あらすじ
一九三二年の二月、兵営の窓から見えるのは、往来する黒い影と銃剣の光。それは、兵士たちが、彼らの命を奪った「白テロ」の恐怖に怯えている姿です。彼らは、仲間の死を悼み、そして、革命の志を継ぎ、行動を起こすことを決意します。彼らは、誰が戦争で利益を得て、誰が彼らを殺し合いに駆り立てるのか、その真実を知りたがっています。彼らは、眠った兵舎を揺り起こすビラを手に、仲間の血で染まった廊下を踏みしめます。彼らの叫びは、夜風にのって兵営の隅々まで届くでしょう。
営舎(えいしゃ)の高窓(たかまど)ががた/\と揺(ゆ)れる
ばったのやうに塀(へい)の下(した)にくつゝいてゐる俺(おれ)達の上を
風(かぜ)は横(よこ)なぐりに吹(ふ)き
芝草(しばくさ)は頬(ほゝ)を、背筋(せすじ)を、針(はり)のやうに刺(さ)す

兵営(へいえい)の窓(まど)に往(ゆ)き来(き)する黒(くろ)い影(かげ)と
時(とき)どき営庭(えいてい)の燈(ひ)に反射(はんしゃ)する銃剣(じうけん)を見詰(みつ)めながら
おれは思(おも)ふ、斃(たふ)されたふたりの同志(どうし)を

同志(どうし)よ
おれは君を知らない
君(きみ)の経歴(けいれき)も、兵営(へいえい)へもぐり込んで君(きみ)が何(なに)をしたかも
兵営(へいえい)の高塀(たかべい)と歩哨(ほせう)の銃剣(じゅうけん)とはお互(たがひ)の連絡(れんらく)を断(た)ってしまった
おれは君(きみ)たちが
おれが君(きみ)たちを探(さが)したやうに、あせりあせり熱心(ねっしん)に俺達(おれたち)に手(て)を差(さ)し出(だ)したのを知(し)ってゐる
おれと君(きみ)とは塀(へい)を隔(へだ)てゝめくら探(さが)しにお互(たが)ひを求(もと)め合(あ)ひ
おれの手(て)と君(きみ)の手(て)は
すれ/\になったまゝ塀(へい)の間(あいだ)で行(ゆ)き違(ちが)ったのだ

おれは想像(さうぞう)する
破(やぶ)れたストーヴについて、不自由(ふじいう)な外出(がいしゅつ)について、封(ふう)を切(き)られた手紙(てがみ)について、不親切(ふしんせつ)な軍医(ぐんい)について、横(よこ)っ面(つら)へ竹刀(しない)を飛(と)ばす班長(はんちょう)について、夜中(よなか)にみんな叩(たた)き起(おこ)す警報(けいほう)について、
無意味(むいみ)な教練(きょうれん)のやり直(なほ)しについて
君(きみ)らがいかに行動(かうどう)を以(もっ)て同(おな)じ兵卒(へいそつ)をアジったかを
そして
誰(だれ)が戦争(せんそう)で儲(まう)け、誰(だれ)が何(なん)の恨(うら)みもない俺達(おれたち)に殺(ころ)し合(あ)ひをさせるか、誰(だれ)が死(し)を賭(と)して俺達(おれたち)のために闘(たたか)ひ、何(なに)が俺達(おれたち)を解放(かいほう)するかを
くたくたに疲(つか)れた演習(えんしふ)の帰(かへ)りに
半煮(はんに)えの飯(めし)をかきこむ食事(しょくじ)の合(あ)ひ間(ま)に
みなが不平(ふへい)をぶちまけ合(あ)ふ寝台(しんだい)の上(うえ)で
いかに君(きみ)らが全兵卒(ぜんへいそつ)の胸(むね)の奥(おく)に沁(し)み込ませたかを

その日(ひ)
 (忘(わす)れるな、二月(ぐわつ)二十六日(にち)!)
君(きみ)たちは順(じゅん)々に呼(よ)び出(だ)され
後(うしろ)から欺(だま)し討(う)ちに×(2)り倒(たお)された
君(きみ)たちの血(ち)はべっとりと廊下(ろうか)を染(そ)め
君(きみ)たちの唇(くちびる)は最後(さいご)まで反戦(はんせん)を叫(さけ)び続(つゞ)けた

よし
たけり立(た)って兵士(へいし)らを宥(なだ)めかねてやつらのひとりが自殺(じさつ)せうと、よし
泥(どろ)のやうに酔(よ)っ払(ぱら)はせた兵士(へいし)らを御用船(ごようせん)へ積(つ)み込んで送(おく)り出(だ)さうと
廊下(ろうか)に沁(し)み込んだ君(きみ)たちの血(ち)は
それで拭(ぬぐ)はれたか
溢(あふ)れ出(で)る血(ち)どろと共(とも)に口(くち)を衝(つ)いて迸(ほとば)しった君(きみ)たちの叫(さけ)びは
それで消(け)されたか

おゝ今
消燈喇叭(せうとうらっぱ)は夜風(よかぜ)を衝(つ)いて響(ひび)き渡(わた)り
窓(まど)はひとつひとつ闇(やみ)に溶(と)けて行(ゆ)く
おれは伸(の)び上(あが)り
かじかんだ手(て)を挙(あ)げて仲間(なかま)に合図(あいず)をする
そして
俺達(おれたち)は立上(たちあが)[#ルビの「たちあが」は底本では「たちあ」]りマントを捨(す)て
すばやく塀(へい)を乗(の)り越(こ)えて突進(とっしん)する

俺達(おれたち)の手(て)にはビラがあり
俺達(おれたち)のポケットにはドスがある
ビラは眠(ねむ)った営舎(えいしゃ)を揺(ゆ)り覚(さ)まし
ドスは倒(たふ)された同志(どうし)の血(ち)を洗(あら)ふだらう
風(かぜ)よ
兵営(へいえい)の隅々(すみずみ)までこのビラを蒔(ま)き散(ち)らせ!
塀(へい)よ
「兵士委員会を作れ!」
の叫(さけ)びを営庭(えいてい)一ぱいに跳(は)ね返(かえ)せ!

―一九三二・四―
「大衆の友」四月号
(1)四四 (2)斬
了

底本:「槇村浩詩集」平和資料館・草の家、飛鳥出版室
   2003(平成15)年3月15日
初出:「大衆の友」
   1932(昭和7)年4月号
※副題は底本では、「―白テロに斃た××(1)聯隊の革命的兵士に―」となっています。
※「銃剣」に対するルビの「じうけん」と「じゅうけん」の混在は、底本通りです。
※底本は新字旧仮名づかいです。なお拗音、促音の小書きは、底本通りです。
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年5月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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