あらすじ
日の出を待つ紳士が、宗谷岬の北のはまを望む船上に立っています。紳士は古き国士の面影があり、日の出を待ち焦がれているようです。船は黒き砒素鏡のように輝き、紳士は朝日が昇ると高く柏手を打ちます。しかし、朝日が雲に圧されて次第に潰えていく様を目の当たりにした紳士は、怪訝な思いを抱きます。やがて、虚の像のま下から古めけるものが燃え、湧き立ち、融けていくさまが、紳士の心を揺さぶります。
そらの微光にそゝがれて
いま明け渡る甲板は
綱具やしろきライフブイ
あやしく黄ばむ排気筒

はだれに暗く緑する
宗谷岬のたゝずみと
北はま蒼にうち睡る
サガレン島の東尾や

黒き葡萄の色なして
雲いとひくく垂れたるに
鉛の水のはてははや
朱金一すぢかゞやきぬ

髪を正しくくしけづり
セルの袴のひだ垂れて
古き国士のおもかげに
日の出を待てる紳士あり

船はまくろき砒素鏡を
その来しかたにつくるとき
漂ふ黒き材木と
水うちくぐるかいつぶり

俄かに朱金うち流れ
朝日潰えて出で立てば
紳士すなはち身を正し
高く柏手うちにけり

時にあやしやその古金
雲に圧さるゝかたちして
次第に潰え平らめば
紳士怪げんのおもひあり

その虚の像のま下より
古めけるもの燃ゆるもの
湧きたゝすもの融くるもの
まことの日こそのぼりけり

舷側は燃えブイも燃え
綱具を燃やし筒をもし
紳士の面を彩りて
波には黄金の柱しぬ

底本:「新修宮沢賢治全集 第六巻」筑摩書房
   1980(昭和55)年2月15日初版第1刷発行
※〔〕付きの表題は、底本編集時におぎなわれたものです。
入力:junk
校正:土屋隆
2011年5月14日作成
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