あらすじ
大町先生と、小杉未醒さん、神代種亮さん、石川寅吉さんら数人で品川沖へ鴨猟に出かけたのは、大正十三年の正月でした。小杉さんや神代さんは有名な狩猟家であり、船頭も猟の名人だったにもかかわらず、鴨は一羽も獲れませんでした。桂月先生は鴨が獲れないことを面白がり、鴨が字を読めるようになって禁猟区域へ逃げていると笑い、帽子を深くかぶり、酒を飲みながら傍若無人に笑っていました。そのせいで鴨は逃げてしまい、結局その日は鴨を獲ることなく、海の風に吹かれるだけの日となりました。こういうような仕末で、その日はただ十時間ばかり海の風に吹かれただけで、鴨は一羽も獲れずしまった。しかし、鴨の獲れない事を痛快がっていた桂月先生も、もう一度、一ノ橋の河岸へあがると、酔いもすこし醒めたと見え「僕は小供に鴨を二羽持って帰ると約束をしてきたのだが、どうにかならないものかなあ、何でも小供はその鴨を学校の先生にあげるんだそうだ」と云いだした。そこで黐で獲った鴨を、近所の鳥屋から二羽買って来させることにした。すると小杉君が、「鉄砲疵が無くっちゃいけねえだろう、こゝで一発ずつ穴をあけてやろうか」と云った。
けれども桂月先生は、小供のように首をふりながら、「なに、これでたくさんだ」と云い/\その黐だらけの二羽の鴨を古新聞に包んで持って帰った。
了
底本:「大川の水・追憶・本所両国 現代日本のエッセイ」講談社文芸文庫、講談社
1995(平成7)年1月10日第1刷発行
底本の親本:「芥川龍之介全集 第一〜九、一二巻」岩波書店
1977(昭和52)年7、9〜12月、1978(昭和53)年1〜4、7月発行
入力:向井樹里
校正:砂場清隆
2007年2月12日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。