これまでに誰一人身代限やお仕置になつたことの無い正しい家柄
「ジアン・ド・ニルの家」
親指は肉付豐かな弗羅曼の酒屋の亭主、根が瓢輕な巫山戯もの、三月釀造極上麥酒の招牌を出した戸口のとこで煙草をのんでる。人差指はその家婦だ。干鱈のやうに乾涸びた男まさり、朝つぱらから女中を打ちどほしだ、嫉けるのだらう、徳利は手を離さない、好きだから。
中指は息子だ。地體、荒削の不器用に出來た體で、酒造人でなかつたら兵隊、人間に生れなければ馬にでもなつた男だ。
藥指は此家の娘、身輕な小意氣なヅエルビイヌ、奧樣がたへは笹縁のれいすも賣るが、殿御に媚は賣り申さぬ。
小指は家中の祕藏兒、泣蟲の小僧だが、始終母親の腰巾著になつて引摺られてゐるから、まるで啖人鬼女の口にぶら下る稚兒のやうだ。
人間の手の五本の指は都ハルレムの花壇にかつて咲いた色珍らしい五瓣のにほひ阿羅世伊止宇。