その 雀は びつこでした。まだ やつと 飛べるやうに なつたばかりの 頃、いたづらな 少年に とらへられて 片足を ひもで 固く 縛られましたため か弱い 足は きづついて しまつたのでした。
 その びつこの 雀が 麥畑の 黄く なる 頃 或る 家の 軒に 三つの 卵を うみました。
 雀は うれしくて うれしくて、三つの 卵を 胸の 下に ぢつと だきしめて ゐました。
 忙しい 蜜蜂が 飛んで 來ました。
「雀さん 今日は」と 蜜蜂は 軒の 巣を のぞいて いひました。
「わたし 卵を うんだの。」と 雀は いつて 胸の 下から 卵を 押し出して 見せました。
「ほゝう、こいつは すばらしい。卵が かへつたら お祝ひに 蜜柑から とつた 上等の 蜜を あげよかね。」と 蜜蜂は いひました。それから ふと、
「あなたのやうに びつこの ※(「芻+鳥」、第4水準2-94-31)が 出なきや いゝが。」と 何氣なく つぶやきました。
 雀は その 日から 大へん 心配しはじめました。
「わたしのやうな びつこの 子供が 出て 來たら どう しよう。」と 雀は 長い ためいきを つくのでした。「わたしが びつこ びつこと 雀仲間から のけものに されたやうに、この 子供たちも みんなから いぢめられたら どう しよう。」
 雀は あまり 心配したので 體は おとろへて、はげしい 晝の 陽ざしには 眼が くらむやうに なりました。
 或 朝 三つの 卵は 中から 破られて、三匹の ※(「芻+鳥」、第4水準2-94-31)が あらはれました。けれど まだ 羽も ない、眼も あかない 小さな 赤ん坊なので、びつこか どうかは わかりませんでした。けれど その うちに 羽が 生え、嘴も かたまつて 子雀たちは 飛べるやうに なりました。
 そこで お母さんの 雀は 子供たちを 一羽づつ 軒から 地べたまで 飛ばしたのでした。地べたに つくと 子雀たちは びつこを ひかずに ちよこちよこと 歩き※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)つて 餌を 拾ひました。お母さんの 雀は 巣の 中から それを 見て どんなに うれしかつた ことでせう。
 畑の 麥が 刈られた 明るい 晝で ありました。

底本:「校定 新美南吉全集第四巻」大日本図書
   1980(昭和55)年9月30日初版第1刷発行
初出:「ひろった らっぱ」羽田書店
   1950(昭和25)年5月1日
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2010年4月19日作成
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