あらすじ
槐多の詩集が出版されます。それは、彼への深い愛情と敬意の証です。彼の力強い言葉は、多くの人の心に響き、創造への情熱を掻き立てます。作者は、槐多が残した膨大な遺稿に驚き、その短い詩に魅了されました。自由で奔放な言葉、ユニークな発想、率直に表現された情熱は、槐多の芸術、詩歌、そして人生そのものを体現しています。槐多の歌は、冷静な分析ではなく、純粋な直感と豊かな想像力から生まれたものです。彼は、鋭敏な感性と旺盛な食欲を持ち、短くも充実した人生を送りました。そして、人生の重みに向き合い、死へと向かう中で、彼は独特な輝きを放ちました。槐多よ、あなたの言葉が今、多くの人に読まれようとしています。あなたならきっと、喜びながらこう言うでしょう。「畜生! やりきれないなあ」と。
槐多の詩集がとう/\出る。
――彼れにむけられた僚友らの強い愛のしるしだ。
それは死者を吊ふのでも、世に亡友を記念するのでもなく、
あの彈力ある觸(ツーシユ)を万人の胸に傳へ、あらゆる慾望の芽に、創造的情※[#「執/れんが」、U+24360、1-5]を灌漑しやうとする藝術家の愛である。
私は山崎省三君の手元に蒐められた一と重ねの遺稿を見て、其豐富な量に驚いた。
一と綴をとつて披くと短い詩の處で、それが忽ち私を魅了した。
自由で※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)リユーのいゝ言葉、面白い契機、卒直に快活に表現された性慾――それは蓋し槐多の藝術、詩歌、日常生活のすべてに顯れた獨特な生采である。
槐多の歌へるは、冷靜な認識ではない、溌剌無垢な直覺であり、自由富饒な空想である。
すべてそれは、止み難き攝受のため息く吐息であつた。
稀に見る藝術上の鋭敏な味覺と、それにふさはしい貪臠な胃袋を有つた彼れは、廿三の晩年に、はやくもあらゆるものを味ひつくした觀がある。
そして秩序に脅かされねばならぬ、人生の或重くるしい時期を目の前にして、怖るゝが如く又親しむが如くに、死の方へ慌しく驅け込んでしまつたのであつた。
槐多よ、君の言葉が今多くの人に讀まれやうとして居る。「畜生! やりきれないなあ」と、顏一つぱいに笑ひ給へ。(九年六月六日)
山本 鼎
了

底本:「槐多の歌へる」アルス
   1920(大正9)年6月20日発行
※国立国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/)で公開されている当該書籍画像に基づいて、作業しました。
※底本における表題「序」に、底本名を補い、作品名を「「槐多の歌へる」序」としました。
※底本の発行日は、国立国会図書館デジタルコレクションの底本に訂正印付きで手書きされた訂正によります。
入力:かな とよみ
校正:樋井川
2022年9月26日作成
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