ある朝のことです。耳長さんが、一人でランニングのおけいこをしてをりますと、一匹のあひるさんが、そばへやつて来ました。とても、ずるい、小さな、真白まつしろいあひるさんです。そして、耳長さんに言ひますのに
ぼく、とても面白いあそびを知つてんだよ。」
 そこで、耳長さんは、気が弱いのに、何でも知りたがるくせがあるので、早速その話にのつて、目を丸くして言ひました。
「何? 面白いあそび?」
「ボタン遊びさ。」と、あひるさんが勿体もつたいぶつて答へました。
「ボタン遊びつて、僕知らないよ。教へてね。」と、耳長さんはあひるさんの手を引つぱりました。
「とてもやさしいの。そして、勝つた方が、ボタンをもらへるの。」と、あひるさんはボタン遊びを、耳長さんに話してやりました。耳長さんは、すぐ勝てるやうな気がしました。そして山程勝つたボタンをもつてかへつたら、お母さんがどんなに喜ぶだらうと思ひました。
「いくつボタンおうちから持つてくればいゝの?」と耳長さんが聞きましたら、あひるさんは
「家から取つて来なくたつて、ホラ、ここにあるぢやないか。」と言つて耳長さんの洋服についてゐるボタンを引きちぎりました。耳長さんは、なる程、いゝ考へだと思つて、大喜びで、それを出して遊びましたが、負けてしまひました。耳長さんはがつかりしました。
「今度は、キツト君が勝つよ。」と、あひるさんが言ひますので、耳長さんは又その気になつて、ボタンをちぎつて出しました。そして、着物についてゐるボタンは一つのこらず負けてしまひました。
 あひるさんは、勝つたボタンをザラザラとポケツトに入れて「グツドバイ、バイ。」と言つて飛んでつてしまひました。
 おうちへ帰りましたら、耳長さんは、さんざんにお母さんにしかられました。
「早くベツドへ行つておやすみ。母さんがボタンをつけといてあげますから。何てお前さんはお馬鹿さんだらう。明日あした、学校の先生にさうお話ししなくちやなりません。」
 耳長さんは心配でたまりません。お母さんは明日学校に行くと言つてゐるのですから。悲しくてピーピー泣いてゐました。その声をきいて、ずるいあひるさんが窓の外からのぞき込んであかんべをいたしました。耳長さんはベツドの中へもぐり込んで涙だらけになつて決心しました。
「もう、あんなつまらない事はしまい。」と。
 それからは、耳長さんは、あひるさんに出あつても決して相手になりませんでした。

底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「子供之友」婦人之友社
   1931(昭和6)年9月
初出:「子供之友」婦人之友社
   1931(昭和6)年9月
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年5月3日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。