あらすじ
佐藤春夫は、文豪・荷風先生との深い交流を通して、先生の人柄や文業の魅力を目の当たりにしてきました。しかし、先生との出会いは僅かであり、その後は遠くから見守るのみでした。先生は晩年、体調を崩され、一人で食事に出かける姿が目撃されるなど、衰えを感じさせる場面もありました。そして、ついに悲報が届きます。荷風先生らしい、徹底した個人主義で孤独な最期だったと、佐藤春夫は深い悲しみと寂しさを感じつつも、先生らしい静かな眠りだったと慰めます。その後も丈夫でまた用心深い先生だからそう心配することはあるまいといいながらも心配していたが、ついに悲しい死の知らせを聞いた。しばらくお目にかからない僕としてははなはだ心残りだ。聞けば、朝、先生のお宅へ行った人が、永眠している先生をはじめて見出したとか。徹底的な個人主義者で、人の世話にもならず、人の世話もしない先生らしい。悲しく、寂しい亡くなり方を、いかにも先生らしいと悲痛なものと思うが、老衰のはて静かに瞑目されたのでもあろうか。
僕のお目にかかっているころ(二十年前)から用心深い先生はいつも遺書と身元の明らかなものを懐中にして「いつ、どこで行き倒れになってもいいようにね」と悲しい戯れをいっていたものであったが、平素から用意の遺書は毎年、年のはじめに書いておくという話であったし、こんども必ず死後のことなどこまかく記された何かがあるのではないかと思われる。
了
底本:「定本 佐藤春夫全集 第26巻」臨川書店
2000(平成12)年9月10日初版発行
底本の親本:「神港新聞」神港新聞社
1959(昭和34)年5月4日発行
初出:「神港新聞」神港新聞社
1959(昭和34)年5月4日発行
入力:朱
校正:持田和踏
2022年3月27日作成
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