あらすじ
汽車を待ちながら、かつての輝かしい日々を思い出す「私」。琥珀を売る日々は過ぎ去り、今は病に臥せっています。かつて愛した「かのひと」への想いは深く、もう会うことは叶いません。過ぎ行く時間の中、静かに海の風景を眺めながら、大切な思い出と切ない想いに心を寄せています。
さやかなる夏の衣して
ひとびとは汽車を待てども
疾みはてしわれはさびしく
琥珀もて客を待つめり

この駅はきりぎしにして
玻璃の窓海景を盛り
幾条の遙けき青や
岬にはあがる白波

南なるかの野の町に
歌ひめとなるならはしの
かゞやける唇や頬
われとても昨日はありにき

かのひとになべてを捧げ
かゞやかに四年を経しに
わが胸はにはかに重く
病葉と髪は散りにき

モートルの爆音高く
窓過ぐる黒き船あり
ひらめきて鴎はとび交ひ
岩波はまたしもあがる

そのかみもうなゐなりし日
こゝにして琥珀うりしを
あゝいまはうなゐとなりて
かのひとに行かんすべなし

底本:「新修宮沢賢治全集 第六巻」筑摩書房
   1980(昭和55)年2月15日初版第1刷発行
入力:junk
校正:土屋隆
2011年5月14日作成
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