四月初旬の夜のことだった。汽車は北上川に沿って走っていた。その動揺と響きとに身を任せて、うとうとと居眠っていた私は、窓際にもたせた枕の空気の減ったせいか、妙に不安定な夢心地で、ぼんやりと薄眼を開いた。が、身を動かすのも大儀で、そのままじっとしていると、すぐ前の所に、淡い電燈の光を受けて、にこにこ微笑ほほえんでる男の顔があった。おや、と思ってよく見ると、仙台で私が乗車した時から、其処に坐っていた男だった。たしかもう十二時も過ぎたこの夜更に、乗客は大抵うつらうつらとしてる中で、一人眠そうな顔もせず、腰掛の上に真直に坐って、にこにこ笑ってるのである。
 変な奴だな、と私は思ったが、それと同時に、初めからそういう感じを受けたのを思い出した。仙台で私が乗込んできた時、前の腰掛には、その男と五十年配の男とが並んで坐っていたので、窓から荷物を取入れる時に私は、窓寄りのその男に向って、御免下さい、と挨拶をしたのだった。それが聞えたのか聞えないのか、男は棒のように真直に坐ったまま、返辞はおろか身動き一つしなかった。私は座席をととのえ、雑誌を少し続け読み、それからうとうとと眠ったのであるが、その間彼はじっと、棒のように坐ってたようだった。今もなお棒のように坐り続けながら、ただ独り笑いをしている。
 私は斜め正面からそっと、彼の様子を窺った。夜気に冷えた窓硝子がぼーっと曇りを帯びるほど、車室内の空気は温まっているのに、彼は黒羅紗のマントに固く身を包んで、二人分の座席の真中に、棒のように真直に坐っていた。鼻が高く細面ほそおもてで、美男の部類にはいる相貌だったが、長い髪の毛の少し垂れかかってる額や、痩せた肉の薄い頬などは、皮膚に色艶がなくてだだ白かった。その皮膚の感じが眼にもあった。仄白い膜の――曇りのかかってる、凄くはないが気味の悪い眼付だった。彼はその眼付を斜め向うに据えて、物の匂を嚊ぐかのように小鼻をふくらませながら、にこにこと薄ら笑いをしていた。
 その様子を見てるうちに、私は変な気持になって、今眼覚めたような風を装いながら、頭をもたげ身を起して、彼の視線の方向を辿ってみた。すると其処には、通路を挾んだ一つ後ろの座席に、腰掛の背にもたれて眠っている女の膝を枕にして、五六歳の少女が眠っていた。髪の毛の多い、頬のふっくらとした、一寸可愛い子供だった。
 元来子供を余り好かない私は、期待外れの馬鹿馬鹿しい気持になったが、そのために眠気を取失ってしまって、仕方なしに煙草に火をつけた。すると男は、子供から眼を外らして、私の方をじっと眺めた。私が煙草を二吸いする間、まともに私を見続けた。私は少したじろいだ心地になったが、思い切って尋ねてみた。
「煙草の煙がお嫌ですか。」
「いいえ。」
 口先だけでそう答えて、彼はやはり私から眼を外らさなかった。それに反撥するような気で、私はまた云ってみた。
「どちらまでいらっしゃるんですか。」
「小樽です。」
 それでも彼はまだ私から眼を離さなかった。而もまるで木石ぼくせきをでも見るように、私の存在を無視した見方だった。私は嫌な気持になって横を向いたが、生憎それが先程の子供の方だった。そして私は暫く、子供の寝顔を睥みつけてやった。
「あなたは子供がお嫌いのようですね。」
 ぎくりとして振向くと、男はやはりまじまじと私の方を見ていた。
「ええ、余り好きではありません。」と私は無遠慮に答えてやった。
「私はまた子供が大好きでしてね……。」
 後を続けるのかと思って見返すと、彼はただにやにやと薄ら笑いを洩らした。その時私は、彼の薄い唇にしまりのないことを気付いた。そして、その弛んだ薄い唇と曇りとを帯びた眼付とから、変に心を乱された。
「そうですか。」
 自分でも可笑しいほど時経て私は答えた。けれども彼は平気で、すぐ私の言葉に応じた。
「そうです。そのために郷里くにへ連れ戻されるんです。可笑しなことがあるものですよ。」
 私はぼんやり彼の顔を見つめた。
「子供を余り可愛がるから、東京に居てはいけないんだそうです。」
 そして彼はまたにやりと薄ら笑いをした。
 私は呆気あっけに取られて、一寸言葉も見付からなかった。然し彼は私を馬鹿にしているのでもなさそうだった。その眼付や口付や笑い方などは、何だか普通でなかったけれど、言葉の調子は落付いた真面目なものだった。私は少し好奇心を動かされた。夜汽車の退屈ざましに私を話相手に選んだのか、または何か他意あってのことなのか、何れだって構やしないと腹を据えて、彼の話相手になってやろうと思った。
「余り子供を可愛がるから東京に居てはいけないんですって……不思議な話ですね。」
「ええ、不思議です。」
 それでも彼は、一向不思議でもなさそうに、またにやりと笑った。
「ではあなたには、お子さんがあるんですか。」
「一人ありました、ずっと昔に。」
「ずっと昔ですって!」
「ええ、昔のことです。今はありません。」
 私はまた彼の顔を見つめずにはいられなかった。見たところまだ三十以下の年配なのに、ずっと昔に子供があったというのは、どう考えても可笑しかった。がそれよりも私が驚いたことには、彼の眼は急に曇りが晴れたようになって、底深い空洞うつろを示してきた。そして薄い唇にはなおしまりがなくなってきた。その変化に私は何となくぞっとしながらも、強いて云ってみた。
「一体どうなんです、全体のお話は。」
「それが不思議でしてね……。」
 彼の眼はまた曇りを帯びてきた。そして物に慴えたように、横手の方を見やった。通路を挾んだそこの腰掛には、仙台で彼と並んでいた五十年配の男が、上半身を横たえて眠っていた。それを見定めておいて、彼はまた私の方へ向き直った。
「実際不思議ですよ。聞いて下さいますか。」
 彼は音をさして唾液つばきをのみ込んで、それから話し出した。
「私は東京の本郷の、根津権現の裏手に住んでいますが、あの根津様の中では、いつも大勢子供が遊んでいます。私は子供が大好きでしてね、子供達の遊ぶ所を見るのが、何よりの楽しみです。無邪気で、憎気がなくて、面白いものですよ。余り私が始終見ているものですから、しまいには向うから私になずいてきましてね、私のことを小父ちゃん小父ちゃんって云うんです。時々煎餅なんかを買ってやると、喜んで食べてくれますよ。手ぶらで行くと、小父ちゃん何か買っておくれようって、寄って来てねだるんです。あの辺には駄菓子屋がいくらもありますから、私は餅菓子だの、飴ん棒だの、面子めんこだの、いろんな物を随分買ってやりましたよ。お蔭で貧乏しましたがね、子供のためだから苦にはなりません。だけど、子供に貧乏だってことを知られるのは、親としての恥さらしですね。小父ちゃんはこんな物を食べてるの、と云われた時には、私もつくづく赤面しました。」
 彼は恥しそうに微笑まで浮べた。
「ああその子ですか、私の家へ遊びに来たんです。眼のまんまるいくるりとした、五つか六つの女の子です。夕方でしたが、私が家に帰りかけると、後からおとなしくついて来るものですから、私はもうすっかり嬉しくなって、家の中へ引入れました。子供は嬉しそうでしたよ。きょろきょろ室の中を見廻していましたが、やがて馴れてくると、机の抽斗ひきだしの中をかき廻したり、茶箪笥の中の物を持出したりして、おとなしく遊びました。ただ困ったのは、食事のことです。その頃私の家には女中がいなくなって、私一人きりだったものですから、昼間会社へ出かける時には、家を閉めてゆくことにしていました。そんなわけですから、晩飯の仕度は自分でしなければならなかったのです。所が子供を一人留守さして物を買いに出かけるのも、何だか物騒だという気がしまして、仕方なしに有り合せの物で間に合せることにしました。丁度海苔と沢庵とが残っていましたから、それを子供と二人で食べました。贅沢な子供で、お肴がほしいとか鶏卵たまごがほしいとか云うので、それをあやすのに弱りました。がまあ兎も角も食事を済まして、それから面白い話なんかしてやってるうちに、子供はもう眠くなったとみえて、妙に黙り込んで眼をしぱしぱさせます。私はすぐに布団を敷いてやりましたが、布団を敷いてるその最中に、子供はいきなりわっと泣き出しました。泣きながら、お母ちゃんの所へ行きたいと云うんです。私は小さな押入を開いて、その中の新らしい位牌をさしながら、お母ちゃんはあすこにいるから、お父ちゃんとおとなしくねんねするんだよ、としきりになだめすかしましたが、子供は頭を振って、猶ひどく泣き出すんです。しまいには表へ駈け出そうとします。私もあんなに弱ったことはありません。それでも子供はどうやら私の膝の上で、泣き寝入りに眠ってしまったものですから、私はそれを抱いて寝てやりました。あなたは子供の匂というものを御存じですか。」
 彼はしまりのない薄い唇をなお弛めて、一人でにやにや笑い初めた。
「甘酸っぱいような妙な匂ですよ。牛乳の腐りかけたのがありますね、あんな風な匂です。でも子供によって多少違いますね。その甘酸っぱいのに、汗の匂を交えたのもあるし、黴の匂を交えたのもあるし、薄荷の匂を交えたのもあるし、レモンの匂を交えたのもあって、いろいろです。向うに寝てる子供なんか、屹度薄荷の匂の交ったやつですよ。」
 彼は小鼻の横に皺を寄せて、うそうそと微笑んだ。
「それから子供の身体は、思ったよりも頑丈ですよ。まるまると肥っていても、妙に骨の節々ががっしりしているものです。ただ指の先と頬辺とだけは、餅のように柔かくつるつるしています。この骨の節々が太くて指先と頬辺とが柔かいほど、子供としての価値ねうちがあるんです。骨組がひょろひょろしていて、頬がざらざらしてるのなんかは、全く駄目なんです。あなたはそう思いませんか。」
「そうかも知れません。」と、私はぼんやり答えた。「そして、その子供はどうしました。」
「その子供って……ああそうですか。翌朝帰してやりましたよ。私は保険会社に勤めているものですから、毎日出かけなくちゃなりません。子供を一人で一日留守さしとくわけにもゆきませんから、翌朝になると、根津様の中に連れていって、また今晩お出で、と云って放してやりますと、喜んで飛んで行きます。けれどもうそれからは、二度と姿を見せませんよ。変ですね。それでも私は平気です。他にいくらも子供はいますからね。時々私の家へ泊りに来てくれます。私はその時の用意に、絵本や玩具を沢山買っておきました。然し子供は正直な者ですね。それを私がいくら持たしてやろうとしても、朝になると妙にしりごみして、一つも持って行きません。また私の方でも、強いてそれをくれてやろうと思うような子は、まだ一人もありませんでした。いい子だと思っても、夜中になっていやに泣き出したり、どこか気に入らない点があったりして、本当に理想通りなのは、なかなかあるものじゃないんです。ただ一人、これならと思うのがありましたが、それには失敗してしまいました。
「根津様の中に遊んでる子供は、二つ三つの小さなのは別ですが、大抵誰もついてる者はいません。所が中に一人、七つばかりの子で、いつもぱっとした美しい着物をきて、新らしい真赤な足袋をはいて、房々とした髪の毛を少し縮らして、十五六の女中を連れてるのがいました。白目が青いほど澄み切って、小さな黒目でじいっと物を見る眼付が、何とも云えず可愛いいんです。私はその子に、何度も菓子やなんかをやろうとしましたが、どうしても受取ろうとしません。ついてる女中がまた気の利かない奴で、お嬢さまにそんな物を差上げると私が叱られます、とこう云うじゃありませんか。でも私は、一度はその子を家に泊めようと思って、機会を狙っていました。おとなしいわりに胸幅の厚い所を見ると、屹度骨の節々がくるくると太いに違いありませんし、一度一寸突っついた所では、頬辺にみっちりみがはいって、その上もちゃもちゃっとした柔かさです。私はその子を一晩抱いて寝てやりたくなりました。するうちに、とうとう或る日の夕方、まだ薄日がさしていましたからそう遅くもなかったようですが、その子が一人で根津様の門の前に立って、鳩に餌をやってるのを見付けました。私は静に寄っていって、そっと肩に手をかけて、面白い物を見せてあげるからいらっしゃい、と云ってみました。子供はきょとんとして、私の顔を不思議そうに見上げました。で私はその手を取って、いい子ですねとか何とか云って、あやしながら歩き出そうとすると、ふいに大きな声で泣き出してしまったんです。私の方が喫驚しましたよ。その上すぐに、何処からかいつもの女中が馳け出してきて、何をなさるんです、とけたたましい声で私を叱りつけて、力一杯に突きのけたものです。私は本当に驚きましたが、その驚きが静まって、にこにこ笑っていますと、女中は子供を連れて、向うへ走っていってしまいました。それきり、その子は一度も根津様の中に姿を見せませんでした。実に残念なことをしました。」
 彼は一寸眉根を寄せたが、またにこにこ笑い出した。
「でもあの子一人に限ったことはありません。またどんないい子が何処にいるかも知れませんからね。穢い着物をきていたって、立派な身体をしてるものもあるものです。私はなお時々、見当をつけては子供を家に引張り込みました。すぐに泣き出すので、そのまま帰してやったのもありますが、一晩おとなしく泊ってゆくのもありました。所が可笑しいんです。或る夕方、やはり一人の子を引張って来ようとすると、鳥打帽を被った眼付の悪い男が、横合から不意に飛び出してきて、私の手首をいやというほどねじ上げたんです。貴様だろう子供を誘拐するのは、とそう云うじゃありませんか。私は笑い出してやりました。こんなに子供を可愛がってる私が、子供を誘拐したんだそうです。馬鹿馬鹿しくてお話にもなりません。それでも私は否応なしに、警察まで引張ってゆかれました。物の道理の分りそうな分別くさい顔をしながら、其処の人達の云い草が可笑しいんです、それならばなぜ貴様は女の子ばかりを誘拐するのか、ですって。だって考えてごらんなさい、本当に子供だという感じのするのは、女の子に限るじゃありませんか。その上私の子供も、やはり女の子だったんです。」
 彼はひょいと首を縮めて、私の眼にじっと見入ってきた。その瞳の据った曇った眼付に、私は何だかぎくりとしたが、さあらぬ体で尋ねかけた。
「そのあなたの子供はどうなったんですか。」
「死にましたよ。母親と殆んど一緒でした。私はその子を余りに可愛がらなかったようです。いや、子供は可愛かったんですが、母親がさほど可愛くなかったものですからね。東京の者で、私より三つも年上で、癇癪持ちでしてね、始終私をいじめてばかりいました。意気地なしだの、愚図だの、馬鹿だのと云って、頭ごなしにやっつけるんです。時には癇癪まぎれに、女にも敵わない弱虫ですかって、私をさんざん小突き廻すことさえあるんです。それなら初めっから、私と一緒にならなけりゃいいんですがね、私はその女のお影で、学校はしくじるし、身体は悪くするし、さんざんな目に逢いましたよ。それでも女は、私を大事にはしてくれたんですね。着物の着方から下駄のはき方から言葉附まで、一々教えてくれましたからね。私が保険会社に出るようになったのも、女が奔走してくれたからなんです。所が子供が出来ると、もう私なんかはそっちのけにして、一切構ってくれないんです。一日中飯を食わせないこともあるんです。私だって癪に障るじゃありませんか、痩我慢にも知らん顔をして、一度も子供を抱いてやったことさえありません。所が子供が三つの時、女は赤痢にかかって死にました。子供もやはり赤痢とか疫痢とかで、殆んど[#「殆んど」は底本では「殆んで」]同時に死にました。そうですね、去年の秋でしたよ。私は二人を一緒に、女の家の墓へ葬ってやりましたが、いいことをしたような気もしますし、残念なことをしたような気もします。然しまだ間に合います。火葬にしたのですから、子供の骨はいつでも取出せるんです。今だって取出せますよ。なかなか腐るものじゃないんでしょうから。ね、そうでしょう。」
 彼は口を尖らせて、私の答えを待ち受けるもののようだった。私は云った。
「大丈夫ですとも。だって去年の秋のことでしょう。」
「ええ、去年の秋……そうです。それから私はずっと、子供のことばかり考えてきました。なぜもっと可愛がってやらなかったろうかと、そう思うとはっきり顔が見えてきます。始終にこにこ笑っていましたよ。死んだ時にも笑っていました。片方の目を細く開き口を開いて笑ってるものですから、それを閉じさせるのに骨が折れたくらいです。あの時は三つでしたが、四つ……五つ……六つ……と、だんだん可愛くなるばかりです。生きてたらもう私と一緒に、公園なんか散歩するでしょう。そろそろ学校へも上る頃ですね。屹度よく出来るに違いありませんよ、利口な子でしたからね。そしてだんだん綺麗になってゆくんです。母親は綺麗じゃありませんでしたが、不思議に子供は上品な立派な顔をしていました。がそれももう、ずっと昔のことです。どうかすると何もかもぼんやりして、忘れそうになることがあります。そんな時私は、堪らないほど淋しい陰欝な気持になります。然しまたすぐに諦めます。子供はいくらも世間にいますからね。いつでも何処にでも、あり余るほど沢山います。子供がこの世にいなくなることは決してありません、決してないんです。」
 彼は一寸鹿爪らしい顔付になって、眼の曇りが薄らぎ底深い空洞を示しかけたが、それがまたふっと曇ってきて、口許ににやりと薄ら笑いを湛えた。
「子供は温かなものですよ。ほかほかとした何とも云えない温かさです。一寸他に類がありませんね。ごらんなさい。向うに母親の膝を枕に眠ってる子がいますでしょう。あの母親の膝なんか、ただ子供の頭がのっかってるだけで、炬燵にはいったのよりももっと気持よく、ぽかぽかと温ってるに違いありません。」
 そして彼は、もう私のことなんかは打忘れたかのように、その母と子とから眼を離さずに、時間を置いてはにやにや薄ら笑いを洩らした。私は可なりの間彼の様子を見守っていたが、ついに待ちきれなくなって云い出した。
「それから、あなたはどうしましたか。」
「え?」
 彼は向直って、不思議そうに私の顔を見た。
「警察に連れて行かれたというお話でしたが、それから……。」
「警察……ああそうですか。実に馬鹿馬鹿しい所ですよ。高い格子窓のある暗い室に押込まれましたがね、碌に食物も布団もくれないんです。そして、眼鏡越しに人をじろじろ見るくせに、いやに丁寧な言葉付をする、口髭のある男がやって来まして、私を明るい広い室に連れ出したのはいいんですが、一から百までの数を云ってみろとか、何年何月何日に幾日を加えれば何年何月何日になるかとか、まるで小学校の算術のようなことをやらせるんです。それからまだいろんなことを尋ねましたっけ。しまいには私の眼の玉をひっくり返したり、胸に革帯のようなものをあてて聴いてみたり、体操をさしたりしましたよ。それで私はすっかり悟ったんです。皆して私を狂人扱いにしてるんです。私は癪に障って、狂人じゃないんです、と大声に怒鳴ってやりました。そしてもう何を聞かれようと、一切知らん顔をして黙っていました。それからすぐに、小樽の叔父に引渡されました。どうしてそんなに早く叔父が、小樽から東京へ来たのか不思議です。叔父は私を叱ったりなだめたりして、小樽へ連れ帰ろうとするんです。余り子供を可愛がりすぎるから、東京にいてはいけないんだそうです。不思議な理屈じゃありませんか。私がそれに逆らおうとすると、一体あんな女に引っかかったのがそもそもの間違だ、とそんなことを云って叱るんです。かと思うとまた、小樽には可愛い子供が沢山いる、などとやさしいことを云うんです。私は笑ってやりましたよ。叔父までが私を狂人扱いにしてるんですからね。それでも今こうして、小樽へ連れ戻される所です。」
 そして彼が横手の方の座席をじろりと見やったので、其処に寝てる連れの男が彼の叔父であることを、私は察し知った。
「ただ少し自分でも不思議なことがありますがね。」と彼はごく低い声で囁くように云い出した。
「人間がみんな棒杭のように見えることが、時々私にあるんです。その棒杭がふいに歩き出したり声を出したりするので、可笑しな気持になるんです。何かで私はこういうことを読むか聞くかしたことがあります。長い間監獄にはいってた男が、俄に放免されて世間に出ると、いきなり其処の立木に向って、何やかやと話しかけたそうです。その男には屹度、立木が人間に見えたのでしょう。所が私はその反対です。人間が棒杭に見えて仕方ないんです。やはり頭が少し変になってるのかも知れませんね。然し自分で自覚してる間は、決して真の狂人じゃないそうですが、本当でしょうかしら。」
「それはそうかも知れません。」と、私は答えた。
「そうですね、いや確かにそうです。所がまた不思議なことには、子供は決して棒杭には見えたことがありません。子供だけが生きてぴんぴんしています。子供はいいです。世界中で何もかも木偶でくの棒ですが、子供だけは生々と跳ね廻っています。にこにこっと笑う笑顔ったらありませんよ。私の子供もよく笑ってばかりいましたっけ。私がそれにつり込まれて、にこにこ笑い出すと、子供達の方から私になずいて、私の側に寄ってくるじゃありませんか。根津権現の中には、いつも大勢子供が遊んでいますよ。女の子も沢山います。私の家へよく泊りに来たものです。」
 そして彼はまた、斜め向うの女の子を眺め初めた。
「そんなに子供がお好きでしたら、」と私は云ってみた、「一人拵えるか貰うかしたらいいじゃありませんか。」
 然し彼はもう私の言葉に返辞もしなかった。子供の方を一心に眺めながら、時々変な独り笑いを洩らしている。私も仕方なしに黙り込んで、列車の響きに耳を貸したり、車室の中をぼんやり見廻したりした。向うの隅で一人すぱすぱ煙草を吹かしてる者を除いては、大抵皆いぎたなく居眠って、空気はどんよりと濁っていた。
 だいぶたってから、彼が不意に飛び立ったので、私は喫驚して眼を見張った。彼の見つめてる方を見ると、向うの女の子が寝返りでもしたらしく、向う向きにつっ伏していて、母親が半ば眠りながら本能的な手付で、その背中を無心に軽く叩いていた。男はつっ立ったままその方を見ていたが、やがてがくりと座席に腰を下して、マントの襟に顎を埋め、両手を胸に組み、眼を閉じて、いつまでたっても動かなかった。私は長い間、その狂人とも常人とも分らない男を、陰鬱な気持で見守っていたが、変に不気味な圧迫を感じてきた。恐らく彼は、私や他の凡ての乗客を棒杭のように思って、そして自分も棒のようにじっと坐り込んだのであろう。
 汽車はもうとくに盛岡を通過していた。隧道トンネルにさしかかると魔物のような音を立て、全速力で走っているらしかった。私は窓の硝子の曇りを指先で拭いて、外の景色を透し見たが、ただ暗澹とした夜だけで、何一つ眼にはいるものもなかった。私はまた空気枕に頭を押しあてたが、変に不安な気持に頭が冴えて、なかなか眠れそうになかった。前の腰掛の男は、眠ってるのか覚めてるのか、先程の通りの姿勢で、棒のようにじっと坐っていた。私はそれをまた長い間見守っていたが、眼に疲れを覚えてくると、ぐるりと横手へ向きを変えて、腰掛の背にもたせた枕へつっ伏した。そしていろんな幻を見たようだったが、いつしかうっとりと寝込んだらしい。
 私が眼を覚した時には、もう白々と夜が明けていた。車室の中がざわめいているのに、喫驚して身を起すと、汽車は浅虫を出たばかりの所だった。もうじきに青森だなと思って、下車の仕度に枕の空気を出しかけて、ふと気付いて眺めると、前の席の男は、やはり腰掛の真中に棒のように坐っていたが、頭を軽く動かしながら、如何にも嬉しそうな笑顔をにこにこさしていた。私はその笑顔を眺めて、軽い驚きを覚えた。夜分に電燈の光で見た彼の笑いには、何だか呆けた空洞な無気味さがあったけれど、それが、今は、夜明けの微光に輝らされたせいばかりではなく、如何にも晴れやかな輝きに充実してるようで、おのずと人の心を惹きつけるものを持っていた。それでもやはり、彼の眼には仄白い曇りがかかっており、彼の薄い唇にはだらけた弛みがあり、額や頬の皮膚は色艶の褪せただだ白さを示していた。そういう眼や口や頬に、どうしてそんな輝かしい笑いが浮べられるか、全く不思議なほどだった。而も私がなお驚いたことには、通路を挾んだ斜め向うの子供が、彼の正面の腰掛の――私が坐ってる腰掛の、先の所まで歩いてきて、其処のところに両手でつかまりながら、彼の笑顔ににこにこ応じてるのだった。二人はまるで友人同士のような風だった。それを子供の母親は、まだ若い束髪の婦人だったが、平気で向うから眺めていた。そこへ、彼の叔父らしい連れの男が、毛革の襟のついたマントを着て、横合から彼の席へ歩み寄って来て、彼と並んで半ば腰を下しながら、しきりに彼の袖を引張り初めた。彼はそれでも素知らぬ風で、やはり女の子に微笑みかけ、笑顔の恰好をごく僅かぴくりぴくりと変えながら、何やら相図をしてるらしかった。
 それら一切の情景を見て、私は夜来の彼の話を思い起すと同時に、漠然とした不安を覚え初めた。彼と彼の叔父と娘と娘の母親と、その四人の間に、何か不吉な縺れが起りはすまいかと、しきりに気になり出した。そして私自身も、その縺れに巻き込まれそうな気がした。私は半ば腰を浮かせながら、やはりどうにもすることが出来なかった。
 けれどそれは、ほんの僅かな間のことだった。その情景は突然不作法に破られた。娘が彼の笑顔につり込まれて、腰掛の端から一足踏み出すか出さないまに、彼の叔父は俄に立上って、二人の間に立塞がった。彼は笑顔をそのままぽかんとした顔付になったが、次の瞬間には、もう何等の感情もないらしい没表情な顔付で、首を縮こめてしまった。子供の方はいつのまにか元の席に戻って、母親へ何やら戯れかけていた。
 私は彼のために、何となく気の毒な感じがした。然し彼はもう、私の存在も叔父の存在も、否子供の存在さえ、忘れはてたもののようだった。子供の方へ眼をやりもしなかった。叔父から何か云われても、ぼんやりした様子で黙っていた。私は叔父が手荷物を片付けてる間に、彼へ言葉をかけてみた。
「今朝ほどはお眠りになりましたか。」
 返辞がなかった。私はまた云った。
「すぐ連絡船で向うへ渡られるのですか。」
 その時彼は初めて返辞をした。然し「ええ」と答えたのか「いいえ」と答えたのか、私には聞き取れないほど低い声だったし、またどちらでもよいというほど気乗りのしない様子だった。私は張合がぬけて、もう何にも話しかけなかった。
 暫くすると、彼は俄に立上って、棚のバスケットから林檎を一つ取出した。そしてその真赤なやつを、皮のままかじり初めた。さくりさくりと歯切よくやってる様子を、私は横から見守ったが、病癖が進んできたら、子供の赤い頬辺をもそんな風にかじるかも知れない、などとふと考えて、彼を憐れむ気が起ると共に、一方では、羨望に似た憎々しい気も起った。そして煙草をやたらに吹かした。彼は林檎を半分ばかりかじると、それを足下に投げすてて、じっと棒のように坐ったまま、曇りのかかってる眼を空に据えた。そしていつまでも身動き一つしなかった。
 そのうちにも私は、下車の仕度をしなければならなかった。手提鞄の[#「手提鞄の」は底本では「手堤鞄の」]中に、初め通りうまく品物がはいらないので、何度もつめ直してるうちに、汽車は青森に着いた。一度に乗客が立上った。彼はまだじっと坐っていたが、手荷物を両手に提げた叔父に促されて、バスケットと帽子とを大事そうに抱えながら、叔父の先に立って降りていった。長い髪の毛を少し乱し、黒羅紗のマントを着けてる、その痩せた背の高い後ろ姿を、私は人込みの中に見送った。
 手荷物を窓から赤帽に渡してしまうと、私は急いで彼の後を追っかけた。然し騒々しい人込の中に、彼の行方を見失ってしまった。
 連絡船に乗ってからも、私はなお彼を探してみた。海の上で朝日の光の中で、も一度彼と話がしてみたかった。然し彼の姿は何処にも見えなかった。或は二等室の方にまぎれ込んでやすまいかと、その方をも探したが、彼もその叔父も見当らなかった。それから私は、あの母親と娘とをも探してみたが、それも見付からなかった。
 そして私は、変に気懸りな気持へ陥っていった。曇りかかってる眼としまりのない薄い唇とを、まざまざと頭の中に描き出しながら、船の甲板の上に佇んで、朝日の光の下に茫と霞んでる青森の山々が、次第に後方へ遠く残されてゆくのを、ぼんやりと眺め耽った。

底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
   1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「女性」
   1924(大正13)年3月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年8月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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