明治三十一年

    暮春雨

惜しまるゝ花のこずゑもこの雨の晴れてののちや若葉なるらむ

    春哀傷

林子を悼みて

ちりしみのうらみや深きみし人のなげきやおほきあたらこの花

    海邊鵆

昨日こそうしほあみしか大磯のいそふく風に千鳥なくなり
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 明治三十二年


    元旦

若水を汲みつゝをれば標はへしふたもと松に日影のぼりぬ

    菖蒲

生れしはをのこなるらむ菖蒲草ふきし軒端に幟たてたり

    避暑

この夏は來よと文しておこせたる伯母がりとはむ山のあなたに

    秋郊虫

萩こえし垣をまがりて右にをれて根岸すぐればむしぞなくなる

    時雨

水仙の花にむしろもおほひあへず小さき庭をかせ時雨きぬ

    初雪

船にねて船をいづれば曉のはつ雪しろしかけはしの上に
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 明治三十三年


    森

野を行けばたゞに樂しく森行けばことゝしもなく物ぞ偲ばゆ

菅の根のなが/\し日も傾きて上野の森の影よこたはる

    雪中梅

睦月七日寺島村によぎりきて雪かさきたる梅あるをみつ

    竹の里人をおとなひて席上に詠みける歌

歌人の竹の里人おとなへばやまひの牀に繪をかきてあり

荒庭に敷きたる板のかたはらに古鉢ならび赤き花咲く

生垣の杉の木低みとなり屋の庭の植木の青芽ふく見ゆ

茨の木の赤き芽をふく垣の上にちひさき蟲の出でゝ飛ぶ見ゆ

人の家にさへづる雀ガラス戸のそとに來て鳴け病む人のために

ガラス戸の中にうち臥す君のために草萌え出づる春を喜ぶ

古雛をかざりひゝなの繪を掛けしその床の間に向ひてすわりぬ

若草のはつかに萌ゆる庭に來て雀あさりて隣へ飛びぬ

ガラス戸のそとに飼ひ置く鳥の影のガラス戸透きて疊にうつりぬ

枝の上にとまれる小鳥君のために只一聲を鳴けよとぞ思ふ(座上の剥製の鳥あり)

    四月短歌會

     桃花

庭の隅に蒔きたる桃の芽をふきて三とせになりて乏しく咲きぬ

     星

夜になれば星あらはれて晝になれば星消え去りて月日うつり行く

     化物

ものゝけの三つ目一つ目さはにありと聞けどもいまだ見し事の無き

     剥製鳥

木の枝にとまれる鳥のとまり居て逃ぐる事もなし鳴く事もなし

    竹の里人に山椒の芽を贈りて

山椒はくすしき木なり芽もからくその實もからくその皮もからし

鄙にあれば心やすけし人の家の垣の山椒の芽を摘みて來つ

山椒の刺をかしこみ手をのべて高きほつ枝の芽を摘みかねつ

山椒の花はみのらず花咲かぬ山椒の木に實はむすぶとふ

竹やぶの山吹咲きて山椒の辛き木の芽の摘むべくなりぬ

    同※(「木+怱」、第3水準1-85-87)の芽を贈りて

藪わけてたらの木の芽を尋ぬればさきだつ人の折りし跡あり

紙につゝみ火にあぶりたるたらの芽は油にいりてくらふべらなり

たらの木の木の芽を摘むと村人の通はぬ藪に我入りにけり

刺生えて枝も無き木のたらの木は鳥とまらねば鳥とまらずといふ

竹やぶにたま/\生ふるたらの木の刺ある木の芽折りて贈りぬ

    芝居

をかしといふ猿の芝居を見に行けば顔に手をあて猿が泣きけり

むしろ掛けし芝居の小屋は雨漏りて雨のふる日は芝居やすみぬ

    三人根岸草廬に會し庭前の風といふ題にて

襟を吹くすゞしき風に庭の面の萩の若葉はこなたなびきぬ

垣の外の椎を吹く風垣の内の萩をなびかし此家に入る

隣家に碁をうつ音の聞えきて竹の末葉に風わたる見ゆ

垣の上の梅の木末をゆるがしてすゞしき風のふところに入る

梅の木の木末ゆらゝに風吹けど松のみどりは動かざりけり

百草の千草の中にむらおふる萩の若葉に風吹きわたる

風吹けば萩の若葉の右になびき左になびきあひてまたはなる

眞萩はも風多き草か日を一日なびきかたよりいとまもあらず

    讀平家物語 附聽平家琵琶

野に山にたらひわたれるものゝふのをたけびなして水鳥たちぬ(富士川)

綱とると尻毛手握りむちうてば後の方へ馬馳せいだす(同)

逃げ去りしいくさの跡に亂れたる弓は弱弓矢は細矢にて(同)

かしこきやすめらみことにありながらありとふ妹が家も知らなく(小督)

かしこきやすめらみことにありながら朝な夕なに妹を戀ふらく(同)

人の臣のかしこきかもよ人の君を板屋の中にこめたてまつる(法皇幽屏)

君故にさかえし我よわがために衰へたりし君をかなしむ(佛)

    六月第二會

     神

木の實はみ木の根とりくひいきながら空に昇りて神とならんかも

こち村とさき村のあはひしみたてる森に祭れるうぶすなの神

   報東々幾數

時鳥竹やぶ多き里過ぎて麥のはたけの月に鳴くなり

    七月短歌會

日の本のますらたけをのをたけびに仇の砦は逃げて人もなし

躬恒等の歌をよろこぶ歌人は蛙となりて土にはらばへ

    七月第二會

     盂蘭盆會

み佛にさゝげまつりし蓮の葉も瓜も茄子も川に流しぬ

    納涼

蓮の葉にわたる夕風すゞしけば池のほとりに人つどひけり

河近み河風家に吹き入りて蚊遣の煙かたなびきすも

川風の吹きのまに/\羅の妹が衣の裾ひるがへる

彼方の森に入日の光きえ涼しき風の川下ゆ吹く

六月廿日再び左千夫氏と四ツ木の吉野園に遊びて

尖葉の菖蒲のくさの花さきて白にむらさきに園にぎはしも

四つ柱土にうづめて藁ふきてあやめの園にあづまやを建つ

梅の木の青葉のもとに雲なしてさける菖蒲にひろき園かも

廣園のあやめの花のはなびらのひとつ/\に風ふきわたる

菖蒲草その花びらのむらさきを衣にし摺りて妹に着せばや

大きなる菖蒲のつぼみ花になりて萎みし花の上をおほひぬ

はなびらのうすむらさきに紫の千いき百いきいきあるあやめ

菖蒲草しぼり隈どり品はあれど白とむらさきと二つを喜ぶ

あやめ咲く園の細道いくめぐり池をめぐりて亭にいこひつ

三つひらの菖蒲の中に六つひらの菖蒲の花のともしきろ鴨

むらさきの菖蒲の花は黒くして白きあやめの目にたつ夕べ

藁ぶきの四阿すでに灯ともして園のあやめはたゞ白く見ゆ

菖蒲さく園を訪ひ來て其園に水鷄巣くひしはなしを聞きぬ

ぬば玉の夜のあやめのうね/\は白木綿布をしけるが如し

ともし火を釣りたる園の四阿のまはりに白きあやめ草かも

白妙のあやめの上をとぶほたるうすき光をはなちて去りぬ

たま/\に出でし螢をめづらしみ取らんとすれば其光きえぬ

    星

國原はやみの夜空におほはれて星あきらかに天の川流る

山かげの桃の林に星落ちてくはし少女は生れけむかも

ぬば玉の闇の夜空に尾をひきて遠津海原ほしとびわたる

    瀧

うちわたす二つの瀧の下つせの落合の瀬は木深み見えず

二荒のふもとをゆけば野のきはみ山あひにして瀧かゝるみゆ

二荒の山のつゞきの山もとにたぎつ七たき七つなみおつ

あしひきの山の夕立風あれて瀧のとゞろの音もきこえず

杉の木のしみたつ山の山おくの雲わくところたきおちとよむ

    星

久方のみ空を雲のゆきかひに見えみ見えずみ星うつる水

    或日人の家にて朝顏を見てよめる

松をうゑ茄子をつくるかたはらに朝顔はひて垣にからめり

朝顔と葡萄の棚とあひならび葡萄の蔓に朝顔からむ

もとあらの棚に這はせし朝顔のいや長蔓のしげりはびこる

この庭の朝顔きりてつなげらばさき村ゆきて木にからむべし

棚にしてからむ朝顔その蔓のたれしところに莟ふくれつ

    萩

萩の花ぬける白玉ともしけど露にしあればとりがてにすも

ひまあらの垣にしげれる白萩のしら/\見えて夕月のぼる

萩の上に雀とまりて枝ゆれて花はら/\と石にこぼるゝ

雲の上のよろこびごときのふとのみおもひはべりしにはや御着帶の事きこえはべれば

むらさきの花をつくりていはひてし月の六かはり秋ふけわたる

神ながら契らす秋の長秋をみこのきさいに玉こもります

すめろぎのみすゑさかゆく大みよに天なる神は玉くだします

こもらせる玉をたふとみやすらかにあらせたまへといのりたてまつる

をにませば日のすゑとほぎめにませば月のすゑとほぐ玉にいますはや

天なるや神のくだせるうづの玉をことほぎまつることのかしこさ

かゞなべて五つのおよび二をりの十かはり月日さきくといのる

こもらせる玉をかしこと山川の清き河内に宮居せすかも

かしこきや玉くだらせる國原にかゞよふ雲の八重たちのぼる

國原に玉くだらせるしるしありてとよの長秋ながくやすらかに

天にまし國にいませるもろ/\の神のまもらす玉のたふとさ

    鬼

窓の外にうかゞふ鬼の隱るゝとかしら隱して角を隱さず

なにをかもいたく恐れか赤鬼のおもてか青にうちふるひ居り

    戯詠鬼歌

葱のぬたを好むと、ぬた人のこゝだくに喰ひ、ぬたぐそをこゝだくまれば、柿の木の枝は茂りて、片枝は家にかぶさり、片枝は庭にひろごり、うまし實はあまたみのらひ、その枝の折れやせんと、竹さゝへ木さゝへし、ひたすらに赤らむ待つを、宵々に家の外に來て、折々は空泣く鬼の、攀ぢ登り取りてくらひ、殘る實のありのことごと、たふさぎを解きて包むと、あやまりて落す響に、驚きし犬の吠ゆれば、ぬた人は人呼びつどへ、荒繩を堅繩になひ、うちふるひ木に居る鬼を、うしろ手の小手にしばりて、左角いたく叩けば、ひだり角かしらに入りぬ、みぎり角いたく叩けば、右角かしらに入りぬ、手を打てば手なくなり、足打てば足もなくなり、うつそみの世にはえ知らぬ、柿の實の赤き實となり、ふつ枝のほつ枝がもとに、さがりけるはや

    東宮御西遊

天つ日の日つぎにませば日のみこは國原まねくいめぐりたまふ

とよ秋をきよみさやけみいまだみぬ國をみさすといでたゝすかも

たなつものみのらふ秋をよろしみといでます空に鶴なきわたる

みあらかをまだきたゝして白雲のたなびく山のあなたゆかすも

とこよべにありとふ神は和田の原沖の汐路に玉しくらむか

白雲のむかふすかぎり山々は紅葉かつらぎむかへまつらふ

山にゐる毛ものも海のひれものも秋にしあればみけのまに/\

みとまりの宮居の上に紫の豊旗雲はたなびきわたる

    即興

庭のなかにあさる雀のたま/\に縁にのぼりて疊にあがりぬ

縁の上にのぼる雀の縁こえてたゝみに移り敷居にとまりぬ

障子あけて晴をよろこぶ家の中にすゞめ來りぬひとつ來りぬ

鳥籠にとりはあれども家に入るすゞめうれしみ米をまきけり

家に入るすゞめのために米播けばすゞめとび立ち遂に來らず

縁の上にたゝみの上に散りてある米をすゞめの啄くよろしも

庭にまかば雀よるべし家に入るすゞめ珍らしみ家に米を蒔く

家の中にこめをくひに來やよ雀汝が舌切らん我にあらなくに

縁の上にたゝみの上に米まきてゆふべになれど雀また來ず

雀にとたゝみの上にまきおきしこめ掃寄せて庭におとしつ

    橋

川口のゆるき流れにかけわたす橋長うして海見えわたる

山川の早き流れにそば立てる大岩かけて二橋わたす

    即景

畑の中を庵へかよふ道のへの桑のめぐりに芋を植ゑたり

畑の上を風のわたれば芋の葉のゆら/\ゆれていそがしきかも

樫の木のなみたつひまに畑見えて畑のつゞきに小松原みゆ

垣の外になめて植ゑたる柿の木のうまし木の實のともしきろかも

もろこしの高穗ゆるがし畑をすぎ庭の木草に風ふきわたる
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 明治三十四年


    雪

あら山の雪にこやせる旅人あはれ 家のらばい行きて妹に告げやらましを

    海

住吉のあまにもがもな常世べのをとめが宮にゆけらく思へば

    氷

西ふくや風寒ければ網ほせる汀の葦に氷むすびぬ

氷ゐる水のそこひの白珠の目にはつけどもとりがてぬかも

    酒

いはひ瓮にうま酒みてゝうめきとふ野べのつかさは松木たれたり

    滑稽

萱刈りて畑なひらきそ麻田比古が額の片へに麥蒔かば足り

君によりなごむ心はにひ藁に包む海鼠のしかとくるごと

    橋

大王のとほのみ門と。しきます越の國内に。山はしもさはにあれども。名ぐはしその立山を。いめぐらふかたかひ河は。征矢なす水のはやけば。架けわたす橋もあらねば。さと人のいよりつどひて。かにかくに計らひけるに。その中の人の言へらく。山つみの神の命に。こひのみねぎ申して。うつそみの人の命を。そこにしも沈めてあらば。とこしへに橋はあらむと。苟且かりそめに言ひけることを。その人の命沈めと。神よさしよさせりければ。悔ゆれどもせむすべ知らに。ひとり子とめでし少女を。手ひかひてなげき告ぐらく。命をし永く欲りせば。徒にものな言ひそと。ちゝのみの父の命の。いましめと告げゝることを。山吹のにほへる妹が。吾背子と相見しのちも。繭ごもり息づきわたり。背をだにも呼ぶことなけば。妹なねをかひなきものと。ふるさとに背子がおくりて。立山の山のふもとの。橋のへに到りし時に。さつ人の筒とり持ちて。分け入りし山の雉子の。柴中に鳴きける聞きて。年久に言はざる妹が。言はまくのもだもありせば。水そこに父ありけめや。嬬戀に汝が鳴かずば。さつ人に知られけめやと。打なげき叫び言ひける。科坂在古思の少女の。古にありけることを。いひつがひかたりつがひて。うつそみの今のをつゝに。聞けば悲しも。

ちゝのみの父を悲しみもだもありし越の少女の古思ほゆ

    灯

ころも手の常陸のうみ。夏麻引うなかみ潟と。こちごちの波の來よらふ。犬吠の埼の上に。天しぬぎ立てるうてなに。常夜にてれるともし灯。雲る夜の風の吹く夜は。往きなれてかよひし船も。これなしにえ行かぬ念へば。あやにたふとき。

    うきす

五月雨のいやしきふれば。うらさびてさぶしき沼の。水くまりの水の門のへより。榜ぎさかりあし原ゆけば。へにしづき沖になづさふ。にほどりの水くさ咋ひ持ち。かきあつめむすぶうきの。風吹けば風にゆられ。波立てば波にゆられて。しまらくも安からなくに。そこにして卵子かひこは生りぬ。あはれその栖を。

水に住むものにあるから鳰どりの水草が中にその栖つくらく

    別莊

大洗の岬なる水戸侯の別莊を見てよめる

ころも手の常陸のくには。おほうみにたゞに向へば。みがほしきいづこはあれど。大汝少彦名の。いしづまる神の三埼は。いそみれど沖べを見れど。ならびなきはしきみさきと。玉かづらたゆることなく。あともひて人もつぎ來れ。こゝにしもいほりし居らば。命も長くあらむと。大宮に仕ふる公か。あきつかみ吾大王の。年のはにいとまたまへば。うからをこゝにつどひて。立居て見れどよろしみ。ころふして見れどよろしみ。日も足らずそこに念はし。年のごとありけるものを。行水のゆきて去にしと。まが言か人の云へるに。をと年も去年もことしも。汐さゐのありその上に。い立たせることもあらねば。玉松のしげきが下に。もとのごと家はあれども。さぶしきろかも。

畏きや神のみ埼にうつせ貝むなしき家を見ればさぶしも

    蚯蚓鳴く

あらがねの土の下にて。己が世の住みかもとむと。たまさかに凝りてむすべば。さ百合はなそこに開くと。古ゆ今に言ひつぎ。世の中に怪しきものと。尻のへもかしらも分かず。はひもとほり生ける蚯蚓の。竹|※(「竹かんむり/瞿/又」、第4水準2-83-82)を手にくる糸の。ほそぼそに鳴くなるよひの。うみ苧なす長き夜すらは。いねがてに常する吾も。やすいするかも。

    鑛毒

鑛毒地被害民の惨状を詠ずる歌一首並反歌

下つ毛の足尾の山は。まがつみのうしはく山か。その山に金堀るなべに。かなけ水谷に漲り。をちこちの落合ふ川の。大舟のわたらせ川に。時分かず流れ注げば。その川の霑す極み。荒金の土浸みとほり。八ツ子持つ芋も子持たず。蠶飼ふ桑も芽ぐまず。水田には蘆生ひしげり。くが田には萱し靡けば。安らけく住み來し民も。過ぎへなむたどきを知らに。父母は阿子に離れて。壯丁はも妹に別れて。うき雲のさ迷ひ行けば。たまり水止まるものも。ありへにし家にも居かねて。煙だに下へ咽べば。世の中にまさしき人の。同胞の嘆くを見れば。いかで君仇にはあらめやと。益荒雄の鋭心起し。家忘れ身もたな知らず。國統ぶる司の門に。つばらかに聞えあぐれど。大君の任のまに/\。きくといふ司人やも。正耳はしひにけらしも。もゝ足らず八十たび申せど。かへり見ることもあらねば。飯に飢て恨み泣けども。すべもあらぬかも。

    反歌

いかならむ年の日にかも毛の國の民の嘆きの止む時あらむ

    ひしこ漬

足妣木の山を近みと。木がくりに家居しせれば。世のことしけ疎くあれど。雁がねの刈田さわたり。秋風の寒けき頃の。てる月の明き夜頃は。鰯引く浦にぎはふと。辟竹の籃にみてなめ。こゝまでにひしこも來れ。鶉鳴く畑のしげふの。しだり穗の粟とり交へ。八鹽折の酢につけまくと。京さびこゝに吾せる。珍らしみとぞ。

秋風の寒く吹くなべ竹籃にひしこ持ちて來とほき濱びゆ

    髪

十月の末母の命によりて成田山にまうで毛綱を見て作れる歌并短歌

母刀自の依しのまにま。とりじもの朝立ち出でゝ。下埴生の成田の寺に。夕さりにい行き到れば。人あまたそこには滿ちて。靈しくも八棟立ちなみ。珍らしき物さはなれど。玉の輪と捲ける太綱は。いた惱む吾背がためと。まかなしきめづ兒がためと。をみな子の思ひしなえて。丈長のその玄髪を。利鎌もて萱刈る如く。ふさたちて供へまつれば。千五百房八千五百房と。山のごとつもれる髪を。堅よりによりて結びて。この岡の岡の上ろに。棟引くと掛けし毛綱ぞ。下埴生にいます佛は。上つ代ゆ今のをつゝに。たふとみと人の來寄れば。この綱のいや長々に。太綱のたゆることなく。後の世もしかぞあるべき。み佛の寺。

をみな子のその丈長の黒髪を斷ちて結びし太綱ぞこれ

    冬の夜

いちしばの林がうれに。凩のいたくし吹けば。まげいほのいほのめぐりは。黍の稈しゞにゆへども。すべもなく寒くしあるを。ぬば玉の夜さりくれば。焚木だに折りてはたかず。ともし灯を中にかくみて。にひ藁を繩になひつぎ。白糸をわく[#「角+燗のつくり」、40-3]に手くると。ひまもなくいそしむ人の。ふけ行けばすのこが上に。しづ衾引きかゝぶりて。さぬらくの安しとかもよ。うけくは知らに。

    山

登筑波山詠歌并短歌

天地の開けし時に。瓊矛もて國探らせる。二柱神の命の。いしづまる筑波の山は。しみさぶるまぐはし山と。常に見る山にはあれど。秋の日のよけくを聞けば。巖が根の路をなづみて。落葉吹く峯の上に立てば。そがひには山もめぐれど。日の立の南の方は。品川の入江の沖も。かぎろひのほのに見えつゝ。をしね刈る裾曲の田居ゆ。いや遠に開けゝるかも。男の神のときて干させる。白紐と河は流れぬ。女の神のとりなでたまふ。み鏡と湖は湛へぬ。うべしこそ筑波の山は。時なくと人は來れども。秋の日のけふの吉日に。豈如かめやも。

     短歌

秋の日し見まくよけむと筑波嶺の岩本小菅引き攀ぢて來ぬ
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 明治三十五年

    春の川

鬼怒川の歌

こもり江の蒲のさ穗なす。散り亂りひた降りしける。雪自物天の眞綿を。荒山の狹沼うしはく。御衣織女鬼怒沼比賣が。五百※(「竹かんむり/瞿/又」、第4水準2-83-82)をかけの手繰りに。巖が根にい引きまつはし。玉の緒にいより垂らして。とゞろ踏む機足はたしとゞろに。織り出づる二十尋布を。春の野の大野の極み。きぬ河の礫が上に。岸廣にはへたる見れば。あやに奇しも。

    檐

睡猫を見てよめる

すしたるやわぎへの檐の。丸垂木日さしが上に。さ蕨の背くゝまりつゝ。いをしなすはしき二つ毛。春の夜の心うかれに。夜もすがら背を覓ぎかねて。思ひねにさぬとふものか。あはれ/\汝が人にあらば。味酒の丹頬に笑まひ。藍染の衣きよそひ。ほと/\に戸は叩かむを。夜もすがら背を覓ぎかねて。こゝにしもさぬとふものか。二毛猫汝はも。

    蛤

うむぎ

うまし子をうみ那須山の。苔むすやゆつ岩村に。あり立たす石人男。波の穗に新妻覓ぐと。のるなべに潮沫別きて。うむぎ比賣きさかひ比賣と。ならび立ちみ合ひし時の。弟媛の心ねぢけに。堅繩の目細まなほそ網に。兄媛をし二十巻き沈け。埴染の衣にほはし。ひとりのみ山踏む時に。その山の底ひ搖らびて。天遙に火立ち騰らひ。巖根木根ひた燒きしかば。うまし彦石人男。弟媛と共にみ失せぬ。うむき比賣和田つ水底に。背を念ふ心は止まず。凝り鹽の辛くのがれて。沾衣あぶりもあへず。燒山にた走り到り。ひた土にこひ伏しまろび。訴へ泣き叫び悲しみ。弟媛が焦がへし灰に。裳の裾の垂鹽注ぎ。掻き抱き塗らひにければ。えをとことよみ歸らせる。吾背子と手たづさはりて。そこをしも住み憂の山と。八つ峰越えそがひの山の。鹽谷にしすみかま探り。蛤はも堅石なして。堅石はうむぎの如も。化り化りていや長に。こもりいますはや。(鹽原之山中蛤の化石を産す故に結末之に及ぶ)

    うみ苧集(一)

二月二十五日筑波山に登りて夫婦餅を詠ずる歌并反歌

狹衣の小筑波嶺ろは。八十尾ろに根張り足引き。峻しけくこゞしき山の。山うらの山毛欅の木根踏み。巖陰の雪消になづみ。贄は欲り足なよ/\に。登り立つ日子遲の峰と。さし向ふひがしの峰の。中つへを設けの宜しみ。茅がや葺く四柱いほに。煤火たき榾たきあぶる。串餅をうましもちひと。こゝだはたりぬ。

     反歌

筑波嶺に後來む人も吾如くこゝだ欲る可き串もちひこれ

三月のはじめ下總神崎の雙生ふたごの岡より筑波山を望みて詠ずる歌并反歌

十握稻ふさ刈る鎌の。燒鎌の利根の大川。川岐に八十洲を包む。五百枝槻千葉の大野の。ならび居の雙生が丘に。たゞ向ふ筑波の山は。登り立ち見れど宜しみ。下り居立ち見れど宜しみ。よろしみとよろぼひ立てる。くはし山見が欲し山の。筑波嶺吾は。

     反歌

千葉の野ゆ筑波を見れば肩長の足長山と霞田菜引く

成田の梅林を見る

下埴生の成田の佛をろがむと梅咲く春に逢ひにけるかも

み佛にまゐ來る人の心に見てを行くべき梅の花これ

梓弓春にしあれば梅の花時よろしみと咲きにけるかも

錨綱五百尋杉に包まへる梅の林は見れど飽かぬかも

全枝に未だ咲かねど梅の花散らくを見れば久しくあるらし

梅の花疾きと遲きと時はあれど咲きのさかりの木ぬれしよしも

梓弓梅咲く春に逢ひしかばおもしろくして去なまく惜しも

まだき咲く梅の林に鶯の年の稚みかいかくろひ鳴く

鶯は五百杉村を木深みと未だも馴れず時稚みかも

梅の花疾きも遲きも春風のなご吹く息の觸るらくと否と

息長の春風吹けば列貫ける秀枝の珠しこゝに咲く見ゆ

梅の木は花かも咲けるひはつ女の白珠粧ひ今するらしも

白珠は緒にも貫かくと照るといへど枝に貫く珠香さへ包めり

鶯の咋ひ持つ花を緒に貫きていかけ引けらば寄り來ざらめや

香取の梅を見て

吾はもや梅見にきたりこの春は復は見がたみけふ見にきたり

かしこくも吾はあるかも春雨の降りての後に梅見すらくは

舟の秀ははろかにあれどこゝにして振放見れば梅の上ゆ見ゆ

※(「楫+戈」、第3水準1-86-21)取のや稻幹くゝる薦槌のい行きかへらむ梅見つ吾は

梅の花咲きも咲かずも川舟の潮來いたこの見ゆるこの岡うるはし

全木には梅まだ咲かずうべしもよ麥の青薦しきうすくこそ

この梅は花の乏しも春風の吹き少なみか花の乏しも

    桃

ゆた/\と柳の糸を針に貫き縫ひて垂れけむ桃のとばりか

あまさかる鄙少女等が着る衣のうすいろ木綿と桃咲きにけり

二月二十五日筑波山に登りて國見して作れる歌十首

筑波嶺ゆ振放見れば水の狹沼水の廣沼霞棚引く

御鏡の息吹のはしに曇るなす國つ廣湖霞みたる見ゆ

筑波嶺の巖根踏みさくみ國見すと霞棚引き隔てつるかも

春霞い立ち渡らひ吾妻のやうまし國原見れど見えぬかも

筑波嶺の的面背面に見つれども霞棚引き國見しかねつ

春霞立ちかも渡る佐保姫の練の綾絹引き干せるかも

佐保姫の練綾絹のあやしかも國土ひたに覆へる見れば

うす絹と霞立ち覆ひおぼろにも國の眞秀ろの隱らく惜しも

地祇み合ひしせさす春とかも練絹覆ひ人に見えずけむ

思ほゆることの如くは練絹の霞の衣裁たまくし思ほゆ

四月の末には京に上らむと思ひ設けしことのかなはずなりたれば心もだえてよめる歌

青傘を八つさし開く棕櫚の木の花さく春になりにたらずや

たらの芽のほどろに春のたけ行けばいまさら/\にみやこし思ほゆ

荒小田をかへでの枝に赤芽吹き春たけぬれど一人こもり居

みやこべをこひておもへば白樫の落葉掃きつゝありがてなくに

おもふこと更にも成らず枇杷の樹の落葉の春に逢はくさびしも

春畑の桑に霜ふりさ芽立ちのまだきは立たずためらふ吾は

草枕旅にも行かず木犀の芽立つ春日は空しけまくも

にこ毛立つさし穗の麥の招くがね心に思へど行きがてぬかも

おもふこと楢の左枝の垂花のかゆれかくゆれ心は止まず

床のおきものに木根のとちくりたるを据ゑたり尺には足らず

いはほなす木の根の形をおもしろみおき足らはせる陶物の猿

     渡舟

下ふさ利根川のほとりなる今村の引渡しといふをわたりてよめる

さき岸にゐ杭を立て。こち岸にゐ杭を打ち。ゐ杭に繩とりかけ。繋げる舟の。おもしろのあな舟はや。繩引けばこゝにより來。繩引けばそこによらくと。吾引きわたる伊麻村の穿江。

     うみ苧集(二)

利根川を渉る

燒鎌の利根の川門に萱はあれど手長廣生と刈りもあへぬかも

利根川を打ち越え來れば鳥網張る湖北村に鶯鳴くも

印旛沼

伊丹庭の湖網引き船漕ぐ葦の邊の和の春風未だ寒みか

雙生丘

雙生の椿咲く丘はしきよし花はつら/\樹さへつら/\

二兒は椿さはなれどひた丘に木垂り木根立ちしかさは見えず

利根川の葦原を過ぎて鬚うすき人を思ひよせて戯れたる歌五首

葦杙は燒けばさは萌ゆ葦の如萌ゆらむものぞ燒かせその鬚

刈杙の杙の燒生に燒けのこる葦の古穗にさね似たる鬚

春風はい吹き渡れどうすき鬚葦にあらねば萌えぬその鬚

燒杙の灰掻き持ちてこり塗らば蓋しか萌えむそのうすき鬚

燒杙の灰こり塗らば正髯と人かも見らむ本あら小髯

消息のはしにかき付けて人々の許へやりたる中に本所へ

葛飾の梅咲く春を見に行かむたどきも知らず一人こもり居

木下川の梅の林に撓細の吾見し少女忘れかねつも

吾宿は人の來ぬ宿人はくれど梅見に來つと人の來ぬ宿

筑波のふもとへ

さ蕨の萌え出づる春に二たびもい行かむ山の筑波しうるはし

さ蕨の人來人來とさし招く春にし逢はゞたぬしけまくも

おちつばき

       ○
刈杙の杙の燒生の。蘆かびにせくや水泡の。足白の手白の子ら。繭むすぶ糸の永日を。いそばひに蓬は摘むと。よもぎ苗あかずつますと。小鍬とり打つやあら埴の。さくろにな日にはてらえそ。蓬摘む子ら。
       ○
しら/\し白けたる夜の。李ちる朧月夜を。穴こもるたはれ狐か。荊づらすく/\と出て。うまいする兄彦が家の。廚なる鍋とり持ち來。柿の木の枝にそを掛け。そねの木の枝にそを掛け。よひ/\にたはれすらくを。小竹撓めて罠かけ待てど。さやらねば兄彦思ほえ。その狐手捕にせむと。荊分け鋤とりい行き。腰惱むおどろが下に。くたれ木の木の根堀り來つ。狐え捕らず。
       ○
小墾田をかへでの枝の。赤芽吹く春日のどけみ。いめのわたうつらうつらに。肱付きにまろねをすれば。爪引くや弓絃のひゞき。ひゞくなす諸羽振らばひ。虻のとぶかも。

三月二十四日風雪を冒してとほく多珂郡に行く乃ちよめる歌并短歌

物部の真弓の山の。尾の上には人さはに据ゑ。谷邊には人さはに据ゑ。巖根裂く音のみ聞きし。諏訪村の梅さきけりと。とほ人の吾に告らせば。燃ゆる火の焔なす心。包めども包みもかねて。をとつ日の雨降る日の。きその日の雪降る日の。今日までにけならべ降れど。時經なば散りか過ぎむと。行き惱み吾はぞ追へる。とほき多賀路を。

      短歌

雪降りて寒くはあれど梅の花散らまく惜しみ出でゝ來にけり

多賀路はもいや遠にあれば行かまくのたゞには行かず時經ぬるかも

     茂り

木兔もて鳥とることをよめる

たらちねの母が桑つみ。兒がひすとつくれるかごの。さき竹のしゞにさし交ふ。五百枝槻もとべをぐらく。しげらへる森のはたてに。となみはり木兔据ゑ待てば。木ぬれ行く鳥のむれ。さひづるや鷦鷯のむれと。まな叩く木兔あなづらひ。おのが尾をさやるを知らに。おのが羽をさやるを知らに。枝うつりいよりみだらひ。とよもせるかも。

    自像に題す

梁戸といふところの土をとりて自ら吾型をつくる

いくみ竹やなとの阪の。埴とりてつくれる型。まなしりはえにしだの木の。たれたるや吾目らかも。口もとは騰波のうみの。眞菰なすまばらの髭。その髭はやなき。

     うみ苧集(三)

白帆

かぎろひの夕さりくれば。鹽つまる和田つ宮居の。玉かざす少女が伴は。足引のおほやまつみの。山彦に合ひし合はまく。青薦の麥野をよぎて。榛の木の小枝が垂穗を。あさみどり柳が糸を。春風のさゆらさゆらに。裾引にいゆりわたれば。こち/″\の谷付く水の。川しりの八十つ船女が。うはなりのねたみ思ひて。をとめらにい及きあはむと。曳綱の曳かくを遲み。さす棹のさゝくを遲み。尾羽張に白帆は揚げて。日もおちず夕さりごとに。こりせずとひた追ひすもよ。い及きあはなくに。

いま/\しさのたへがたきことありて

丈夫の腋挾み持つ。桑の弓梓の弓。弓こそはさはにあれども。吾持つや手握細。細小竹のへろ/\矢。天とぶ雁にさやらず。槻が枝の鷦鷯とらむと。鷦鷯はや木ぬれはうつす。いたづらに吾とる弓の。へろ/\矢あはれ。

下つまなる狹沼のほとりは吾いとけなき折のすみどなりければ見るになつかしき思ひぞすなる、ことしの春舟を泛べてそゞろに昔のことなどおもひいでければよめる

わらはべに吾ありしかば舟競ひかづきせりける狹沼ぞこれは

これはもや水たまりの沼種おろす八十水田村へ水くまりの沼

蘆角の萌ゆる狹沼の埴岸に舳とき放ちて吾ひとり漕ぐ

岸のべの穗立柳は茂れどもありける家を見ぬがともしさ

古の二本柳妹に別れ一本立てり水付く柳

二本ありける柳妻なしにたゞ一本にあるがうれたさ

水付くや一本柳人ならば言問はましを一本柳

若草の妻覓ぎかねてひとりある柳を見れば昔思ほゆ

妹柳いまもさねあらば舟寄せて見て行かまくの朽ちにけるかも

狹沼邊の一本柳木根高に立ちさかゆともひともと柳

白波の手搖り振らばひひまもなき一本柳妻なしにあはれ

     茄子

かねてより土かへおきたる十坪ばかりのところへ瓜茄子などをつくりて

瓜つくり茄子つくりすと。瓜の葉は蟲はむ故。竈なる灰とりかけ。茄子の葉は日にしぼむ故。楢が枝を折りてかざせば。くゝ立ちに茄子はさかえ。下ばひに瓜はひろごる。ひろごるや藁床の上に。枕なす瓜もよけども。いとはやもなれる茄子の。しりぶとにてれるを見るが。めづらしきかも。

     鳥居

浪逆の浦より息栖を過ぎてよめる歌并短歌

ひたちなる浪逆の浦は。あるみなす浪のさわげば。薦槌の往き交ふ舟の。舟人のまもりのためと。うなじりの小門にまつれる。八尺鳥息栖の宮は。みなぞこゆ八尋の柱。太知れるとり居が下を。忍穗井の水とよばひて。さす潮のさして引けども。ひく潮の引きてさせども。わく水の淡くたゝへて。石上ふるのむかしゆ。ありさりし甕のへみれば。女の瓶はふかくこもらひ。男の瓶はおほにしあれば。つばらかに見むと思ひて。掻き鳴すやこをろ/\に。竿とりに探りみるべく。かしこきろかも

      短歌

小鹽井の鹽井の水につき立てる息栖のとり居みるがたふとさ

     うみ苧集(四)

にはにある楓の木のいろ付きたるを見てよめる(三十四年八月作)

水不足あか田くぼ田に。もとほらひすじつま呼ぶ。蛙手の木々の木ぬれは。秋さればもみつとを言へ。みな月のけふのてる日に。こゝに匂へる。

五月雨もいつしかはれて土用ともなれば日々にあつけくなりまさりてたへがたくおぼゆるものからなほ涼しさの求めてえがたきことのあらめやはとおもひつゞけてよめる

竹箒手にとり持ちて散り松葉あさな/\に掃くがすゞしさ

鋸のわたる椚の切杙のわか木むら立ちたつがすゞしさ

かぎろひのゆふつみ茄子さく/\に菜刀もちて切るがすゞしさ((菜刀は方言なり包丁をいふ))

ところづらませがおどろを刈りそけて足うらしみゝにふむがすゞしさ

穴ごもりくろ行く螻蛄の夕さればころゝ/\になくがすゞしさ

にはつとりかけのかひこに根芽つなぎはつなる瓜のなるがすゞしさ

こも槌のかたみに包む皮剥げて竹の肌をみるがすゞしさ

いた/\し左枝がうれに玉むすぶ青山椒はじかみを噛むがすゞしさ

手握の弓のたわめる皀莢のさゆら/\にゆるがすゞしさ

末つみにつむや藜をとり茹でゝ手桶の水にさすがすゞしさ((さすは方言にしてさらすの意なり))

     あまだれものがたり抄

いまはむかしからたちのかなひことなむ呼べるしれ人ありけり、くさ/″\のことにかゝづらひければ知り人あまたいできにけり、いつのころにかありけむ、法師ひとりゐてきにけるが、またなきひじりにて在しければ、よろづのことわきまへあきらめずといふことなし、さみだれの雨ふりつづきて、いとつれ/″\しきに、この法師かひなうちさすり脛かきなでなど、こと/\しうしてありけるが、いかで人みなのために吾ひめ力こゝろみてむなど、きこえくるほどに、鎌とり鍬うちふりて、いばらづらさく/\にきりひらき、林つくりなむとさま/″\の木などおほしけるを、ありがたきひじりの行ひかなと人々ゐやまひかしこみけるに、なべての木こと/″\く木末を下にしてぞさしたまひける、心えがたくおもふものから、人々たゞもだしてのみぞありける、こゝにおなじ縣の片ほとりに住みけるなにがしの小さ人といふものありけり、心おろかなりければ、法師のことゞもさら/\に知らずてのみありき、かやまのまなかひまろといふ人いやとほにへなりけるが、はろ/″\にきこえければ、小さ人きゝおどろきて心あわたゞしうさぐり見て、小さ人がよめりける

あがたもよ吾住むあがた。いばらづらい刈りひらき。ほふしのなすや手わざを。上行くとあぜこえいゆき。から/\に蛙はなき。下行くと穴穿りいゆき。ころ/\に螻蛄ははやす。けらだにもしかこそはやせ。蛙だにかくこそなけ。吾はもや小さ人。吾耳はかけ樋の小筒。そこなしにたまらぬかも。人言はとまらぬかも。しかれこそ知らずありけめ。小林に入りてみまくと。いり見まくよりしよらめや。逆生さかなりのをはやし。

     賀擧子

人の子をあげたるをよろこびてよめる

鍬持つ手土につくまで。くさぎるや畠の殖蒜うゑひる。殖蒜のうらべにむすぶ。その玉に似てをあれし子。平らけく安くありこせ。父母のため。

     うみ苧集(五)

茸狩をよめる歌并短歌

筑波嶺は面八つあれど。的面は杉深み谷。背面は笹深み谷。ひむがしは巖立つ峰と。峰の上は攀ぢても見ず。谷のへは探りても見ず。酒寄の青嶺が下を。和阪の吉阪と別きて。つどひくる少女男の。立ちならし小松が根ろに。茸狩るといそばひすもよ。秋の日をよみ。

     短歌
少女子の小松が根ろに茸狩ると巖阪根阪踏みならすらし

吾父ひとのことにかゝづらひて一たびは牢の内にもつながれけるが三とせになれどもことのうたがひははれず、その間心をいたましめしこといくそばくぞや、丑のとし十月のはじめかさねて召し出さるゝことゝなりければうれへあらたに來る思ありてたへがたくおぼゆるまゝによめりける(三十四年十月作)

ちゝのみの父は行かすもこと分の司のにはへ父は行かすも

わが父にことなあらせそ吾ために一人の母が泣かざらめやは

ちゝのみの父を咎めむ掟あらば失せもしなゝむ人知らぬとに

かくのみにつれなきものか世の中にねぢけし人は父はあらなくに

ちゝのみの父を念へばいゆしゝのいためる心なぐさもらなく

世の中はわりなきものかまがつみに逢ひてすべなき父をし念へば

日月はもこゝだもふれどいや日けにうれへはまして忘らえぬかも

吾心なぐさまなくに父もへばまうら悲しき秋の風ふく

はゝそはの母の命がうらさびてうれたむ見れば心は泣かゆ

いつたりの子等が念ひは久方の天にとほりて人も知りこそ

去年の秋のころ日ごとにうた一つ二つづゝよみてはかき付けて見むと思ひおこしけることありしがいく程もなくて止みたり、いま反古ども披きみるに自らには思ひ出のうれしきまゝ抜きいでぬ、よしなきことのすさびなりかし

十月二十四日、あさの程よりくもる、舊暦九月の十三日なり

とのぐもり天の日も見ず吾待ちしこよひの月夜照らずかもあらむ

二十五日、夕ぐれに鴫網を張る

押し照れる月夜さやけみ鳥網張る秋田の面に霧立ちわたる

秋の田の穗の上霧合へりしかすがに月夜さやけみ鴫鳴きわたる

夕されば鴫伏す田居に鳥網張り吾待つ月夜風吹くなゆめ

秋の田に鳥網張り待ちこのよひの清き月夜に鴫とりかへる

二十六日、鉈とりて竹を伐る

むらどりの塒竹むら下照りてにほふ柿の木散りにけるかも

二十七日、きぬ川のほとりを行く

うぐひすのあかとき告げて來鳴きけむ川門の柳いまぞ散りしく

二十八日

秋の田に少女子据ゑて刈るなべに櫨とぬるでと色付きにけり

二十九日、なにがしの寺の庭にある白膠木ぬるでの老木の實をむすびたるを見て

くれなゐに染みしぬるでの鹽の實の鹽ふけり見ゆ霜のふれゝば((ぬるでの實は味辛し故に方言鹽の實といふ))

三十日、雨ふる

秋雨に濡らさく惜しみ柿の木に來居て鳴くかも小笠かし鳥

     うみ苧集(六)

八月四日、雨、下づまにやどる

草枕旅に行かむと思へるに雨はもいつか止まむ吾ため

五日、あさの程くもり、五十日に及びて雨はれず

苧だまきを栗のたれはないがむすび日はへぬれども止まぬ雨かも

午后にいたりて日を見る

おぼゝしく降りける雨は※(「くさかんむり/相」、第4水準2-86-43)うまくさ立秀たちほの上にはれにけるかも

八日、立秋

久方の雨やまなくに秋立つとみそ萩の花さきにけるかも

十二日、雨、この日下づまに在り、友なるもの、いたづける枕もとにさま/″\の話してあるほどに房州の那古にありける弟おもひもかけず來り合せたるにくさ/″\のことをききて

烏賊釣に夜船漕ぐちふ安房の海はいまだ見ねども目にしみえくも

十四日、きぬ川のほとりを行く

※(「木+綏のつくり」、第3水準1-85-68)の木は芽立つやがてに折らゆれどしげりはしげし花もふさ/\

廿五日、ものへ行く、棚にたれたる糸瓜のふとしきをみて

秋風は吹きもわたれかゆら/\に糸瓜の袋たれそめにけり

青袋へちまたれたりしかすがにそのあを袋つぎ目しらずも

夏引の手引の糸をくりたゝね袋にこめてたれし糸瓜か

廿八日、芒の穗みえそむ

秋風はいまか吹くらし小林に刈らでの芒穗にいでそめつ

廿九日、筑波のふもとへ行く、落栗のいや珍らしきをよろこびてよめる

楯名づく青垣よろふ、筑波嶺の裾曲の田居は、甘稻の十握にみのる、八十村の中の吉村は、投左のとほくしあれば、足毛には玉ちるまでに、汗あえて吾きてみれば、思はぬにみあへつしろと、めづらしき栗にもあるかも、小林の木ぬれになるは、青刺のまだしきものと、とりとみぬ秋のまだきに、こゝにたふべぬ

あし曳の山裾村に秋きぬと栗子柿子はかね付けにけり

三十日、夕、きぬ川のほとりをかへるに幼子どものむれあそべるをみてよめる

青鉾の葱を折り、袋なす水を滿て、うらべには穴をあけ、その穴ゆさばしる水を、おもしろといそばひすもよ、白栲のきぬの川べに、夕さりにつどへる子らが、いそばひすもよ

三十一日、成田へ行かむと夜印旛沼のほとりを過ぐ

ぬば玉の夜にしあれば伊丹庭の湖さやに見えねどはろ/″\に見ゆ

竪長の横狹の湖ゆ見出せばおほに棚引き天の川見ゆ

いにはの湖水田稻村めぐれどもまさしに見えず夜のくらければ

九月一日、滑川より雙生ふたご丘をのぞむ

大船の※(「楫+戈」、第3水準1-86-21)取の稻田はろ/″\に見放くる丘の雙生しよしも

雙生丘にのぼる、利根川の水その下をひたして行く形の瓢に似たるも面白ければ

くすの木の木垂るしげは秋風に吹かれの瓢ころぶすが如し

秋風はいたくな吹きそ白波のい立ちくやさば瓢なからかむ

秋風の吹けどもこけずひた土のそこひの杭につなぐひさごか

なりひさご竪さに切りて伏せたれどその片ひさごありか知らなく

二日、利根川のほとりに人をたづぬ、打ちわたす稻田おほかたは枯れはてたり、いかなればかと問へば雨ふりつゞきて水滿ちたゝへたれども落すすべを知らず、日久しくしてかくの如しといふ

甘稻のみのりはならず枯れたるに水滿てるかも引くとはなしに

久方の天くだしぬる雨ゆゑに稻田もわかずひたりけるかも

まがなしく枯れし稻田をいつとかも刈りて收めむみのらぬものを

日のごとも水は引けども秋風のよろぼひ稻に吹くが淋しさ

三日、印旛沼のほとりを過ぐ

しすゐのや柏木村を行きみればもく採る舟かつらに泛けるは((モクは方言なり藻をいふ))
味村のつらゝの小舟葦邊にか漕ぎかくりけむ見れども見えず

四日、蕨氏に導れて杉山を攀のぼるとて

睦岡の埴谷の山はいばらつら足深あふかにわけて越ゆる杉山

とよみけるがいたくあやまりたり、このわたりの杉山ことごとくしたぐさ刈りそけて見るに涼しげなり

睦岡の五百杉山はしたぐさの利鎌にふりて見るにさやけし

五日、けふも杉山見に行く

赤阪は鎌わたらず、小芒のおどろもゆらに、蛇ぞさわたる、蛇わたる山の赤阪、行きがてぬかも

六日、八街原をかへりくるに波の音きこえければ

から籾をすり臼にひき、とゞろにきこゆるものは、とほ/″\し矢刺の浦の、波にしあるべし

千葉の野を過ぐ

千葉の野を越えてしくれば蜀黍の高穗の上に海あらはれぬ

もろこしの穗の上に見ゆる千葉の海こぎ出し船はあさりすらしも

百枝垂る千葉の海に網おろし鰺かも捕らし船さはにうく

九月十九日、正岡先生の訃いたる、この日栗ひらひなどしてありければ

年のはに栗はひりひてさゝげむと思ひし心すべもすべなさ

さゝぐべき栗のこゝだも掻きあつめ吾はせしかど人ぞいまさぬ

なにせむに今はひりはむ秋風に枝のみか栗ひたに落つれど

二十日、根岸庵にいたる

うつそみにありける時にとりきけむ菅の小蓑は久しくありけり

二十三日、おくつきに詣でゝ

かくの如樒の枝は手向くべくなりにし君は悲しきろかも

笥にもりてたむくる水はなき人のうまらにきこす水にかもあらむ

廿五日、初七日にあたりふたゝびおくつきにまうでぬ、寺のうら手より蜀黍のしげきがなかをかへるとて

吾心はたも悲しもともずりの黍の秋風やむ時なしに

秋風のいゆりなびかす蜀黍の止まず悲しも思ひしもへば

もろこしの穗ぬれ吹き越す秋風の淋しき野邊にまたかへり見む

秋風のわたる黍野を衣手のかへりし來れば淋しくもあるか

十月九日、三七日にあたりぬ、はろかに思をはせてよみはべりける

まうですと吾行くみちにもえにける青菜はいまかつむべからしも

いつしかも日はへにけるかまうで路のくまみにもえし菜はつむまでに

投左のとほさかり居て思はずは青菜つむ野をまた行かむもの

青雲の棚引くなべにかげさし振放見ればみやこはとほし
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 明治三十六年

        狂體十首

萬葉集の尨大なる作者もさま/″\に、形體もさま/″\なるものから、仔細に視むことは容易のことに非ざれども、一言にして之を掩へば、句法の緊密にして音調の莊重なるはその特色なり、少くとも佳作と稱すべきものは大抵これなり、
記、紀の歌は萬葉の素をなしたるものなれば相似たるは固よりなれども、その間自ら異りたるものありて存す、句法の如き萬葉の緊りたるに比すれば寛かに、音調の如き萬葉の重きに比すれば朗かなりといふの當れるを思ふ、而して共に措辭の巧妙にして曲折あるは規を一にす、之を譬ふるに萬葉の歌は壯夫の弓箭を手挾みて立てるが如く記、紀の歌は將帥の從容として坐せるが如けむ、神樂、催馬樂はこの二つのものに比するに、分量に於て、價値に於て、同日の談に非ざれども、遙に悠長にして、遙に卑近なる所、記、紀、萬葉の以外に長所の存するところにして亦一體なり、要するに萬葉の歌を眞面目なりとすれば、記、紀の歌は温顏なるが如く、神樂、催馬樂は即ちおどけたるが如し、
神樂、催馬樂には折り返し疊み返したる句おほし、これ曲に合せて謳ふものなりといへばならむ、調子のゆるやかなる所以なり、その謳ふや必ず雅撲にして超世のおもひあるべしと信ずれども、寡聞にして未だこれを知らず、單に普通の歌として見るに過ぎざれども、亦研究に値すべきものなからず、五言七言の句以外に三言四言六言八言九言も自由なるべく、漢語俗語を用ゐるもよく調和すべきが如き、まゝ奇警なる語句を挾むところあるが如き、他の體に見るべからざるものなり、只そのこれをいふものなきは、注目するものゝ少きに因るならむ、
狂體十首は普通の歌として視たる神樂、催馬樂の體を參酌して試みに作りたるものなり、研究の足らざるや、その體の完全なるものと雖も成ること難からむ、ましてこの體の果して發達生長せしむべきものなりや否や疑はしきものなれば失敗に歸したるは勿論のみ、されど予はその成るべきか、成らざるべきか自ら悟らざるまでは折々に作りて見むと思ふ、晦澁卑俗なるの故を以て斥けられざれば幸なり、

      その一
※(「禾+魯」、第3水準1-89-48)田におり居の鴫、しぎつき人つき網もち、とほめぐりいや近めぐり、めぐれども羽叩もせず、鴫はをらずや、鴫は居れどかくれて居りと、おのれ見ゆらくを知らに、稻莖に嘴をさしいれ、さし入れてかくれて居りと、網でとられきや、

      その二
おほ寺の榎がうれに、このみをばとりてはまむと、綱かけてのぼりけむや、梯かけてのぼりけむや、はしもかけずつなもかけずて、なにをしてかよぢけむぞ子や、おりこやと母が喚べど、このみはみおりてもこぬや、父がよばゞおりや、

      その三
水つくや稻の朽田に、ひれふりてあそべる鮒を、筌おきてとらばよけむや、叉手さしてすくひてとらむ、しかれども叉手をさせば、田をこえてにげて行くや、畔放ちてたれかおきけむ、吾田の畔を、

      その四
殖椚くにぎがしたに、芒刈るをとめ、なが刈らせこそ、春野の雉子、あすからはかくれて逢はむや、あはむやきゞす、

      その五
葱つくりは灰こそよき、藁灰や粟がらの灰、黍稈の灰もこそよき、しかれども竹の灰は、まことぞも葱は枯らす、竹やくなゆめ、

      その六
芋の子の子芋こそ、九つも十もよけれ、としごとに子もたるをみな、子はもたせこそ盥のそこを、一つうち二つうち、三つ四つや五つ六つうち、七つうたばとしの七とせ、へだてゝぞ子はもつらむや、八つうたば八とせや、

      その七
葦邊には羽をあらふて、羽あらふてわたる棹雁、棹もちてここにおちこ、吾田のや刈束稻、馬に積み車に積み、そのあまりは朸にかけて、もて行かむに朸もがも、その棹もちこ、

      その八
法林寺の佛の首は、雨もりておつればつぐ、鷺のくび木兔のくびも、かたみ換へ接がばつぎうるや、そのつぐは生麩しやうふわらび粉、そくいひつのまたいせのりもあれどえつがずや、にべにかはこそ付けばとれぬもの、その膠は犢の牛の、寸涎のこりてなるちふ、まことしかなりや

      その九
篠原やしぬをため、おしためて罠をつくり、しりからは籾はくはえず、さきから籾をくはむと蒿雀あをじひよどりや、ひたきも取れてあらむと、こはや足をはさまれて、はさまれて居る鼠や、をばやし小溝の鼠、みづ田くが田の鼠は、みしねくひ麥くふ、きやう鼠はつか鼠、いへるなる鼠は戸も柱もくひやぶれど、ひるは梁にかくる、大宮の老鼠、わなにもかゝらずて、よるはかくれてひるいづる、老鼠や、

      その十
いなだきをなからに剃り、そりいなみいたも泣く子や、洟ひるや木でのごはむや、竹で拭はむや、さら/\に利鎌に刈りて、萱でのごはむ、

    新年宴會

利鎌もて刈りゆふ注連のとしのはにいやつぎ行かむ今日の宴は

    雪

筑波嶺の茅生のかや原さら/\にこゝには散らず降れる雪かも

二並の山の峽間に降りしける雪がおもしろはだらなれども

筑波嶺に降りける雪は白駒の額毛に似たり消えずもあらぬか

    寄鑄物師秀眞

小鼠は栗も乾※(「魚+是」、第4水準2-93-60)も引くといへどさぬるふすまも引くらむや否

うつばりのたはれ鼠が栲繩のひきて行くちふひとりさぬれば

橿の實のひとりぬればに鼠だに引くとさはいふひとりはないね

嫁が君としかもよべども木枕をなめてさねなむ鼠ならめやも

いとこやの妹とさねてば嫁が君ひくといはじもの妹とさねてば

嫁が君よりてもこじを妹がかた鑄てもさねなゝ冷たかりとも

みかの瓮に鼠おとしもおとさずも妹とさねてば引くといはなくに

小鼠のひくといふものぞ犢牛の角のふくれはつゝましみこそ

    海苔

品川のいり江をわたる春雨に海苔干す垣に梅のちる見ゆ

    贈答歌

壬寅の秋、歌の上に聊か所見を異にし、左千夫とあげつらひせる頃、左千夫におくれる歌

みづ/″\し、粟の垂穗の、しだり穗を、切るや小畠の、生ひ杉菜、根の深けく、おもほゆる、心もあらねど、吾はもや、相爭ひき、しかれども、棕櫚の、毛をよる、繩のはし、さかり居りとも、またあはざめや。

山菅のそがひに向かば劔太刀身はへだてねど言は遠けむ

    春雨

ほろ/\と落葉こぼるゝゆずり葉の赤き木ぬれに春雨ぞふる

春の夜の枕のともし消しもあへずうつら/\にいねてきく雨

春雨の露おきむすぶ梅の木に日のさすほどの面白き朝

あふぎ見る眉毛にかゝる春雨にかさゝしわたる月人をとこ

常陸國下妻に古刹あり光明寺といふ、門外に一株の菩提樹あり、傳へいふ宗祖親鸞の手植せし所と、蓋し稀に見る所の老木なり、院主余に徴するに菩提樹の歌を以てす、乃ち作れる歌七首

天竺の國にありといふ菩提樹ををつゝに見れば佛念ほゆ

善き人のその掌にうけのまば甘くぞあらむ菩提樹の露

世の中をあらみこちたみ嘆く人にふりかゝるらむ菩提樹の華

菩提樹のむくさく華の香を嗅げば頑固人もなごむべらなり

菩提樹の小枝が諸葉のさや/\に鳴るをし聞かば罪も消ぬべし

こゝにして見るが珍しき菩提樹の木根立ち古りぬ幾代へぬらむ

うつそみの人のためにと菩提樹をこゝに植ゑけむ人のたふとき

一月二十日、きのふより夜へかけて降りつゞきたる雨のやみたるにつとめておき出でゝ見れば筑波の山には初雪のふりかゝりたればよめる歌六首(録三首)

おぼゝしく曇れるそらの雨やみて筑波の山に雪ふれり見ゆ

よもすがら雨の寒けくふりしかば嶺の上には雪ぞふりける

をのうへにはだらに降れる雪なればこゝのあたりはうべ降らずけり

    つくし

むかし我がしば/\過ぎし大形の小松が下はつくしもえけり

つく/\しもえももえずも大形の小松が下に行きてかも見む

つくしつむ方も知らえず大形に行きてを見なむ昔見しかば

二月五日筑波山に登る、ふりおける雪ふかゝりければ足の疲れはなはだしくおぼえぬ、その夜のほどによみける歌九首

足曳の山をわたるに惱ましみい行かじものを山がおもしろ

柞葉のはゝそのしばのしば/\も立ちは休らふ山の八十坂

ひこばえのたぐひて行かむ人なしにひとり越ゆれば惱ましき坂

さや/\に利鎌さしふるしもと木のなよ/\しもよ山路越ゆれば

草枕旅ゆきなれし吾なれど山坂越せばいたし足うらは

つくば嶺にこりたく※(「木+無」、第3水準1-86-12)ぶなのもゆるなす思ひかねつゝ足はなやみぬ

肉むらの引かゆがごとも思ほえて脛のふくれのいたましき宵

桑の木の木ぬれをはかる青蟲のかゞめて居ればいたき足かも

小衾のなごやが下にさぬらくのすが/\しもよ足疲れゝば

三月十四日、妹とし子あすは嫁がむといふに、夕より雨のいたくふりいでたれば

さきはひのよしとふ宵の春雨はあすさへ降れどよしといふ雨

春雨に梅が散りしく朝庭に別れむものかこの夜過ぎなば

宵すぐるほどに雨やみてまどかなる月いづあすはよき日と思はれければ

しば/\も裝ひ衣ぬぎかへむあすの夜寒くありこすなゆめ

なほ思ひつゞけゝる

柞葉の母が目かれてあすさらばゆかむ少女をまもれ佐保神

夜をこめてあけの衣は裁ちぬひし少女が去なば淋しけむかも

四月十七日、雨ふる、うらの藪のなかへ入りてみるに※(「木+綏のつくり」、第3水準1-85-68)の木の芽いやながにもえ出でたり、亡師のもとへとし/″\におくりけるものを、いまはそれもすべなくなりぬ

朝さらずつぐみなくなる我が藪の※(「木+綏のつくり」、第3水準1-85-68)の木みればもえにけるかも

春雨の日まねくふればたらの木のもえてほうけぬ入りも見ぬとに

たらの木のもゆらくしるく我が藪の辛夷の花は散りすぎにけり

しもと刈るわが竹藪のたらの木は伐らずぞおきしもえば折るべく

春雨に濡れつゝたらは折らめどもをりきと告げむ人のあらなく

藁つゝみたらの木の芽はおくらまく心はいまは空しきろかも

めでぬべき人もあらぬに徒にもえぞ立ちぬるそのたらの木を

をらゆればすなはちもゆるたらの芽のまたも逢ふべき人にあらなくに

春雨のしき降る藪のたらの木のいたくぞ念ふそのなき人を

『馬醉木』に題する歌并短歌

うちなびく春の野もせに、とりよろふしどみの木と、馬醉木とをありとあらずと、非ずとは人はいへども、ありと思ふしどみが花は、いつしばの落葉がしたに、ふし芝のかれふがなかに、馬の蹄ふりはふりとも、利鎌もて刈りは刈りとも、しかすがにしゞににほひて、うらもなく吾めづる木の、まぐはしみ吾みる木ぞ、しどみの木あはれ、

短歌

春の野にさかりににほふしどみの木あしびと否と我はおやじと

春の野にい行かむ人しいつくしきしどみの花は翳してを見らめ

雉子なく春野のしどみ刺しどみおほにな觸りそその刺しどみ

わが知れる三浦氏は眞宗の僧なるが、五月の初に男子をうみければ喜びによみて送りし歌一首

栗山や佛の寺の、小垣外に麥をまき、土かふや麥の穗の、いちじろくほにいでまくの、はしきかもその子、

蕨眞が女の子を生みけるとおぼしくて左千夫が歌をよみけるを見てよみける歌一首

いもの子が蠶室こむろをたて、壁に塗る埴谷の山の、松がさ小がさ、はしきやし小松がうれに、なり/\てつらになるちふ、まつ笠小笠、

冬十二月水戸に赴く、途に佛頂山を望みて作歌并反歌

石工槌とりもちて、刻みける佛の山は、楯なはる山の穗の上に、いなだきの秀でたる山ぞ、その山の山もとにして、諸木々の木末しぬぎて、そゝり立つうちの矛杉、太枝の五百枝ひろごり、あたりには茅も生ひせず、しげりける樹にはありしを、まがつみのおすひしものか、なる神の轟くはしに、久方の天の火下り、たゞ裂きに太幹裂きて、その幹のうつろも燒けば、いつしかも枯れてはありけれ、天が下にいくらもあらじを、杣人の斧うちふりて、太綱かけ伐りきといへば、見まく欲り思ひて行くとも、再びもそこに見らめや、そこもへば佛の山を、枯山にいま我見つる、こゝだ淋しも、(明治三十四年作)

     反歌

とこしへに山は立てども生けるもの杉にしあれば枯れにけるかも

再び佛頂山を望みて作歌一首

石刻む佛の山は青菅のしげき茂峯しげをに雲たちわたる(明治三十五年六月作)

靈藥之歌并短歌

八十綱をもそろに懸けし、神代にかい引き寄せけむ、伊豆の海の沖邊はろかに、七つまでなみ居る嶋の、中つ邊に宜しみ立てる、にひ嶋に住みてある人の、痛付ける妹をあともひ、船泊つる下田の浦に、しく/\に打ち寄る浪の、おとに聞く藥師たづねて、京都邊に上りにしかど、すべなみと告らえにければ、いくばくも生けらぬ命、同じくは家に死なむと、うつせ貝空しき行きを、しづく玉おもひ沈みて、なげきのみありし間に、いさり火の仄にだにも、人言に聞きにけるかも、まがなしき妹がためには、しましくもためらひ居れやと、釣船に白帆は揚げて、たゞ渉り波路ちわきて、うむ麻の總の國邊の、樹隱りの我家に來り、藥えて歸りにしかば、しなへのみありける妹が、七日まで日はも經なくに、斧とりて分け入る山の、杉の木の皮剥ぐ如く、枕つく小衾去りて、忽ちに病は癒えぬ、かくのごとはやきしるしの、世の中にまたもあらめや、天の隈とほつ祖より、うつそみの人の命を、救へりしかずは知らえず、しか故に年のは毎に、かぶら菜はこゝだも作る、世の人おもひて、(明治三十四年作)

     短歌

人のすることにはあれどもこきだくに蕪作るも世の人のため

余が家祕法を以て藥を製す、蕪菁を作りて之が料に充つ故に末節之に及ぶなり

    まつがさ集(一)

七月廿六日、左千夫君百穗君と共に雨を冒して筑波山に向ふ、越えて廿八日予之を予が家に招く、途に騰波の湖を渉り大木より下妻といふ所を過ぐるに鉢植のうつくしきをおきたる家あり、さし覗きて見れば針の師匠の住む家にて少女どもあまたならび居たれば戯れに作りたる歌一首

槻の木の大木の岡の、ひた岡に小豆をまき、小豆なす赤ら少女を、立ち返りよくも見なくに、けだしくも心あるごと、人見けらずや、

予が家に盜人の入りたる穴をもとの如くふたがずありしを左千夫君の見とがめければよみける歌一首

はしきやし騰波の淡海の、水くまりの穿江があすれば、葦邊にや穴をつくり、蟹こそそこにはひそめ、鯰こそそこにはひそめ、ひそめど手をさし入れて、掻き探りとるとふものを、盜人のきたち窺ひ、かくのごと壁はゑりしか、すむやけく去にけるもの故、とりがてにあたらしきかも、穴はもあれども、

二十九日、けふは歸らむといふ左千夫君をおくりて椚林の中をさかゐといふ所へ行く、ひた急ぐ程に左千夫君のおくれがちに喘ぐさまなれば、戯れてよめる歌

赤駒の沓掛過ぎて、楢の木の生子を行けば、萱村に鳴くやよしきり、よしきりの止まず口叩き、足惱むとひこずる君を、見るがわぶしさ、

左千夫君予より重きこと七八貫目、予が先立ちて行くごとにいつも我は七八貫目の荷を負ひたるが如し、君にはそれ程の荷を負はしめなばいくばくもえ行じと、左千夫君の旅行くとだにいへば日にいくたびとなくいひ戯るゝをきゝてよめる歌

赤駒の荷をときさけて、七秤八秤もちて、おひ持ちて我をい行けと、ひた走せに走せても行かむを、から臼なすふとしき君が、ほゝたぶら秤にかけ、しりたぶら秤にかけ、七はかり八はかりかけ、切りそけて我に負はしめ、負はしめもいざ、

    七月短歌會

那須の野の萱原過ぎてたどりゆく山の檜の木に蝉のなくかも

豆小豆しげる畑の桐の木に蜩なくもあした涼しみ

    露

あまの川棚引きわたる眞下には糸瓜の尻に露したゞるも

芋の葉ゆこぼれて落つる白露のころゝころゝに※(「虫+車」、第3水準1-91-55)のなく

    青壺集

わすれ草といふ草の根を正岡先生のもとへ贈るとてよみける歌并短歌

久方の雨のさみだれ、おぼゝしくいや日に降れば、常臥にやまひこやせる、君が身にいたもさやれか、つねには似てもあらずと、玉梓の知らせのきたれ、葦垣のみだれて思へど、投左のとほくしあれば、せむ術もそこに有らねど、はしきやし君が心の、慰もることもあらむと、吾おくるこれの球根は、春邊はしげき諸葉の、跡もなく枯れてはあれども、鑛は鎔くる夏にし、くれなゐの花の蕾の、一日に一尺に生ひ、二日に二尺に延び、時じくに匂ひぞ出づる、忘れ居しごと、(明治三十四年夏作)

     短歌
病をし忘れて君が思はむとこの忘草にほふべらなり

常陸國霞が浦に舟を泛べてよみける歌八首(舊作)

葦の邊を榜ぎたみ行けば思ほゆる妹と相見の埼近づきぬ

携へて相見の埼の村松の待つらむ母に家苞もがも

沖つ邊にい行きかへらふ蜑舟はわかさぎ捕らし秋たけぬれば

白波のひまなく寄する行方なめがたの三埼に立てる離れ松あはれ

いさり舟白帆つらなめ榜ぐなべに味村騷ぎ沖に立つ見ゆ

かすみが浦岸の秋田に田刈る子や沖榜ぐ蜑が妹にしあるらし

さゝら荻あしの穗わたる秋風に蜑が家居に網干せり見ゆ

草枕旅にしあれば舟うけてことのなぐさに榜ぎめぐり見つ

明治三十五年十一月十八日、筑波山に登りてよめる歌二首

狹衣の小筑波嶺ろのたをりには萱ぞ生ひたる苫のふき萱

筑波嶺をいや珍らしみ刈れゝどもまた生の萱のまたも來て見む

筑波山を望みてをり/\によみける歌五首

おくて田の稻刈るころゆ夕されば筑波の山のむらさきに見ゆ

夕さればむらさき匂ふ筑波嶺のしづくの田居に雁鳴き渡る

蜀黍の穗ぬれに見ゆる筑波嶺ゆ棚引き渡る秋の白雲

稻の穗のしづくの田居の夜空には筑波嶺越えて天の川ながる

筑波嶺に降りおける雪は陽炎の夕さりくればむらさきに見ゆ

    まつがさ集(二)

梧桐の梢おもしろく見えたれば

青桐のむらなる莢のさや/\に照れるこよひの月の涼しさ

また庭のうちに榧の樹あり、過ぎしころは夜ごとに梟の鳴きつときけば

ふくろふの宵々なきし榧の樹のうつろもさやに照る月夜かも

おなじく庭のうちなる樟の木の葉のきら/\とかゞやきたるを主の女の刀自のいとうつくしきものと稱ふれば我が刀自にかはりてよみける

秋の夜の月夜の照れば樟の木のしげき諸葉に黄金かゞやく

一日小雨、庭上に梅の落葉せるを見てよめる歌四首

秋風のはつかに吹けばいちはやく梅の落葉はあさにけに散る

あさにけに落葉しせれば我が庭のすゞろに淋し梅の木の秋

あさゝらず立ち掃く庭に散りしける梅の落葉に秋の雨ふる

我が庭の梅の落葉に降る雨の寒き夕にこほろぎのなく

渡邊盛衞君は予が同窓の友なり、出でゝ商船學校に學び汽船兵庫丸の三等運轉士たり、本年六月十四日遠洋航海の途次同乘の船員數名と共に小笠原群島母島の測量に從事し颶風に遭ひて遂に悲慘の死を致す、八月三十日舊友知人相會して追悼の式を擧げ聊か其幽魂を弔ふ、予も亦席に列る、乃ち爲めに短歌八首を詠ず、録六首

丈夫は船乘せむと海界の母が島邊にゆきて還らず

小夜泣きに泣く兒はごくむ垂乳根の母が島邊は悲しきろかも

ちゝの實の父島見むと母島の荒き浪間にかづきけらしも

はごくもる母も居なくに母島の甚振いたぶる浪に臥せるやなぞ

鱶の寄る母が島邊に往きしかば歸りこむ日の限り知らなく

秋されば佛をまつるみそ萩の花もさかずや荒海の島

    まつがさ集(三)

七月二十五日、大阪桃山にあそぶ

ひた丘に桃の木しげる桃山はたかつの宮のそのあとどころ

二十六日、四天王寺の塔に上る

刻楷きざはしを足讀み片讀みのぼり行く足うらのしもゆ風吹ききたる

押照る難波の海ゆふきおくる風の涼しきこの塔の上

二十七日、泉布觀後庭

あふちの枝も動かず暑き日の庭にこぼるゝ白萩の花

油蝉しきなく庭のあをしばに散りこぼれたる白萩の花

二十八日、安倍野を過ぐ

うねなみに藍刈り干せる津の國の安倍野を行けば暑しこの日は

和泉國に陵を拜がむと舳の松といふところを行くに、芒のさわ/\と靡きたるを見てよめる

大ふねの舳の松の野の穗芒は陵のへに靡びきあへるかも

百舌鳥の耳原の中の陵といふを拜みて

和泉は百舌鳥の耳原耳原の陵のうへにしげる杉の木

すこし隔たりたるみなみの陵といふを拜みまつるに、松の木のおひしげりたれば

うなねつき額づきみればひた丘の木の下萱のさやけくもあるか

おなじく北の陵へまかる途にて

向井野の稗は穗に出づ草枕旅の日ごろのいや暑けきに

北の陵にて

物部の建つる楯井の陵にまつると作れその菽も稗も

舳の松より海原をうちわたす雲の立ちければ

雨ないたくもちてなよせそ茅淳ちぬの海や淡路の島に立てる白雲

住吉の松林を磯の方にうちいでゝよめる

住吉の磯こす波の夕※(「さんずい+和」、第4水準2-78-64)の鷺とびわたれ村松がうれゆ

三十日、西京なる東山のあたりを行くとて清閑寺の陵にいたるみちすがらよみける

さびしらに蝉鳴く山の小坂には松葉ぞ散れるその青松葉

三十一日、比叡山のいたゞきにのぼりて湖のあなたに田上山を望むに、折柄山のうへなる空に雲のむら/\とうかび居たれば

比叡の嶺ゆ振放みれば近江のや田上山は雲に日かげる

息吹の山をいや遙にみて

天霧ふ息吹の山は蒼雲のそくへにあれどたゞにみつるかも

極めてのどかなる湖のうへに舟のあまた泛びたるをみて

近江の海八十の湊に泛く船の移りも行かず漕ぐとは思へど

丹波の山々かくれて夕立の過ぎたるに辛崎のあたりくらくなりたれば

鞍馬嶺ゆゆふだつ雨の過ぎしかばいまか降るらし滋賀の唐崎

八月一日、嵐山に遊ぶ、大悲閣途上

さや/\に水行くなべに山坂の竹の落葉を踏めば涼しも

二日、ひるすぐるほどに奈良につく、ありといふ鹿のみえざるに、訝しみて人にとへば山に入りけむといへば

春日野の茅原を暑み森深くこもりにけらし鹿のみえこぬ

春日山しげきがもとを涼しみと鹿の臥すらむ行きてかも見む

嫩草山にのぼるに萩のやうなるものゝおびたゞしくおひたるが、さゝやかなる白きはなのさかりにさきたるを、捨てがたく思へば麓なるあられ酒うる家の主にきくに、草萩といふといへば

みれど飽かぬ嫩草山にゆふ霧のほの/″\にほふくさ萩の花

三日、大和國たふの峰にやどりて梟のなくをきゝてよめる

ゆふ月のひかり乏しみ樹のくれの倉梯山にふくろふのなく

四日、初瀬へ行くに艾うる家のならびたれば

こもりくの初瀬のみちは艾なす暑けくまさる倚る木もなしに

三輪山へいたる途にて

味酒三輪のやしろに手向けせむ臭木の花は翳してを行かな

三輪の檜原のあとゝいふを、山守にみちびかれてよみける

櫛御玉くしみたま大物主の知らしめす三輸の檜原は荒れにけるかも

耳なしの山をのぞむ、木立のいやしげきに梔の木のおほきといへば

耳なしの山のくちなし樹がくりにさく日のころは過ぎにけらしも

五日、橿原の宮に詣づ

葦原や八百湧きのぼる滿潮の高知りいます神の大宮

やしろの庭のかたほとりに、かたばかりなる葦原あり、そこに水汲む井のありければよめる

橿原の神の宮居の齋庭には葦ぞおひたる御井の眞清水

橿原の宮のはふりは葦分に御井は汲むらむ神のまに/\

橘寺より飛鳥へ行くみちのかたへに逝囘の丘といふにのぼりて

たびゝとの逝囘ゆききの丘の小畠には煙草の花はさきにけるかも

八日、大阪より伊勢へこえむと木津川のほとりを過ぎて

やま桑の木津のはや瀬ののぼり舟つな手かけ曳く帆はあげたれど

伊勢路にいりてよめる

日をへつつ伊勢の宮路に粟の穗の垂れたる見れば秋にしあるらし

九日、志摩の國より熊野へわたる船にのりてよめる

加布良古の三崎の小門をすぎくれば志摩の浦囘に浪立ち騒ぐ

麥崎のあられ松原そがひみにきの國やまに船はへむかふ

十日、よべ一夜は船にねて、ひる近きに勝浦といふところへつく、船のなかより那智の瀧をみる、かくばかりなる瀧の海よりみゆる、よそにはたぐひもなかるべし

三輪崎の輪崎をすぎてたちむかふ那智の檜山の瀧の白木綿

那智の山をわけて瀧の上にいたりみるに谷ふかくして、はろかに熊野の海をのぞむ

丹敷戸畔丹敷の浦はいさなとる船も泛ばず浪のよる見ゆ

谷ふかみもろ木はあれど杉がうれを眞下に見れば畏きろかも

やどりの庭よりは谷を隔てゝまのあたりに瀧のみゆるに、月の冴えたる夜なりければふくるまでいも寢ずてよみける

眞熊野の熊野の浦ゆてる月のひかり滿ち渡る那智の瀧山

みれど飽かぬ那智の瀧山ゆきめぐり月夜にみたり惜しけくもあらず

眞熊野や那智の垂水の白木綿のいや白木綿と月照り渡る

ひとみなの見まくの欲れる那智山の瀧見るがへに月にあへるかも

このみゆる那智の山邊にいほるとも月の照る夜はつねにあらめやも

十一日、つとめて本宮へこえむと、大雲取峠といふをわたるに暑さはげしくしてたへがたければ、しば/\水をむすびて喉をうるほす

虎杖のおどろが下をゆく水の多藝津速瀬をむすびてのみつ

眞熊野の山のたむけの多藝津瀬に霑れ霑れさける虎杖の花

さらに小雲取峠といふにかゝる、木立稀なれば暑さいよいよきびしくして思ひのまゝにはえもすゝまず、汗おし拭ひてはやすらひやすらふ程に、羊齒のしげりたるを引きたぐりてみれば七尺八尺のながさなるを、珍らしく思ふまゝにをりて持て行くとて

かゞなべて待つらむ母に眞熊野の羊齒の穗長を箸にきるかも

十二日、熊野川へそゝぐきたやま川といふ川ののぼりにどろ八丁といふをみむと竹筒といふところより山を越えて

竹筒たけとのや樛の木山の谷深み瀬の音はすれど目にもみられず

十三日、舟にて熊野川を下る

熊野川八十瀬を越えてくだりゆく船の筵にさねて涼しも

十四日、きのふ新宮より七里の松原を海に添ひてもとまで行かむと日くれぬれば花の窟といふところのほとりにやどりて、つとめておきいでゝ窟を拜む、とほくよりきたれる山の脚のにはかにこゝにたえたるさまにて、岩の峙ちたるに潮のよせきて穿ちけむと思はるゝ穴のところ/″\にあきたるめづらかなり、沖は※(「さんずい+和」、第4水準2-78-64)ぎたれば磯うつ浪もゆるやかなるを、窟にひゞくおとのとゞろ/\と鳴るさま凄まじきばかりなるに、あれたらむほどのこと思ひやらる、伊弉册神をこゝにはふりまつりけるよしいひつたへて、昔より蜑どもの花をさゝげてはいつきまつりけるところと聞きて

鯖釣りに沖こぐ蜑もかしこみと花たむけしゆ負へるこの名か

眞熊野の浦囘にさけるはこ柳われもたむけむ花の窟に

熊野より船にて志摩へかへると、夜はふねに寢てあけがたに鳥羽の港につきてそこより伊勢の海を三河の伊良胡が崎にいたる

三河の伊良胡が崎はあまが住む庭のまなごに松の葉ぞ散る

十六日、つとめて伊良胡が崎をめぐりてよめる

いせの海をふきこす秋の初風は伊良胡が崎の松の樹を吹く

しほさゐの伊良胡が崎のわすれ草なみのしぶきにぬれつゝぞさく

十七日、駿河の磯邊をゆきくらして江尻までたどり行かむとてよめる

清見潟三保のよけくを波ごしに見つゝを行かむ日のくれぬとに

十八日、箱根の山をわたりてよめる

箱根路を汗もしとゞに越えくれば肌冷かに雲とびわたる

    まつがさ集(四)

西のみやこを見にまかりてまる山といふところにいきけり、芋棒となむいふいへに入りてひるげしたゝむる程に、あとよりきたる女どもの、さかり傾ぶきしよはひにも有らねば、はでやかなるさまに粧ひけるが、隣の間へいりたるを、暑き日のさかりとて隔ての葭戸は明け放ちたるまゝなりければ、京の女といふもの珍らしく思ひて見る程、怪しくも帶解きやり帷子なりけるが片へに脱ぎ捨てゝゆもじばかりになりてぞ酒汲みはじめける、はしたなき女どもの振舞かなと、興さめ果てゝむな苦しくぞおぼえしや、只管によき衣の汗ばみて汚れなむことを恐れけるとかや、後になりてぞ聞き侍りし

からたちの荊棘いばらがもとにぬぎ掛くる蛇の衣にありといはなくに

篠のめをさわたる蛇の衣ならばぬぎて捨てむにまたも着めやも

比叡の山のいたゞきなる四明が嶽にのぼりて雨にあひ、草の茂りたる中を衣手しとゞに沾れて八瀬の里へ下らむと、祖師堂のほとりに出づ、杉深くたちこめたる谷をうしろに白木槿のやうなる花のさきたる樹あり、沙羅雙樹といふといふ、耳には馴れたれども目にはいまはじめてなり、まして花のさかりなれば珍らしきこと極りなし、暑さを冒してきたりけるしるしもこそありけれとてよみける

比叡の嶺を雨過ぎしかばうるほへる杉生がもとの沙羅雙樹の花

杉の樹のしみたつ比叡のたをり路に白くさきたる沙羅雙樹の花

比叡の嶺にはじめて見たる沙羅の花木槿に似たる沙羅雙樹の花

暑き日を萱別けなづみ此叡の嶺にこしくもしるく沙羅の花見つ

倭には山はあれども三佛の沙羅の花さく比叡山我は

八月四日、法隆寺を見に行く、田のほとりに、あらたに梨をうゑたるを見てよめる

あまたゝび來むと我はもふ斑鳩いかるがの苗なる梨のなりもならずも

はじめの月見の日なりけるが、ゆふまけて嫗の畑へ芋堀りに行きけるを、その家の下部なるものゝ、駒引き出して驅けめぐりける間に、いたくもあれいでゝ止むべくもあらずなりて、思ひもかけず主の嫗を蹄にかけゝれば、肉やぶれ骨挫けてやがていく程もなくて死にけり、人々悲しむこと限りなく、しばらくありて後そこへ幣たてきと、ありけることゞもつたへ云ふを聞きてよめる

世の中にしれたる人の駒たくと過ちせしより悔いてかへらず

垂乳根の母をゆるして芋堀りにかゝらむと知らば行かざめや行けや

あら駒の蹄のふらくと知らませばやらめや人の母を思はず

垂乳根の母が子芋を皿にもり見むと思ひし月にやもあらぬ

おもしろとめづる月夜を垂乳根の母をいたみて泣くか長夜を

秋の夜のなが夜のくだち眞痛みに泣きけむ母をもりがてにけむ

あやまちを再びそこにあらせじと幣はもおくか駒の

     雜咏十六首

しろたへの衣手寒き秋雨に庭の木犀香に聞え來も

秋の田のわせ刈るあとの稻莖に煩しくのこるおもだかの花

とき待ちて穗にたちそめしおくて田の花さくなべにわさ田刈り干す

秋の日の日和よろこび打つ畑のくまみにさける唐藍の花

我門の茶の木に這へる野老蔓ところづら秋かたまけていろづきにけり

さら/\に梢散りくる垣内にはうども茗荷もいろづきにけり

なぐはしき嫁菜の花はみちのへの茨がなかによろぼひにさく

うねなみに作れる菊はおしなべて下葉枯れゝどいまさかりなり

小春日の庭に竹ゆひ稻かけて見えずなりたる山茶花の花

鋏刀はさみ持つ庭作り人きりそけて乏しくさける山茶花の花

こぼれ藁こぼれし庭のあさ霜にはらゝに散れる山茶花の花

つゆしもの末枯草の淺茅生に交りてさける紅蓼の花

冷やけく茶の木の花にはれわたる空のそくへに見ゆる秋山

馬塞垣に繩もて括る山吹のもみづる見れば春日おもほゆ

筑波嶺ははれわたり見ゆ丘の邊の唐人草の枯れたつがうへに

鬼怒川をあさ越えくれば桑の葉に降りおける霜の露にしたゞる

佛の山を過ぎてよめる歌并短歌

佛の山は常毛二州に跨る、阪路險悪、近時僅に車馬を通ず、往昔の世山麓に浪士あり、四郎左衞門と稱す、人を殺し財を掠むること算なし、一女あり母を失ふ、四郎左愛撫措かず、女長じて容姿温雅、擧止節有り、竊かに父の爲す所を憂ひ、しばしば泣いて諫むれども聽かず、一日秋雨蕭々黄昏に至りてやまず、女乃ち決然として起ちて裝を旅客に變じて過ぐ、四郎左悟らず、遙かに射て之を斃す、其走つて嚢中を檢せんとするに及びて哀痛悲慟禁ずること能はず、剃髪して佛門に歸し、あまねく海内の名刹を周遊し、還りて石佛を路傍に建つ、大さ丈許、今に在せり、後四郎左天命を全うして佛の山に歿す、而して涙痕つひに乾くに至らざりきと云ふ

よねをしね石田刈り干す、片庭の山裾村ゆ、下つ毛にこゆるみ坂の、たむけぢの佛の山に、去にし邊にありけることゝ、耳たえず我聞くことの、麓べに住みける人の、弓箭もち日にけに行けど、ほろゝ啼く雉子も射ず、萱わくる猪も射ずして、人くやと潛めるみちに、ちちのみの父が待つ子も、柞葉の母が待つ子も、たひらけく命全けく、こえ果つることもあらぬを、藁蓆しけこき小屋に、橿の實の獨りもり居る、處女子の藍染衣の、染糸のさめはつるまでに、うち嘆き訴へいへども、返り見る心もあらねば、眞悲しみ思ひ定めて、世の人のなげかふことを、我だにも死にてありせば、留む可きこともあらむと、父が行く佛の山を、草枕旅行く如く、たどり行きやせる時に、盜人に在りける父や、黄金にも玉にもまして、惜みける己が眞名子を、かゝらむと思ひもかけねば、叫びをらび心も空に、負征矢の碎るまでに、櫨弓の弦たつまでに、掻きなげく思ひつのりに、後つひに心おこして、建てにける佛の石の、朽ち果てぬためしの如く、うつそみのいまの世にして、この山を過ぎ行く人の、うれたみと聞きつぎゆけば、天地のながく久しく、かたり竭きめやも、

     短歌

劔太刀しが心より痛矢串おのが眞名子の胸に立てつる

底本:「長塚節名作選 三」春陽堂書店
   1987(昭和62)年8月20日発行
※「顔」と「顏」、「騒」と「騷」の混在は底本通りにしました。
入力:町野修三
校正:浜野智
1999年5月19日公開
2009年9月19日修正
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