美しいプリンスは、お名をアドとおつしやいます。いつも真黒まつくろなビロードの服に、まつかなマントを背にかけて、三人のおもちやの兵隊を、おつれになつて、森のなかをあるいていらつしやいます。三人の兵隊は、アドの家来で、レクとメツツと、テルといひます。
 ある日、アドが、その三人の兵隊をつれないで、たつたひとりで森のなかへはいつてゆきますと、一人の若い男にあひました。その男は、アドを見ると、いきなりアドの前に倒れてしまひました。アドは、おもひやりの深いプリンスだつたので、その男を抱きあげて、
「どうしたのだ。どうしたのだ。」と言ひながら、感じ入つてボロ/\涙をながしました。それをみると、その男は、大声でわあ/\ないてしまひました。
「どうしたのですか。ね。どうぞ言つて下さい。」とアドは、頭をさげて、たのむやうに申しました。その男は、急に元気になつて、パつととびおきて、ひざのどろをはらひながら、
「あなたは、あの有名な、アド様ですか。」と申しましたので、アドは目を輝して、にこにこして、その男をだきしめました。その男は、
わたしには、一人の妹がございます。それがこの森の奥の、お城に住んでゐる大男に、とられてしまつたのです。どうぞ助けて下さい。」と申しました。
「ふうん。いや、よろしい。助けてあげよう。安心おし。」
とアドはきつぱり言ひました。
 自分のお城に帰つたアドは、三人の兵隊をお呼びになつて、今日の出来事をはなしますと、
「え。え。私がをりますれば、それ位のことは。」と、三人はめいめいにゐばりながら、そこら中をとんであるきました。その晩、ねどこの中で、アドが、
「おもしろいことになつたぞ。」と言ひますと、レクと、メツツとテルは、一度に、
「そんな大男なぞは、足の先でけとばせらあ。」と申しました。
 夢中になつた四人は、すつかり寝入つてをりますのに、こんなにねごとで話をした程でございました。
 あくる朝早く四人は、お城をでて、いよいよその大男のお城に参りました。四人は少し足がふるへましたけれど、かまはずどんどんそのお城にはいつて行きますと、大男は丁度自分の部屋の、正面の椅子いすにこしをかけて、こちらを見てをりました。背は雲つく程高く目はさらのやうで、手はごばうを五本よせたやうでした。四人は、刀も、鉄砲ももつてくるのを忘れてしまつたので、がた/\ふるへました。
 けれども勇気のあるアドは、大男に、
「お前は、若い男の妹をぬすんだらう。それを僕たちはとりかへしに来たのだ。」と申しますと、大男はおこつて、どなりました。
「何だ。おもちやのくせに。火にくべてしまふぞ。なまいきなやつだ。」と言つて指の先でアドをつりあげました。アドは握られたまゝ、
「ねえ。大男。そんなに僕をいぢめないで、あの妹を返しておくれよ。」
と申しますと、下でそれをきいてゐたレクは、丸い目をぎよろつかせて、申しました。
「ねえ。プリンスと、妹を返しておくれ。」
 それをきいた大男は、レクをつかみました。
 そこで、メツツは、ふるへながら、
「ねえ。プリンスと、妹と、レクを返しておくれよ。」と申しますと、大男は、又メツツをつかみあげました。あとにのこつたのはテルだけでした。テルは勇気をふるつて、
「ねえ。プリンスと、妹と、レクと、メツツを返しておくれよ。」と、いきなり、大男のひげにとびついて、鼻をよじあがつて、
「ねえ。僕たちは、ちつとも悪くないのだよ。僕たちは、たつたおもちやじやないか、ねえ君もいゝ人になつておくれよ。」と申しますと、大男は、にはかに目をしよぼしよぼさせてゐると思ふと、突然、大きい涙をぼろ/\流して、
「あゝおれが悪かつた。お前たちは何ていゝ人間だらう。あの娘は、すぐ返してやらう。」といつて、四人を、丁寧に、床の上におろしてくれました。
 門の所でまつてゐた若い男は、自分の妹をつれた四人をみると駆けてきて、抱きあひました。アドは、手をふつて歩きながら、
「面白かつたね。」と申しますと、三人の兵隊は、急に気をつけをして敬礼をしながら、
「はあ。おつしやる通り、なか/\面白うございました。」
と、まじめな顔で申しました。
 六人は、うれしさうに、はねたり、おどつたり、歌をうたつたりして、帰つて参りました。

底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「子供之友」婦人之友社
   1924(大正13)年6月
初出:「子供之友」婦人之友社
   1924(大正13)年6月
※初出時の署名は「岡内籌子」です。
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年1月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。