰京、新橋で下り、迎への上山に、大西・塙・白川と今朝で牛鍋を食ひ、銀ブラして帰る。「浮世散見」読みつゝねる。


 今日は用なき日、ゆっくり眠るつもりが、八時半に眼がさめる。悪い癖がついたものかな。女房と寺木歯科へ行き、ついでに僕の歯も診られ、「食指動くね、早くやらして呉れ」と言はれる。小松で理髪し、若松で栗ぜんざいを食べ、下二番町へ、秋子が、デブ/″\に肥ったのに驚く。そこから橘の家へ行く。旬報から友田と松村が来り、お定りの麻雀となり、十一時すぎ迄やったが、七千以上の勝、勝ってると頗る面白し。田原屋のハヤシライス、井うちの支那そば食べつゝやる。ダットサン修繕中のためハイヤ呼んで貰って帰る。


 十一時半、東宝ビルへ行き、那波・秦氏と話す。旅のコンダクター、一人入れたいのだ、然し福田宗吉乗気でないらしいので甚だ弱る。小林さん来り、東宝ビル三階の食堂で一緒に食事する。小林って人、全く人の話をきかず面白くない人である。那波も秦もたゞ鼻息をうかゞってゐるのが、つまらない。文ビルへ行く。人手がなくなると覿面に急しい、禀議いふ奴にサインするだけでも疲れる。近くのクラブで一荘やり、浅草へのして、来々軒のワンタンに中華丼、王国の生駒のとこでハトヤの冷コーヒー、結局みやこのウイと、浅草を満喫し、酔ひの帰り。
 小林一三、僕の顔をつくづく見て、「君は、色が黒くなったねえ、役者になってから。」「いゝえ、ロケーションで陽に焼けたんです。」映画を撮ったあとしばらくは色が黒くなる。ぢきに元へ戻るが、何うも色が黒くなるのは、キラヒだ。


 十時起き、今日は本棚の整理をするので、大西が手伝ひに来る。芝居に関するもの、随筆、ユーモア物と分けて並べる。昼頃、大庭が来り、皆で食事し、又続ける。脚本類も一とまとめにして、四時すぎすっかり済み。と急に天ぷらが食ひたくなり、女房と新宿へ出て、天兼へ行く。飯二杯とえび六本その他食ったが、うまくないので中村屋へ行って、ボルシチを食べ、紀国屋書店で新刊三冊買ひ、引っ返した。床をしいて読書。竹内逸の「浮世散見」が、ちっとも娯めず、戦ひ読んだ。
[#改段]

 十時に「ロッパの子守唄」のラッシュ全部試写するといふので、砧へ出かける、ひどい雨である。一個所、かなりくさい芝居をしてるとこあり、然し泣かせるにはいゝ。全体としては、やっつけな、ラフなものだが。三益が映画には全く駄目だ。終ると赤坂の加藤へ、初七日故一寸寄り、文ビルへ。名物食堂へ寄って、天ぷらを食ふ。何処のよりも此のハゲ天がうまいと思ふ。文ビルへ座員集合し、今日より「太平洋行進曲」のけい古。友田純一郎・島村竜三・堀井とで一荘やり、アイコ。七時、青山のいろはへ。「子守唄」スタッフ招待、ブラック・アンド・ホワイト一本持参、余興に、斉藤・阿部のまねなどしてると、酔っちまひ、十二時近くに帰宅せり。


 早く眼がさめて困る、九時に起きる。十二時、ビクターへ行く。菊田一夫作・鈴木静一曲の「宵暗せまれば」といふ、夜店風景といったもの、つまらなくもないが、何せ古い。川田義雄が来り、身上相談、色々考へてやることにした。四時に歌舞伎座へ。羽左と菊で、「河内山」その他、二階正面から見たが、舞台がだゞっ広いので一向しまらず、「河内山」も羽左老いたりの感。六代目の怪談物「宵宮雨」パッとしない。十一時近くなったので踊りを残して帰宅。


 どうも早起きになり困る。一時、文ビルへ。「夏の日」から。手馴れてゐるから手数かゝらず、石田が二枚目に廻ったが、勝手違ひらし。次、「大久保」ひどい本だ、ふざけてこはすべきもの。それから「自叙伝」三益の代役高杉が、わりによさゝうなので安心する。ダットサンを借りたニッサンの新井といふ人を、ホテルのグリルへ招き、夕食をする。トマトクリーム、コールド・ラブスターに、チーズソフレー、アスパラガス。それから浅草の花月へ、吉本ショウの中、川田とミルクブラザースの第一回公演を見る、スマートすぎるが、頭がいゝので賞め、川田に色々アイデアをさづける。


 十時起き、稽古場へ。「大久保」から。例によって渡辺篤が病気だと言って休み。づるくて困る。三時から「自叙伝」を立つ。いゝ加減切り上げて東劇へ。新派だが、結局つまらなかった。食堂へ行くと、注文しといたのに、出来ないと言ふんですっかり腹が立つ。東宝系は、これよりひどいさうだ。幕間に楽屋へ行き、喜多村の部屋をのぞく。英は一役でアガって帰っちまってゐた。帰りに大辻のしるこやへ寄り、栗ぜんざいとざうにを食って十一時帰宅。


 十二時に迎へ来り、早稲田の中野の家へ寄り、七月「夏とダンディー」をやることを断はった。東宝ビルへ。那波・秦・山本、食堂にゐる。そこへ森岩雄氏も来り、森氏にチャップリンの事は一任する。九月以後のスケジュールにつき、森・那波と相談。今年中に、もう二本映画といふことになる。塩瀬のコーヒー店で、南部僑一郎と会ひ、八月有楽座の記念パンフレット編輯をたのむ。山野一郎来り、八月のこと頼まれる。それから銀座へ出て、松島屋眼鏡店で、ロイド眼鏡二つママへた。約束なので橘のとこへ。麻雀。又、魔の如く負ける、一万以上。その不快さったらない。十二時半帰宅。


 名古屋へ出発。
 階下で加藤伯父上らしき咳払ひがきこえて眼がさめる、伯父上、やもめ暮しの淋しさの朝散歩。十二時前に家を出る。銀座へ廻って、大徳でカン/\帽を買ふ。一円也は安い、これですっかり夏気分。一時のかもめへ乗る。乗ってすぐ食堂へ、同車の渡辺・山伸に女優三人で食事。セリフを入れてると眠くなり、海老になって寝たり、谷崎精二の「都市風景」を読んだり、名古屋着六時半、なか川旅館へ、宿で一風呂浴びると、朝日ビルのすしやですしを食ひ、名宝でダニエル・ダリウの「暁に帰る」を見て、香楽といふとり屋へ、宿へ帰って麻雀、堀井・山伸で四時近く迄。


 名宝舞台稽古。
 十時起き、なか川旅館の朝めし、岡崎の八丁味噌の汁、どんよりドス黒い。十二時にアラスカへ、名古屋の記者五名ばかり、渡辺・菊田同席させ、先日脱退説のありしは大デマなりと発表。アラスカの昼めし、わりにいゝ。又、チーフが変ったかな。座へ出る、十二時から「太平洋行進曲」、菊田の幼稚なセンチメンタリズム、見るにたへんもの。「夏の日の恋」を三時頃からかゝり、次に「大久保」これでもう九時になる。朝日ビル地下の天ぷらを食ひに行く、海老と、芋や葱をふんだんに食はせるとこが気に入った。それから「自叙伝」これが午前四時迄。莨のんじゃあ歌ったりどなったりで、咽喉の具合がいけなくなった。四時半に宿へ帰り、クタ/\と寝る。


 名宝初日。
 十二時起き、鈴木静一・上山・堀井と来り、四時に出て、朝日ビルの地下、天ぷらを又食ふ、ネタがいゝのでうまい。それから座へ。土屋伍一が、座の表へ名前が出てないと、泣きだしてみっともなくて弱った。此ういふことだけ役者根性で困った奴。初日、入り八分五厘てとこ。「夏の日」頗るよく受ける。「大久保」盥登城のとこで講談をやり、「初日のことなれば、さうスラ/\とは行かない」といふ手を用ゐてみたら大受けだった。「自叙伝」はスマートすぎ、客が感心してる感じだ。十時半にハネる。帰宿して、堀井・山田・大庭と麻雀。


 麻雀、つひに午後四時頃迄打続けた。全く僕といふ男、始めると、トコトン迄やらないと気がすまず、いけないことに違ひないが、仕方がない。一時すぎに味噌汁と玉子で食事、その美味かったの何のって。座へ。今日から五時半開きだ。殆んど眠ってゐないが、芝居は大丈夫。声も悪くないので安心。「夏の日」「大久保」は、百パーセント受けてゐる、「自叙伝」が、も一つ食ひ足りない。入りは、九分九厘といふところ。十時半ハネ。宿へ帰り、中央亭の洋食を食ふ。ねむい/\。
 けい古の時一ばん喜ばれるだらうと思った「自叙伝」がどうもピンと来ないで、「夏の日」と「大久保」が大受けだ、地方は、まだ/″\だな。


 よく寝た。十二時に出かける。座は、入り七分位か。土曜マチネーの宣伝が足りてゐない割にはよく来てゐる。昼は、少々気を抜いてやる。朝日ビル地下で女房と待ち合せ、天ぷらを、しこたま食ふ。それから喫茶店で栗ぜんざいと冷コーヒー。夜の部、完全なる満員。「夏の日」よく受け、「大久保」他愛なき笑ひ、「自叙伝」が何うもその割でない。女房の観察では、受けてゐないのではなく、感心してゝとてもいゝ受け方だと。ハネ十時半、小尾老人の招待で、かもめへ。長崎料理かと思ってたら、日本食でクサリ、ウイは無しほと/\つまらず。一時すぎ宿へ帰る。


 今日もマチネーである。出ようとすると自動車がない。ガソリンの統制で何処へ行ってもこれだ、その上煙草が光しか無く、チェリーが全く品切れで大弱りだ。座は、昼も大満員、一々よく受ける。昼終りアラスカへ行く。青豆ポタージュに、豚のグリル、コーンフリッター。夜の部。「大久保」殆んどデタラメに近いが、此処迄ノンセンスなら、これもいゝって気がする。「自叙伝」が、も一つパッとしない。ハネ頃、榎並礼三氏来りラッキーへ行く。村上日麿といふ金持らしき人物現はれ、一緒に飲まうと残月といふとこへ行き、帰りに夜店のチャーハンを食った。


 風邪ッ気だ。嚔が出て、咽喉がヘンだ。女優連と堀井・石田が来り、二台の自動車に分乗して、東山の動物園へ行く。緑猿といふのが、ちっとも緑色でない、何うしたことかと見れば、睾丸がまっ青だったのは大受けだった。朝日ビル地下の天ぷらを食ひ、早めに座へ入る。今日も入り悪くなし、八分位は行ってゐる。今回は先づ成功だ。「夏の日」は、やっぱり受ける。「大久保」もよかった。「自叙伝」も先づよし。ハネ十時二十分。女房・堀井夫妻・本田一平で名古屋名物のどて焼を食ひに行く。こわ/″\食ひ、安食堂でトンシチュウを食って帰る。麻雀。堀井・大庭・本田で。
 名古屋名物どてやきとは、鍋の中へ味噌たっぷり入れて、グラ/″\と煮る、つまり味噌おでんだ、材料は肉と豆腐とこんにゃく。肉は犬か馬か分らないが、中々うまい。これとチャーハンが軒を並べて出てゐる。


 昨夜から又麻雀、もっとやらう/\と、これは何時も僕なのだ。麻雀の中に自分の運命を見つめてるやうな気持だから勝ってると順調な運命が実に嬉しく昂奮するのだ。つひに一睡もせず、午後四時迄続いたのだから呆れる。そして大いに負けたのだから更にいゝ。朝日ビルの喫茶で冷いコーヒーとぜんざい食って楽屋入り、舞台へ出ると全く声が出なくなり、すっかりクサる。名劇へ出てる小林千代子来る、すしを届けて来た。宿へ帰って、食事。


 白衣の勇士招待マチネー。
 グッスリ二日分寝た。今日は名古屋の陸軍病院にゐる白衣の勇士達を招待しての特別マチネーで、十二時開演。座へ行くと、白衣の人達で大満員。「夏の日の恋」ワーッと嵐のやうな受け方で、こっちが茫然としてしまふ。勇士達は女ッ気に飢えてゐる。フィナレに、舞台へ軍人さんがあらはれ感謝状を授与される。万歳三唱、「愛国行進曲」を合唱して閉会。石田を連れて、アラスカへ行き、オルドヴル、ポタアジュ、トルネード・グランドホテル等、二人で九円は高い。夜の入りは八分五厘強位、十時二十分ハネ、宿へ帰り中央亭の洋食。
 久しぶりで調子をやり、調子の大切さを改めて感じる。セリフ言ひながら、歌いながら苦しくて、笑顔で歌はうとするのに努力が要る。情ない、早く治してセリフを、歌を享楽したい。


 名宝千秋楽。
 一時半から名宝会館で「ロッパの子守唄」の試写をやるので女房共に出かける。結局、終りの僕の大芝居のとこが臭い乍ら成功だ、前の方はつまらない、興行的には大丈夫なもの。ついでに「百万弗大放送」といふパラマウントのオンパレード物を試写。この映画、つまらず、でもいろ/\ヒントを得た。済むと、朝日ビル地下の天ぷらへ行く。座は千秋楽だが八九分の入り。東京のアダヨ、三橋といふ凶悪なのが来り、十円タカられ、警察の人来る。主任の岡崎と上山・白川・須田村・PCLの三上等でラッキーへ、ウイのみ、夜店のチャーハン食って帰る。


 長良川の鵜飼。
 十時起き、堀井夫妻が来り、四人で東宝大須劇場てのへ行く。金語楼の「プロペラ親爺」と「青髭八人目の妻」久しぶりでルウビッチュに堪能する。出て、赤門富士アイスでチキンカツを食ひ、押切駅へ。榎並礼三の招待で鵜飼に行く。岐阜へ着き、長良川ホテルへ。ホテルで支那料理を食ふ、ブラックエンドホワイトあり、飲む。八時、船に乗る。花火屋、釣り堀船、いろ/\来り、賑かなり。鵜飼は一瞬にして終り、あっけなきもの。十一時三十五分の岐阜発電車で帰る。長良川ホテルで「古川さん」と呼ぶ者あり、見れば中村福助なりし。
 長良川の鵜飼といふものを初めて見た。日本名物の一には違ひないが、あんまり俗化されてゐるので驚いた。こゝだけは非常時を忘れた姿である。


 京宝初日。
 昨夜から堀井・大庭・本田で麻雀し、又負けて六時頃寝る。今日は名古屋出発、京都へ向ふ。二時二十何分の特急、中々の満員、ずっと熱っぽく、計ってみると七度三分、気分が重い。車中の暑さ、ムン/\。四時二十何分、京都着。まっすぐ座へ出る。九分弱の入り。のっけに「太平洋」で乗せそこなったときいて「夏の日」で馬力かけたが、照明が暗かったせいもあるが、受け方が名古屋の半分と迄行かない、これには面喰った。「大久保」は、キッチリ受けた。「自叙伝」は、思った通り、京都向きらしく、名古屋よりづっと受ける。ハネ十時二十分。まっすぐ炭屋へ帰り床につく。


 たっぷり寝た、いゝ心持。朝食、東京から納豆が届いて、久しぶり美味く食べた。今日はマチネー、座へ出かけると、入り八分といふところ。二十四日迄が京都の勤倹貯蓄週間で、町々で貯金々々の演説があるのださうで、それじゃあ入りもないわけ、エライ時に来たものだな。伊東章を連れて、アラスカへ。面倒くさいので定食を食ったら、わりとうまかった。古本屋で劇に関する珍本を三四冊求めた。夜の部も八分弱。ハネて、女房・上山・堀井・川村秀治と、なるせへ行き、鶏の足やみやまあげをふんだんに食ひ、宿へ帰って四時迄麻雀。
 川口から、三益のことをいろ/\注文して来り、八月の狂言についても容喙して来てゐる。三益は、最近、全く一座に対して無礼になったし、そろ/\敬遠すべきだと思ふ。あと釜が欲しい。


 眼がさめて、時計を見ると十二時半、うわこいつはいかん。今日は十二時に東洋亭へ京都の新聞社の人達を招んでゐるのだ。急いで入浴し、一時近くにかけつける。食卓につくと、すぐ皆に詫まる。これが済むと、女房を呼んで、花月劇場へ行ってみる。辻野良一と九里丸を見た。「国定忠治」の行友李風に感心する。どうも熱っぽい、七度ある。気分悪し。五時に新藤隆一と会ひ、朝日ビルの地下で、おでんとライスカレーを食って、座へ。入りは昨日よりいゝのは驚いた。楽屋へ千恵蔵・小国英雄来訪、宿へ帰って小国と九月作品の打合せし乍ら食事した。それから千恵蔵等と麻雀。


 千恵蔵等と麻雀、四時近く迄。十時起き、何うも身体が気になるので、東洞院の今井博士のとこへ寄る。やっぱり風邪だ。糖は大分出てるさうだが、他に異状は無しとのことで安心する。十二時、新京阪で大阪へ。堂ビル九階の清交社へ大阪の新聞社の連中招いて、二時頃から食事。梅田映画劇場へ寄り、「子守唄」の後半を見る、あまり興行成績は、よくないさうだ。宣伝不足だ。京都へ帰り、ナガサキヤで軽い食事して座へ。入りは八分弱位か。ハネて、女房・サトウ・石田とで、おきなへ行き、水たきとヘット焼をうんと食った。


 十一時頃起きる、大庭・堀井・本田来り、麻雀になる。今日は成績よし。終る頃、徳川夢声がひょっこり現はれた。すっかり白髪になり、話も活気がない。座へ出る。入りは八分強か。今日迄が勤倹貯蓄週間、明日からもっとよくなるかな。リキー宮川が大阪の大雅の主人におさまったので、店のサンドウィッチ持参で、やって来た。又、京極の松竹劇場へ出てゐる、あきれたぼういず四人(坊屋・芝・益田にうちにゐた加川)が、果物の籠を持ってやって来る。ハネ十時。ダッシー八田氏の招待で、ハマムラの支那料理、それから祇園の広千代へ行き、ヘゞレケになり、二時すぎ宿へ帰る。


 十一時起き、今日臨時マチネーで、座へ出る。鐘紡の女工さんばっかり。「夏の日」エロなところは、キャー/\言って喜ぶが、壺々はまるで外れる。「大久保」もいゝ加減にやり、「自叙伝」はしまひの方をカットし、四時すぎに終る。里見※(「弓+享」、第3水準1-84-22)の新刊「本音」が出た、近頃いゝ本なく飢えてゐたところなので嬉しい。夜の部九分弱の入り、「夏の日」昼とは大違ひ、よく受ける。今井博士夫妻来り、小笠原章二郎のことを頼まれる。京極鋭五来り、おきなへ、あきれたぼういず四人も招いて、大いに食べる。


 十一時起き、菊田・堀井・上山・斎藤来る。八月のプラン、一に渡辺の出しもの、二に「ロッパの愛染かつら」、三に、「マリウス」を菊田にやらせ、トリは、「歌ふ弥次喜多」東海道と定めた。堀井と松竹劇場の「あきれたぼういずショウ」を見る。中々いゝが客が悪すぎて気の毒。ボーイズを呼んで、京極をブラつき京洛劇場のニュースを見て、座へ出る。入り八分位か。七月の役割のことで渡辺モメる、三益と言ひ渡辺と言ひ、僕の命令行はれざるものには、断の一字を覚悟しよう。ハネて、堀井と四海楼の安支那料理食ひ、宿へ帰り、大庭・本田等で又麻雀。


 今朝五時に寝た。京極が来り、食事しつゝ話す、貴族院議員になったので機嫌よし。座へ出る、土曜マチネーで、入り悪く、六分強といふところか。気のりしないこと甚しい。昼の部終ると、アラスカへ。ポタージュ・アスパラガス、チキン・ソティーにコーン・フリッター、それに野菜のカレーライス、うまかった。八田氏と広千代のおくりもの、ロッパの弥次人形が楽屋へ届いて来た、似てるが気味悪い。入りは、夜は八分弱位か。「夏の日」何だか気がない、「大久保」面倒くさい、「自叙伝」も歌でくたびれちまふ。ハネ十時十五分。藤原釜足来り、麻雀といふことになる。今日東京より会計、月給持参す。


 今朝六時近く迄、麻雀。十一時半に起されたが、起きる気がしない、あゝタップリ眠りたいと思ふ。マチネー、入り八分。雨のせいもあらう、何うもパッとしない。昼の部終ると、すぐ傍の理髪店へ。それから伊東とハマムラで、シウマイ、中華丼に雲呑を平げて、VANへ寄り、みつ豆とコーヒー。夜も八分強か。ねむい/\。ところが、藤原釜足・嵯峨善兵・島村竜三等宿で待ってると言ふ。斎藤豊吉・女房・花井で、なるせへ行き、宿へ帰ると、連中が待ってゝ始まり。


 今朝迄、又麻雀したが、一向面白くない雀だった、嵯峨善兵てのが感じ悪いのと、島村竜三が、いぢけてゝあたぢけないせいであらう。二千何百負け。それから皆で、円山公園の平埜家へ芋ぼう食ひに行く。芋が季節でないせいか細く、海老芋のふくよかさが味へなかった。宿へ帰ると一時半迄ねた。二時から楽屋三階で、「清水次郎長」読み合せ。済んで堀井とデリケッセンでコロッケをとったら全然腐ってた。入り八分強、今夜は例年の通り、大沢善夫氏の招待で、中村家へ行く、ジョニオカの赤あり、料理はうまいが、量少し、二人前貰ふ。池永浩久もゐて、話に花が咲く。三時近く帰宿。


 京宝千秋楽。
 十二時すぎ迄ぐっすり寝た。女房と京極へ出る、太智吉瀬戸物屋を見たが欲しいものなく、VANへ寄り、冷コーヒーとみつ豆食って、座へ出る。二時から歌の稽古、鈴木静一曲で、大阪向きにはスマートすぎる。ハリキリボーイの出しものゝ稽古をさせる、上山作で、之もスマートすぎる。小笠原章二郎が今井博士と来り、京都ホテルのグリルへ行き、ポタアジュとミニツステーキ、アスパラガス。森岩雄氏来られ話す、東宝もこれから面白くなるらしい。千秋楽の入り八分弱、つひに落ちもせずに通した。「夏の日」から、ふざけ出し、「大久保」もう舞台の方が受けてゐる。ハネたのが、九時四十五分、京宝の小田・ダッシー息子武男さんも誘って、ギルビイから広千代へ行き、二時頃迄。


 宝塚へ。
 十二時半起き、宿の払ひをすませ、女房と、アラスカ迄歩いて、食事、冷房なし、いや暑いの何の、これじゃ料理はうまくてもダメ、ポタアジュにチキン・ソティーと野菜カレー。早々に出て、新京阪で宝塚へ。ハイヤで川万へ落ちつく。なじみのハナレはふさがってゝ、その二階。大庭が通ったので、呼び込み、三人で神戸へ出る。ベルネへ行く、定食が、Just My Size で、トマトクリーム、フィレソール・ノルマンディ、ヴィル・ピカタ・ミラネイズ。これが一円半は安い、おまけにサービスでワイン一本。元町へ出て、サノヘで買ものしてると、ワンサ人がたかり、くさる。偶然、寺本熊・森岩雄、池永和央に会ひ、阪急五階の時雨茶屋へ。宝塚南口下りると夕立のやうな雨、川万へ帰り入浴。
 今日の大阪の赤新聞に(昨日の読売既載)渡辺篤脱退かといふみだしで、記事が出た。渡辺も何か画策してはゐるのだらう、ま、時を見て腹をきいてみよう。


 宝塚川万の朝、昨夜からの雨で、涼しく、よく寝られた。堀井来り、三人で出て、ホテルのグリルへ寄る。朝食し立てだが、宝塚シチュウてのがうまさうなので食った。此処はデザートに凝ってゝ中々いゝので、ベーキド・アラスカと栗パイ。女房は少女歌劇へ行き、僕らは、宝塚中劇場を借りて稽古。渡辺篤が一時間もおくれて来り、「清水次郎長」を通す。これが七時近く迄かゝる。阪急で大阪へ。日本橋北詰のいとう旅館へ落ちつき、急に申込のあったオザ、今橋のいせやへ行く。酔ってから少しばかり声色やり、オールドパーのんで、おそく帰る。


 北野劇場舞台稽古。
 いとう旅館の第一夜、涼しいのでよく寝られた、夜中に便所のにほひがしてくさった。朝食パッとしない大阪式朝めし。十一時頃劇場へ出る。予定より大分おくれて十二時頃から「夏と伊達者」。これは出てないもの故、客席にガンバる。安宅氏夫妻が、サンドウィッチ沢山を届けて来る。夕方から「次郎長」にかゝる。面白いが、長い。ユウに二時間かゝるだらう。カットを考へてみるが、中々むづかしい。けい古中、すみれの歌のとこなど、「此の一景を白井鉄造氏に捧げる」といひたいやうな、少女歌劇式場面が出来上った。十一時半、入浴して宿へ帰る。床へ入ってから、セリフをやり出す、三時近く迄かゝり、「次郎長」だけすっかり入ったつもり。
 北野劇場は、今月猿之助が倒れたり、その他いろ/\いけないことがあったので、今日、舞台けい古の間に、おハラヒをして貰った。
[#改段]

 北野劇場初日。
 十時半起き、座へ向ふ。「海のローマンス」のけい古し、二時半から通して、検閲の人に見て貰ふ。その間、エノケンの座にゐる和田から手紙で、麻雀でエノケン座員と東宝社員大ぜいアゲられ、こっちの座員の名も出てるとのことでくさる。五時開演。レコード的の入り。「夏と伊達者」で、客をつかみ損ったときいて、「鶴八鶴次郎」で、初めから気を入れたが、これが客を又逃して、物足りなかった。「海のローマンス」終って、「清水次郎長」、これは大受け、気持がよかったが、長いの/\二時間半かゝり、へと/\になっちまった。すみれの花のとこなど大受け。楽屋へ双葉山関来訪、写真を撮る。ハネて、府の検閲の人に、「次郎長」の脱線を油しぼられる。さん/″\だ。


 朝、上森から東京電話、例の件につき話あり、どうも弱り話なり。十二時座へ入る、昼大満員、補助も出て大成績なり。「鶴八」の漫才、東京のやうなわけに行かん、こっちは漫才は点が辛いのか。「次郎長」は、よく受ける。が、何しろ長い。一回の終りが五時すぎ、五時半に夜のを開けたから、殆んど休む間なし、めしも三日つゞけて親子丼。労れて、夜は元気がない。二時間と一時間半の二つとも喋り通すし、どなり通し故、調子が参りかゝり、夜の部は辛かった。ハネ十時半、ヘト/\にくたびれた。床へ入り、すぐ眠る。


 十一時迄よく眠った。愈々暑さも本格的になって来た。上山・堀井・菊田と鈴木静一来り、八月の打合せ。皆で揃ってガスビル地下のグリルへ行き、食事。伊勢えびのニューバーグ他食べる、わりにうまい。座へ出ると、今日は一寸落ちて、八分の入りだ。新聞記者招待の日ときいてたので、馬力になったが、「鶴八」が、受けない。くさっちまった。「海のローマンス」のフィナレは出ないことゝし、寸劇だけ出る。「次郎長」が又みんなが舌をかむやら、ボケるやらで一ばん出来が悪い。ハネ十時半。堀井夫妻と共に、かどやのグリルへ行った。ポタアジュ、ポークチャップと、ビフカレーライス。


 十時半起き、むし暑くて、食欲が無い。十二時に梅田映画へ行き、東宝文芸部の大山と会ふ。「エス・エス」に出す談話。一時に切り上げ、座員数名で、御影の嘉納氏のところへ顔出しをする。御影公会堂の地下食堂で御馳走になる。中々いゝ公会堂なので、此処で慰問をやらうと言ひ出したら、土地の婦人会の人がすぐ来て礼を言はれちまった。五時頃座へ出る。入り、八分位か。「鶴八」受けない。となると自信が無くなり、やってることが自分でも素人くさく思へて仕方がない。「次郎長」の方は文句なしに受けてゐる。すみれの歌大好評。十時半にハネ。リキー宮川の経営する大雅へ、それから又、南すしで食って宿へ帰る。


 暑くて眠れない。十一時頃起きる。食事もパンにして少々食ふ。堀井が来て、女房と三人で、千日前の方へ歩き、花月劇場へ入る。漫才の志津子と何とかってのが、僕のネタをそのまゝやってるので驚いた。ひどい喜劇を一幕辛抱すると、エンタツ・エノスケで、これもいつものネタ。エンタツ・エノスケを誘って、高島屋の地下室のグリルへ行き、冷房本位で食べる。座へ出る。入り八分強か。小笠原章二郎来り、十月是非使って呉れと言ふ。ハネ十時半、大雅へ渡辺と行くと、又エノスケ・エンタツに会ひ、大いに語り、酔ふ。暑い。


 暑くて又寝られず、十一時起き。陸軍病院へ慰問に行く。楽屋、ムン/\暑く泣きたいやうだ。僕は三益と漫才、「鶴八」の漫才と同じことをやるのだが、此っちは大受けだ。三時すぎ、冷房恋しさに、朝日ビルの千疋屋へ寄り、マカロニトースト食った。四時すぎ楽屋へ入り、冷房を味はひ、横になる。入りは八分強、「鶴八」の衣裳暑苦しいので白に変へた、芝居最中に左の上歯がポロリと抜けた。奥歯故目にはつかないが。「次郎長」今日あたりで漸くかたまった感じ。床へ入り、芥川竜之介の「文芸的な余りに文芸的な」を読む。


 今日事変勃発二周年記念日で、芝居も休めばいゝものを、二時から七時迄といふヘンなマチネー(?)あり。二時に、幕を開け、僕が司会して、宮城遙拝と、黙祷、大日本帝国万歳三唱して、それからプログラムへ入る。客は、ぎっしり満員。芝居すべて気が乗らない、クサリ。七時にハネる。今日は世の中すっかり自粛で、何もなし。東京の那波氏へ電話する。例の麻雀の調べで、堀井を帰京せしめろとの話、つく/″\いやんなっちまった。夜食後は、芥川の「文芸的な」を上げて、三宅周太郎の古い著「演劇評話」をとてもいゝので三時迄読む。


 十二時頃迄ねた。ガールスの葉月照子が花井と連立って来り、ベソ/″\涙ぐんで話すが一向ハッキリせず、くしゃ/\しちまふ。座へ出る。冷房をたのしみ、のびてゐる。此の冷房も近いうちに取り止めとかいふ噂、弱ったもの。楽屋へ、川口松太郎来り、「ロッパの愛染かつら」は、菊田に一任することに決定。吉岡社長、米国より帰朝第一の対面、話しいろ/\。入りは九分近い様子、「次郎長」の笑ひは先づ百パーセント、これ位が丁度大阪にはいゝのだ。ハネ十時三十分。堀井と南へ出て、錦で天ぷらうんとやり、ちんころですしを食って宿へ帰る。腹がヘンになり、ピー/\下痢し出した。まことに弱る。


 夜中にも便所に起きた、食ひ合せだらう。十時起きの辛いこと、十一時に、中モズといふ南海沿線のグランドへ、始球式に出かける。自動車に揺られつゝ三四十分。吉本の漫才と東宝京都連の野球、九里丸の場内放送、エンタツ・アチャコの審判。始球式もゴロ/″\ッと林檎を転がして終り、すぐ又座へ向ふ。マチネー、とてもいゝ入り、嘉納一家や藤山等見物なので昼から大ハリキリ。腹は干してゐたが、昼終りに、卵サンドイッチとハヤシライスの肉をどけて食った。夜は八分強の入り。労れちまってゝ細かい芝居が出来ない。ハネ十時二十五分、宿へ帰り、三宅周太郎の「演劇評話」を読み乍らねる。


 十一時から千日前の大劇へ「全集愛染かつら大会」なるものを見に行く。此の古物で二円とるのには一驚した。映画は三時間かゝり、かなりくたびれた、続篇の方は、かなりひどい。菊田・上山とで川口の天仙閣へ行き、支那料理を食ふ。ブラジレイロへ寄り冷コーヒーのみ、座へ出る。今日も入りよろし、八九分だ。今回は「次郎長」の当りなり。堀井は今日帰京、雀の件で警視庁へ出頭させる。そのため、部隊長岩井、佐太郎白川、代役二人ともよかった。楽屋へ訪問多く、滝村・小国・林文三郎、皆「次郎長」を見て大受け。滝村・小国を誘ってサンボアへ、大いに酔ひ、宿へ帰りのびる。


 朝がたカルピスをガボ/″\飲む。それから又寝る。十二時に起きて、東宝支社の試写室へ。滝村のすゝめで「エンタツ・アチャコの新婚お化け屋敷」の試写を見る。呆れ返った愚作で、腹が立った。滝村・小国・秋田実とで、アラスカ迄歩く、ポタアジュとマロボントーストに、メロン。九月の作品題未定の荒筋をきく、小国の作で、今迄とは趣きの変ったものになる。座へ出る。入り今日もよろしい八分か。マキノ正博見物に来る。那波支配人より電報、雀の件一段落らしく安心せよとのこと。「鶴八」がやり辛く、「次郎長」やりよし。ハネ十時二十分。夜食、大雅で二品食って、南ずしで又七八つつまむ。宿へ帰り、床へ入ったが、中々寝られはしない。


 十二時のサイレンで眼がさめる。暑い。アラスカへ行ったら、掃除中で、入らっしゃいとも言はないので腹が立ち、本みやけへ行き、冷房の部屋で、鯛ささみ、丸吸とヘットやきから普通のすきで飯を食ひ、座へ出る。嘉納氏来り、十五日に御影公会堂へ一座で行くことになった、上機嫌。白井鉄造氏、小夜福子・佐保美代子とで現はれ、記念撮影。入りは八分弱位か、今日は「鶴八」よく出来た、白井氏曰く「泣かされた」と。「次郎長」すみれの歌、大いに受ける。ハネ十時二十分。大雅へ行き、いろ/\食ふ、中々うまい。十二時半宿へ帰る。堀井、まだ帰らず、何うしたのか。
 十三日にはフランス船行きとなってゐたので、たのしみにしてたら、時節柄、外人船へは日本人行くべからずとなった由、がっかり。


 十時半起き。女房と道頓堀を歩いて、弁天座へ入る。暑い/\。「踊るホノルル」と「早春」、「早春」は成程評判だけある、いゝ。出て、多幸平へ入り、鯛さし、小芋、目板、しじみ汁、天ぷら、バタやき等食って、座へ出る。部屋の冷房が有がたい。堀井が帰らないので心配である。入りは、八分強位、「次郎長」のすみれの歌など手が来て大受けである。ハネ十時二十分位か。サンボアへ、竹柴・床山のマー公を連れて飲みに行く。南ずしへ車を飛ばし、白いところを沢山食って帰る。暑くて/\氷枕で寝る。


 十時起き、今日は小林富佐雄氏の招待で、正午、本町のセンコーレン会館へ行く、冷房があるのでとてもいゝ。此処の食事、キャビアその他オルドヴル中々よろしい、冷コンソメ、次にトルネードにドライカレー付、レタスとトマト。レタスが一ばんうまかった。佐藤阪急社長の車で、高島屋のギヤマンビードロ展なるものを見に、社長・小林・新海氏と行く。一向有がたいものが無し。早目に座へ入る。堀井が戻らないので、電話させて、きくと島村が行かなくては戻れないらしい、此の暑さに、そんなとこに三日も四日もゐては辛からう。島村来たので早く立ってくれとたのむ。入り、八分弱か。ハネ十時二十五分。


 今日は御影の公会堂へ、慰問公演をやる日。御影婦人会の連中が、一生けんめいのサービスで到れり尽せり。一時半に、町長の挨拶があって、僕は歌二つと、三益との漫才、よく受ける。終ると汗ぐっしょり。一同ランチを御馳走になり、五時近く座へ向ふ。入り八分か。東京から月野の亭主の新藤隆一が来り、雀事件のことを某方面からきいたが、と色々言ひ、大きに皆をクサらせる。「鶴八」の漫才、受けるやうになった。「次郎長」は、ます/\笑ひ多し。ハネて、新藤を連れて、大雅へ行き、ウイを飲む。クサリ飲みである。


 朝――暑くて食欲なし。座へ出る。冷房で救はれるが、舞台は大汗だ。昼は大満員、補助も出てゐる。部屋で冷房の下にゐたせいか調子が少々痛んで来て、夜は苦しかった。夕食は、ハヤシライス、半分位でいやんなった。川口が来て、芝居のジヨウを安くママすること、映画へます/\出るべきこと等力説して行った。夜の「次郎長」は、すみれの歌が、歌ひ辛く、折角のたのしみがいけない。ハネてから、福井福三郎氏に会ふ、相手は大物故、北のぼたんといふうちへ。福井って人中々面白さうだ。宿へ帰り、鎌倉の上森へ電話す、本田一平を急拠帰京せしめること、他は堀井帰阪で分る筈とのこと、先づ安心して働けと言はれる。


 何せ暑い、暑いのにも馴れたが、暑い。今日は、エビオスの特別マチネー。堀井から電報、「カイケツシタアスカヘル」と、稍々安心、林寛からも手紙、大分今回は厳しいとのこと、その不安で皆元気がない。漫才と「次郎長」でエビオスのことを言ひ、世辞る。一回終り、ハヤシライスで飯をすませ、斎藤の「夜明けの街」を一読これはよろし。菊田は事務所の隅で脚本書いてゐる。ガチャ/″\したとこでないと書けない由。夜の部、殆んど満員、明日より燈火管制のため、いゝのだらう。咽喉いけない。二村定一遊びに来る。ハネ十時二十分。女房がハリキリボーイズを招待して、竹川で水たきを食はせる。


 十二時すぎ迄、ぐっすり――暑くて/\じり/″\汗が出る。北浜の理髪屋国枝へ行き、理髪する。一人で野田屋へ行って、フランス特別定食てのを食った。中々よろしい。殊にフィッシュ・インディアン・スープてふのがいゝ。座へ出ると、三益が、池田の辺りで倒れ、兎に角来るが、一時間かゝると言ふ。とりあへず、「鶴八」をトリにした、今夜から燈火管制といふのに、何と九分近い入り、ワン/\喜ぶ。三益、やっと来り、堀井も無事帰って来た。暗夜を宿へ、ノミに食はれ、中々ねられず。
 燈火管制の夜の客は、いつもより敏感で、一寸したことでもよく笑ふのだ。これも面白い現象だ。それともう一つ、「鶴八鶴次郎」がいつも受けないのが、トリに据えたら受けるのだ、これも。


 十時起き、蚤のおかげで明るくなる迄ねられなかったので、辛い。十二時に約束で神戸。神戸銀行集会所てのへ行く。昼食、これがオルドヴル程度の量。食後、例によって質問紙によって答へる漫談。謝礼を「洒落」と書いた包を呉れた、中味四十八円もシャレたもの。此処で、勝津吉朗に何年振りかで会ひ、ベルネへ誘った。ベルネ氏不在で、オルドヴル、スパゲティ、ヴィル・カツレツ等食ったが、うまくなかった。阪急で大阪へ帰り、座へ。燈火管制第二夜、入りは昨日と迄は行かぬが八分近し。本田一平も帰り、役者漸く揃ふ。ハネ十時半、が、非常管制となり楽屋で三四十分待たされ、漸く帰る。


 十時起き、JOBKへ上山雅輔作モダン小話の放送である、テストがこっちは簡単でいゝ。十二時五分より放送、まことにつまらんもの。終ると、つる市といふのへ、阪急社長佐藤氏の招待で座員十名ばかり。軽いもので身にならぬが、とてもうまかった。二戸儚秋に偶然会って、一緒に座へ出る。入り八分強か。今夜は、堀井夫妻と共に宝塚行き。川万楼へ行くと、蚊がワン/\と出て、たまらず蚊帳の中で食事、オルドヴルのみ十人前来り、他に何もない、持参のウイをぶつ/″\言ひつゝ飲む。流石に夜更は涼しい。


 川万楼の暁、ドーンパチ/\といふ音、兵隊さんが前の河原で演習してゐるのだ。これが六時頃――それから又寝た。宝塚ホテルで白井鉄造氏に会ふことゝし、ホテルの芝生で白井氏を待つ間、腕時計を落してこはすこと、鳥に糞をひっかけられること等あり、ろくな日でない。白井氏漸く来り、冷コーヒーのみて、レヴィウ話をし、一緒に大阪へ出る。入りは、大満員、尻っぱねの光景。「次郎長」の渡辺・サトウいさゝかやり過ぎ出し、こはして困る。ハネ十時二十五分。二戸とその友中村来り、大雅へ行って飲み食ひし、南ずしで食って帰る。
 白井鉄造は元、手品の松旭斉天左の後見、それを岸田辰弥が拾って来たのだが、拾った岸田辰弥も偉いではないか。さういふ才を拾ひ出す才が、僕には欠けてゐるやうな気がする。才を掘り出すこと、これも、われ/\のつとめの一つであらう。


 十一時頃迄ねた。今日は浜寺の海水浴場へ座員が招待されてゐる日だ、十二時に出て、浜寺へ。往き復りの電車は辛し。高島屋の地下グリルで夕食、ハムエグスとポークチャップ。座へ出る。嘉納先生、来楽、僕に一封、座員大ぜいにも祝儀出る。袖にガンバって、しまひ迄、芝居を見てゐられたのには参ったが、おかげで皆熱演だ。「次郎長」ロク・ナベのあばれ方ます/\激しい。ハネ十時半、白川・本田・岩井の三人、堀井の代役をした連中を連れて、堂ビル前の中華楼てので夜食して、宿へ帰る。今宵風あり、涼しく大助かりなり。
 浜寺の新東洋の湯でカン/\があり、計ってみると、目方二十一貫弱、身長五尺五寸七分とあった。目方は、大分減ったな。


 十時半起き、――あゝ何と二タ月も宿屋の朝飯を食ふ辛さよ――座へ出る。暑さも暑し、月末のことゝて客も労れを見せ、八分弱の入り。渡辺篤、下痢して「次郎長」の最中便所へ行き、猿屋の賭場だけ小政一人でやる。ハイヤ食堂のハヤシライスで昼をすませる。夜の部、入り昼と同じ位。然し、大成功の七月と言はねばなるまい。ハネ十時十五分となる、段々早めて千秋楽は十時じまひのつもり。ハネて、ロクロー・伊東・大庭とでサンボアへ行く、ウイスキーうまし。すし食って帰る。
 いよ/\八月一日からカフェーその他のものが十一時で営業をやめることになりさうである。此うなると、芝居ハネてから、飲むことはおろか、食ふことも出来なくなるのだ、呆れてしまふ。これも時世だ、文句は言へぬが、食へないのは弱る。


 十一時起き、ガスビルへ永田氏を訪れる、女房とも/″\行くと、食堂へ案内され、昼食と他にチキンカツレツを馳走になり、二階の映画場で「木に攀る女」といふ映画を見る、涼しくていゝ。それから座へ。明日千秋楽といふのに大満員で、補助が出てゐる。尤も団体もあったらしいが。うんとスピードかけたので、ハネ十時となる。ハネてから、女房・堀井夫妻と天神まつりといふのへ行ってみる、大したお祭りではない。南へ出て、浜作へ行く、あこの生ちり、小芋、合鴨バタ、茄子田楽、天ぷら食って、宿へ帰る。
 渡辺篤といふ男、結局気を許せず、三益亦然り、段々不要分子を整理して座をしっかりかためたい。


 大阪発――箱根へ  北野劇場千秋楽。
 十一時起き、東京から高橋が来り、昼食を馳走すると言ふので、宿の払ひをすませて、女房とかしわでといふ北浜の料理屋へ行く。どうせ日本物なので興味はないが、色々出るのを、片っぱしから食べる。高橋と、勝倉とかいふ商人の話が神経労れてかなはず、早く座へ。四時半に入り、今日は走らうと皆に言ふ。入りは何と大満員、補助売切。ハネ九時四十五分。ゆっくりステーションへ。十一時、乗るとすぐ食堂へ。ビフカツ、ハムエグス等食って、もう仕方ないから寝台へ入る、いやア熱いの何のって。ジリ/″\汗が出る。桑野桃華の「水のながれ」を読み出す。暑くて/\難行苦行なり。


 強羅。
 四時半頃迄、汗を拭き/\、読書してゐたが、そのうちトロ/\として七時起きる。八時に小田原へ着く。登山電車で強羅へ。母上出迎へて下さり、強羅ホテルへ。二階の二三五号室、先ず入浴し(此のホテル、温泉を満喫させないのが大欠点)朝食すると、床とって、ねる。その快眠、涼しき風の常に来りて、四時すぎ迄女房も僕も起きなかった。夕食、食堂で定食。わりにいゝ。サービス、ゼロ。ガラス戸しめてゝも涼しい。あゝ昨夜とは何たる相違ぞや。


 帰京。
 強羅の朝、朝食。オートミル(間違った食べ物だな)コーヒー、オムレツ。十時二十五分の電車で女房と二人帰る、母上は残り。車中は、江戸川乱歩の「蜘蛛男」を読む。東京駅下りると、すぐキネマ旬報の田中三郎のとこで打合せ。それから文ビルで、本読み。受持の「歌ふ弥次喜多」を読む。僕は、明後日朝早く雀件で警視庁へ呼ばれる。これは上森がよく計って呉れ、新聞などに洩れぬやうするとのこと。外にもう一事件、雀をやった会社の二十何名、秦の断で休職になってゐる、その処置がひどすぎるので、社長に早く皆許してくれとたのむ。それから上森と、ホテルのバーで、ハイボールを飲み、十一時すぎ帰宅。久々うちで寝る。


 八時半、跣足で庭へ下りボビーと遊ぶ。これからは生活も改まり、ボビーともちょい/\遊びたいと思ふ。一時けい古場へ、今夕開かれる京極鋭五の貴院入り祝賀会が時節柄問題となり、何か不穏な雲行だからと、銀座のゴロが言ひに来た。けい古は一時から。「愛染」をやる、三益病休仕方のない奴。「マリウス」読み合せ、長い/\。徳山・高尾来り、「弥次喜多」も立つ。岸井は、まだ京都で撮影中。七時に切り上げて、上森とレインボーグリルの京極の会へ行く、何うも盛なもので、実に多人数だ。上森と、東京会館のルーフですきやき食って帰る、そのまづかりしこと。


 七時近くに起きる、今朝雀の件で警視庁へ出頭するのだ。上森付添で、新聞記者に見つからぬやう、裏口からサッと入る、二階の調室で、三宅といふ人に調べられる、大変丁寧にやって呉れ、コーヒー迄のまして呉れ、調書をとると十一時すぎに帰ってよしといふこと。出ると駈けって、宮城側迄行きホッとする、宮城を背景ならさあ撮れっていふわけ。けい古場へ入り、七時まで「愛染」と「マリウス」、間に天八へ天ぷら食ひに行った。前売り頗る好景気の由。けい古終り、石田・大庭とニュートーキョーへ、有楽座の裏方五十名招待したので、顔を出す、みんな喜び居る。百円ばかりかゝった。


 十時起き、ワッと暑い。味噌汁の味が嬉しい。脚本集に出す作者の言葉他四枚書く。十二時半に家を出て、けい古場へ。一時から「愛染かつら」にかゝる。終って休憩三十分、「マリウス」を立ち、続いて「弥次喜多」の群衆場面のみ立たせる。何しろ徳山も岸井も来てゐないのだからやりやうがない。五時半に切り上げ、歌舞伎座へ。羽左衛門のハリキリ興行だ、新作ばかり。川口の「三味線やくざ」が面白かった。高橋夫婦と女房と四人、帰りに、すし栄てのへ入り、すしつまんだが、そこも暑し。円タク中々なくて困る。今夜は風なくて辛し。セリフを覚えて二時となる。


 九時半頃起きる。税務所へ税金申告書のことで電話。十一時半に出て、東宝ビルへ。重役連と話し、八月マチネーは、大辻司郎を加へた、ニュースレヴィウをやらうといふことにし、大辻を呼ぶ、二十四日帰朝の彼、やって来り快諾。二時、けい古場へ入り、「歌ふ弥次喜多」、今日は徳山来り、総ざらひ。これで一休み、ハゲ天へ鈴木静一と行き食ふ。六時から「マリウス」の音楽入り総ざらひ、これがとても長くかゝる。そのうち大夕立あり、往来は河となる。即ち靴をぬいで、ヂャブ/″\歩く。上森は、専ら東宝社員の休職取消しを運動、赤坂迄引っぱって行かれ、もみぢの支那定食食ひつゝ話す。一時頃帰宅。又、セリフにかゝる。母上箱根より帰られた。
[#改段]

 有楽座舞台稽古。
 十二時近くに起きる。舞台稽古は三時からの予定、どうせ徹夜には定ってゐるが、うっかりすると、開演時間迄続きさうだ。川口から電話で、三益の「マリウス」のオノリーヌは、役不足だから返したいと、言って来た由、今回はだまって月野宮子にふりかへるが、今後は一つキッパリしようと思ふ。五時より「弥次喜多」を始める。演出しつゝやるのだが、やっぱりドナリ始める、然し、五年前の通り思ひ出して、やるのだから楽である。終ったの十一時すぎだ。娯廊のコーヒーをのみ、眠くならぬ準備。女房、食料を運んで来る。
 三益は、今月でハッキリしなくてはならない。川口程の男でも、三益のことゝなると、ダラシがなさすぎる。けい古中、客席に、子供を座らせて、三益と舞台でかけ合ひで何か言ってるんじゃ舞台けい古も、めちゃめちゃである。


 有楽座初日。
 夜中の一時すぎから「マリウス」にかゝる。これが午前九時すぎ迄かゝった。それから「愛染かつら」で、つひに二時と来た、楽屋でヘタ/\と二時間近く眠る。親子丼とって食ひ、セリフを覚える。涙ぐましきこと。五時開演、入り大満員。然し客種の悪いこと驚いた。序が終り、「愛染かつら」先づ受ける。次、「マリウス」二時間何分、しっかり受けてはゐるが何としても長い。「歌ふ弥次喜多」大丈夫受ける。終り十二時十分前、客が帰らないのが嬉しかった。何しろ二日にわたり頭を使ひ通しだからへと/\だ、帰ってねるのが嬉しくてたまらなかった。
 上森が骨を折って呉れ、つひに森佐生等が間へ入り、社長に断じ込み、先日雀事件で休職の連中、今日付を以て、休職を解くの達しがあり、めでたく解決。上森の骨折、一と通りでなし。
 菊田一夫、「マリウス」演出中、大道具とどなり合ひの喧嘩をやり、不穏の空気と迄なり、結局まあ/\おさまったらしい。


 十二時迄しっかりと寝た、二日分だ。涼しいので嬉しい。座へ出る、今夜から十時四十五分にハネなくてはいかんとのお達しだ。入りは大入満員、補助売切。値上げは一向にひゞかないらしい。「愛染かつら」よく笑ふ、然し今回は菊田もヒットとは行かなかった。「マリウス」は大量カットしたが、それでも、一時間半以上かゝる。川口が見て、「マリウスはうんとカットしなくちゃ客が可哀さうだよ、そして弥次喜多を全部やらなくちゃ」と、一面の真理らしい。「弥次喜多」藤沢と赤坂をカットする、明日はこっちを出揃はせるつもり。ハネ十時五十分。まっすぐ帰宅。


 女房と久々マーブルへ行く、定食中々食へるが、サービスがゼロで腹が立った。入りは今日も大満員、大分客を帰した由。川口松太郎来る、三益がヒステリーを起し、昨夜電話で川口がゴテ/″\馬鹿なことを言ったことに対し、こっちはもう腹が定ってゐるから、怒りもしないので、「おめへもネレた」と、ゴアイサツだ。「愛染」「マリウス」大分カットし、「弥次喜多」を今夜すっかり出揃はせる、ハネ十時五十分。


 モダン日本主催の白衣の勇士慰労で、十一時半に座へ出る。菊池氏・田中比佐良・林芙美子と並んで色紙にサイン、画を描く。一時開幕、菊池氏の挨拶あり、半分しかきかず残念した。話術は実に日本一と思った。「受染かつら」と「弥次喜多」をやる。マチネー終ると、徳山をさそって、名物のハゲ天へ行く。久保田万太郎氏に会ふ、徳山が十五日からのマチネーをウンと言はず、結局承諾するくせに、いやんなる。夜の部、大満員補助出切り、「愛染」ワッと受ける。「マリウス」カットしすぎてヘンなものとなる。「弥次喜多」すっかり出した。サトウロクローが、大西をノシて、顔のまん中へ傷させた。部屋へ二人を呼び、あやまらせっこする。ヤレ/\色々うるさいことだ。


 十一時半に出かける。昼の部、全くよく入ってゐる。大西は傷が腫れたとて休み。よっぽどカットしないと、昼の終りが五時半すぎになるので、色々無理する。それでも五時となる。とても外出の暇はない、山水楼のテッパツチーカイと五目めしを食ふ。夜は十時半に終らせねばならぬといふお達しなので、一体に走れ/\といふことゝした。夜も大入補助出し切る。「愛染」は楽で、よく受ける。「マリウス」まるでゆとりのないものになっちまったが、受けてはゐる。然し結局の大受けは「弥次喜多」である。ハネが十時二十五分。やれ/\だ。母上・女房見物、「マリウス」が一ばんいゝと絶讃である。


 十時すぎ起き、北原武夫の「妻」を読み出す、わりにいゝ。二時に出て東宝ビルへ、社長・支配人に先日来の件について礼を言ひ、五周年の祝ひをやるにつき助力を乞ふこと、承諾さる。座員の昇給につき話したが、那波支配人の官僚気質には全くいや気がさした。今回の雀事件に連座せし者は遠慮だなんて言ふんだから。日劇の「吉本大放送」を見て、川田を誘ってニットーでライスカレーを食って座へ。今日も割れ返る大満員、「愛染」から爆笑である。ハネが十時二十三分。何ヶ月ぶりでルパンへ。ウイのみて酔ひ、快し。帰宅二時頃か。


 午後、女房と新宿へ出る、松竹館へ稲葉実が出てるので一寸呼んで、ひそかにタップを僕が会得し、皆を驚かしてやらうといふ計画をする。東宝文化ニュース劇場へ入り、トビスの、サッシャ・ギトリー主演「とらんぷ譚」を見る、徳川夢声の声が入ってゐてたのしかった。中村屋でボルシチと支那定食食って、座へ出る。今日迄のところずっと補助椅子、売切れである。徳山、ハッキリと十五日よりのマチネーは断はると言ふ。川口は「愛染」の原作料をふっかけたさうだし、皆エラくなって困る。ハネて、築地金竜へ、ビクター岡の招きで、京極鋭五と行き、牛肉食った。


 十時すぎ起き、庭の池が汚いから女房と二人ですっかり水を汲み出し、庭や畑へ撒いた。それから「映画之友」へ、「僕の映画月旦」八枚を書く。大はたらき。二時半に出て、銀座コロムバンへ、ニッサンの新井氏と会ひ、三時半、小松理髪店へ、ふき代へに使ってる平野来り、同じやうに刈り込む。「都」の尾崎と、写真屋来り、「不意打訪問」と称して、泡だらけになってるとこを撮る。座へ出ると、満洲から帰ったレニン・鈴木重三郎に会ひ、夜、三郎と共に会ふことゝする。入りは、大満員。「マリウス」が、何うもやりにくゝなって来た。ハネ十時半、レニン、三ぶちゃん、山田伸吉とロンシャンから赤坂まへ川へ行く。
「都」と「日日」に評が出た、二つとも若い人が書いてるのだが中々うまいことを言ってゐる。


 十時すぎ起き。五年間のブロマイドを整理し初めた。これが四時すぎ迄かゝる。座へ出る、今日は訪客多し、「講演」の山本氏より二十三日に講演をたのまれる。益田貞信、荒木陽を連れて来る。「モダン日本」の記者、談話とりに来る。「映画とレヴィウ」より写真とりに来る。くたびれた。益田貞信がフランスで見た「マリウス」の話をきゝ、幕切れを改訂する。この方がやりよく、受けもする。入り、やっぱり大満員。ファンレター、みなマリウスを賞めて来る。ハネてすぐ帰宅。
 マリウス改訂の一
 マリウスを、フランスで見た益田氏の話では、セザールはもう盛に笑はしてばかりゐるさうだ、それをきいて、疑問氷解し、楽にやれるやうになった、ついでに大詰を改訂、新派調のセリフを除ってしまった、後姿で、ファニーに抱きつかせて、幕にしてみた、この方が効果的らしい。
 新聞の批評、報知でマリウス評判よし。


 十時起き、昨日整理したアルバムを見てゐると、アレ、一所はさみ違へてゐた。直すには、すっかり又やり直さなくてはならないのだが、思ひ切って始める。そこへ川村秀治が来り、しばらく話す、一緒に二時半頃出かける。上山が来たので三人でニットーで紅茶、ホテ・グリへ行って食事、オルドヴル、コールドラブスター、シャリアピン。座へ出る。大満員。「愛染」の看護婦の白服、洗濯したらスフ入りなのでキュッと縮み上り、足が出て弱り。「マリウス」幕切れ、くさくなくやる、その代り手が来ない。ハネ十時半、新聞記者を赤坂の長谷川に招待してるので、かけつける。日、朝日来らず他すっかり揃ふ、ウイをのみ、二時頃になる。
 報知の評、マリウス評判よろし。


 今日は鎌倉海岸へ座員と共に行く日。十一時二十何分で鎌倉へ。森永とのタイアップなので写真いろ/\撮られる。人多くあまりに俗悪でつまらない。三時二十分の汽車で帰京、車中甲賀三郎の「気早の惣太」を読む。新橋で下りて、エスキーモで食事する。座へ出ると、大満員である。松竹キネマの万城目正から「愛染かつら」の主題歌無断上演を抗議して来た、その他当ってるので金をセリ上げて来る者多し。タカラレもあり、五円、十円の口二つ。「歌ふ弥次喜多」絶対の受け。ハネ十時半、まっすぐ帰宅。


 マチネーで、十一時半に出かける。大入満員。昼の終り、ホテ・グリ。ポタアジュ、ポークビーンズ、ハンバクステーキに、フライオニオンとマッシュポテト。よく食ふわけのものだ。とたんに夕立、座へ傘さして帰る。夜も大入満員。元梅島門下の中西近之祐といふのが、入座志望で来た。まじめな男らしい。大西も全快して出て来た。銀座のマコ、二十円タカられる。「マリウス」の幕切れ、又工夫し直し、今夜は手が来た。ハネて、上森を赤坂長谷川へ招待、つゝましやかに誕生祝をする。
 三十七回の誕生日である。いろ/\感慨多し。


 よく寝て、十一時半起き。「オール読物」のために五枚ロケーションの話を書き、甲賀三郎の「手塚竜太」てのを読む。四時半、家を出る。ホテ・グリへ入ると川口・三益が子供連れで食ってる、この連中には敵はない。ポタアジュに、フィレ・ソールとガランティン・ボライユ、プディング。座へ出る。往年の大阪俄かの鶴家団十郎門下の団福郎が、入座志望して来たのは驚いた。入りは今日も申し分なく、補助すっかり出てゐる。独乙人リマー・ヘニッヒ来り「マリウス」を絶讃した。ハネ十時二十五分。母上見物で一緒に帰宅。ひどく涼しい、うれしい。


 十三日の誕生を祝はなかったから今日母上・女房とで昼食しようと虎の門の晩翠軒へ行く、五円のを食べる、便所へ行き見知らぬ軍人さんが「ロッパ!」と言ふので面喰ったらこれが賀陽宮様。それから帝劇へ。「世紀の楽団」のロードショウ、南部圭之助に会ひ切符貰って入る。映画つまらず。座へ出る。入り大満員補助出切り、「マリウス」まとまってやりよくなった。やたら手をたゝく客あり、弱った。ハネ十時二十五分、女房来り、徳山をさそって、今朝で牛鍋、とても涼しいので嬉しい。


 久々で伊藤松雄氏を訪問する。一時すぎ女房が迎へに来り、橘の家へ行く。橘も麻雀をやめて手持無沙汰で弱ってゐるらしい。さて此の無聊を何とするかで話がはづむ。夕刻辞して銀座へ出る。三昧堂へ入り新刊二冊買って、ローマイヤへ入り食事、豆のスープにウィンナシュニツェル、ウィンナアイスコーヒー、それから座へ。伊藤隆三郎来りなやまされる、ちとヘンらしい。芦原英了も来るが近頃猥談ばかりしてる。入りやっぱりよろし。ハネ十時十五分。赤坂長谷川へ、「都」新聞の記者七名招いて、色々と話す。小林勇・左本・須田・日色他なじみの連中ばかり。


 一時すぎに出て、日暮里の高橋へ、此処で赤飯を食ひ、座へ出る。入りは又大満員の補助売切れである。往年の名喜劇役者鶴家団福郎やって来た、年は五十二、とても面白い顔してる。希望をきくと、希望も何もない、給金も青年部並で、一日も早く使ってくれと言ふのだ。「マリウス」今日は幕切れに手が来た。「歌ふ弥次喜多」は、絶対である。滝村来り、九月映画の打合せ、二十三日夜と定める。樋口来り、千秋楽を三十日迄日のべし、三十一日もやって献金しろと言ふ。ハネ十時二十五分。三郎とエル・ドラドに会ひ、語る。


 日暮里の高橋へ寄り、東宝本社へ行く。それから日劇のショウを一寸見る。ハゲ天の天ぷら食ひに入ると、伊井友三郎がゐた。座へ出る、今日も大満員の補助出切り。川田義雄来り、腹話術を今やってるとてその話いろ/\する。問題になった「愛染かつら」の主題歌は、作曲の万城目正に五十円、西条八十に又五十円で漸くケリがついた。川口は原作料千二百円とフッかけて来るし、鈴木静一も値上要求、当ってるもんだから方々から来てしようがない。ハネ十時二十五分。うちのオケのコンダクター福田宗吉のために、徳川夢声も招き、馳走する、山野の満洲でレーニンとケンカした話をサカナに。


 十二時半の約束なので、塩瀬迄行く。社長に、五年間勤続の座員、昇給の件、日のべの事、三益は突放すからとの話等する。那波支配人は、近頃ダメ、社長の方よろし。グリルでポタアジュとシャリアピンとベヂテブル・ディナー。クーペ・ジャック。ハリバ・エビオスの岡崎といふ人に会ひ、ハリバ宣伝映画を作りたいといふ話。いゝ話らしいので乗る。座へ出ると、今日も大満員。「マリウス」がます/\やりよくなり、捨台詞が受けるやうになって来た。ハネ十時二十五分。まっすぐ帰宅。高見順の「私の小説勉強」を読みつゝ。


 マチネー。座へ出る、むろん大満員。雨だが関はりない。「愛染」からワッと受ける。かけ声ロクちゃん/\といふもの多し、笑の王国が旅へ出てるので浅草から出て来た客が多いらしい。小笠原明峰来り、ハリバ映画のプランを話し、今夜中に書けと言ふ。鶴家団福郎来り、ハリキる。山水楼の定食まづし。夜の部、大満員。「マリウス」の幕切れ、大丈夫と定った、が又変へようかと思ふ。「弥次喜多」絶対の感じ、三度四度と見に来てる客多き由。東京映画の小国、シナリオ出来持参。ハネ、十時三十分となる。


 十一時迄寝る。今日もビショ/″\降り。東京本社へ、座員の昇給分を、書き出し、那波氏に渡す。それから塩瀬でハンバクステーキと飯を食ひ、日劇のアトラクション、チンピラ劇をのぞく、わけもなく可笑しい。座へ出る。入りは大満員、「愛染かつら」を来月国際でやるので水谷八重子が一ばん前の補助椅子で見てる。小笠原明峰、シナリオを持参、いかん、全然注文きけてない。小国英雄の「題未定」読了、笑ひが少い。が、要領を得たもの。ハネ十時二十五分。まっすぐ帰宅。「私の小説勉強」を読み上げた。


 十時半起き、ハリバ宣伝映画のシナリオ、小笠原のが何うにもならないので、僕が書くことにし、一時間半ばかりで書き上げた。夕刻四時に出て、ホテルのバアで、岡崎と監督の山上紀夫に会ひ、シナリオを渡す。座へ出ると、今日も頗るの入り、徳山も岸井もOKしたので三十日迄日のべと決定。榎本幸吉エノケン支配人来り、北村季佐江を譲り受けたいといふ話、OKする。伊馬鵜平来て、二十五日に宇野浩二先生同道で又来る由。小国英雄来り、九月の女優は、うちの高杉で行かうかと話す。上森と赤坂長谷川。彼、先に酔ってゝ用談進まず弱る。


 十一時半に迎へが来り、丸の内中央亭へ、東京講演会てのから頼まれて、食事してから何か話す会。例によって、質問によって漫談四十分ばかり。終ると東宝本社へ、社長が昇給をOK、これで一安心。それからパラマウントで「ザザ」の試写。クローデット・コルベールの主演、演技指導アラ・ナジモヴァ。名物食堂へ寄って天ぷらを食ひ、座へ出る。大満員。「マリウス」の幕切れ今日から変へた、受ける。ハネ十時二十分、赤坂まへ川へ。滝村・小国・上山・服部良一で、映画の打合せ、題名を考へるが中々出ない。
 マリウス改訂の二
 又変へた、セザールは、一人フラ/\と後姿のまゝ奥の海を見込んで(パイプを落して)歩いて、立止って海をじッと見る、幕といふのにしてみた。


 十一時迄ねる。女房が行ってるので日暮里の高橋へ行くと、昨夜女房は高橋の犬に鼻を咬まれたとてマスクしてゐる、とんだ災難。座へ出る。今日も盛大なる入り、少しも客は落ちない。これならマチネーをやっても当ってゐたのにと思ふ。三十日迄日のべの記念品は蟇口と定め、劇場の人々に配ることゝする。益戸の勝ちゃん(アダ)来り無心される。昨・今の二日の客ちと笑ひが足りない。ハネてまっすぐ帰宅。


 一時晩翠軒。川口が僕と上森・菊田を招き、ロッパブレーントラストを作らうといふ話なのだ、こっちの下心も知らず、無駄な話であるがまあ雑談し、馳走になる。川口の正直さには時々上森と共に笑ひくづれた。座へ出る、今日も割れ返る大満員である。部屋で月給を渡す。皆上ってゐる。罰棒もちゃんと行はれてゐる、馬鹿にしねえもんだ。僕のは上ってゐない、これではおさまらんつもり。ハネ十時半となる。宇野浩二氏を、伊馬鵜平がお供で招待した、赤坂まへ川へ。先生は飲まず、こっちはウイをのみつゝ、小説論々々。宇野氏も話し好きで、二時頃迄話す。小説のよきことをしみ/″\と思ふ。然しかなり酔って決定版的論を吐いたらしい。


 朝、花井淳子月給十円上ったのに、不足だと文句言ひに来た。万事任せろ、時期を待てと、おさへちまふ。四時すぎに出かける。ニットーコーナハウスで、ライスカレーを食って座へ出る。入りは上等補助売切れだ。タカリの金多く、新聞だけでも三つあり、益戸に二十円――どうもアハン。ハネると、屋井の斡旋で、今夜見物の喜多村緑郎・久保田万太郎・大江良太郎と松ヶ枝へ。市川紅梅もゐて、専ら芸談である。二時となり、きりあげる。


 十一時起き、昼の部大満員の補助売切。よく来ますねえと皆驚いてゐるが、言はれる度に、次のことを考へちまふ。ボールドへ、「フィナーレにも一つフィナーレが欲しい」といふハリ出しをした、フィナーレ終って楽屋へ先陣争ひをするのを誡めたもの。一回終り、ホテ・グリへ岸井を誘って行く。ポタアジュ、コールド・ラブスター、シャリアピン、ステュウ・コーン。座へ帰る、むろん大満員。「愛染」の看護婦ワッと来る。「マリウス」は、日曜の昼の子供連れの時は受けない、夜はいゝ。「弥次喜多」迄来ると、草疲れて、第一声が参って来る。ハネると、今夜見物の西条先生来り、京極と共に、吉原山口邑へ行く。ウイあり、凡そ陽気に話した。


 十一時近く起きる。葉月照子が来た、女優としては見込なしとあきらめたから、退座すると言ふ。此の子にはそれがよさゝうなので喜んでやる。座へ、映画のスタッフが来り、衣裳小道具の注文をきかれる。入りは満点、つひにづーっと補助椅子を売り切ってゐる。須田村桃太郎が病気で退座するとの届、ハリキリ・ボーイズは、解散せざるを得ないが、あんなもの無い方がよろし。渡辺はま子の亭主藤田来り、はま子、十一月に定めてをく。三益を断はる気故その準備だ。ハネ十時二十五分、宇野浩二より来信、何となくいゝ手紙で嬉しい。
 座員の月給の不平、退座だ、役不足だ、一々僕が、それをきかなくてはならないのが、やり切れないところへ、又今度はタカリだ、金もらひだ、暴力団だ、やれ/\こいつはもうやりきれない。自分の生活で今、クタ/\になってゐるところへこれでは参る、海でも見て心を洗ひたい。


 十二時にニッサンの常務取締役芦田氏の招待で、丸の内の常盤家へ行く。芦田氏、さばけてゝ感じよく、食ひ物も二人前宛あるのもいゝ。ニッサン本社へ寄り、借りる車のこと相談して、それから三昧堂へ寄り、座へ出る。今日も大満員、補助売切。楽屋へ、大辻司郎来る。物もらひが来たり、やれ何じゃかじゃともう煩はしい、神経衰弱になりさうである。今月の演技賞決定発表する。ハネて、PCL社長植村氏の招待で赤坂三島へ、十何人でおしかける。岸井明専ら食ふ。
 八月興行ロッパ賞受賞者
A賞 愛染の峯沢 花井淳子
   マリウスのファニー 高杉妙子
B賞 愛染のフキカヘ 平野元
   マリウスの小僧二人 川端珠恵 光芙美子
   歌ふ弥次喜多の茶店の娘 藤リエ子


 日のべ――千秋楽。
 朝、江村初代来訪、又止めるのかと思ったら、もっと色々役をつけて呉れと言ひに来たのだった。まあいゝが、此ういふこと迄面倒見るのは神経衰弱の因となる。東宝映画本社へ、森氏と会ふ、伊豆山行をすゝめる。三時半モナミで、清水が待ってるので行く、金を貸せとの話だ、きゝ流し、返事はせず。座へ出る前、支那グリル一番でシュウマイ、チャーハン。今日は日のべの千秋楽。つひに三十日も補助椅子を売切り申候。芝居は、いろ/\ふざけあり。鶴家団福郎を一寸出してみる、やっぱり古い。シャン/\としめて、特賞と演技賞を配り、景気のいゝこと。社長来り、僕にも特賞、思ったより少いのでクサる。ハネ後、滝村・杉山昌三九・南僑等と食事し帰宅。


 伊豆山へ。
 十一時半頃迄ねる。旅の支度してキネマ旬報へ、鈴木重三郎と会ひ、満洲行の話をする、レーニン一緒に伊豆山へ行くと言ふ。放送会館へ、飛島を訪れ、十日放送分について話す。えらいもの引受けちゃったと思ふ。それから銀座へ出て小松で理髪。資生堂で塩谷都司と会ひ、定食を食ふ。穂積純太郎と銀座でカンづめを買ひ、東京駅へ。レーニンも待ち居り、七時十分の静岡行で熱海へ。九時二十何分着、自動車で伊豆山へ。すぐ待望の湯滝に打たれる。東京より暑く、開けっ放して寝られないので辛い。やっぱり家がよろし。
[#改段]

 伊豆山へ。
 穂積純太郎と同室、浪の音が凄まじくて、中々寝つかれぬ。今日は興亜記念日とあって、東京では色々と自粛でやかましいらしい。宿屋では、おかずも別に変りはない。レーニン・鈴木重三郎と、満洲のプランを相談、大体一ヶ月でこっちは一人漫談でアトラクションのこと。放送局と電話で、十日の放送はベンシの話を三十分といふことに定めた。レーニンと穂積、夕食後帰京。これでやっと待望の一人。湯滝を何度も味はひ、伊藤松雄の脚本「更生の歌」を読む、先づ役には立つ。それから宇野浩二の「苦の世界」をアンマ呼んで揉ませつゝ、読み上げた。


 十一時迄寝てしまふ。湯滝。どうも暑い。堀口大学の「季節と詩心」に没頭、中々いゝ随筆。これをあげると、菊池寛の「愛憎の書」にかゝる。宇野浩二氏へ手紙、「苦の世界」の感想など書く。五時に熱海駅迄、森岩雄氏を迎へに出る。すぐ車で一休庵へ。久々普茶料理を二人前食った。それから伊豆山へ引返し、森さんと一座の問題、独立問題、東宝対の色々を相談する。森さんは頭のいゝ人だから、どん/″\話が分る。夜十一時すぎ、女房来る。菊池寛の「愛憎の書」を読み、つひに三時迄かゝって読み上げた。


 八時半頃起きる、京都から滝村和男が来る。森・滝村とコーヒー、ソーダ水飲みつゝ、話す。一時の汽車で森さんは、帰った。滝村と入浴し、それから枕を出し昼寝する。蠅がうるさくて、一時間位で起き、女房・滝村と緑風閣へ天ぷら食ひに行く。あんまりうまくなし。十四円なにがし、わりに安い。そこから熱海宝塚劇場へ寄り、ゆであづきとアイスクリーム飲み、映画「潜水艦D1号」を又見ちまひ、東宝映画「風流浮世床」三分の二ほど見て、呆れて出る。海岸で唐もろこしを買って食ひ、宿へ帰り、又入浴。


 帰京。
 八時に起きて、滝村を誘ひ湯滝。此うしてのんびりしてると帰るのはイヤんなっつまふなアと言ひ出す。が、仕方がない、十時四十五分で熱海発。漸っと腰かけ、宇野浩二「山恋ひ」読み乍ら。品川で降り、滝村と砧村へ。今日はスチルのみ、数枚撮る。ニッサンより拝借のダットサンが、高槻と共に到着したが、ロードスターで一人っか乗れない。浅草へ、放送のネタ話をきゝに生駒のとこへ行く、東久雄と中西で茶をのみ、渡辺篤とこれは意外菊田一夫が笑の王国へ売り込んでゐる由きゝ込む。みや古で上山・菊田と十月大阪の狂言定めをしてると、レーニンと肥後博が来ちまひ、ウイをのみ、大分おそくなりし。


 九時半頃起きる。ボビー、何処かへ浮気に行って帰らぬ由。十日放送の「ベンシといふものがあった」の原稿作りにかゝる。ちとくだけないものになったが、ペラ五十枚ばかり。五時家を出て、ニューグランドで女房と落ち合ひ、定食を食った。あまり美味くなし。日暮里の高橋へ行く。十時頃迄ゐて、高槻の迎へでダットサンで帰る、ロードスターの箱の中へ女房乗る、雨が降り出して弱った。「東宝映画」へ、「ロッパ歌の都へ行く前のはなし」ペラ十四枚、今日は、よく書いた。


 朝っぱらから面白くない日。東宝本社へ、那波氏と引抜きが王国あたりから来てる話をし、菊田だけは大切だが、あとはいゝじゃないかといふこと。五時に、放送会館へ、福田宗吉をよんで音楽の打合せ。それからホテ・グリで一人で食事、トマトクリーム、マカロニ・チーズ、肉リオネーズ、コンビネーションサラダ、モカクリーム。有楽座のエノケン一寸のぞく、七、八分の入りで、芝居は子供だまし。服部良一と落ち合ひ、砧村へロードスターでガタピシ/″\。新しい曲一つ覚え、プレスコする。山田伸吉と柚木与市が砧迄追っかけて来り、一時すぎ迄色々と話される、何もO・Kせず。


 撮影第一日(ロッパ歌の都へ行く)。
 八時半に家を出る。今日はレコード会社へ色んな芸人が来てテストするところだ、セットは、本ものゝ録音室を利用して、そこへライト持ち込み、いや暑いの何のって。昨日から持越しの機嫌悪さ続き、憂鬱である。夕刻でアガリ。インキンがセットでむれてかゆい。川口松太郎とニューグランドで会ふ。先日来考へてゐた通り、三益はうちを離れさせ、特別出演扱ひにしようといふ話、ところが川口は、てんでそんなことは思ってもゐなかったらしく、大いに謝まり、三益を呼びよせ、アラスカで食事しつゝ盛に謝まる。こっちも注文・条件を出し、先づ落ちつく。


 十時すぎ、塩谷都司が弟(俳優志願)を連れて来たので、起きて会ひ、アンマをとる、右の歯が痛む、三時に出かける。東宝本社へ、渋沢会長がゐたから、正月、有楽座あけ渡しは具合わるし、(エノケンが出るらしいので)と言っとく。それから銀座へ出て、ローマイヤで食事。銀座の山崎で時計一個求む、メイフォード五十五円也。残暑全く酷し。エノケン有楽座の「浪人三銃士」てのを見て、馬鹿々々しいのに呆れる。エノケンは、もはや敵とは言ひ難い。ホテ・グリへ寄り、軽く食って帰る。


 今日も撮影なし、此うしてのんびりして、後になってワーッとあはてるんだからいやんなる。残暑、ジリ/″\汗が出る。二時にダットサンで東宝本社へ。菊田・上山と那波氏も交へて十月の出しもの決定。一に伊藤松雄作「更生の歌」二に大辻を主とした「ロッパ世界ニュース」三は「続清水次郎長」トリに「愛染かつら」附のヴァラエティー。特別出演は大辻に山野、それに、ミス・コロムビアを交渉することゝした。七時半近く放送会館へ行く。明日放送「ベンシといふものがあった」のテスト、どうも一般受けのものではなさゝうだ、福田宗吉大いにハリキってゐる。


 十時起き、残暑きびし、時々雨降る。伊藤松雄訪問、それからそれへと喋り抜き、二時に辞して銀座へ。三昧堂を見渡したが、よき本なし。モナミで女房と落ち合って、日暮里の高橋へ、六時半に出て、放送会館へ。スタヂオのみ冷房あり、八時二十分より「ベンシといふものがあった」を三十分間。昔の弁士声色をとりまぜつゝやる。終ると、山野から電話で「大変よかった」と言ふ、清水操がやって来たのはクサった。明日は早朝より撮影があるとのこと。


 早朝砧村へ。セットへ入ると、いやその暑さといふものは全く言葉に尽せない。あんまり汗が激しいのでスタンドインで本ママ間ぎわ迄やって貰った。昼休みに、斎藤豊吉・穂積純太郎来る、十月大阪の脚本一つ宛受け持たせる。午後に入りて、セットつゞく。小国英雄の演出は初めてとは思へない早さ。暑さのため、口をきくのも嫌、つく/″\七・八・九月は撮影は止めたいと思ふ。夕刻チョン、木村千恵男・南部僑一郎と銀座へ出る。バア・ブラックアンドホワイトからカサノヴァ等をのして、飲みたり。
 昨日の放送、好評らしい。一人でやるものも、これからもっと研究し、試みたい。


 七時起き、近郊ロケで農大の農場である。宿直室を借りて、支度し、農場へ出る。テスト済み、本ママとなると、皮肉や曇って来た。宿直室へ戻ってグーグーと寝ちまふ、眼がさめたが、まだ皆待ってゐる。つまり、何時迄待ったといふ記録を残すための「待ち」なのだ。結局あきらめの引揚げ。国際劇場へ。母上・女房と向ふで会ふ。新派で、中々入ってゐる、がさて暑い。客席も涼しくなし。芝居は何しろあんまり大きい舞台なので興味は半減されてしまふ。ハネて、ダットサンに、母上も女房もギチ/″\に乗って帰る。くたびれた、すぐ寝る。


 快晴で八時に起される。迎へが来る間、朝日の注文一枚、報知の片雲録に一枚書いてしまふ。砧へ着いたのが、十時すぎ。セットをやる筈が変更になりましたと言ふ、そのため昼は全く意味なし。十二時半迄撮影所にゐて、文藝春秋に頼まれた慰問があり、赤十字(高樹町)へ行く。ベッドへ寝たまゝの白衣の勇士もあり、一席汗もろとも。銀座へ廻り、エスキーモで食事し、ビュティー飲み、砧へ引っ返す。六時からプレスコといふ話が、九時すぎ迄待ち。コーラス・コロンビアの若いの大ぜい、挨拶一つせず、感じ悪い。待つ間にラッシュ見た。いつもの老けの方が安心して見てゐられるが、今年から来年、此の型で行くつもり。
 かね/″\あたゝめてゐたプラン、家庭オペラ、「わが家の歌」を企画始める。


 九時に迎へ来り、農大の畑へ行く。高杉と二人のとこ数カット、プレイバックで畑を耕すところ。昼は、弁当と農大食堂とスッパイハヤシライス。多摩川河原へ移動し、川へ足を浸してるとこ、これは冷たくて快し。此ういふロケばかりならいゝと思ふ。すんで撮影所へ引揚げ、衣田が大阪へ行くのに対し、北野劇場への文句一まとめに伝言させる。「さらば青春」上演に対し一言の挨拶もなし。向ふが誠意なければ、今迄我慢してたことを一切許さぬことゝした。夕刻、ホテ・グリへ。上森・林正之助・弘高の兄弟等と会ふ。築地田川へ行く、林が大阪から持参のオールドパーをのみ、すぐねむくなり、一時前に帰る。


 九時前に砧入りしたが、音楽の服部良一来らず、待つ。昼近く漸っと来り、音楽同時で、洋服屋と靴屋のかけ合ひの歌、これが大した御難で、土屋・吉岡等のうちの連中がNGをやたらに出す。しまひには、監督NG、キャメラNGといふさわぎ。昼食はパンで代食。片岡千恵蔵、鏑木等来る。森岩雄氏と東宝との契約の件を話す。今夜は、徹夜と定る。夜に入りて、能率あがり、どん/″\進行。待ちの間、風よく通るところで氷をのむ、虫がしきりに鳴いてゐる、トロ/\とねむくなる。午前五時アガリ。


 暁に帰り、すぐ寝て、十一時頃起きちまふ。今日は撮影休み、夜半に有楽座ロケがあるが、これには僕出ない。まだ暑さが酷しい。谷幹一が死んだ報せあり、狂って死んだのだ、哀れだ。母上と四時に銀座モナミで落ち合ひ、家庭劇を見物。入りは一杯、芝居もそれ/″\面白かった。甲賀三郎・土師清二のグルウプ。読売の相馬剣爾等に逢ふ。夕食は、洋食堂、暑く、まづし。甲賀三郎を誘ひ、ルパンへ行く。甲賀作の「ロシヤ・サラダ」なる脚本、中々面白いので、正月あたりやりたいと思ふ。カザノヴァへ寄り、すしを食って、有楽座へ寄ると、深夜三時あたりから開始するとのことで、つとまりかね、帰宅する。


 今日も撮影休み。十二時半、迎へ来り出かける。日暮里高橋へ寄り、女房と共に浅草の松喜へ行く。暑いけれど、牛鍋はうまし。舟和でみつ豆食って、観音様へお参りし、六区へ出て大勝館へ入る。アステア、ロージャースの傑作集と、同じ二人の「気儘時代」といふ、あんまり面白くない映画。ロードスターで帰る途、雨来り弱る。明日も撮影は休みの由、しまひになって又急しくなるのはヤリ切れんなア。床についてから林芙美子の「清貧の書」を読む、悪いものではないがたのしくない。


 十時起き、鎌倉の上森の家へ、例の件の礼に女房と出かける。ダットサンロードスターの悲しさ、雨にあひ、びしょ濡れ、新橋を一時二十何分。上森の家、雪ノ下の豪華版、上森も夫人も留守、土産置いて帰る。まだ早いので久米正雄氏を訪れる。久米氏丁度出支度してゝ、まるで迎へに行ったみたいに、一緒に東京へ。久米氏昔ほどの元気が無い。新橋駅で別れ、ニューグランドへ、トマトクリーム、犢のスタッフ、ミートボールカレーライス。五時、新橋演舞場へ、新国劇見物。島田・辰巳を楽屋に訪問した。十時ハネ。帰宅。


 今日は夕方六時からプレスコ。一時に中野実の留守宅へ。久米氏の話によると、中野も今月中に帰されるといふことなので、行ったら細君が、がっかりしてゝ実は又延びたと、こっちもがっかりして辞す。それから下二番町の加藤へ、用談数刻。今度は、赤坂の加藤伯父上のとこへ、独り居の淋しき姿、こゝでも同じ(清の件)要談。家から電話、プレスコ中止とのこと。やれ/\アブれちまった。ふと思ひついたらポケットに招待状が入ってたので、Aワンへ。ビクターの芸術家の集り、僕は、OK盤二枚制を廃し、一枚にせよといふ意見を出した。灰田勝彦を誘ってルパンへ行く。灰田って男もつまらんなり。


 十時起き、雨である。今日は午後から撮影の筈が夕方六時から。プレスコのみと決定したので、新宿へ出る。紀国屋で新刊二三買ひ、樋口大祐に逢ひ、一緒にムーラン・ルージュを見ようとて行く。ムーランルージュも一年一度や二度は見る価値がある、然し妙なお先走りの学生などゐなくては存在出来ない存在ではあるまいか。狂言、二つとも実にヘンなもの。出て、渋谷のふた葉で一人夕食、美味かった。雨の中を砧へ、音楽の服部良一中々来らず、その間にインタヴィユに来た「スタイル」の婦人記者との談話を片付け、菊田・上山・斎藤・穂積で大阪の配役をしてしまった。九時頃からプレスコ開始、終ったのはもう一時すぎ。
 二三日前、浅草の松喜で食った肉が古かったせいだと思ふ、からだにウルチャリヤの如き、かゆいブツブツが出来て、かゆくてたまらない。


 七時半に思ひ切って起き、出かける。甲州街道でパンクし、ミルクホールで待つ。午前中三四カット。昼食、食堂のハヤシライスを食ふ。午後も、わりにトン/\と行き、終ると、ラッシュを一と通り見る、困ったことには塗った顔が黒すぎ、僕の狙ふ白熊の如きロッパの姿が出ず、くさった。それから電力統制のため、思ひがけない太い声が出たりして、これもくさった。屋井・大庭を後へ乗せ渋谷で、塩瀬の支那料理食って、出るとエライ雨、おまけにダットサンロードスター動かなくなり、円タクを拾ひ、メーターの一円増しで帰宅。


 十一時すぎに家を出て、紀国屋書店へ寄り、四五冊買ひ込む。その中、古谷綱武の「作家の世界」と竹村猛児の「脈」を撮影中に読んでしまった。中村屋でコーヒーとアイスクリームソーダを飲み、砧村へ。一時すぎからセット、高杉妙子、よくやるが、夢の無い子だ。小国の第一回演出は、失敗だ、カット/\が一々間違ってゐる。すむとホテ・グリ迄とばし、ジョニオカの赤を飲み、一人でいゝ心持になり食事する、外人ばかりだから気が楽、ルパンへ寄り、明日早いのに大分おそく迄。


 ロケ――成田へ。
 七時半起き、雨ジャン/″\。ダットサン又こはれ、大分おくれる、砧へ着くと、もう皆待ち構へてゝ、すぐセット入り、午前中に三四カット進む。どうにも小国英雄、危っかしくて見てゐられない。昼食は、砧のお稲荷さんの祭りとあって、おこはの折詰が出た。午後早くあげて、ロケへ立つ筈だが、結局オールチョンが七時、石田を連れて、渋谷の二葉へ行き食事、今日も当りでいゝメニュ、殊にポタアジュよろし。銀座へ廻り、三昧堂で武者小路を見つけた。九時上野駅へ、三等(二等車無し)で、九時半発十一時着、車中武者小路を読む。成田着、蓬来閣ホテルといふ恐ろしき宿屋へ投宿。


 成田不動の正面にある蓬来閣ホテルの三階、起きて、入浴し、寒々とした朝飯を――でも卵が豊富だ――三杯食ひ、三里塚迄自動車に揺られる。三里塚の農場、今日のところは多くプレイバック。昼食は、茶店の奥で宿の弁当、午後陽一杯、トラクターの上で歌ふところ。成田不動へ参詣、茶店でおでんを食ひ、引あげて来ると、僕のレコード「江戸っ子部隊」をかけて歓送されたのはよかった。町を一寸歩いて、うちの青年部五六名、成田のカスバへやり、十時頃床へ入ったが、結局一時すぎ迄寝られなかった。


 雨らしい、と思ってると今度は雷だ――晴れたらしいな、などゝロケーションの朝といふ奴は落ち/\寝てゐられない。結局晴れたので十時近く起きて入浴、食事――又、卵ばかり――して出かける。三里塚の昨日撮った野原、昼食は昨日の茶店で食ふ、弁当だけでは足りず、親子丼をとったら、何とミョウガが入ってゐた。午後、とうもろこし畑のプレイバック。二カットすみ、オールチョン! と元気よく宿へ帰ると今のはフィルムアウトだったので撮り直すからと言はれ、大くさりで又もとの所へ引かへし、二カットやり直し、これで完全にオールチョン。夕刻の汽車、成田から両国行き、浅草へ行きみやこで食事、それから、富士見町喜京家へ、弁士連に先日の放送の感謝の会だとて招かれる、大辻・徳川・山野・玉井・泉に都の小林・三ぶちゃん等出席。


 十一時すぎ迄たっぷりと眠る、十二時半に出かける。文ビル、大阪公演の稽古。「清水次郎長」前編よりづっと面白くなく、菊田もくたびれてる。専ら、歌で救はれようと、歌の稽古に力を入れる。鈴木静一曲やはりいゝ。滝村がオヤヂ島津保次郎を連れて来て呉れた、ホテルのバーで、十一月の芝居、島津保次郎演出といふもの並に来年度彼のオリヂナルで撮る映画の打合せ、相変らず島津は仕事の熱に燃えてゐるのがたのもしい。食事、ミネストロン、フィレソール、鳥のプリンセスにペストリー。三昧堂へ行き、二三冊求め、日暮里の高橋へ寄り、女房をロードスターに乗せて帰宅。


 朝、書生たちが荷物つくりに来た。十二時から文ビル三階で「続次郎長」の立ち、例によって菊田の役者まかせの演出、どうも本がつまらん。夕刻までかゝる。ホテルのグリルへ、中島清助が、仕事のことで話しに来る。それから菊田・上山と揃って、東宝映画本社へ行く、森氏と会談数刻。滝村・山本嘉次郎と、正月映画の打合せ、今回の「歌の都へ行く」は、失敗らしいから正月はいゝものにしたい。七時、材木町の南蒲園へ、子母沢寛と小笠原章二郎三人で会ひ、いろ/\話す、南蒲園はわりにうまい。銀座へ出て、ルパンから又二三のした。


 大阪へ。
 大阪へ出発の日、十二時に家を出て、銀座のいんごうやへ、母上と食事、此処のビフテキもうまくなくなった、それに右の奥歯が痛くて困った。東京駅へ。三時の特急で出発、えらい混雑。車中、ひたすらセリフ、「続次郎長」完全に覚えたつもり。芹沢光治良の「眠られぬ夜」読み上げた。食堂へは二度、歯が痛くてたのしからず。午後十一時半大阪着。手配がおくれて、いとう旅館が駄目、此の二三日で何処か宿を探すことゝし、一たん荷を竹川におろす。もう何のかので二時となり床につく。


 北野舞台稽古。
 今日は舞台けい古十二時すぎからと定り、女房・竹川・堀井とでガスビルへ。喫茶のコーヒーがうまかった。それから座へ。「愛染かつら」からやる。大阪で雇った子役が、大阪弁であったのは、あたりまへだが、可笑しかった。「歌のパラダイス」をやり、重役室へ寺本を訪れ、「さらば青春」の脚本料二百円とってやった。寺本は、旅の手当廃止説を持ち出した、これは容易ならぬ問題なり、帰京の上の話とする。近くのグリル京松へ行き食事、座へ六時半に帰り、「次郎長」にかゝり、午前一時すぎ漸くアガリ、つゞいて「世界ニュース」、これが、午前六時頃、僕アガリ、宿へ帰る。くた/\。


 北野劇場初日。
 起きると、小林重四郎来訪、待たしといて食事、旅へ出ると味噌汁がうまい、初日だといふんで鯛の塩焼に、赤めし。四杯も食ふ。小林重四郎は、しきりに入座を希望する、が、五百円を欲しがるので、見込みはない。座から電話、レヴィウ風のものに限り検閲するとあって、「愛染かつら」附の「歌のパラダイス」と「世界ニュース」を、検閲官の臨官のもとにやる。色々注文されて皆大クサリ。このためおくれて五時十分頃開演。入り、九分近い。序の「更生の歌」を見たが、暗澹たるもの。次の「ロッパ世界ニュース」もてんでいけない。「続次郎長」は、馬鹿々々しいながらも、受けるには受けた。「愛染」は、東京ほどピン/\と受けないが、先づよろし。ハネ十一時。
[#改段]

 十二時開演、何とびっしり入ってゐる。少々風邪っ気。「次郎長」よく笑ふ、「愛染」も、ピン/\と受けるので安心。昼の終りが五時近い、夜は十時迄にハネないと、うるさいと云ふ話、しぶ/″\カットの相談。外へ出る暇なく、部屋で幕の内を食ひ、コーヒーのむ。十時に幕にする関係上、順を変へて「清水次郎長」の一景をカットして出す。次に「愛染」附のヴァラをカットし、トリに「世界ニュース」、幕あきに、僕が出てそのことはりを言ふ。夜も満員。ハネ十時。女房と劇場の近くの宿屋を見に行く、陰気でダメ。竹川へ帰って食事。


 鳴尾競馬。
 十時起き、鳴尾の競馬へ竹川・堀井・女房とで出かける。競馬場へは一切自動車が行かない、此の時世に競馬行きする奴を乗せたら運転手が罰金とか――えらい矛盾が、大阪では平気で行はれてゐる。阪神電車で鳴尾迄。百円迄のつもりが、僕って男は此ういふことには全く抵抗力無し、ずる/″\と二百円ばかり損した。「さらば青春」の脚本料、「さらば脚本料」となりぬ。菊池先生、藤沢桓夫、吉本の林正之助に逢った。押しつ押されつ又阪神で梅田へ。堀井と梅田地下のスエヒロで串カツとカレーライス。座へ出る、九分の入。よく入るので意外である。塩谷都司の弟、初日の夜疾走ママし、生意気な手紙よこしたので、兄宛に大いに怒った手紙を出す。ハネ十時半、大雅へ、のむ、食ふ、うまし。
 麻雀を封じられたので、やってみようかといふ気になり、競馬へ行って、やっぱり僕の性に合はんと再認識した。リツの悪すぎる勝負に、平気でぶつかってゐる連中は、一種の変態に違ない。二十円出して、最高二百円しか貰へないとは、リツが悪すぎる。二十円で二千円ならまだやる気があるが二百円では、もう止めよう。


 十一時頃迄ねた。二時出かけ、大毎前のピーコン・コーヒ店で待ち合せ、大辻・山野等と大毎本社へ挨拶に行く。三時東宝支社へ、菊田作「東京ブルース」の試写、いやはや呆れ反った愚作。フキかへの平野を連れて、北浜の国枝理髪店へ行く。雨の中を、野田屋でハヤシライス食って電車に乗り、(あゝ電車てものゝ辛いこと)梅田迄。意外や今夜も大満員、小林さん、双葉山等見物。芝居漸くまとまったが、何としても低調すぎる。ハネ十時半近く。宿へ帰ってぼんちのトンカツ。宿は竹川にゐることゝ定めた。


 十一時すぎ迄寝る。二時頃滝村来る。昨日見た「東京ブルース」を非難し、プロデューサーとして反省せよと言ふ。八田尚之脚色の映画台本「多甚古村」を、十一月の中間物としてすゝめられる。女房・滝村とで、心斉橋通りをブラつく。北の重の家へ食事しに行く。変ってゝうまい、が一つ味にたより過ぎる感じだ。座へ出ると今日も満員、夕刊の批評が揃って今回の狂言は面白いと書いてゐる、馬鹿々々しくなる。大阪は低調に限る。ハネ十時半、まっすぐ宿へ帰り夜食、風邪だ。


 十一時近く迄寝る。二時に阪神集合、御影の嘉納さんへ行く、十何人のメムバー。在宅で、一杯やってはるとこ、例によって絶倫なる独演だ、サンドイッチを山ほど取って紅茶――すべて吟味されたものばかりなのは感心する。四時半迄ゐて辞し、大阪へ帰る。熱七度二分あり。座へ出る、今日も満員なのだ、どうも驚く。滝村来り、正月物のこと相談。芝居は気が無い、「次郎長」は全く笑の王国への復帰。ハネ十時半、中島清輔・吉田修造等とサムボアへ行く、今夜は飲んで風邪を追っ払ふつもり。いゝ心持となりアスピリンのんでねる。


 十月も六日といふにむし暑くて暁方には蚊がブーンと出て悩まされた。十二時半すぎに、竹川と女房とで東宝支社へ「歌の都へ行く」の試写で行く。見終ってがっかり、何うにも面白くない、その上、メークアップの失敗で、顔の感じとても悪し、くさる。川口町天仙閣へ行って食事、これがまづくて閉口した。座へ出る、熱があるやうでダるくていやな気持。入りは今日も満員である、不可思議な気がする。「愛染かつら」の時、ボックスと進行の大西が揉め、大西は暴力をふるったらしいが、そのまゝに帰ってしまふ。


 脚本会議で、江戸橋の鶴市へ出かける、十二時。川口・菊田・上山と集る。此処の日本食は食へる。川口は三益一座の脚本を選ぶ位の気持でハリキってゐる、結局一の戦線ものも菊田が受持ち、二のオペレット物を川口、三の島津演出物は仮に、中野実の「風」とし、トリに次郎長前篇を据える。昼すぎから又熱っぽい。阪急本社へ寄り、佐藤社長を訪れ、挨拶して来た。四時半頃楽屋入り。岸井明、こっちで入院してたが今日退院したとて来た。入りは今日も補助椅子売切れ。悉く好評なので呆れる。いくら好評でも芝居してゝの気持は悪い。ハネ十時半、伊東の女房のバアへ寄り、大雅でいろ/\食ひ帰宿。


 今日はマチネー。座へ出る、補助椅子売切の大満員。関西中央に高谷伸がいゝ批評を書いてる、これだけが骨のある評だった。昼の終り丁度来た藤山一郎と共にアラスカへ自動車(中々来ず労れる)で行ってみると、何のことだ休み! 京松グリルてのへ行きポタージュ、ロブスターの大きいの、卵のエスカロップ。夜も補助出ッ切り。東京から清宮有楽座主任来り、島津保次郎演出にこだはることなく、「戦時のガラマサどん」といふ一幕物を僕が書くことに定めた。熱っぽいのが治って夕方から反って気分よし。


 十一時近く起きる。菊田・高杉・大辻・白川・上山と角座へ。小太夫と梅野井の新旧合同で、入りは中々いゝが、座って見ることの窮屈さに参る。「新女性問答」といふ映画ネタと、「研辰」が、しまひにあり、小太夫が奮闘。出ると、木の実へ寄り、トンカツと天ぷらを食ひ、菊ずし迄行って、すしを食ふ。座へ出ると、今夜も補助出し切りの大満員だ、大阪は結局これでいゝらしい。十一月の二を川口がオペレッタ「若様ロッパ」とつけた。寺本が臨時マチネーなど頼みに来たが突ぱねる。ハネ十時十四分。大雅で、都築文男、井口静波等と会ひ、千どりといふお好み焼へ行って、いろ/\焼いて食った。


 十二時迄寝た。堀井夫妻居て、久々で二荘ばかりやってみた、が一向情熱が無し、夕食はサンドウィッチですませ、座へ出る。座は補助は出ないが、きっちり入ってる。客種上品な顔ばかり近頃珍しい、そのため笑ひ少く、「次郎長」など、いつもの笑ひは全然とれず。ハネは十時十六分。昨夜行ったお好み焼へ堀井夫妻と竹川・女房とで行く。千どりお好み焼店、世の中には変ったものもあるもの、此の趣味、此の味、大まじめで食ってるのが実に可笑しい、五人で三円五十銭。それで腹が張ったからいゝ。


 十一時半に迎へが来り、有恒倶楽部の午餐会へ。野村ビルの階上。一時からホールで先づ大辻がアメリカ土産の話をした、見当違ひでちっとも受けない、大辻は大切なものを失った感じ。僕、例によって質問紙を書かせといて、それに答へる漫談三十分。アラスカへ三時半、川口と会食、川口もすっかり一座のために乗り出す気。此処の飯田の腕、うまし。座へ出る、上森から家へわざ/″\礼に来るとは何だと怒った手紙、あいつらしい。入りは又々大入満員。ハネは十時十六分。宿へ帰り、雀を又用ゐて徹宵。


 といふわけで起きたのは三時すぎだ。女房・堀井夫妻を誘って、道頓堀松竹座前のライオンで食事、コーヒー、ハムエグス、トースト、ポタアジュに独乙カツレツといふのを食った、うまかった。それから座へ、といふんだから日記することが殆んど無し。座は今夜も大満員だ。然し此ういふ狂言でワン/\入ると、いゝ心持ばかりではない。ハネは十時十四分。山野・石田を連れてサムボアへ寄り、それから大雅へ寄る。大分酔ふ。


 十時半起き、今日は寺本と吉岡社長によばれてゐる。山田伸吉東京より来る。「ガラマサ」を一寸打合せる。十二時すぎ、南の吉兆といふ料理店へ。こっち夫妻に川口・三益。吉岡社長機嫌よく何でもOKする。料理も中々うまい。松葺に食傷するほど食ふ。それから阪急デパートを歩いてみる、まだ夏のやうなのでいやんなる。汗拭き/\色々見て、レターペーパーを求める。座へ出ると、川口と山田で、二の狂言打合せさせる。入りは今日も殆んど満員だ。ハネは十時十五分、宿へ帰りかどやの洋食、それから上森・那波・伊藤松雄・森岩雄・京極と、一時半迄かゝり手紙書いた。


 今日「ロッパ歌の都へ行く」が封切なので、梅田映画劇場へ女房と出かける。十一時始まり、ダービンの「年ごろ」これがあんまり面白くない。「歌の都へ行く」スクリーンが大きいと又、グロテスクな顔が拡大されて、とても不愉快。途中で出る。それから北野劇場へ、青年部の試演会があり、四時半閉会。それから三益とガスビルへ、講演場のガスビル趣味の会で漫才をやる。トッパナ五時半から六時だから、客が食ひつかなかった。座へ帰ると補助売切。よく受ける。ハネ十時十何分、青年部五六名連れてサムボアへ行って芸談しながらのむ。大いに酔っていゝ心持になり宿へ帰って、乱暴せり。


 十二時に出る。昼の入り満点、よく笑ふ客、女が多い。昼終るとガスビル趣味の会へ、三益・上山と早目に行き、地下のグリルで食事する。ロブスタークリーム煮うまかった。五時半から六時迄、漫才、今日の方がやりよく、受けた。座へ引っ返して夜の部、入り大入補助売切。吉岡社長・寺本支配人にジュン/″\と説かれ、マチネー二回(臨時)と、二十四日迄日のべをOKさせられる。その代り純益一万円突破の際は必ず特賞を出すことを約した。どうもかけ合ひ事は、あんまりうまくない。夜もよく笑ふ客なり。小国英雄へ、手紙でメークアップのルーズネスを詫びた、入れ違ひに、小国から演出の不行届を詫びた手紙が来た。ハネ十時十二分。


 さて今日は脚本書きにかゝらうと、佐々木邦の原作を読み/\「戦時のガラマサどん」にかゝる。二枚書いたら、もう駄目になり、コーヒーのんで寝そべっちまふ。福井から政治さん来り、ライオンへ行き夕食する。ハムエグスとコールビーフ。座へ出ると、今夜もびっしり大満員で、その上補助が又やたらに出てゐる。今回の企画が成功となると、此の次来る時の企画を、よっぽど何とかしなくてはならない。結局、有楽座とこっちとは全然方向を変へることである。ハネが十時十分。今夜は竹川の御馳走で、肉のごま煮を食べ、それから又ぞろ二荘ばかり。四時に寝る。


 祭日のマチネーで、十一時起き、夜更ししたので眠いの何のって。座へ出る。昼の部大満員、そのわりに笑ひ少く、芝居もダレる、「愛染」で吹き屋の杉寛ゲラ/″\となり又々ダレる。昼の終り、外へ出る元気もなく部屋でスエヒロの串カツとライスカレーを食ふ。夜も、ぎっしり満員、夜の客はよく笑ふ。東京から電話で、病人のため女房は明朝早く帰京することゝなる。気になって芝居してゝ辛し。ハネ十時十分。心配事あるものゝ、千鳥お好みやきへ行って、自由焼をたのしみ、腹一杯になってしまった。


 早朝女房帰京、七時半に眼がさめ、「戦時のガラマサ」を書き出し、又ねむくなり十一時半迄寝た。今日は森永の貸切臨時マチネー。女工さんで一杯。出ると、「ヤー」といふやうな叫声をあげる。が、てんでピンと来ず、いつも受けるとこをスカされるので皆面喰って珍演する。例によって「次郎長」の老後のとこでキャラメルを出してサービスする。終って、一人でアラスカ迄行く。ミネストロンとチキン・ヌードル。夜は満員、客はピン/\来て昼とは大違ひなので喜ぶ。東京から菊田・衣田が帰って来た。ハネると、山一を誘ってサムボア、それから大雅へ行き、のみ食ふ。はかなきは十二時に追ひ出されること、尤も一時迄ネバってゐた。東京より電報なし、心配。


 九時に母上より電話、病人は入院、大したこともあるまいが――とのこと。十二時に出て阪急で宝塚へ。うちの見学デー。一時にパーラーで白井鉄造氏と会ひ、来年中に一本オペレッタを書いて貰ふ約束をした。白井氏も宝塚に倦き、一つ金と転ばうかと彼に似合はぬたのもしいことを言ふ。大劇場の白井作品「日本名曲集」を見る。白井・堀井と宝塚ホテルのグリルで、ロシヤスープとビフテキパイ、栗のバゞロア。うまかった。座は今夜も補助椅子売切の大満員。「ロッパニュース」でニッポン号台北着を僕が出てアナウンスし、万歳三唱。ハネ十時十五分。又大雅でウイと食事。
 大阪の蒲ぼこやから毎朝変ったものをとり食べる、梅やき、天ぷら、厚焼など朝飯にふさはしい。


 十二時に朝日ビルの本みやけへ、大辻の招待、例によって、すきやきうまくなし、ザク(こっちのザクは、マカロニなども入る)の方がうまい。終って、東宝支社の試写室へ、東亜商事の好意で「ブルグ劇場」を見せて貰ふ、すばらしき映画、実に唸った。ウィリ・フォルストの演出もいゝが、ウェルナー・クラウスの水に近い名技に絶対感激。座へ出てからその感激を、森岩雄・夢声等に書きおくる。入りは今日も大満員。よく笑ひ、受ける。が「ブルグ劇場」を見たあと、アチャラカ芝居をやるのは辛い。ハネ十時十何分。東京より来れる南部僑一郎と大雅で食事、南僑、竹川へ泊める。


 今日は又臨時マチネー、森永についでニッサン石鹸と来た。大いに走り、たのしみながらやる。座員に石鹸が出る、舞台でも石鹸を出す。拍手。昼の終り、平野が満鮮の東宝劇団の旅から帰りで寄ったので、南の広重といふ天ぷら屋へ行く、えび小さいのを三十幾つ食った。値がわりに安いので気に入った。夜は又満員、南僑が「次郎長」を見て、此処迄ノンセンスなら東京でもやれると言ふ。竹川へ帰ってみると堀井夫妻・竹川・クス子で麻雀してた、わしはねむくて南僑にやらせてねる。南僑に金をやったら「ありがたい/\」と言ふ、気持がいゝ、さう言って呉れゝば。
 今朝母上より手紙で、うちの愛犬ボビーが死んだ由、かなしい、もう犬など飼ひたくない、死なれてはかなはん。歯の抜ける夢みると友人知人に不幸ありとの占ひは、ボビーで当った。


 今日はマチネーだ。十一時起きで座へ出る。いゝ入りである。が、二日マチネーがつゞくとくたびれてしまひ、せいが出ない。杉寛が又ふいちまって、皆が見物するといふ場があり、皆よく笑ふ。昼の終りは、もう外出する元気なし、部屋ですし弁当をとって食べる。夜の部もいゝ入り、少し客席につかれあり、やっぱり確りしたものがないのだ。夜の芝居も走ってハネ十時。大雅へ、都築文男をよび、大辻・山野で飲む。芸談に花咲く。


 朝十時半、起きると東京から高橋が来てゝ下の部屋にゐる。新藤と大庭来る。麻雀といふことで、竹川を入れてやり出す、一向勝たず。夕方、重の家へ行って食事、今日のはわりにうまかった。今夜も補助椅子の出る大満員。然し結局八千円ばかりしか純益は無いといふ話だ。寺本が、それで手当廃止を持ち出すわけ、一万円ほど東京よりよけいかゝるのだ。岡田指月よりチョコレートを貰ったので、杉寛に託し、嘉納さんへ届けさせることゝする。十時一分にハネる。高橋の兄貴と浜作へ行く、ウイ持参していろ/\食ふ。それから大雅へ行って又飲んじまった。


 大阪北野劇場千秋楽。
 今日で大阪も名ごり、竹川がお別れの一荘と言ふので、大西等が荷ごしらへしてるのを横目でにらみつゝ、やり出す、その間に宿の払ひもする、五百三十何円、ショッパイうちだ。座へ。日のべの宣伝利かず、てんで前売がいけなかったと見えて、招待をうんと切ったらしく(それも裏方に配り、役者には知れないつもりで)ほんとの客は補助椅子に居る珍景、大道具の家族招待みたい、てんでいけない客。芝居大走り、九時十五分にハネてしまふ。まっくら燈火管制の中を駅へ。竹川・高橋・小林重四郎・リキー宮川(ポケットウイスキ持参)みなくらがりに立てり。


 寝台車、暑いやうな、寒いやうな、いとゞ不快な気持、さて寝つかれたものではない。小田原で起きて口を洗ふ。食堂で一人、ハムエグストースト、ハムが危かったから残す。九時半東京駅着、高槻が来てゝ、車で帰宅。女房は病院へ行って留守、久々母上の給仕でうちの朝めしのうまさ。ボビー死して淋し。それから駿河台の瀬川病院へ、清を見に行く、見てる前で葡萄糖の注射をされ、自分がされるよりよっぽど辛く、泣きたし。三時迄ゐて、山伸・堀井とホテ・グリで食事、有楽座の新国劇を二つだけ見て、帝都タクシーで燈火管制の中をゆる/\帰る。燈火管制も十三夜のお月さまで、ぼんやりとあかるい。


 十二時に文ビルへ行く筈が、防空演習のおかげで中々出られず、行くとすぐ配役にかゝる、渡辺は一本におさまり、藤田も一本で、あとの連中はわりに活躍する。いゝ配役が出来たと思ふ。一時に四階へ皆を集めて、本読みにかゝる。川口のは川口自身、僕の「ガラマサ」は僕が読む、読んでゝ可笑しくて弱った。それからホテルのグリルへ一人で食事に行く。ロブスター・ターミドオと、ニョキ、ウイスキータンサンを飲み、メロンを食った。防空演習たけなはで外は暗澹と暗い。やりきれないから、ホテルへ一泊する気になり、犬丸支配人に言ふと、早速案内して呉れ三百六十五号室に泊る。と定ったらバーへ行ってウイをかたむけ、ふら/\と部屋へ帰ってねたのが、さて何時かな――ざっと十一時ぐらいでありしか。
 脚本「陣中だより」と「若様ロッパ」を読んでみると、菊田は、恋人高杉を、川口は三益をひたすらいゝ役にして書いてゐるのが可笑しいほどである、アメリカ人の心臓を持つ二人である。


 帝国ホテルの朝である、しかし、気分ちっともパッとしない。払ひをすませ(特別扱ひと見えて五円也)銀座へ出て、不二アイスへ寄り、ハムエグスとタンシチュウを食ひ、アイスクリムソーダを二杯。文ビルけい古場へ、一時から川口の「若様ロッパ」、三時から「ガラマサ」読み合せをやる。浅草のアダ上長が清水を連れて来り、使ってやってくれと言ふ、弱り、クサる。穂積純太郎辞職するといふことなり、それもよからん。夕刻、神田の瀬川病院へ寄り、清を見舞って、タクシーをよび六時帰宅、母上と二人食事。


 十時半起き、銀座の小松へ理髪しに行く。英太郎が白毛染をしてるのにぶつかる。けい古場へ入るのがおそくなり二時近く。「若様ロッパ」の立ち、セリフ昨夜のうち大てい覚えちまったので川口が吃驚してゐた。「ガラマサ」は、東宝映画からフランク徳永を出張させて貰ひ、外人に扮する連中に英語を教へて貰ふ、これがとても可笑しい。日本文化中央連盟より二千六百年の紀念劇の上演と作を依頼された。けい古すむと、ホテ・グリへ、滝村・屋井と食事、ポタアジュ・ラングース・ターミドオ・ミニツステーキ。それから暗の夜をあちこち――月夜で夕方ほどの明るさなり。


 浜尾四郎死して五年、満鉄ビルのアジアへ十二時に行く。浜尾一家と下二一同浜尾方の親戚。アジアは、ニューグランド系、わりにうまかった。一時半に文ビルへ行く。今日は「次郎長」を通すことになってゐるのに渡辺が来ない、来ないまゝ始める。四時近く渡辺来り、来月休むと言ふ、食道癌の兆候があるとかで、やむを得ぬ休めと言ってやる。結局大庭を抜擢することに決定。舞台で血を吐く迄やる男じゃない、渡辺は実にいやだな。五時、瀬川病院へ行く、病人快方。九時近く、お茶の水から省線で帰り、東中野からテク/\歩く、燈火管制最後の夜、月明るし。
 燈火管制のおかげで色々珍しい経験をした。先づ、ホテルへ泊った、今度は何年ぶりかで省線に乗り、東中野からテク/\と歩いた、歩いた道だ、十年前迄毎晩のやうにテク/\と。月夜を歩いた、十年ぶりでテク/\と。


 午前九時出頭せよと、検事局から呼び出しあり、早起きして、検事局へ。控へ室で待つこと実に二時間半、マイクを通じて名を呼ばれ、川上検事といふのに申し上げさせられる、調べはスラ/\とすぐ済み、十二時に文ビルへ。「次郎長」を半分ばかり立つ。それから「若様ロッパ」の歌をはぢめてやる、鈴木静一の選曲頗る明快、すぐ覚えちまった。折柄訪れ来った杉山昌三九と南僑を連れてハゲ天で食事し、有楽座へ。序幕と「戦時ガラマサ」を今日舞台稽古する、(電力制限のおかげで)徳永フランク来りて英語を指導、これが大した熱心で面喰はされる。今夜から燈火管制ではない、明るい銀座なので、終ると、すぐ泳ぎ出てルパンで、フランク徳永・杉山・山伸等で飲む。


 有楽座舞台稽古。
 十時半起き、有楽座の舞台稽古の日、午前十時からなんて言ってたが、結局一時頃から始まる。「若様ロッパ」が先で、川口が演出、然しオペレッタだけに川口、手も足も出ない感じ、色々手伝ふ。これはいゝものではないが大丈夫と思ふ。終ってホテ・グリへ菊田と行く。ミネストロンにポークソーセージ、ラヴィオリと食べてコーヒーとプディング。座へ帰り、六時すぎから「清水次郎長」にかゝる、こっちのエキストラは、大阪より質が悪く、いかん。大庭の大政も困ったもので素人芝居めく。やっぱり堀井にやらせればよかったとも思ふ。一時近くアガり。中々タキシーが無く、漸っと見つかって、帰る。でもいつもの稽古よりは何と早し。
[#改段]

 一時半に芝白金の聖心女学院てのへたのまれて行く。何とか先生の七十の祝ひを兼ねた同窓会。おとなしい客なので弱った、歌のはなし約二十分。座へ早目に出る。開演時間にはもう補助満。一の「陣中だより」を袖から見る、泣くとこもあり、菊田はやはりうまし。「若様ロッパ」歌はよく歌へたし、ピチッと行ったが、何せ古い感じ、三益の芝居で、こっちは全くつきあひだ。「戦時のガラマサどん」外人の出るあたり迄はよく受ける、演説もハコに入れば受けると自信ついた。「清水次郎長」は、渡辺の代役大庭がまあ/\の出来、半分以後ダレたが、ハネは十時。興亜紀念日で酒は無し、ホテ・グリで食事して十二時に帰る。
 戦時のガラマサどんの演説、草稿を出して喋りながら、「これを覚えてしまへば何でもないが、役者も初日は辛からう」と言ったら大受け。


 二時頃に出かけ、清を見舞ふ。四時に出て――さて中々円タクを拾ふにも暇がかゝる、イヤッて程車がおしよせて来た昔が恋しい。ホテ・グリへ、中島清助と食事、ポタアジュに、ロブスター・タミドオ、カネロニー。五時すぎ座へ入る。フランク徳永が、ハリキってうるさくてしようがない。「若様ロッパ」今夜は、揚幕の出で手がとれた、中々歌ひ乍ら出るのはむづかしい。「次郎長」何としても長い、ひどく後半コケる。滝村・山本嘉次郎、満映の李香蘭来り、銀座から赤坂へのす、はかなきことなり夜も十一時バネでは、ろく/\話も出来ない。


 マチネー、序幕を上手の袖で見てると、花道揚幕に責任者がゐず、引込みの役者がドマついたので、大道具に、うんとカスを食はせ、楽屋へ入ると、大道具一同大怒りだと言ふ。昼終ると、楽屋着のまゝ大道具の部屋へ乗込み、二十分ばかりの演説をした。これで反って大道具連の気分よくなり、夜からよろし、こちらも気分よし。入りは夜昼大満員。食事はおかげで親子一つ食ったきり。芝居どれも平均によく受けてゐるやうである。ハネは十時三十分位だ。まだ長い。上森来楽、ハネ後銀座へのし、ルパン。自動車無くて弱り。
 大道具諸君に、僕が何とカスを食はせようと、それは僕の特権だ、言はせといてくれ、その代り、僕は諸君を、浅草の大道具扱ひとはまるで違った、対等の人間のつもりで扱ってゐるのだ、だから対等の人間として、ゴマ化しなしにこれからも行かう、といふ演説。


 女房が清を連れ、退院して来た、家の中の空気がパッと変った感じ。穂積純太郎が来た、結局辞職することゝ定めた由、仕方がないと思ふ、一緒に食事し、日本青年館へ。中島飛行機製作所てのゝ慰安会で、藤山・渡辺はま子・ミルクブラザースも出てた。声が昨日からよくないので、うまく行かぬ。座へ出てフィナレの歌をかへるので稽古をし、鈴木静一・友田・穂積等とホテ・グリで食事、ミネストロン、フィレソール、ムサッカ。座は、大満員、補助売切れ。今夜の客頗るいゝので、調子やってゝもつひハリキる。川島順平あらはれ、これも辞職する由、先づ引止める気なし。今夜から清も一緒の室に寝る。


 十時半起き、昨夜吸入したので咽喉は大分いゝ。清を抱く、イタにつかぬ恰好也。十一時に家を出て、座へ。大満員、補助売切。「若様」がピッタリ来る客、「ガラマサ」をよく分らない感じである。今回は楽師の質が悪いとかで、音がきたなく、音楽物が多いだけにいかん。昼の終り五時近し。ホテ・グリへ。ポタアジュとミニツステーキ、バヴァロア。それから神田の共立講堂へ光明学校の会で行き、六時のトップを切り漫談する、昨日より声もよく気分よくやれた。夜の部、むろん大満員、夜は「ガラマサ」がよく分る客。「次郎長」カットを要す。コーラス揃はず、けい古し直しを命ず。今夜もまっすぐ帰る。


 二時半に家を出て、中野実家へ寄り招待券二枚置いて来る。有楽町、塩瀬で上森と会ひ、竹上弁護士のとこへ礼を百円持って行く。東宝ビルへ引返して、那波支配人と話す、撮影手当が皆に出るが僕には一文も出ずといふ、腹の立つ件。菊田昇給の件、正月は有楽座に決定したらしい。菊田と名物食堂のハゲ天へ寄り天ぷらを食ひ、座へ出る。少々雨で天気もよくないが、入り落ちて、九分。お社の日ときいて少々かたくなり「ガラマサ」が殊に出来がよくなかった。ハネ十時三十分近く。上森と長谷川へ行き、ウイ、もみぢの焼売沢山食べる。


 十一時起き、陸軍中佐々藤某といふのが電話かけて来る、又何か買はされるのだらうと分ってるが、果してさうだった、座の方へ来いと言ってやる。(結局三十円のつきあひ)清と遊ぶ、子供てものは実に不思議なり、遊ばせてゐるのではなく、結構こっちが遊ばせて貰ふ。ホテ・グリへ、中島清介と要談数刻。トマトクリームとロブスター・タミドオ、スチュウ・コーン。(ロブスターが参ってたのではあるまいか腹が悪くなった。)座へ出る。入りは今夜も九分弱だ、こんな筈はないのにといふ気がする。ハネ十時二十何分、まだいかん。来訪、白井鉄造夫妻・上森。母上見物で一緒に帰宅。清の顔見て喜ぶ。
 母上の曰く、入りが悪いのは、五時半から十時すぎといふのがいけないのではないか、四時開演の十時前にハネるべきではないか。これは甚だ考へるべきことである。マチネーの方が、夜より入ってゐるところなど見ると、確かにそれが言へると思ふ。


 日の出の座談会で十二時半、迎への車で山水楼へ行く。小杉勇・伯竜・市丸・田中絹代。「愛染」の人気、絹代が来ると山水楼の女中大さわぎ。座談会、例によって愚にもつかず。四時すぎに出ると、内田吐夢にひょっくり逢ひ、ホテルのロビーでコーヒーのみつゝ、専ら「ブルグ劇場」の話、吐夢の顔、ウェルナー・クラウスに似たり。座へ出ると、入りが、九分といひたいが八分強位か。出しものは揃ってる筈だが客席に活気なく、舞台もいさゝかダレる。「次郎長」大庭大分うまくなって来た。ハネ十時二十三分、小尾悦太郎老と樋口を誘ひ、赤坂まへ川へ行く。もみぢのしゅうまいを大いに食った。


 十時半、瓦斯会社が瓦斯の余分なのを廃止せよとて、人夫来り、それで起きちまふ。十一時半に出て、東宝映画本社森氏のところへ。那波支配人来り、三人で、要談。来年一月に契約を改めてする件。二時に辞して、モナミで食事、そのまづさ。二時半、内幸町高千穂ビルユニヴァサル支社試写室へ、「裏街六人組」“LITTLE TOUGH GUYS IN SOCIETY”の試写見せて貰ふ。つまらぬ映画でくさる。レインボーグリルへ寄り、菊池先生に会ひ、慰問の会二つ引受け、文藝春秋のボーイを役者にとたのまれる。座へ出る、入りは八分強位。そのため芝居してゝハリキらない。楽屋へ、都の尾崎・芦原英了・ダッシー八田清信等。ハネ十時十六分。まっすぐ帰宅。


 十一時半に起きる――よくも寝るものかな。清と遊ぶことにて、半日くらしけり。四時に家を出て、寺木歯科へ行く。右の奥歯と前の入歯をすっかりやり直して呉れる由。銀座へ出て、エスキーモで食事、マカロニとカツランチ。座へ出ると、昨日よりはいゝが、やっぱり九分。たしかに開演がおそく、ハネがおそいのがいけない。その証拠に、十時近くなると席を立つ客が沢山ある。「若様」ます/\他愛なし、「ガラマサ」これは受けてゐる。「次郎長」は大阪ほどには行かぬ。ハネ後、ウイ持参で浅草へ、東久雄と要談飲み。


 十時半起き、清と遊び、十一時半に出て、浅草国際劇場へ、前進座を見に行く。前進座の人気といふより広沢虎造の人気であらう、いゝ入り。幕間に地下のすしを立喰ひしたが中々うまし。芝居は面白きもの多かりし。円タクで寺木歯科へ。(ハイヤ高けれど円タク安し、浅草から新橋まで九十銭也)歯の型をとり終って、一服してると夕刊投げ込まれ、「ロッパに罰金」といふみだしで、麻雀の件が出てる。即ちクサリ。座へ出ると、その話で持ち切る。入り今日大満員。よく受ける。楽屋来訪、上森・南僑・服部良一。ハネ十時二十何分、ホテ・グリへ服部良一と行って食事。
「清水次郎長」がトリでは、やっぱり丸の内はおさまらない。もっと皮肉なもの、もっと頭のもの、セリフで笑ふものでなくてはいけないのだ。となると、ます/\面白くなって来たわけ、来年は脚本をウンと書かう。


 十時起き、清の守をしてすぐくたびれる。十一時半に出て座へ。昼の入り大満員、よく笑ふが、活気不足だ。屋井から誘ひあり、ホテ・グリへ食事しに行く。オニ・グラ、ロブスター・タミドオ、ハムオムレツ、ピーチメルバ。夜も大満員だ。「若様」やってゝつまらない。結局「ガラマサ」が、やってゝは気持よし。開演時間の問題、正月は五時に開けて、十時前にハネようと思ふ。「次郎長」の時、腹がいかんのを感じる。歯が今修繕中でよく咀嚼出来ないので、消化不良であらうか。役者の病休七人もあり、怪しからん。ハネ十時十五分になる。帝都タクシーで帰宅。


 十一時迄ぐっすり。一時に寺木ドクトルへ行く。前の入歯を、夕方仮に入れて貰ふことゝなり、外してしまふ、上唇が口中へめり込み、パク/゜\の爺となる。マスクして銀座へ出る。時間があるので小松へ寄り理髪、五時に寺木へ寄り、前歯と右の奥のブリッヂを仮に入れる。口中又気分変る。夕食する気にならず、座へ出る。入り八分(?)といふところ、何うもいかん。「都」の今朝の批評大いによし。ハネ十時十分。藤山が車が三千円以下の見つかったといふ。藤山と飲み、いろ/\要談。


 十一時頃迄眠る。清と遊び、二時に出て、藤山と待ち合はせでホテルのバアへ行く。内田百間の「菊の雨」をアイス・ティをのみつゝ読む、一時間百頁のスピード、二百頁読むと漸っと来た、藤山の車で小石川の茗渓会館へ行く。菊池寛氏が失明傷痍軍人を招き、食事を共にする会、藤山の飛び入りと僕の漫談。六時すぎに出て、座へかけつける。入りは八分弱か、何うもいけない。「若様」やってゝ、とてもつまらない。「ガラマサ」も、ピッタリ来ないとこがあり。来訪、ビクター岡庄五、菓子沢山。岡俊二夫妻サンドイッチ沢山。ハネは、大急行でやったので十時。


 今日は七五三の祝日だとて、タクシー全く無し、仕方なく歩いて出て表で拾ふ。東映本社へ、滝村・山本嘉次郎待ってゝ、十二月作品「ロッパの新婚日記」を山さん自身本読みする、念の入ったいゝシナリオだ、ガラマサどんの親子二役を僕がやるので一寸気は重いが。銀座全線座で樋口と会ひ、オペルといふ自動車を見たが七千円とは高いので、やめることにした。寺木ドクトルへ寄り、右の奥歯は完全にブリッヂ入る。ホテ・グリで藤山・樋口と会食。座へ出ると、入り七分強位か、どうもいかん。今夜、川島と穂積の送別会を開く由、出席しない方が気らくらしいので寄付だけする。ハネ十時八分。ハイヤ無く、円タク拾ひ、三円で帰る。


 十時起き、今日は清の食ひ初めである。おかしら付に、子供の頃母上がよく造って下さった卵の兎など美しい。食後、真船豊の「顔」にかゝる。中々いゝ。榊順次郎博士死去のため、市ヶ谷の同家へ母上と同道、お辞儀だけして座へ出る。入りは八分弱といふところ、女の客多く、よく笑ふ。ビクターから十月分の月給が届かないので上山にきかせると、契約が切れたといふ、大いに怒る。「若様ロッパ」いやでたまらん。「ガラマサ」キッチリ受ける。ハネは十時一寸こぼれた。ホテ・グリへ寄り、食事、ポタージュ、レタスにポークビンズ、フライチキン、レモンパイ。帝都タクシーで帰る。ウッドハウスの「専用心配係」を読む。


 十時起き、女房が清を連れて病院へ行くのにつきあひ十一時に出かけ歯医者へ行く。二時より有楽座の舞台で試演会、飛入に文藝春秋社の給仕福島が声帯模写をやる。団福郎がゴリラをやる。川口賞と樋口大祐賞・ロッパ賞を、紅谷・菊池・北見が受けた。山本嘉次郎・鈴木静一・滝村来りホテ・グリで会食しつゝ打合せする。それから座へ、入り八分弱。来訪、リマー・ヘニッヒ。ハネ十時五分。上森と長谷川へ。渡辺篤に対する対策を練り、もみぢのしゅうまいでジョニ赤。


 十時半起き、渡辺篤から、今すぐ家へ来るといふ電話、省線でゆっくり来るのだらう、果してその通り。一向話は要領を得ない、つまりは今迄通り出たいといふのだ、こっちも要領を与へざる話をして一緒に出てわざと中井から電車で(あゝ何と何年ぶりだ!)有楽町迄。日劇へ寄り、「リボンを結ぶ夫人」を見る。中々いゝ。三時半、不二家の二階で徳山と待ち合せる。ビクターが、凡そ無礼故やめることを話す、無理はないといふ意見、青砥ってのが大したいけなさらしい。風月の二階で食事、ポタアジュ、チキンパイ、マカロニ・サラダ、クーペ。座へ出ると今日は九分か。楽屋でABCゲーム流行る。「若様」つまらず、「ガラマサ」普通、「次郎長」前半よし。ハネ十時五分。伊東・有馬・大庭で牛鍋。つひにハイヤ無く、新橋から省線で帰る、あゝくたびれた。


 マチネー、十二時に座へ出る。大満員である。楽屋でフランク徳永・大庭・伊東・吉岡とが組み、僕は一人で相手になりABCゲームをやる、古い映画役者の名が出てなつかしい。昼の部が終ったらすぐ山田伸吉を連れて、風月へ食事しに行く。ポタアジュ、チキンパイ、ハンバーグ、卵の料理とペストリー。チキンパイよろし。風月は気に入った、ちょい/\用ゐよう。夜も大満員、よく笑ふ客である。近頃は毎日客種が変り、笑ひが一定しない感じである。今夜は十時にハネた。牛島通貴が九州の神保といふ好々爺を連れて来り、三原橋の新世界てのへ行く。赤坂の勢てふヘンな待合迄つきあはされおそくなる。


 十一時頃、浜尾誠と操さんが来た。誠は海軍士官学校にパスしたとのこと、では一つ昼飯を祝ってやらうと、母上も共に出かける。ホテ・グリ。僕はミネストロンに、スクラムルエグ・ベーコン。チキンパイ(これは風月の方がずっとうまい)アスパラガス、プディング。相当腹が張った。寺木ドクトルへ寄る、もう一回で完成の由。座へ出る、補助椅子売切の大満員。尻っぱねの前兆か、或ひは月曜のデパート休みがよかったのか。兎に角入ってゐれば気持がいゝ。菊池寛先生ひょっくりおすしの土産持って来て呉れ、袖で「若様」だけ見て行かれた。ハネ後、ニッサンの芦田さんと樋口・中島を赤坂長谷川へ招待する。又々もみぢのシューマイである。


 十一時起き、二階で、楽屋教訓いろはがるたを考へたり、ABCゲーム以来、古い映画役者の名を考へるくせがつき、古雑誌を出したりして没頭する。五時、全線座の樋口の運転手が世話で、三一年型のフォードが迎へに来る、二千五百円で、古い型を苦にしなければ、まあ/\だが。名物食堂で下りて、ハゲ天で天ぷら食事。座へ出ると、今日は八分位の入り、やっぱり昨日は奇現象だったのだ。読売の評が出た、ひどい悪評。「若様」つく/″\嫌になる。ハネは十時。帝都タクシーで帰宅、清元気よし。
 各新聞の劇評、今月ほど悪い月は無く、都が稍々賞めてゐる外は全部ひどかった。劇評の悪い月は入ると言はれてゐるがさうでもないらしい。


 十二時に東宝本社へ行く。正月有楽座の出しもの、那波の案で火野葦平に「ロッパと兵隊」といふのを、ストーリーだけでも立てさせたらといふことになり、早速、菊田が、九州迄火野に会ひに行くことゝなる。他、ミルクブラザースとミス・コロムビア、悦ちゃん等特別出演としたいことゝなる。それから樋口大祐を誘ひ夕食を早めに風月堂で食ふ。ポタージュ、ひらめのコロッケ、ハンバーク、ホット・レギュウム、コーヒー。座へ出る、今夜は補助も出て、よろしい。東宝社長植村氏見物で、フランク徳永大ハリキリ。ハネ十時一寸すぎ、ホテ・グリへ植村氏とフランク・川口・三益を呼び食事、植村氏に赤坂三島へよばれる。


 十一時半に出かける。昼の入りは九分といふところ、何うも活気なく、舞台もダレたがる。声が少し、いきかゝってゐて気になる。屋井が来り、守衛を連れて、又風月堂の二階、ポタアジュ(ぬるいのでいつもクサる、何ういふわけか)チキンソティ、マカロニとスウィートポテト、コーヒー。夜の入りは頗るよし。来訪、矢倉茂雄・京極。東宝映画よりの連絡で、二十五日からかゝる由、急しくなるわい。夜の部すっかり声がいけない。すみれの歌にマイクを立てさせる。十時ハネ、帝都タクシーで帰宅。


 夕刻、銀座へ出て、三昧堂へ寄り新刊二三冊求め、何とかマカロニ料理ってうちを見つけ、定食を食ふ、スパゲッティ料理で一円二十銭、値段だけのことはある。座へ出ると、入り八分強ぐらゐか。菊田は九州へ行ってゐるが、火野葦平が引き受けて呉れゝばいゝと思ふ。今夜は、ハネ十時一寸すぎ。屋井の招待で烏森の支那料理一福てのへ行く。ブラックホワイトがちゃんと用意してあり、料理も先づ食へた。


 十二時すぎ下二番町加藤へ、女房が清を連れて寄ってゐるので。行くと小ロッパ/\と人気なり。二時迄ゐて、マチネーの東宝劇場へ入ったら、ワッと客が僕の方へ来るので逃げ出し、ニューグランドへ。女房・清・西村太一来り食事。ミートボール入りスープと、チキンのスパゲティ添、コーヒー。四時、東宝本社へ、吉岡社長に呼ばれて行く、白井氏のオペレット団体を作る案の相談。座へ出る、入りはよろし、補助出る。菊田一夫より電報、「ヒノアシヘイオーケー」とあり大いに元気づく。高尾光子満洲より帰り挨拶に来る。ハネて、赤坂永楽より下二兄上の電話、食事する、今夜より新車(実は三一年型フォード)に乗る。


 十時半起き、下二番町の兄上来訪、清を見に来て、写真を撮って呉れる。座へ出る。入りは大満員とは行かず、補助椅子は徒に並ぶ。「若様」つく/″\いけない。四時半前に一回終る。滝村和男と、風月堂へ行き、食事。ポタアジュ(今日は熱くと注文した)チキンコロッケと牛肉の煮たの、コーヒーにアプルパイ。夜は補助も出て、先づ満員の光景。何うも然し、今月は活気が無かった。菊田一夫、九州若松で火野葦平と会見して帰京、書きおろしのストーリーを呉れるといふ話である。ハネ十時。フォードで帰宅。


 ロッパの新婚旅行 撮影第一日。
 午前八時半起き、今日より「ロッパの新婚旅行」の撮影に入る。
 砧村へ、フォードで行く。十時半開始といふことだったが、準備に手間どり、一時すぎから、会社の事務所内、ガラマサ出勤のカットを二つ、ニコ/\顔の時と、怒ってるのとを撮り、アガり。五時にホテ・グリへ、那波・菊田・川口・上山・清宮等集り、正月のプロ決定。京極鋭五来り、ミス・コロは霧島と二人で出ることO・Kらしいからコロムビアへ話せとある。ます/\快調である。座へ出る、もう何の芝居も倦き/\した。入りは、補助椅子出切りの大満員。友田・穂積来り、烏森の一福で食事し、帰途ガソリン無くなり、高槻無責任なので大叱り。
 正月のプラン
一、斎藤豊吉作 母さんの羽子板
二、川口松太郎作 ちょんまげローマンス 新婚太閤記
三、火野葦平作 ロッパと兵隊
四、古川緑波作 初春大放送


 有楽座千秋楽。
 七時半起き、砧村へ。うちの書生共が、昨夜の塙五郎の送別会で飲みすぎておくれて来たのに怒る。九時すぎにセットへ入る。社長室、ガラマサの方だ。午前中二シーン終る。午後は、ラストシーンを撮り三時半にアガる。高槻が無断ガソリン買ひに行ってたので又怒り、東宝本社へ寄る、「ロッパと兵隊」は、各社へ今日報せた由、明朝刊に出るだらう。風月堂へ、藤山と新婦(未)等と食事し、座へ出る。千秋楽の賑ひ、「若様」に、折柄来訪の英百合子・高峰秀子・リキー宮川・藤山一郎が出た。ハネは十時十分前。明朝又早いので、千秋楽の乾杯も出来ない、まっすぐ帰宅。
 十一月興行ロッパ賞受賞者
「陣中だより」白川道太郎(役もいゝが出来もいゝ)
       轟美津子(細かい工夫殊にセリフ)
「若様ロッパ」竹村左千子(目立たぬ役を活かした点)
       有馬光(客席からの声)
「清水次郎長」岩井達夫(不断のハリキリに)
       大庭六郎(大政御苦労)


 八時に起き、車で九品仏のお寺へロケに行くと、風が強くて駄目と言ふ、でセット入りとなり、砧へ引返す。ガラマサ邸風呂場の光景、裸になって湯槽に浸るセットが六七つ。これじゃ身体が持たないから、初めは空にして裸でその中へ入る。それから本風呂で義太夫うなりの件、暑さと寒さを一どきに味はふ。漸くチョン五時すぎ。甲賀三郎より電話、新富町の万安楼へ、十吾と会ふから来いと言ふ。八時頃万安へ行く。曽我廼家十吾が、誤解から僕を煙たがってゐたのを、甲賀氏が中へ入ったわけ、長谷川伸・土師清二も居て、十吾・天外・山上と写真をとり、「都」の日色が記事をとる、日本酒とビールをのんだので具合わるい。


 八時すぎに砧へ向ふ。午前中、一郎の部屋ワンカット。小笠原章二郎を呼び、正月をきめてやる。鈴木静一・山田伸吉を呼び、正月のフォリース打ち合せする。此の撮影中に脱稿する予定。午後は、一郎の部屋の残りを片付ける。他の撮影で来てた杉寛が、月給値上げを迫って来た、中々皆うるさし。アガると寺木ドクトルへかけつける。前歯のブリッヂ出来たが、痛いし、馴れないので具合わるい。急に来々軒のシュウマイ食ひたくなり、浅草へ廻り、しゅうまいとワンタン、中華丼食ひ、ミルクの川田と白十字で茶をのみ、日暮里へ女房と清を迎へに行き一緒に帰る。
[#改段]

 七時半起き、今日は東京発声のスタヂオで撮影、砧と違って寒々としてゝ淋しい。セットは一郎の家、三益と二人のところ、二三カットして食事、歯を入れ直してまだ馴れず上歯ぐきが痛くて食事楽しめず。午後は、そのつゞき。正月の特出に頼みしミス・コロは会社がO・Kしないらしいとのこと。武者小路の「井原西鶴」を読み上げ、久保万の「語る」も読み終る。夕食は東発食堂、じゃが芋のコロッケを二つもお代りして食った。夜に入りて一郎の家大体終る。八時頃アガり、渋谷へ出て、コーヒーをのみ、おもちゃ屋で清のおもちゃ買って帰る。アダリンとホットウイスキーのみて眠る。


 八時半に眼がさめ、床の中で「いろはかるた」を考へたりする。十時に家を出て、今日も東発だ。一時から一郎の家のつゞき、三益との芝居、数カット終ると休み、阿部知二の「光と影」を、はぢめっから失望しつゝ読む。四時すぎから温泉宿のセットへ移る。セットアガり。夕食は、のり巻の代食ですませた。山本嘉次郎と宮島キャメラを誘ひ、銀座へ、風態がコワイからホテルへ連れて行けない。ルパンへ行って食ひながら飲み、二三軒ハシゴするうち、ねむくなり十一時すぎに帰宅。


 ロケーション日和、渋谷の坂上でやるといふので、現場へ直行、三益とリヤカーを引っぱって引越しの図、場所移動、えびす駅付近へ、立派な家の前、鉄橋付近を済ませるとアメリカンベーカリーで食事する、それから西班牙公使館の傍で数カット、皆サイレントである。終って、砧村へ引返す。プレスコ二つ、一つはアレキサンダースラグタイムバンド、この方は簡単、トトといふ曲からいろ/\つゞくのに苦労、八時近くアガり、銀座ジャマンベーカリーへかけつけ、京極・吉本明光を赤坂へ案内し、ミス・コロ出演の件で相談、もみぢの火鍋子をとって、飲み。


 九時に家を出る、砧の方で、ガラマサどんの応接間である。ダブルロールで、先づガラマサの方から始める、「愛染かつら」でフキかへをやらした平野を呼び、後姿を入れて。午食は食堂でマカロニの如きものを食べる。午後はいよ/\二役が顔を合はせるところ、爺の方をやり、急いで顔を落して伜の方をやる。夕食は、撮影所前のやきとり屋で、おでん三皿鮭のテリ焼で茶めしを二杯。渡辺はま子が一時間以上もおくれて来たので、夜の開始七時。わりにスッスと行き、九時頃アガり。今日は久々徳川夢声・山野と話した。此の連中、全くナンセンスでいゝ。終ると、まっすぐ帰宅。「いろはかるた」の製作にかゝる。
 ラッシュを見た、今回は大丈夫、「歌の都」の不名誉をとり返せると思ふ。かほも、素顔だから大丈夫である。山本嘉次郎は流石に古いだけあって、演出まことに手馴れてゐて気持よく、スタッフも気が合って、今回の撮影は一ばんよかった。


 東発でセットだ、いゝ天気。渡辺はま子扮する竹本映子の家、パーラーのセット。山本嘉次郎がはま子を気に入らないらしく、トン/\行かない。昼は、食堂のおかず、エボ鯛の焼物とあり、やめた。午後、四五カット。四時にチョン。すぐに寺木ドクトルへかけつける。前歯のブリッヂ今日にて完全に入った。銀座三昧堂へ寄り、新刊書と日記など買ひ込み、高橋へ行く。此処で高橋姉・太田の姉・女房とを乗せて浅草金田へ久々で行く。高橋兄も来り、たらふく鶏を食ふ。帰宅して十時半に床へ入る。
 ガソリンの無いためにほとんど円タクもハイヤも、すぐには無い。マッチが無くなり、無料のサービスマッチはおろか金を出しても中々無い。世相さま/″\なり。


 曇りなのでセット、午後になるので、雑誌「東宝」に、「楽屋用いろはかるた」を完成させる、二十三枚。迎へに来た白川も共に、三時に着くやうに出る。ウィンナベーカリーへ寄り、コーヒーのむ。東発のセット、おでんやのシーン。三益の一人トーキー式おしゃべりの場面があり、それから僕と石田・堀井のとこ、屁のやうな簡単なもの、腹が減ってるので銀座へ出て、ローマイヤで食事、まづいこと、ポタージュは西洋すゐとんだし、ラヴィオリなんててんでいけない。ブラック・ホワイトありて、飲み、バーを一軒。


 右の奥歯ぐきがはれ上って、起きると人相が変ってる、これは気が重い。今日は名古屋で六月ハヒ出しの被害の件で警視庁に行く。気分のよくないこと、実にいやんなる。東発へ向ふ、途中ウィンナベーカリーで又コーヒー。東発では、ジャズチンドン屋の行列のみ、すぐアガり。寺木ドクトルへ急行し、腫れた歯に注射して貰ひ、サッパリしたいので小松理髪店へ行く。四時半帰宅、入浴して又いゝ心持になりアンマをよぶ。清きげんよし。


 昨夜中に腫れがひくかと思ったのに、相変らずふくれてゐる、こいつは弱る。朝から九品仏のロケ、寺の事務所で支度して、「愛染かつら」のパロディー場面、移動を主として数カット。これでアガった。四時に東宝本社へ行く。火野葦平の作未着、とりあへず衣田を九州迄出張させることにした。那波氏と要談数刻、書き落した、もとへ、本社へ寄る前に、寺木ドクトルへ寄り、歯ぐきを切って貰って、アルバジールって薬をのんだ。六時東映本社へ、井関・滝村・坂本と来合せた上森とで、赤坂春山へ行く。


 九時に集合し、渋谷駅付近の電車路で、ジャズ・チンドン屋の行進を撮影、人だかり凄し、ハデな肋骨の金モールの服で、チン/\ドン/″\、プレスコの歌をかけるんだから大したさわぎ。終ると、移動して丸ビルと来た、さあ大した人だかりになると思ってたが曇って来り、しばしが程は待機、つひに夕方となり中止。六時から今朝で、穂積純太郎を激励する会あり。テーブル・スピーチで大分酔ってるので、穂積は不勉強でまづいから駄目だ、皆さんのスピーチは皆お世辞だぞ、しっかりしろバカめてなことを言ったらしい。ベロ酔なので、そのあと赤坂へ、ミス・コロの件OKとなったので、コロの原善一郎と吉本・京極をよんどいて、寝ちまふといふ醜態を演じた。


 晴れてゐる、今日は、ジャズチンドン屋のロケだ、九時頃家を出て、築地の聖路加病院近くへ。暫く天気待ち、陽が出たので街路で、プレスコの歌をかけて、始まる。日曜だから子供沢山たかり、いやはや機嫌悪し。漸くすませて、丸ビルへ行く、と、もう完全な曇り。三時すぎた、あきらめて中止となる。六時から植村東急社長邸で、フランクの料理を食ふ会。会する者、月田・大川・矢倉、都の小林に植村の子たち、徳永フランクの料理なるもの、あまりうまくなく、植村家提供のキャンティのみうまし。十一時帰宅。


 九時に家を出ると、雑司ヶ谷鬼子母神の境内で、「残菊物語」のバレスク場面、茶店で名物の芋の田楽を食ひ、昼弁当を食ってしまふ。こんな商売なりゃこそ芋田楽などといふものも食ふなり、面白し。そこから世田ヶ谷若林の舗装道路へ、寒い中をトラックの上へ三益と乗って、ガタ/″\走るといふんだ、狂人じみる。それから砧の方へ行き、金語楼を迎へてセット入りの筈。滝村があはてゝ来り、東宝と吉本との間にイザコザが起り、金語楼は出演不可能となった(後でよく調べてみると、実は滝村が手落で金語楼に通すのを忘れてたらしい。)と言ふ、で今日のセットは無しとなり、代役を川田義雄と定め、浅草迄のし、川田のことをまとめる。これで先づ安心、少しく飲む。


「ロッパの新婚旅行」撮影終了。
 今日で撮影はアガる。八時。砧のセット。川田が来ないので待ち、九時すぎに金光堂蓄音器店の奥から始まる、成程これが金語楼だったら面白かったらうにと思ふ役、川田では第一貧弱である、が、いきなりにしてはよくやる。かなしき親子丼が運ばれ、そこで食ふ。午後もトン/\と運び、何と五時すぎにオールチョンとなる。意外なりき。川田と上山を連れて、渋谷へ出る、ふた葉で食事、ポタアジュうまし。有楽街へ出て、日劇・東宝・有楽座と三軒ちょく/\とのぞく。それから滝村と会って、銀座をのみ歩く。
 今度の撮影は、らくだった。第一に、監督が馴れてゐる(経験を積んでゐる)ことだ、スタッフがいゝことだ、年末で、これを正月一週ものにするため、セットも先有権あり、セット待ちなど一つもなかったことだ、準備がよく行ってゐれば、此うもトン/\と行くのである、而も出場は一ばん多いくらいなのだ。


 十二時迄ぐっすり寝た。仕事がないと思ふとのんびりする。高杉妙子が母親と、ベルモットか何か持って来たのに会ったりして、中々脚本書きにかゝれない。夕刻からかゝる。ヴァラエティ風のものはセリフが無く、ト書きばかりなので頗るむづかしい。一枚目も出来ぬうち、母上・女房と銀座へ食事に行くことゝし、風月堂へ。藤山一郎に会ひ一緒になる。ポタージュうまいがふた葉には敵はない。食後、三昧堂へ行き、四冊、旅行用として買ふ。それで帰宅。床へはらん這ひになり、「初春大放送」の台本二十七枚、新型式読みもの風の台本を、午前二時すぎ迄かゝって書き上げた。くた/\になり、寝る。


 清のヒック/\と泣き出さんとする声を夢うつゝにきゝつゝ、眼がさめると十一時。東宝本社へ、会議室で脚本をザッと読む、上山・山田・菊田・平野と居て。ミス・コロ決定三千三百円(夫婦で)。そのせいもあり、強気で押すことゝなり正月公演は二円八十銭とるといふ。いさゝかオソレをなす。夕刻日暮里の高橋へ廻り、女房と姉とをさそって、日本橋の偕楽園へ行く。流石は支那料理の草分け、食った後で腹の立つやうなことはない、値段もショッパイ、三人で二十何円也。日暮里へ寄って、清を迎へ、帰宅。佐々木邦先生より、十吾一味が僕に関するデマを新聞に出してゐる、自分の預り知らぬことだからとの丁寧な手紙あり、すぐ返事書き、それから旅のトランクをつめる。
 偕楽園の料理は、うまかったのだといふことが一日おいて分った、漿塩豆腐、干香肉等の味覚が、今日舌端におとづれてやまない。(十六日)


 九州行出発。
 十一時迄寝た、今日は午後三時の汽車で九州へ発つ。二時前に、出かける。同行の筈の悦ちゃんが、撮影のびて不参、その代りに東宝売出しの里見藍子といふのが、母親と同行。東宝映画の坂本・アコーディオンの太田、それに大西が二等。僕は一人、一等。展望車の感じ頗るよく、気をよくして、読書にかゝると、寒い/\、スチームが前の方から利いて来るので、漸く通ったのは沼津近く、さて通ると又その暑いこと――全くスカタなきこと。夕食を皆で食堂へ行き、展望車で、「禿木随筆」から「猫やなぎ」と読み、十時半頃寝台へ入ってみたが、さて寝台は二等もあまり変らず、狭いのと暑いので中々寝られることではない。


 大牟田へ。
 いつのまにかスチームが止まって、冷々としてゐる。まだ六時すぎだがえい起きちまへと洗面所へ行くと、熱い湯が出ない、あゝ一等車とは三等だ。九時二十五分下関着、東宝支社の連中出迎へ、加藤丹二も来た。すぐ博多行と思ってたのに、左記の理由で博多はいかんといふので、大牟田へ向ふことゝなる。十年ぶり関門連絡船で門司へ、十時十五分の長崎行で大牟田へ。大牟田市の不知火旅館といふのへ泊る。駅頭へ門司官舎時代の笹田夫妻・甲斐夫人が来て「坊ちゃん、大きくおなりで」と言はれる。三時に、東宝大天地劇場へ、里見藍子が挨拶。次に出て、歌の漫談、客わりにいゝ。夜の部、客ます/\いゝ。宿の牛肉堅くて食へず。
 何ういふわけか、福岡県下は常設館のアトラクションといふものが禁じられてゐるのださうだ、でも博多・小倉等は、いゝつもりでゐたところが、二三日前になり、アトラクションまかりならぬことになり、博多を中止して、一日だけの予定であった、大牟田を今日と明日二日間にしたのださうである。


 大牟田。
 昨夜アダリンのんでねたので今朝十時半迄、ぐっすり寝た。宿の朝食、はかなく食べたとこへ博多の興行組合長の神保栄氏来訪、宿の前のスズヤへ行き話す、リプトンがまだある。二時が第一回で、東宝大天地劇場へ、日曜だから大満員、漫談一席、リプトン紅茶を東京へ送らせる。又、スズヤへ寄り昼食。宿へ帰り、森氏宛チャールス・チャップリン宛の手紙を書いて送る。二回目の終り客席へ廻り、映画を見る。ニュース沢山と、「親爺三重奏」小国英雄はとても駄目だ。松屋デパートを一巡し、食堂でちらしを食ひ、九時から三回目、とてもよく入ってる。帰りに又スゞヤで夜食して宿へ帰る。明日は五時起きの由、こいつはたまらん。
 此ういふ旅も面白いといふ気がする。第一驚いたのは、大牟田なんてとこの客が、よくユーモアを解することだ、ぐっと調子を下ろさなくては、なるまいと思ってたのが、東京のまんまでいゝのだ、むしろ東京でもいゝ方の客と同じである。


 長崎。
 アダリンのんでねたが、ちゃんと五時に眼がさめた。卵かけて飯一杯食ったゞけ、すぐ停車場へ、まだ真暗な中を歩く。長崎着、十時半。新長崎ホテルといふ新しい、感じよきホテル、コーヒーをのみ、入浴し、ヒゲを剃る。一時すぎ、富士館てふ小屋へ、いゝ小屋だが、月曜のことゝて入り悪し、六分。一席やり、支那料理の会楽園てのへ案内される、うまし、やっぱり東京に無い味。館へ帰って二回目をやる。入り、益々悪し、六分弱。夜、三回目は、大入大満員、気持よくやり、町を歩く、人々ゾロ/″\来る、宝塚洋行って店あり、その夫人が、もと宝塚少女の嵯峨あきら。夜食は、富士館々主の招待で、満月にて鯛の千代むしを食べた。
 会楽園の支那料理てもの、中々うまい、が、東京の偕楽園の吟味された味には及ぶまい、荒い、学生式支那料理としては、上々の部。
 満月といふ店の、名物鯛の頭、大きい奴を蒸したもの、千代むしと称す、たゞ大きいといふのが珍しいのみ、大阪へんの、アラ焚きの味の方が、づっと優れてゐる。


 佐世保。
 七時起き、新長崎ホテルのバスは、熱い湯が出ないので、くさってぬるま湯でヒゲを剃り、グリルで朝食、八時二十分の汽車で佐世保へ向ふ。十時何分、佐世保着、軍艦見え、飛行機飛ぶ。宿は、ひどくおサムき玉屋旅館、すぐ出て第三中央館なる劇場へ。第一回の入り七八分、こゝも客はよく笑ふ。終って出ると、木下サーカスがやってるので木戸七十銭で入る、とても面白かった。二回目は、客稍々よし。三回目は超満員、大受け。館側の招待で、セイヨー軒といふ洋食屋へ、まづい洋食ワンサ食ひ、アコーディオンの太田が酔っ払って弱った。十二時五十分の汽車で、八幡へ向ふ。寝台。又あつくていやんなる。即ちアダリンをのむ。


 八幡――門司。
 八幡へ着いたのが七時十何分、不二屋旅館へ落ちつく。十二時迄寝る。入浴、ぬるい湯なので気持悪し、朝食、卵かけて三杯。迎へが来て、八幡東宝映画劇場へ出る、昼から満員だが客が悪い、シャレが通じず、クサる。終ると、小倉の陸軍病院へ慰問を頼まれ、自動車揺られ/\て、かなり遠くだ。こゝで一席やり、傷病軍人を喜ばせた。途中小倉中学の姿が見たくて、寄って貰ふ。二回目、大満員。客分らず。八幡クラブといふ所で夕食、食後ファン連と座談会あり、三回目も札止めの大満員だった。これをすませると、加藤丹二と共に、門司へ。阿曽沼弘君も来り、門司三宜楼といふ料理店へ。芸妓のサービスあり、ウイスキもあり、飲みて、丹二と枕を並べてねる。
 夕方である、丁度中学が退けて、生徒達が校門を出るところだ、そっと門を入って一望する、運動場も講堂も昔のまゝだ、一寸感傷的になった。夕ぐれの陽が、センチメンタリズムを、手伝ったのか。


 門司――八幡・黒崎・若松――博多。
 門司三宜楼の朝、八時起き、料理旅館だけあって朝めし美味し。阿曽沼夫妻が来り、町へ出ると子供の頃よく行ったマルヤ玩具店へ寄る、今はキャメラ材料店なり、小母さんと久濶を叙し、加藤丹二・阿曽沼夫人と清見官舎を見に行き、清見校に寄り、自動車で八幡へ引かへす。昨日のと違ふ東宝の館と、黒崎クラブ、若松クラブの三軒を廻り、火野葦平に報せると来て呉れたので話す、万安といふうちでふぐを食ひ、かけ持ちして館主の招待で支那料理を食ひ、又三軒やって、九時五十九分の汽車で博多へ向ふ。博多駅へ神保栄と九州劇場・大博劇場主出迎へ、柳町で、キング・オブ・キングを飲みつゝ大いに語り、東中洲の水野旅館に泊る。
 禁を破って、ふぐを食っちまった。火野葦平には、「ロッパと兵隊」で、無理をきいて貰ってゐるのでやむを得ない、すゝめられるまゝに食った。が、まけをしみでなく、うまくない、鳥の方がうまい。もう食ひたくない。命をかけるほど、うまいといふ人の味覚は何うかしてゐる。


 博多――別府。
 博多の水野旅館の朝である、朝食はコーヒーとトーストだけ、宿を出て、坂本・里見と共に、後藤といふ博多織を売る店へ行き、母上と道子に博多帯など買ふ、土産など買ったことがないが、さて買ってみるといゝ心持なり。宿へ神保他劇場主連が迎へに来り、博多名物新三浦の水焚きを食べに行く、水たきといふものあまりうまいとは思はぬが結構三四人前食ひ、その上鳥の天ぷらを食べた。三時五十分の汽車で、博多発、小倉乗かへの別府行き、九時すぎ別府着、成天閣旅館へ、これは二流らしい、でもいゝ部屋、海が近い、波の音さら/\ときこえる。


 別府。
 別府成天閣の朝、朝食、卵かけて三杯。地獄めぐりに出かける、十年前の地獄より俗になり、鱒のゐる地獄などは可笑しい。一時十何分に大分へ行く、大分喜楽館わりに入ってるし、客もピン/\来る。別府へ帰り、松栄館でやる、こゝも入りよし。急にたのまれて、陸軍病院の療養所へ慰問に行き、快く笑はせると又別府の町へ、長崎の館主広石氏わざ/″\此処迄来て、東洋軒といふ支那料理でたっぷり馳走になり、大分・別府を各一回やり、宿へ帰る。
 今朝、別府と大分は各三回だと言はれて、ムクレたが、交渉の結果、広石氏といふ人は腹が大きく、よろしい二回でいゝと言はれ、助かったわけ。


 帰京の途。
 今朝は七時だ、成天閣の食事は、悪すぎる。八時何分別府発、門司行。門司から連絡船で下関へ。十二時五十分発、二・三等急行。二等寝台も、あまり混まない時は助かる、一人でのびて寝てゐられるから。朝鮮から帰りの柚木与市も同車、食堂車へ行き(此の食堂車、サービス女ども誠に気持悪し)夕刻となると、六時半といふにバタ/″\と寝台の支度をされてしまひ、さあ寝ろ/\と言はんばかり、まさか今からねられもしない、喫煙室で話をして、弁当を食べ、神戸をすぎてアダリンをのみ、寝台へ入る。いゝあんばいにスチームも統制で、いゝころ加減なり。


 帰京。
 朝七時眼がさめる。食堂は感じが悪いから止めようと思ったが、コーヒーがのみたいので、行くと、サービス女が又々感じ悪く、坂本のとった和定食に梅干の種が入ってゐたので、つひに怒り、女給頭をどなる。反省を求むる書を書いてボーイに届けさせる。九時五十五分東京駅着、高槻の迎へで帰宅。皆々元気なので嬉しく、土産ものをひろげる。久々で家の朝食。十二時半に稽古場へ出る、本読み、先づ「初春大放送」を読む。特別出演のミス・コロと霧島・悦ちゃんは仕事にひっかゝって出て来ず、小笠原章二郎と稲葉のみ。月給出る。徳山※(「王+二点しんにょうの連」、第3水準1-88-24)と銀座へ出る、徳山がクリスマス・プレゼントとして手袋買って呉れた。
 興行ものベラボーな当りで、十二月中旬以後、有楽座でやってる金語楼などの、吉本爆笑大会など二円八十銭とりて連日大々満員の由、うちの正月公演も、それにかんがみて二円八十銭とるのだが、これが又、前売以前から申込み大変な勢ださうで、団体おことはりの光景だと。


 十時迄よく眠った。雑司ヶ谷九十四歳祖母上来られ、昼食は賑か。十二時半に出る。文ビル四階、「ロッパと兵隊」「新婚太閤記」の読み合せ、四時頃一寸抜けて、すきや橋の中根眼科へ行く、慢性の血膜炎の由、眼ぐすり貰って、文ビルへ引かへし、「新婚太閤記」を立つ。京極とホテ・グリで食事、ポタアジュ、コールド・ラブスター、サリズベリーステーキ。七時から放送会館へ、「東京温泉」の読み合せ。他の用であらはれた古賀政男が、コロ入りをしきりにすゝめるのと、京極も僕にコロの武藤氏を会はせたがってゐるので合流し、牛込松ヶ枝へ。西条八十を招き、話して飲みつゝ西条の巣、吉原迄のして、帰宅したのは三時近し。
 ビクターの岡氏は、立場が悪くなり、辞職したさうである。今朝岡氏へ手紙を書き、「岡さんのゐないビクターなど未練なし」今迄様子をうかゞってゐたが、もうハッキリやめて他社へ行きますと言ってやった。これは少からず本音である。


 十一時半まで、へた/\と寝る。文ビルへ一時、「ロッパと兵隊」を立つ、あんまり面白くはなさゝうだ、方言を何うするかを考へつゝやる。ミス・コロ来り、夫婦と並んで写真を撮り、中根眼科へ行く、モノモラヒを潰して貰ひ薬をさす、昨日が二円、今日五十銭、とは眼医者とは安いものだな。文ビルへ戻り、「初春大放送」を初めて立つ。これならと自信つく。有楽座正月の前売、午前九時から蜿々長蛇の列、日比谷劇場の方から続いてゐる。五時半、風月へ行き、コンソメ、きすとスピナチ、チキン・パテ、エスカロップビーフとスウィートポテト。七時に放送会館へ行き、明日放送の「東京温泉」を読合せ、テスト。帰宅十二時。
 文藝春秋社から、お歳暮に五十円の商品切手が来た、儲かるし、ハデな忘年会も出来ないし、税にとられるよりは、といふので方々へ撒いたものらしい。初めてのことである。


 九時起きして、母上と共に、銀座の東宝本社へ、「ロッパの新婚旅行」を見に行く。思ったよりチャチな気はしたが、まあいゝものと言へよう。不二アイスへ行き、ハムエグスとビーフスチウ。文ビルへ。一時から「兵隊」を通して立つ。三時半に終り、眼医者へ行き、洗滌し、四時十五分より文ビル三階で、「大放送」の音楽入り稽古、悦ちゃんも今日から稽古に入る。稲葉のタップはいゝが、小笠原の三味線が、ちと心配だ。六時迄かゝり、ハゲ天へ。天ぷら色々食って、放送会館へ。七時四十分より「東京温泉」放送、あまり面白くはなかったらうと思ふが。明日で完結。大辻のしるこや迄行って、栗ぜんざい食ひ、引返して、九時よりテスト、一時すぎ迄かゝったので、ヘト/\に草臥れた。


 文ビルへ一時に出る。「新婚太閤記」の総ざらへ、あんまり面白くはないやうだ。終るとすぐ眼科医へ行き、洗眼点薬。文ビルで四時半から、「初春大放送」を音楽入総ざらへする、この方はまあ/\自信あり。心配なのは、腹話術ぐらゐのもの。終ると大急ぎで、小松理髪店へ行く。ラヂオは、此処ばかりは評判よし、よくきいてゐる、成程、一ばんのラヂオ・ファンは床屋かも知れない。飯食ふ暇つひに無し、放送会館へ行く。「東京温泉」第二夜は、昨日よりいゝ、面白かったらう。済むと、柚木与市と銀座へ出る、ウイのみてパッとする、アクを洗った気持。


 有楽座舞台稽古。
 十一時すぎに、家を出る。一時すぎから川口の演出で「新婚太閤記」一つもセリフが入ってゐないで、本を持ってやる、パッとしないが、初春らしいのが取柄。六時すぎ迄かゝる。白川道太郎が、ゴテて、姿をくらました、可愛がられがツケ上るだ、呼びつけて、一つ頬っぺたを打ち、小言言って、おさめる。ホテ・グリへ藤山一郎と行き、古賀政男と握手の会をしてやることを約す。七時半、「初春大放送」を開ける、土屋伍一、うんと叱ったら反抗して腕力で向って来た、馬鹿ほどこわいものはなし、上森が飛んで来て中へ入り、土屋にあやまらせるので、笑ってやる。「初春」は大分自信ついた。三時近くに終り、「ロッパと兵隊」は八時でアガる。ねむい/\。あけ方、菊田が荒れた。帰宅、すぐ眠る。午前九時半なり。
 白川はまだしも、愚か者の土屋などが、腕力で向って来るなど、僕も人徳のないことである。然し此ういふことがあると勉強になる。世に愚かほど罪悪はない。そして、政治は嘘でやらなければダメだといふこと。それもよからう。


 三時に眼がさめる。セリフをやり出すと、眠くなり、六時すぎ迄眠ってしまふ。又、眼がさめると、セリフを入れ出す、試験勉強の気持、こいつが無ければ、役者てものは、よすぎる。八時、母上・道子共に、車で銀座へ出る。今朝へ行き牛肉、どうも割りしたがうまくない。菊廼舎のしるこ屋で栗ぜんざいを食ふ。それから明治神宮へ向ひ、十二時きっちりを車中で過す、除夜の鐘鳴らず。明治神宮を参拝し、靖国神社へ廻り、参拝して二時頃帰宅。
 いろ/\と、苦しきこと多かりし今年も終りけり、来年は確りしたいと思ふ。

底本:「古川ロッパ昭和日記〈戦前篇〉 新装版」晶文社
   2007(平成19)年2月10日初版
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2013年10月6日作成
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