あらすじ
太宰治は、この選集に、戦時中に再版できなかった作品のみを収録しました。選集全体を読めば、太宰が過去10年間、どんな苦しみの中で創作活動をしてきたのかがわかるように工夫されています。特に最後の「新ハムレツト」は、従来のハムレット像の刷新と、近代における悪の描写を目指したものです。この作品に登場するクローヂヤスは、従来の悪人とは異なり、一見すると気弱な善人にさえ見えるのですが、王を殺し、不潔な恋に成功し、戦争を起こすなど、私たちを苦しめてきた悪人たちの典型的な姿を見せています。当時の評論家たちは、クローヂヤスの新型の悪を見逃し、太宰がクローヂヤスに同情しているとも解釈していました。再読を通して、クローヂヤスという人物についてじっくり考えてみてください。
所收――「猿面冠者」「ダス・ゲマイネ」「二十世紀旗手」「新ハムレツト」
 このたびの選集には、大戰中に再版できなかつた作品だけを收録した。さうして、この選集一つお讀みになれば、太宰といふのはこの十年間、一體どんな事に苦しみ努めて來た作家か、たいていおわかりになれるやうに工夫して編輯した。
 最後の「新ハムレツト」は、新しいハムレツト型の創造と、さらにもう一つ、クローヂヤスに依つて近代惡といふものの描寫をもくろんだ。ここに出て來るクローヂヤスは、昔の惡人の典型とは大いに異り、ひよつとすると氣の弱い善人のやうにさへ見えながら、先王を殺し、不潔の戀に成功し、さうして、てれ隱しの戰爭などをはじめてゐる。私たちを苦しめて來た惡人は、この型のおとなに多かつた。
 この作品の出版當時、これに對する文壇の評論の大半は、クローヂヤスのこの新型の惡を見のがし、正宗白鳥氏なども、このクローヂヤスに作者が同情してゐるとさへ解されてゐたやうである。さらにこのたび、ひろく讀者に、再吟味を願ふ所以である。
昭和二十年冬。

底本:「太宰治全集11」筑摩書房
   1999(平成11)年3月25日初版第1刷発行
初出:「猿面冠者」現代文学選23、鎌倉文庫
   1947(昭和22)年1月20日発行
入力:小林繁雄
校正:阿部哲也
2012年1月16日作成
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