保土ほど某寺あるてらの僧侶が写真を撮る必要があって、横浜へ往って写真屋へ入り、レンズの前へ立っていると、写真師は機械に故障が出来たからと云って撮影を中止した。
 僧侶はしかたなしに次の写真屋へ往って、レンズの前へ立ってたところで、どうした事かその写真師も、レンズに故障が出来たと云って中止した。僧侶はよく故障が出来るものだが、どうした事だと独言を云いながら、又次の写真屋へ往った。そして、又レンズの前へ立ったところで、又機械に故障が出来たと云って謝絶ことわられた。僧侶は業をにやして、
「何故そんなに、機械に故障が起るのだ」
 と云って詰問すると、写真師は、
「あなたは、こうしてみると一人だが、黒い布を被ってみると、うしろへ女の顔が出て来る」
 と云った。そこで交渉の結果、警官を呼んで来て、警官の手で撮影してもらい、出来あがったところを見ると、僧侶の頭の上へ髪を振り乱した女が坐っていた。警察では奇怪至極とあって内務省へ報告した。その報告書は内務省に現存して、浅野正恭翁せいきょうおうも一読したと云って、筆者は浅野翁からそれを聞かされた。そして、写真に現われた女は、その僧侶の先妻であったが、その先妻が病気で歿くなる時、後妻をもらってくれるなと遺言したが、僧侶がそれを守らなかったので、その怪異が起ったものであった。

底本:「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」学研M文庫、学習研究社
   2003(平成15)年10月22日初版発行
底本の親本:「新怪談集 実話篇」改造社
   1938(昭和13)年
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2010年10月20日作成
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