あらすじ
「東洋自由新聞」創刊号の社説では、中江兆民は、自由という概念を、心身の自由と行為の自由という二つの側面から深く考察します。そして、自由な精神と行為が、国家や個人の発展に不可欠であると力説し、自由を阻むものとして、政府の弾圧や伝統的な価値観による束縛を挙げます。さらには、西洋諸国の自由な社会と日本の現状を比較し、日本が自由な社会へと歩むための課題を提示します。自由という普遍的な価値を基盤に、中江兆民は読者に対して、国家のあり方や社会の進むべき道を真剣に考えてほしいと訴えるのです。
吾儕(わがせい)のこの新聞紙を発兌するや、まさに以て海内三千五百万の兄弟とともに共に向上の真理を講求して、以て国家に報効するあらんと欲せんとするなり。乃(すなわ)ち尋常紙上に記載する事件の首(はじめ)において次を逐(お)ふて我儕の所見を叙述し、以てあまねく可否を江湖の君子に問(とわ)んとし、ここにその目を掲するに左の数項の外に出でず。曰く自由の説、曰く君民共治の説、曰く地方分権の説、曰く外交平和の説、曰く教育、曰く経済、曰く法律、曰く貿易、曰く兵制なり。これ固(もと)より一朝一夕の能(よ)く尽す所にあらず、まさに日を積み月を累(かさ)ねてまさに始て自ら尽して余りなきことを得べし。今や第一号を発するに臨み、先づ吾儕社名の義を取る所の自由の説を述べて以て端を啓(ひら)くといふ。
 自由の旨趣その目二、曰くリベルテーモラル(即ち心神の自由)、曰くリベルテーポリチック(即ち行為の自由)なり。請ふ先づひろく自由の本義を説き、しかる後二者の自由に及ばむ。
 それリベルテーの語はこれを訳して自主、自由、不羈(ふき)独立等といふ。しかれどもその意義の深微に至りてはこの数語の能く尽す所にあらず。けだし古昔羅馬(ローマ)にありては政権を有する士君子即ちいはゆる良家子に当つるにこの称を以てして、以為(おもえ)らくわが天然に得る所の情性に従ふてその真を保つことを得る者独(ひと)り以てこの称に当るべしと。意けだし此(ここ)を以てその束縛箝制(かんせい)を受けたる奴隷囚虜の属に別たんと欲するなり。
 第一、リベルテーモラルとは我が精神心思の絶ゑて他物の束縛を受けず、完然発達して余力なきを得るをいふこれなり。古人いはゆる義と道とに配する浩然の一気は即ちこの物なり。内に省みて疚(やま)しからず、自ら反して縮(なお)きもまたこの物にして、乃ち天地に俯仰(ふぎょう)して愧※(「りっしんべん+乍」、第3水準1-84-42)(きさく)するなく、これを外にしては政府教門の箝制する所とならず、これを内にしては五慾六悪の妨碍(ぼうがい)する所とならず、活溌々転轆々(ろくろく)として凡(およ)そその馳※(「鶩」の「鳥」に代えて「馬」、第4水準2-92-92)(ちぶ)するを得る所はこれに馳※(「鶩」の「鳥」に代えて「馬」、第4水準2-92-92)し、いよいよ進みて少しも撓(たわ)まざる者なり。故に心思の自由は我が本有の根基なるを以て、第二目行為の自由より始めその他百般自由の類は皆此(ここ)より出で、凡そ人生の行為、福祉、学芸皆此より出づ。けだし吾人の最もまさに心を留めて涵養(かんよう)すべき所この物より尚なるはなし。
 第二、リベルテーポリチックは即ち行為の自由にして人々の自らその処する所以(ゆえん)の者、及びその他人とともにする所以の者皆この中にあり。その目を挙ぐ、曰く一身の自由、曰く思想の自由、曰く言論の自由、曰く集会の自由、曰く出版の自由、曰く結社の自由、曰く民事の自由、曰く従政の自由なり。
 心思の自由は天地を極め古今を窮(きわ)めて一毫(いちごう)増損なき者なり。しかれども文物の盛否と人の賢愚とに因り、その及ぶ所あるいは少差異なきこと能(あた)はず。行為の自由に至りては気候の寒熱、土壌の肥硬、風俗の淑慝(しゅくとく)等に因り、その差異更に甚しき者あり。ああ心思の自由なり行為の自由なりこれ豈(あに)少差異あるべけんや。しかして古より今に及ぶまで差異なきこと能はず。これ正に我儕の慷慨(こうがい)悲憤する所以にしてこの新紙の設くる所以なり。けだし自由の物たる、これを草木に譬(たと)ふればなほ膏液(こうえき)の如し。故に人の干渉を恃(たの)み人の束縛を受るの人民は、なほ窖養(こうよう)の花、盆栽の樹のその天性の香色を放ち、その天稟(てんぴん)十分の枝葉を繁茂暢達(ちょうたつ)せしむること能はずして、遽(にわ)かにこれを見れば美なるが如きも、迫りてこれを※(み)[#「目+氏」、U+7702、15-9]るときは生気索然として、かつて観るべき者あることなきが如し。もしそれ山花野艸(やそう)に至りてはこれに異なり、その香馥郁(ふくいく)としてその色蓊鬱(おううつ)たり。隻弁単葉といへども皆尽(ことごと)く霊活ならざるなし。自由の人におけるその貴ぶべきことけだしかくの如し。
 凡そこの二個の自由は見今衣冠文物の最と夸称(こしょう)する欧米諸国にありては、これを保有すること果して何らの層に至れるや。またその諸国の中いづれか最も高層に至れるや。いづれか最も下層に居るや。また本邦を把(と)りてこれを比するときはそのいづれに擬するを得るや。これ皆我儕のまさに号を逐(お)ふて論述せんと欲する所なり。古徳言ふあり、任重ふして道遠しと。また曰く、斃(たお)れて後已(や)むと。我儕の任ずる所もまた甚(はなはだ)重からずや。斃れて後已むに至りては固より我儕の薺甘(せいかん)する所なりといへども、独り恐らくは真理の終に獲(う)べからざることを。切に冀(こいねがわ)くは世の※(「門<肱のつくり」、第3水準1-93-46)覧(こうらん)博物の君子、指教を吝(おし)まず我儕の足らざるを補ひ、以て世に益するあらば幸甚。
了

底本:「中江兆民評論集」岩波文庫、岩波書店
   1993(平成5)年3月16日第1刷発行
底本の親本:「中江兆民全集 第14巻」岩波書店
   1985(昭和60)年5月24日
初出:「東洋自由新聞」
   1881(明治14)年3月18日
※本文の前の編者による梗概は省略しました。
※本文末尾の編者による註は省略しました。
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
※表題は底本では、「『東洋自由新聞』第一号社説(無題)」となっています。
入力:坂本真一
校正:フクポー
2018年11月24日作成
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