あらすじ
小さな窪地を自分の国と呼ぶ少年は、そこを遊び場として、自分だけの世界を築いています。泉を海、丘を山と呼び、船や町を作り、洞窟や穴に名前をつけ、雀や小魚を自分のものだと信じています。少年にとって、そこは広大な世界であり、自分こそが王様なのです。しかし、日が暮れると、母の声に呼ばれ、現実の世界に戻らなければなりません。僕の小さな窪がある。
僕の丈ほどふかくない。
はりえにしだなど生えてゐる。
夏には夏の花が咲く。
黄つぽい花や赤い花。
泉を僕は海と呼ぶ
あたりの丘を山と呼ぶ。
そんなに僕は小いのだ。
僕はつくつた舩や町。
僕はさがした洞や穴。
洞や穴には名をつけた。
あたりのものは僕のもの、
頭の上の雀でも、
泉の中の小ばやでも。
ここでは僕は王様だ。
僕は蜂どもうたはせる。
僕は燕をあそばせる。
ここより広い海はない。
ここより大きな原はない。
僕よりほかに王はない。
けれど日暮が来た時に、
母さんの声が呼びに来た。
「坊やお帰りごはんだよ。」
窪よさよなら僕のくぼ。
泉さよなら、よい水よ。
花もさよなら僕の花。
そしてお家にきて見れば、
何て大きな乳母だらう。
何て冷い部屋だろう。
了
底本:「日本児童文学大系 第二八巻」ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日初刷発行
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年1月4日作成
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