あらすじ
歌を歌い始めようとした時、突如として銅鑼の音が鳴り響き、その後ジロフォンが乱雑に奏でられます。混乱する中で、琴の音が激しさを増し、まるで中国の娘との純粋な愛を歪めて描き、嘲り、罵倒し、聴衆の心を掴むかのようです。作者は、その琴の音に抗う術もなく、ただ顔を赤らめて戸惑うばかりです。やがて、聴衆は一斉に作者を嘲笑します。この嘲笑は、腹の大きなチェロ奏者が意図的に仕組んだことなのかもしれません。歌ひ出でんとしたるとき
突如下手の幕かげに
まづおぼろなる銅鑼鳴りて
やがてジロフォンみだれうつ
わが立ち惑ふそのひまに
琴はいよよに烈しくて
そはかの支那の小娘と
われとが潔き愛恋を
あらぬかたちに歪めなし
描きあざけり罵りて
衆意を迎ふるさまなりき
そを一すぢのたはむれと
なすべき才もあらざれば
たゞ胸あつく頬つりて
呆けたるごとくわが立てば
もろびとどつと声あげて
いよよにわれをあざみけり
このこともとしわが敵の
かの腹円きセロ弾きが
わざとはわれも知りしかど
了
底本:「新修宮沢賢治全集 第六巻」筑摩書房
1980(昭和55)年2月15日初版第1刷発行
※〔〕付きの表題は、底本編集時におぎなわれたものです。
入力:junk
校正:土屋隆
2011年5月14日作成
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