こんど同行する湯浅芳子さんは七月頃既に旅券が下附されていたのだが、私が行くとも行かぬともはっきり態度が決らなかったので湯浅さんも延び延びになっていたのです。然し私もロシヤへは以前から行って見たい希望を持っていたのです。行くことは全く突然決ったので、駒沢新町の家も先日引上げた訳ですが、何もかも短日の中に決めたので多少あわただしい次第です。行く前に私は何も云い度くないのですが――一年半でも三年でも向へ行って帰って来てからなら、多少云い度いことも出来るでしょうし、行って来たものが丸で向を知らぬ人には聞いてもらえる訳ですが――そんな気がするのです。二十七日には最初東京を出発する予定で決めていたのですが、湯浅さんが風を引いているので少し延びたのです。東京は両三日中に出発することになると思いますが、途中、奈良で網野菊子さんに御会いして、それから先に行く湯浅さんに京都で一所になって行きます。朝鮮を経てハルビンに行きそこで外套の裏でもつけて行くわけなのです。
 最初モスクワに行き、それからレニングラードに落着くつもりですが、何も贅沢をしない貧乏旅行です。レニングラードとモスクワの間は東京京都間位離れているのかと思いますが、時々モスクワに行っていろいろ見たいと思います。今年はもうシーズンには間に合わないだろうと思いますが、メーエルホリドなどを是非見て来るつもりです。
 湯浅さんは先日チェホフを訳してもうじき新潮社から出るでしょうが文学を専攻するつもりのようです。私も向うの文学も劇も、亦こっちだと上演禁止になるような映画などを見て来たいと思ってます。私はそれから子供の世界にかなり興味を持っています。革命前の童謡や、自由詩、そしてその後に生れた子供達がどう云うようなものを作り歌っているか、面白いと思ってます。それから日本などには未だ本当の田園文学と云うようなものはないようですが、ロシヤのその後のものなど興味を感じてます。戦後に非常に衰えたと云う女の問題などもよく見て来たいと思います。
 一年半位で帰って来たいと思いますが、行きたいと思うところはスエーデン、ノールウェー、オランダ、フランス、スペインなどですが、然し行かれるところはロシヤとフランスだけでしょう。ロシヤとフランスに一年半位ずついられたら幸福だと思います。向うへ行って秋田雨雀さんなどと御会いも出来ると思いますし、ロシヤ語の出来る湯浅さんが一所ですから心強い次第です。
〔一九二七年十一月〕

底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
初出:「読売新聞」
   1927(昭和2)年11月28日号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
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