『山路愛山』の作品一覧

山路 愛山(やまじ あいざん、元治元年12月26日(1865年1月23日) - 大正6年(1917年)3月15日)は、日本の明治から大正初期に活躍した評論家、歴史家。本名は彌吉。愛山はその号である。初め如山と号したが、静岡の愛鷹山に由来する愛山の名は明治20年(1887年)頃から用いられた。 生涯 幕臣・山路一郎の子として、江戸淺草の天文屋敷に生まれた。山路家は幕府の天文方を代々歴任した。最後の天文方の1人山路彰常(金之丞)は祖父にあたる。愛山の母である奥留種敏の娘・けい子は彰常の従兄弟(一郎から見れば大叔母の娘)にあたった。 慶応3年(1867年)に母が病死する。翌年、一郎は幕府方として彰義隊に加わり、上野に籠り、のち箱館に移って政府軍と戦い、祖父母とともに静岡に移った。失意の一郎は酒癖わるく放縦にして家事を省みなかったため、愛山は幼くしてみずから家を支えなければならなかった。愛山は初め奥村孚について漢学を修め、静岡警察署の雇吏となりつつ、学問を好み倦むところを知らなかったという。
出典:Wikipedia
作品底本初版発行日
英雄論(明治廿三年十一月十日静岡劇塲若竹座に於て演説草稿)現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集1974(昭和44)年6月5日
北村透谷君現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集1974(昭和44)年6月5日
信仰個条なかるべからず現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集1974(昭和44)年6月5日
透谷全集を読む現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集1974(昭和44)年6月5日
明治文学史現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集1974(昭和44)年6月5日
詩人論現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集1969(昭和44)年6月5日
凡神的唯心的傾向に就て現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集1969(昭和44)年6月5日
唯心的、凡神的傾向に就て(承前)現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集1969(昭和44)年6月5日
頼襄を論ず現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集1969(昭和44)年6月5日