沙羅木さらのきは植物園にもあるべし。わが見しは或人の庭なりけり。玉の如き花のにほへるもとには太湖石たいこせきと呼べる石もありしを、今はた如何いかになりはてけむ、わが知れる人さへ風のたよりにただありとのみ聞えつつ。
また立ちかへる水無月みなづき
歎きをたれにかたるべき。
沙羅さらのみづに花さけば、
かなしき人の目ぞ見ゆる。
(大正十四年五月)

底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
   1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
   1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
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