あるところに大変そそつかしい本屋さんがありました。うさぎさんです。ある日、お店へ本が来ましたので、フロツクコートを着て、鼻眼鏡をかけて、ステツキを持つて、その本を小脇こわきにかかへて(人間から見るとおかしいですが、兎の本屋さんはこんなものです)売りに出かけました。
 森の入口で、リスさんに会ひました。大変悧口りこうさうなひげを生やしたリスさんですから、本を買つてくれるだらうと思つて「リスさん、本を買つて下さい。私はりつぱな本屋さんです」といひました。リスさんは、兎さんがフロツクコートといふ服を着て、鼻眼鏡をかけてゐるし、それにステツキをついてゐるので、成程なるほどりつぱな本屋さんだと思つて「ぼくは医科大学の先生です。本を買ひます。今、お金を持つてゐませんから、うちまでついて来て下さい」といひました。
 兎さんは大よろこびで、リスさんのうちへついて行きました。
 遠い/\おうちなので、うちへついた時はもうまつくらな夜になつてしまひました。門口まで来たので、リスさんはおうちへはいつて行つて、お金を持つて来て、兎さんにお払ひをしました。
 ところが、その時ちやうど六時が打つて、リスさんの村では、夕方の六時カツキリに電気がつくのです。電気がつきました。
 リスさんは今買つたばかりの御本を、大きな/\英語や、ドイツ語や、ロシア語の字引を積みあげてあるお机の上でひろげました。
 表紙には「尋常小学一年生読本」と書いてありました。
 リスさんは「僕は医科大学の先生だのに※(感嘆符二つ、1-8-75)」といつて、大変おこりました。そして兎さんをおつかけて行つてつつ返してやりました。兎さんは大変恥しくなつてかういひました。
「あなたはお子さんがありますか」
 リスさんは答へました。
「小学一年の子供がひとりあります」
「それでは、これをそのお子さんに上げて下さい。お金はいりません」といつて逃げ出しました。
 リスさんは兎さんが大変気の毒になつたので、あくる日、お金をとどけてやりました。
 兎さんは、ベツドの中でうん/\うなつてゐました。なぜといつて、兎さんは、昨夜ゆふべあんまり急いで逃げたので、小さな川におつこちて、指の先を怪我したのです。
 リスさんはお医者さんでしたから、兎さんの指にヨードチンキを塗つてあげました。
 兎さんはリスさんと、それから大変仲よくして、新しい本が来ると、いつでも十銭くらゐづつ安くしてあげましたさうです。

底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「子供之友」婦人之友社
   1932(昭和7)年11月
初出:「子供之友」婦人之友社
   1932(昭和7)年11月
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年5月3日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。