一

 深川八幡前の小奇麗な鳥屋の二階に、間鴨あいがもか何かをジワジワ言わせながら、水昆炉みずこんろを真中に男女の差向い。男は色の黒い苦み走った、骨組の岩畳がんじょうな二十七八の若者で、花色裏の盲縞めくらじまの着物に、同じ盲縞の羽織のえりれて、印譜散らしの渋い緞子どんすの裏、一本筋の幅の詰まった紺博多の帯に鉄鎖をからませて、胡座あぐらいた虚脛からすねみ出るのを気にしては、着物のすそでくるみくるみしゃべっている。
 女は二十二三でもあろうか、目鼻立ちのパラリとした、色の白い愛嬌あいきょうのある円顔まるがお、髪を太輪ふとわ銀杏いちょう返しに結って、伊勢崎の襟のかかった着物に、黒繻子くろじゅすと変り八反の昼夜帯、米琉よねりゅうの羽織を少し衣紋えもんはおっている。
 男はキュウとさかずきを干して、「さあお光さん、一つ上げよう」
「まあ私は……それよりもおしゃくしましょう」
「おっと、こぼれる零れる。なんしろこうしてお光さんのお酌で飲むのも三年振りだからな。あれはいつだったっけ、何でもおれが船へ乗り込む二三日前だった、おめえのところへ暇乞いとまごいに行ったら、お前のちゃんが恐ろしく景気つけてくれて、そら、白痘痕しろあばたのある何とかいう清元の師匠が来るやら、夜一夜よッぴて大騒ぎをやらかしたあげく、父がしまいにステテコを踊り出した。ね、酔ってるものだからヒョロヒョロして、あの大きなからだを三味線の上へ尻餅しりもち突いて、三味線のさおは折れる、清元の師匠はいい年して泣き出す、あの時の様子ったらなかったぜ、おらは今だに目に残ってる……だが、あんな元気のよかった父が死んだとは、何だか夢のようで本当にゃならねえ、一体何病気で死んだんだい?」
「病気も何もありゃしないのさ。いつもの通り晩に一口飲んで、いい機嫌きげんになって鼻唄はなうたか何かで湯へ出かけると、じき湯屋のかみさんが飛んで来て、お前さんとこの阿父おとっさんがこれこれだと言うから、びっくらして行って見ると、阿父さんは湯槽ゆぶねに捉まったままもう冷たくなってたのさ。やっぱり卒中で……お酒を飲んで湯へ入るのはごくいけないんだってね」
「そうかなあ、酒呑さけのみは気をつけることだ。そのくせ俺は湯が好きでね」
「そうね。金さんは元から熱湯好あつゆずきだったね。だけど、酔ってる時だけは気をおつけよ、人事ひとごとじゃないんだよ」
「大きに! まだどうも死ぬにゃ早いからな」
「当り前さ、今から死んでたまるものかね。そう言えば、お前さん今年幾歳いくつになったんだっけね?」
「九さ、たまらねえじゃねえか、来年はもう三十つら下げるんだ。お光さんは今年三だね?」
「ええ、よく覚えててね」と女はニッコリする。
「そりゃ覚えてなくって!」と男もニッコリしたが、「なんしろまあいいとこで出逢であったよ、やっぱり八幡様のお引合せとでも言うんだろう。実はね、横浜はまからこちらへ来るとすぐつくだへ行って、お光さんの元の家を訪ねたんだ。すると、とうにもうどこへか行ってしまって、隣近所でも分らないと言うものだから、俺はどんなにガッカリしたか知れやしねえ」
「私ゃまた、鳥居のところでお光さんお光さんて呼ぶから、誰かと思ってヒョイと振り返って見ると、金さんだもの、本当にびっくらしたわ。一体まあ東京をってから今日までどうしておいでだったの?」
「さあ、いろいろはなせば長いけれど……あれからすぐ船へ乗り込んで横浜を出て、翌年あくるとしの春から夏へ、主に朝鮮の周囲いまわり膃肭獣おっとせいっていたのさ。ところが、あの年は馬鹿にまた猟がなくて、これじゃとてもしようがないからというので、船長始め皆が相談の上、一番度胸をえて露西亜ろしやの方へ密猟と出かけたんだ。すると、運の悪い時は悪いもので、コマンドルスキーというとこでバッタリ出合でッくわしたのが向うの軍艦! こっちはただの帆前船で、逃げも手向いも出来たものじゃねえ、いきなり船は抑えられてしまうし、乗ってる者は残らず珠数繋じゅずつなぎにされて、向うの政府の猟船が出張って来るまで、そこの土人へ一同お預けさ」
「まあ! さぞねえ。それじゃ便りのなかったのも無理はないね」
「便りがしたくたって、便りのしようがねえんだもの」
 女はうなずいて、「それからどうしたの?」
「それから、間もなく露西亜の猟船というのがやって来たんだ。ところが、向うの船は積荷が一杯で、今度はッけて行くわけに行かねえからこの次まで待てと言うんで、俺たちはそのまま島へ残されたんだ。今になると残されてよかったので、あの時連れて行かれようものなら、浦塩うらじおかどこかのろうで今ごろはこッぴどい目にってる奴さ。すると、そのうちに今度の戦争がぱじまったものだから、もう露西亜も糞もあったものじゃねえ、日本の猟船はドシドシコマンドルスキー辺へもやって来るという始末で、島から救い出されると、おらはすぐその船で今日までかせいで来たんだが……考えて見りゃ運がよかったんだ。ことばも何にも分らねえひげムクチャの土人の中で、食物もろくろくあてがわれなかった時にゃ、こうして日本へ帰って無事にお光さんに逢おうとは、全く夢にも思わなかったよ」
「そうだろうともねえ、察しるよ! 私も――縁起でもないけど――なんしろお前さんの便りはなし、それにあちこち聞き合わして見ると、てんで船の行方ゆくえからして分らないというんだもの。ああ気の毒に! 金さんはそれじゃ船ぐるみ吹き流されるか、それとも沖中で沈んでしまって、今ごろは魚の餌食えじきになっておいでだろうとそう思ってね、私ゃ弔供養といくようをしないばかりでいたんだよ。本当にまあ、それでもよく無事で帰っておいでだったね」
 男はこの時気のついたように徳利をって見て、「ははは、とんだ滅入めいった話になって、酒も何も冷たくなってしまった。お光さん、ちっともお前やらねえじゃねえか、遠慮をしてねえでセッセと馬食ぱくついてくれねえじゃいけねえ」と言いながら、手を叩いて女中を呼び、「おいねえさん、銚子ちょうしの代りを……熱く頼むよ。それから間鴨あいをもう二人前、雑物ぞうもつを交ぜてね」
 で、間もなくおあつらえが来る。男は徳利を取り揚げて、「さあ、熱いのが来たから、一つごう」
 女も今度は素直に盃を受けて、「そうですか、じゃ一つ頂戴しましょう。チョンボリ、ほんの真似まねだけにしといておくんなさいよ」
「何だい卑怯なことを、お前もちゃんの子じゃねえか」
「だって、女の飲んだくれはあんまりドッとしないからね」
「なあに、人はドッとしなくっても、俺はちょいとこう、目の縁を赤くして端唄はうたでもころがすようなのが好きだ」
「おや、御馳走様! どこかのお惚気のろけなんだね」
「そうおい、はぐらかしちゃいけねえ。俺は真剣事しんけんこでお光さんに言ってるんだぜ」
「私に言ってるのならお生憎様あいにくさま。そりゃお酒を飲んだら赤くはなろうけど、端唄を転がすなんて、そんな意気な真似はお光さんのがらにないんだから」
「あんまりそうでもなかろうぜ。忘れもしねえが、何でもあれは清元の師匠の花見の時だっけ、飛鳥山あすかやまの茶店で多勢おおぜい芸者や落語家はなしかを連れた一巻いちまきと落ち合って、向うがからかい半分に無理いした酒に、お前は恐ろしく酔ってしまって、それでも負けん気で『江戸桜』か何か唄って皆をアッと言わせた、ね、覚えてるだろう」
「そうそう、そんなことがあったっけね。あれはこうと、私が十九の春だっけ。あのころは随分私もお転婆だったが……ああ、もうあのころのような面白いことは二度とないねえ!」としみじみ言って、女はそぞろに過ぎ去った自分の春をなつかしむよう。
「ははは、何だか馬鹿に年寄りみたことを言うじゃねえか。お光さんなんざまだ女の盛りなんだもの、本当の面白いことはこれからさ」
「いいえ、もうこんな年になっちゃだめだよ。そりゃ男はね、三十が四十でも気の持ちよう一つで、いつまでも若くていられるけど、女は全く意気地がありませんよ。第一、はたがそういつまでも若い気じゃ置かせないからね。だから意気地がないというより、女はつまり男に比べて割が悪いのさね」
「いけねえいけねえ、じきどうも話が理に落ちて……」と男は手酌でグッと一つ干して、「時に、聞くのを忘れてたが、お光さんはそれで、今はどこにいるの、家は?」
「私?」女はちょっと言い渋ったが、「今いるとこはやっぱり深川なの」
「深川は分ってるが、町は?」
「町は清住町、永代えいたいのじきそばさ」
「そうか、永代の傍で清住町というんだね、遊びに行くよ。番地は何番地だい?」
「清住町の二十四番地。吉田って聞きゃじき分るわ」
「吉田? 何だい、その吉田てえのは?」
「私の亭主の苗字みょうじさ」と言って、女は無理に笑顔を作る。
「え※(疑問符感嘆符、1-8-77)」と男は思わず目を見張って顔を見つめたが、苦笑いをして、「笑談じょうだんだろう?」
「あら、本当だよ。去年の秋かたづいて……金さんも知っておいでだろう、以前やっぱりつくだにいた魚屋の吉新、吉田新造って……」
「吉田新造! 知ってるとも。じゃお光さん、本当かい?」
「はあ」と術なげにうなずく。
「ふむ!」とばかり、男はいも何もめ果ててしまったような顔をして、両手を組んで差しうつむいたままことばもない。
 女もしばらくは言い出づる辞もなく、ただつらそうに首をばれて、自分のひざ吹綿ふきわたいじっていたが、「ねえ金さん、お前さんもこれを聞いたら、さぞ気貧きまずい女だとお思いだろうが……何しろ阿父さんには死なれてしまうし、便りにしていたお前さんはさっき言う通りで、どうも十中八九はこの世においでじゃなさそうに思われるし、と言ってほかに力になるような親内みうちらしい親内もないものだから、私一人ぼっちで本当に困ってしまったんだよ。そこへちょうど吉新の方から話があって、私も最初は煮えきらない返事をしていたんだけど、もう年が年だからって、はたでヤイヤイ言うものだから、私もとうとうその気になってしまったようなわけでね……金さん、お前さんも何だわ――今さらそう言ったってしようがないけど――せめて無事だというだけでも便りをしておくれだったら……もっとも話のようじゃそれもできなかったか知らないが……」
「そうさ、それが出来るようなら文句はねえんだが……」と遣瀬やるせなさそうに面を挙げて、「そりゃね、お光さんが亭主を持とうとどうしようと、俺がかれこれ言う筋はねえ。ねえけれど……お光さん、お前も俺の胸の内は察してくれるだろう」
「ええ、そりゃもうね」
「せめて何か、口約束でもした中と言うならだが、元々そんなことのあったわけじゃなし、それにお前の話を聞いて見りゃ一々もっともで、どうもこれ、うらみたくも怨みようがねえ……けれど、俺は理屈はなしに怨めしいんで……」
「…………」
「何もお光さんで見りゃそんな気があって言ったんじゃあるめえが、俺がいよいよ横浜はまへ立つという朝、出がけにお前の家へ寄ったら、お前が繰り返し待ってるからと言ってくれた、それを俺はどんなに胸に刻んで出かけたろう! けれど、考えて見りゃ誰だってそのくらいのことはお世辞に言うことで……」
「金さん!」と女は引手繰ひったくるように言って、「お世辞なんてあんまりだよ! 私ゃそんなつもりじゃない。そりゃなるほど、口へ出しては別にこうと言ったことはないけれど、私ゃお前さんの心も知っていたし、私の心もお前さんは知っていておくれだったろう。それだのに、今さらそんな……」
「まあいいやな」と男はいさぎよく首をって、「お互いに小児がきの時から知合いで、気心だって知って知って知り抜いていながら、それが妙な羽目でこうなるというのは、よくよく縁がなかったんだろう! いや、こうなって見るとちと面目ねえ、亭主持ちとは知らずに小厭こいやらしいことを聞かせて。お光さん、どうか悪く思わねえでね、これはこの場り水に流しておくんなよ」
「どうもお前さんが、そうさばけて言っておくれだと、私はなおと済まないようで……」
「何がお光さんに済まねえことがあるものか、済まねえのは俺よ。だが、そんなことはまあどうでもいいとして、この後もやっぱりこれまで通り付き合っちゃくれるだろうね?」
「なぜ? 当り前じゃないかね?」
「だって、亭主がありゃ、もう野郎の友達なんざらねえかと思ってさ」と寂しい薄笑いをする。
「はばかりさま! そんな私じゃありませんよ」と女はむきになって言ったが、そのまま何やらジッと考え込んでしまった。
 男はわざと元気よく、「そんなら俺も安心だ、お前とこの新さんとはまんざら知らねえ中でもねえし、これを縁に一層また近しくもしてもらおう。知っての通り、俺も親内みうちと言っちゃ一人もねえのだから、どうかまあ親類付合いというようなことにね……そこで、改めて一つ上げよう」
 差さるる盃を女は黙って受けたが、一口附けると下に置いて、口元を襦袢じゅばんの袖でぬぐいながら、「金さん、一つ相談があるが聞いておくれでないか?」
「ひどく改まったね。何だい、相談てえのは?」
「ほかではないがね、お前さんに一人お上さんを取り持とうと思うんだが……」
「女房を? そうさね……何だかおつりきに聞えるじゃねえか、早く一人押ッ付けなきゃ寝覚ねざめが悪いとでも言うのかい?」
「おや、とんだまわさ。私はね、お前さんが親類付合いとお言いだったから、それからふと考えたんだが……お前さんだってどうせ貰わなきゃならないんだから、一人よさそうなのを世話して上げたら私たちが仲人というので、この後も何ぞにつけ相談対手あいてにもなれようと思って、それで私はそう言って見たんだが……どうだね、私たちの仲人じゃ気に入らないかね?」
「なに、そんなことはねえ、新さんとお光さんの仲人なら俺にゃ過ぎてらあ。だが、仲人はいいが……」と言いして、そのまま伏目になって黙ってしまう。
「仲人はいいが、どうしたのさ?」
 男は目を輝かせながら、「どうだろう? お光さん」
「え?」
「せめてお光さんの影法師ぐらいのがあるだろうか?」
「何だね、この人は! 私ゃ真面目ではなしてるんだよ」
「俺も真面目さ」
「まあ笑談はいて、きっとこれから金さんの気に入ろうというのを世話するから、私に一つお任せなね」
「そりゃ任せようとも、お前に似てさえいりゃ俺の気に入るんだから」
「およしよ、からかうのは。私のようなこんな気の利かないお多福でなしに、縹致きりょうなら気立てなら、どこへ出しても恥かしくないというのを捜して上げるから、ね、今から楽しみにして待っておいでな」
「まあその気で待っていようよ。おいお光さん、談してばかりいて一向やらねえじゃねえか。どうだい酒が迷惑なら飯をそう言おう」
「いえ、もうおまんまも何もたくさん。さっきから遠慮なしに戴いて、お腹が一杯だから」
「だって、一膳ぐらいいいだろう? 俺も付き合う」
「お前さんはまだお酒じゃないか、私ゃ本当にたくさんなの。それにあんまり遅くなっても……」
「なるほど、違えねえ、新さんが案じてるだろう」
しゃくをお言いでないよ! だが、全くのことがね、この節内のは体が悪くて寝てるものだからね」
「そうか、そいつはいけねえな」

     二

 永代橋傍の清住町というちょっとした町に、代物しろものの新しいのと上さんの世辞のよいのとで、その界隈かいわいに知られた吉新という魚屋がある。元は佃島の者で、ここへ引っ越して来てからまだ二年ばかりにもならぬのであるが、近ごろメッキリ得意も附いて、近辺の大店おおたな向きやお屋敷方へも手広く出入りをするので、町内の同業者からはとんだ商売がたきにされて、何のあいつが吉新なものか、煮ても焼いても食えねえ悪新だなぞと蔭口かげぐちたたく者もある。
 けれど、その実吉新のあるじの新造というのは、そんなわるでもなければ善人でもない平凡な商人で、わずかの間にそうして店をし出したのも、単に資本もとでが充分なという点と、それに連れてよそよりは代物をよく値を安くしたからに過ぎぬので、親父おやじは新五郎といって、今でもやっぱり佃島に同じ吉新という名で魚屋をしていて、これは佃での大店である。
 で、店は繁昌するし、後立てはシッカリしているし、おまけに上さんは美しいし、このまま行けば天下泰平吉新万歳であるが、さてどうも娑婆しゃばのことはそう一から十まで註文ちゅうもん通りにはまらぬもので、この二三箇月前から主はブラブラわずらいついて、最初は医者も流行感冒はやりかぜの重いくらいに見立てていたのが、近ごろようよう腎臓病と分った。もっとも、四五年前にも同じ病気にかかったのであるが、その時は急発であるとともに三週間ばかりで全治したが、今度のはジリジリと来て、長い代りには前ほどに苦しまぬので、下腹や腰の周囲まわりがズキズキうずくのさえ辛抱すれば、折々熱が出たり寒気がしたりするくらいに過ぎぬから、今のところではただもう暢気のんきに寝たり起きたりしている。帳場と店とは小僧対手に上さんが取り仕切って、買出しや得意廻りは親父の方から一人若衆わかいしゅをよこして、それに一切任せてある。
 今日は不漁しけで代物が少なかったためか、店はもう小魚一匹残らず奇麗に片づいて、浅葱あさぎ鯉口こいぐちを着た若衆はセッセと盤台を洗っていると、小僧は爼板まないたの上の刺身のくずをペロペロつまみながら、竹箒たけぼうきの短いので板の間を掃除している。
 若衆は盤台を一枚洗い揚げたところで、ふと小僧を見返って、「三公、お上さんはいつごろ出かけたんだい?」
「そうだね、何でも為さん(若衆の名)が得意廻りに出るとじきだったよ」
「それにしちゃ馬鹿に遅いじゃねいか。何だかこの節お上さんの様子が変だぜ、店の方も打遣うっちゃらかしにして、いやにソワソワ出歩いてばかりいるが……」
「なあにね、今日は不漁しけで店がひまだから、こんな時でなけりゃゆっくり用足しにも出られないって」
「へ! 何の用足しだか知れたものじゃねえ、こう三公、いいことを手前におしえてやらあ、今度お上さんが出かけるだったらな、どうもお楽しみでございますねって、そう言って見や、鼻薬の十銭や二十銭黙ってくれるから」
「おいらはそんなことを言わなくたって、お上さんにゃしょっちゅう小使いをもらってらあ」
「ちょ! 芝居気のねえ野郎だな」と独言ひとりごちて、若衆は次の盤台を洗い出す。
 しばらくするとまた、「こう三公」
「何だね? 為さん」
「そら、こないだお上さんのとこへ訪ねて来た男があるだろう……」
「為さんはまたお上さんのことばっかり言ってるね」
「ふざけるない! こいつ悪く気を廻しやがって……なあ、こないだ金之助てえ男が訪ねて来たろう」
「うむ、海にんでる馬だって、あの大きなきばを親方のとこへ土産みやげに持って来たあの人だろう」
「あいつさ、あいつはあれりもう来ねえのか?」
「来ねえようだよ」
うそつけ! 来ねえことがあるものか」
「じゃ、為さん見たのか?」
「俺は手前、毎日得意廻りに出ていねえんだもの、見やしねえけれど大抵当りはつかあ」
「そうかね」
「そうとも。きっと何だろう、店先へ買物にでも来たような風をして、親方の気のつかねえように、何かボソボソお上さんと内密話ないしょばなしをしちゃ、帰って行くんだろう。なあ、どうだ三公、当ったろう?」
 小僧は怪訝けげんな顔をして、「おいらはそんなとこを見たことはねえよ。だって、あれからまだ一度も来たのは知らねえもの」
「本当か?」
「ああ、本当に!」
「そんなはずはねえがな」と若衆は小首をかたげたが、思い出したように盤台をゴシゴシ。
 十分ばかりもゴシゴシやったと思うと、またもや、「三公」
「三公三公って一々呼ばなくても、三公はここにいるよ」
「お上さんのとこへ、この節郵便が来やしねえか?」
「郵便はしょっちゅう来るよ」
「なあに、しょっちゅう来るのでなしに、お上さんが親方へ見せずに独りで読むのが?」
「どうだか、おいらはそんなことは気をつけてねえから……や! お上さん」
「え※(疑問符感嘆符、1-8-77)」と若衆も驚いて振り返ると、お上さんのお光はいつの間にか帰って背後うしろに立っている。
「精が出るね」
「へへ、ちっともお帰んなすったのを知らねえで……外はお寒うがしょう?」
「何だね! このあったかいのに」と蝙蝠傘こうもりがさを畳む。
「え、そりゃお天気ですからね」と為さんこのところすこてれの気味。
 お光は店をあがって、脱いだ両刳りょうぐりの駒下駄こまげたと傘とを、次の茶の間を通り抜けた縁側のすみの下駄箱へしまうと、着ていた秩父銘撰ちちぶめいせん半纏はんてんを袖畳みにして、今一間茶の間と並んだ座敷の箪笥たんすの上へ置いて、同じ秩父銘撰の着物の半襟のかかったのに、引ッかけに結んだ黒繻子の帯のゆるみ心地なのを、両手でキュウとめ直しながら二階へ上って行く。その階子段はしごだんの足音のやんだ時、若衆の為さんはベロリと舌を吐いた。
「三公、手前お上さんの帰ったのを知って、黙ってたな?」
うそだよ! 俺はこっちを向いて話してたもんだから、あの時まで知らなかったんだよ」
「俺の喋ってたことを聞いたかしら?」
「聞いたかも知れんよ」
「ちょ! どうなるものか」と言いさまザブリと盤台へ水をけて、「こう三公、掃除が済んだら手前もここへ来や。早く片づけて、明るいうちに湯へ行くべえ」
 後は浪花節なにわぶしうなる声と、束藁たわしのゴシゴシ水のザブザブ。
 二階には腎臓病のあるじが寝ているのである。窓の高い天井の低い割には、かなりに明るい六畳の一間で、申しわけのような床の間もあって、申しわけのような掛け物もかかって、おあつらえの蝋石ろうせきの玉がメリンスのしとねに飾られてある。更紗さらさ掻巻かいまきねて、毛布をかけた敷布団の上に胡座あぐらを掻いたのは主の新造で、年は三十前後、キリリとした目鼻立ちの、どこかイナセには出来ていても、真青な色をして、少しむくみのある顔を悲しそうにしかめながら、そっと腰の周囲まわりをさすっているところは男前も何もない、血気盛りであるだけかえってみじめが深い。
 差し向って坐ったお光は、「私の留守に、どこか変りはなかったかね?」
「別にどこも……相変らずズキズキうずくだけよ」
「どうかその、疼くだけでも早く医者の力で直らないものかねえ! あまり痛むなら、菎蒻こんにゃくでもでて上げようか?」
「なに、懐炉を当ててるから……今日はそれに、一度も通じがねえから、さっき下剤くだしを飲んで見たがまだ利かねえ、そのせいか胸がムカムカしてな」
「いけないね、じゃもう一度下剤をかけて見たらどうだね!」
「いいや、もう少し待って見て、いよいよ利きが見えなかったら灌腸かんちょうしよう」と下腹をさすりながら、「どうだったい、お仙ちゃんの話は?」
「まあ九分までは出来たようなものさ、何しろ阿母おっかさんが大弾おおはずみでね」
「おふくろの大弾みはそのはずだが、当人のお仙ちゃんはどうなんだい?」
「どうと言って、別にこうと決った考えがあるのでもないから、つまり阿母さん次第さ。もっともあのの始めの口振りじゃ、何でも勤人のところへ行きたい様子で、どうも船乗りではと、進まないらしいようだったがね、私がだんだんくわしい話をして、並みの船乗りではない、これこれでこういうことをする人だと割って聞かしたものだから、しまいにはいろいろ自分の方から問いを出して考えていたっけ。あの通り縹致きりょうはいいし、それに読み書きが好きで、しょっちゅう新聞や小説本ばかりのぞいてるような風だから、幾らか気位が高くなってるんでしょう」
「だってお前、気位が高いから船乗りがいやだてえのは間違ってる。そりゃ三文渡しの船頭も船乗りなりゃ川蒸気の石炭きも船乗りだが、そのかわりまた汽船の船長だって軍艦の士官だってやっぱり船乗りじゃねえか。金さんの話で見りゃなかなか大したものだ、いわば世界中の海をまたにかけた男らしい為事しごとで、はした月給を取って上役にピョコピョコ頭を下げてるような勤人よりか、どのくらい亭主に持って肩身が広いか知れやしねえ」
「本当にね、私もそう思うのさ。第一気楽じゃないか、亭主は一年の半分上から留守で、高々三月か四月しかおかにいないんだから、後は寝て暮らそうとどうしょうと気儘きままなもので……それに、もらう方でなるべく年寄りのある方がいいという注文なんだから、こんないい口がほかにあるものかね。お仙ちゃんが片づけば、どうしたってあの阿母さんは引き取るか貢ぐかしなけりゃならないのだが、まあ大抵の男は、そんな厄介やっかい附きは厭がるからね」
「そうさ、俺にしても恐れらあ。だが、金さんの身になりゃ年寄りでも附けとかなきゃ心配だろうよ、何しろ自分は始終留守で、若い女房を独り置いとくのだから……なあお光、お前にしたって何だろう、亭主は年中家にいず、それで月々仕送りは来て、毎日遊んで食って寝るのが為事としたら、ちょいとこう、浮気の一つも稼いで見る気にならねえものでもなかろう」と腰をさすりさすり病人厭言いやごとを言う。
 お光は済ましたもので、「そうね、自分がなって見ないことにゃ何とも分りませんね」
 と、言っているところへ、階子段はしごだんの下から小僧の声で、「お上さん、お上さん」
「あいよ。何だね、騒々しい!」
「お上さん!」
「あいよったら!」
 小僧はついにその返事が聞えなかったと見えて、けたたましく階子段を駈け上って来て、上り口からさらに、
「お上さん!」
「何だよ! さっきから返事をしてるじゃないか」
「そうですか」と小僧は目をパチクリさせて、そのまま下りて行こうとする。
「あれ、なぜ黙って行くのさ。呼んだのは何の用だい?」
「へい、お客様で……こないだ馬の骨を持って来たあの人が……」
「何、馬の骨だって?」と新造。
「いいえ、きっとあの金さんのことなんですよ」
「ええ、その金さんのことなんで」
「金さんだなんて、お前なぞがそんな生意気な口を利くものじゃない!」
「へい」
 お光は新造に向って、「どうしましょう、ここへ通しましょうか?」
「ここじゃあんまり取り散らかしてあるから、下の座敷がいいじゃねえか」
「じゃ、とにかく座敷へ通しましょう」とお光が立ちかかると、小僧は身を返してバタバタと先へ下りて行く。
 店先へ立ち迎えて見ると、客は察しにたがわぬ金之助で、今日は紺の縞羅紗しまらしゃの背広に筵織むしろおりのズボン、鳥打帽子を片手に、お光の請ずるまま座敷へ通ったが、後見送った若衆の為さんは、忌々いまいましそうに舌打ち一つ、手拭てぬぐい肩にプイと銭湯へ出て行くのであった。
 金之助は座に着くとまず訊ねた、「どうだね、新さんの病気は?」
「どうも相変らずでね」
「やっぱり方々が疼くんだね?」
「はあ。どうかその疼くだけでも留ったらとそう思うんだけどね……自分も苦しいだろうが、どうも見ていてはたがたまらないのさ」とお光は美しい眉根まゆねを寄せてしみじみ言ったが、「もっともね、あの病気は命にどうこうという心配がないそうだから、遅かれ早かれ、いずれ直るには違いないから気丈夫じゃあるけど、何しろ今日の苦しみが激しいからね、あれじゃそりゃ体もせるわ」
「まあしかし、直るという当てがあるからいいやな。あまり心配して、お光さんまで体を悪くするようなことがあっちゃ大変だ」
「ありがとう、私ゃなに、これで存外体は丈夫なんだからね」とまずニッコリしながら、「金さん、今日はお前さんいいとこへおいでだったよ。実はね、明日あたりお前さんの方へ出向こうかと思ってたのだが……それはそれは申し分のない、金さんのお上さんに誂え向きといういいッかったんだよ」
「そいつはありがたいね、ははは、金さんに誂え向きのなら、あめの中のお多さんじゃねえか」
「あれ、笑談じょうだんじゃないんだよ。まあ写真を見せるから……」と立ちかける。
「いや、お光さん、写真も写真だが、今日は実は病気見舞いに来たんだから、まずちょいと新さんに会いてえものだが……」と何やら風呂敷包みを出して、「こりゃうまくはなさそうだけれど、消化こなれがいいてえから、病人に上げて見てくんな」
「まあ、何だか知らないが、来るたび頂戴して済まないねえ。じゃ、取り散らかしてあるが二階へ通っておくれか」
「そうしよう」
 そこで、お光は風呂敷包みをもって先に立つと、金之助もそれについて二階へ上る。
 新造と金之助と一通り挨拶あいさつの終るのを待って、お光は例の風呂敷を解いて夫に見せた。きりの張附けの立派な箱に紅白の水引をかけて、表に「こしみぞれ」としてある。
「お前さん、こんな物を頂戴しましたよ」
「そうか。いや金さん、こんなことをしておくんなすっちゃ困るね。この前はこの前であんな金目の物を貰うしまたどうもこんな結構なものを……」
「なに、そんなに言いなさるほどの物じゃねえんで……ほんのお見舞いの印でさ」
「まあせっかくだから、これはありがたく頂戴しておくが、これからはね、どうか一切こういうことはやめにして……それでないと、親類付合いに願うはずのがかえって他人行儀になるから……そう、親類付合いと言や」とお光を顧みて、「お前、お仙ちゃんの話をしたかい?」
「いえ、まだ詳しいことは……」
「じゃ、詳しく話したらどうだい?」
「はあ、じゃとにかくあの写真を……」とお光は下へ取りに行く。
 後に新造は、「お光がね、金さんにぜひどうかいいのがお世話したいと言って、こないだからもう夢中になって捜してるのさ」
「どうかそんなようで……恐れ入りますね」
「今日ちょうど一人あったんだが……これは少しわしの続き合いにもなってるから、私がめるのも変なものだけれど、全くのところ、気立てと言い縹致きりょうと言いよっぽどよく出来てるので……今写真をお目にかけるが……」と言っているところへ、お光は写真を持って上って来た。
「さあ、金さん」と差し出されたのを、金之助は手に取って見ると、それは手札形の半身で、何さま十人並みすぐれた愛くるしい娘姿。年は十九か、二十はたちにはまだなるまいと思われるが、それにしても思いきってはでな下町作りで、頭は結綿ゆいわたにモール細工の※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)まえざし、羽織はなしで友禅の腹合せ、着物は滝縞の糸織らしい。
「ねえ金さん、それならお気に入るでしょう?」とお光は笑いながら言ったが、亭主の前であるからかことば使いが妙に改まっている。
「そうですね、わっしにゃ少し過ぎてるかも知れねえて」
「そんなことはないけど、写真で見るよりかもう少し品があって、口数の少ないオットリした、それはいいですよ」
「そんないい娘が、私のような乱暴者を亭主に持って、辛抱が出来るかしら」
「それは私が引き受ける」と新造が横から引き取って、「一体その娘の死んだ親父おやじというのが恐ろしい道楽者で自分一代にかなりの身上しんしょうを奇麗に飲みつぶしてしまって、後には借金こそなかったが、随分みじめな中をおふくろと二人きりで、さい時からなかなか苦労をし尽して来たんだからね。並みの懐子ふところごとは違って、少しの苦しみやつらいくらいは驚きゃしないから」
「それもそうだし、第一金さんのとこへ片づいて、辛抱の出来ないようなそんな苦しいことや、愁いことがあろうわけがなさそうに思われるがね。それとも金さん、何かお上さんが辛抱の出来ないようなことを、これからし出来でかそうってつもりでもあるのかね?」
 お光の辞をどう取ったのか、金之助は心持ち顔を赤めて、「馬鹿な! そんな何が、ある理屈はねえけれど……どうもこう、見たところこんなおとなし作りの娘を、船乗りのあばれ者の女房にゃ可哀そうのようでね」
「だって、先方さきが承知でぜひ行きたいと言うんだもの」
「ははは、あんまりそうでもあるめえて、ねえ新さん」
「ところが、先方のお母なぞと来たら、大乗り気だそうだから、どうだね金さん、一つ真面目まじめに考えて見なすったら?」と新造は大真面目なので。
「ええ、そうですね」と金之助も始めて真剣らしく、「じゃ、私もよく一つ考えて見ましょうよ」
「だが金さん、その写真は気に入ったか入らないか……まあさ、それだけお聞かせなね」
「どうもこう詰開きにされちゃ驚くね。そりゃ縹致はこれなら申し分はねえが……」
「縹致は申し分ないが、ほかに何か申し分が……」
「まあま、お光さん、とにかく一つ考えさせてもらわなけりゃ……何しろまだ家もねえような始末だから、女房を貰うにしても、さしあたり寝さすところからこしらえてかからねえじゃならねえんだからね」

     三

「実は、この間うちからどうもそんなような徴候が見えたから、あらかじめ御注意はしておいたのだが、今日のようじゃもう疑いなく尿毒性で……どうも尿毒性となると、普通の腎臓病と違ってきわめて危険な重症だから……どうです、おかみさん、もう一人誰かほかの医者にお見せなすったら。もしそれで、私の見立てが違っていたらこれに越したことはない」
 二三日来急に容体の変って来た新造の病気を診察した後で、医者は二階から下りてこうお光に言ったのである。なるほど素人目しろうとめにも、この二三日の容体はさすがに気遣きづかわれたのであるが、日ごろ腎臓病なるものは必ず全治するものと妄信していたお光の、このゆゆしげな医者の言い草に、思わず色を変えて太胸とむねを突いた。
「まあ! じゃその尿毒性とやらになりますと、もうむずかしいんでございますか?」
「だが、わしの見立て違いかも知れんから、も一人誰かにお見せなさい」
「はい、それは見せますにしましても、先生のお見立てではもう……」
「そうです。もう疑いなく尿毒性と診断したんです! しかしほかの医者は、どうまた違った意見があるかも分りません」
「それで何でございましょうか、先生のお見立て通りでございましたら……あの、尿毒性とやら申すのでございましたら……」とお光はもうオロオロしている。
「尿毒性であると、よほどこれは危険で……お上さん、私は気安めを言うのはかえって不深切と思うから、本当のことを言って上げるが、もし尿毒性に違いないとすると、まずむずかしいものと思わねばなりませんぞ!」
「…………」
「とにかく、ほかの医者にも見ておもらいなさい、私ももう二三日経過を見て見るから」
「はい」
「今日から薬が少し変るから、そのつもりで」
「はい」
 医者は帰った。お光は送り出しておいて、茶の間に帰るとそのままバッタリ長火鉢の前にくずおれたが、目は一杯に涙をたたえた。頬に流れ落ちるしずくぬぐいもやらずに、あごえりに埋めたまま、いつまでもいつまでもじッと考え込んでいたが、ふと二階のうなり声に気がついて、ようやく力ない体を起したのであった。が、階子段の下まで行くと、胸は迫って、涙はハラハラととめどなくぐるので、顔をおさえて火鉢の前へ引っ返したのである。
 で、小僧を呼んで、「店は私が見てるからね、お前少し二階へ行って、親方の傍についておいでな」
「へい、ただついてりゃいいんですか?」
「そんなこと聞かなくたって……親方がさすってくれと言ったらさすって上げるんじゃないか」
「へい。ですが、こないだむくんでた皮を赤剥けにして、親方にしかられましたもの……」と渋くったが、見ると、お上さんは目を真赤に泣きらしているので、小僧は何と思ったか、ひどく済まないような顔をしてコソコソと二階へ上って行く。
「医者のあの口振りじゃ、九分九厘むつかしそうなんだが……全くそんなんだろうか」と情なさそうに独言ひとりごちて、お光は目を拭った。
 ところへ、「郵便!」と言う声が店に聞えて立ったが、自分の泣き顔に気がついて出るのはためらった。
「吉田さん、郵便!」
「はい」
「ここへ置きますよ」
 配達夫の立ち去った後で、お光はようやく店に出て、框際かまちぎわの端書を拾って茶の間へ帰ったが、見ると自分の名宛で、差出人はかのお仙ちゃんなるそのの母親。文言もんごんは例のお話の縁談について、明日ちょっとお伺いしたいが、お差支えはないかとの問合せで、配達が遅れたものと見え、日附は昨日の出である。
 端書をひざの上に置いて、お光はまたそれにいつまでも見入った。
「全くもうむずかしいんだとしたら……」としばらくしてから口に出して言ったが、妙に目を光らせてあたりを見廻し、膝の上の端書を手早く四つに折って帯の間へ蔵うと、火鉢にもたれて火をせせり出す。
 長火鉢の猫板ねこいた片肱かたひじ突いて、美しい額際ひたいぎわを抑えながら、片手の火箸ひばしで炭をいたり、灰をならしたりしていたが、やがてその手も動かずなる。目はしばたたきもやんだように、ひたと両の瞳を据えたまま、炭火のだんだん灰になるのを見つめているうちに、顔は火鉢の活気にほてってか、ポッと赤味をして涙もかわく。
「いよいよむずかしいんだとしたら、私……」とまた同じ言をつぶやいた。帯の間からさきの端書を取り出して、もう一度読んで見たが、今度は二つに引き裂いて捨てたのである。
「お上さん、三公はどッかへ出ましたか?」と店から声をかけられて、お光は始めて気がつくと、若衆の為さんが用足しから帰ったので、中仕切の千本格子ごうしの間からこちらをのぞいている。
「三吉は今二階だが、何か用かね?」
「なに、そんならいいんですが、またどっかへ遊びにでも出たかと思いまして」と中仕切をあけて、
「火種を一つ貰えませんか?」
「火鉢をお貸し」
 為さんは店の真鍮火鉢しんちゅうひばちを押し出して、火種を貰うと、手元へ引きつけてまず一服。中仕切の格子戸はあけたまま、さらにお光にはなしかけるのであった。
「お上さん、親方はどんなあんばいですね?」
「どうもね、くないんで困ってしまうわ」
「ああどうも長引いちゃ、お上さんもお寂しいでしょう?」
「寂しいって?」お光は合点の行かぬ顔をして、「なぜね?」
「へへへ、でもお寂しそうに見えますもの……」と胡散うさんくさい目をしながら、「何は、金之助さんは四五日見えませんね?」
 お光は黙って顔をながめた。
「あの人は何でしょう、前から何も親方と知合いというわけじゃないんでしょう?」
「深い知合いというでもないが、小児こどもの時学校が一緒とかで、顔は前から知ってるんだって」
「そうですか。わッしゃまたお上さんがお近しいから、そんな縁引きで今度親方のとこへも来なすったんだと思いまして……いえね、金さんの方じゃ知んなさらねえようだが、私ゃ以前あの人の家のじき近所に小僧をしていて、あの人のことはよく知ってますのさ」
「そう、いつごろのこと?」
「そうですね、もう四五年前のことでしょう、お上さんがまだ島田なんぞってなすったころで」
「へえい、じゃ私のこともそのころ知ってて?」
「ええ、お上さんのことはそんなによく知りませんが、でも寄席よせへなぞ金さんと一緒に来てなすって、あれがお光さんという清元の上手なだって、友達から聞いたことはありますんで……金さんも何でしょう、昔馴染むかしなじみてえので、今でもお上さんが他人のようにゃ思えねえんでしょう」とニヤリ歯を見せて笑う。
 お光はサッと顔を赤くしたが、「つまらないことをお言いでないよ! 昔馴染みだとか、他人のように思えないだとか、何か私と厭らしいことでもあったようで、人聞きが悪いじゃないか」
「へへ、誰も人は聞いてやしませんから大丈夫でさ」
「あれ、まだこの人はあんなことを言って! 金さんと私とは、娘の時からの知合いというだけで――それは親同士が近しく暮らしてたものだから、お互いに行ったり来たり、随分一緒にもなって同胞きょうだいのようにしてたけど……してたというだけで、ただそれだけのものじゃないか、お前さんもよっぽど廻り気の人だね」
「へへ、そうですかね」と為さんは例のニヤリとして、「私もどうか金さんのような同胞に、一度でいいから扱われて見てえもんですね」
「じゃ、金さんの弟分にでもなるさ」と言い捨てて、お光はつと火鉢を離れて二階へ行こうとすると、この時ちょうど店先へガラガラとくるまが留った。
 俥を下りたのは六十近くの品のいいばあさんで、車夫に銭を払って店へ入ると、為さんに、「あの、私はお仙のおふくろでございますが、こちらのお上さんに少しお目にかかりたくてまいりましたので……」
「まあ阿母おッかさん、よくまあ!」とお光は急いで店先へ出迎える。
 媼さんはニコニコしながら、「とうとうお邪魔に出ましたよ。不断は御無沙汰ごぶさたばかりしているくせに、自分の用があると早速こうしてねえ、本当に何という身勝手でしょう」
「まあこちらへお上んなさいよ、そこじゃ御挨拶も出来ませんから」
「ええ、それじゃ御免なさいましよ、御遠慮なしに」とお光の後について座敷へ通りながら、「昨日あの、ちょいと端書を上げておきましたが……」
「あれがね、阿母さん、遅れてつい今し方着いたんですよ」
「まあ、そうですかよ。やっぱり字の書きようがまずいので、読めにくくってそれで遅れたんでございましょうね。それじゃお光さんにも読みづらかったでしょう、昔者の私が書いたのですからねえ」
「いいえ、そんなことはありませんよ。私にはよく分りましたけど、全くそういうわけで御返事を上げなかったんですから……さあどうぞお敷き下さい」
 お光はしとね火鉢と気を利かして、茶に菓子に愛相よくもてなしながら、こないだ上った時にはいろいろ御馳走になったお礼や、その後一度伺おう伺おうと思いながら、手前にかまけてつい御無沙汰をしているおびなど述べ終るのを待って、媼さんは洋銀の細口の煙管きせるをポンとはたき、煙をフッと通して、気忙しそうに膝を進める。
「実はね、お光さん、今日わざわざお邪魔に上りましたのもね、やっぱりその、こないだおいで下さいましたあの話でございますがね。どうでしょう、私はもとよりのこと、お仙もぜひお世話が願いたいとそう申しているのですが……向う様のお口振りはどんなでしょう?」
「向うですか……」と言って、お光は黙って考えている。
 媼さんは心もとなげに眺めていたが、一段声を低めて、「これはね、ここだけの話ですが――もっとも、お光さんは何もかも知っておいでなさることだから、お談しせずともだけれど、あれも来年はもう二十はたちでございますからね。それに御存じの通りの為体ていたらくで、一向支度したくらしい支度もありませんし、おまけに私という厄介者やっかいものまで附いているような始末で、正直なところ、今度のような話を取り逃した日には、滅多めったにもうそういう口はございませんからね……これはお光さんだけへの話ですけれど、私はどうか今度の話がまとまるように、一生懸命お不動様へ願がけしているくらいなんですよ」
「ほほほ、阿母さんもあまりそれは、安く自分で落し過ぎますよ。可哀そうにお仙ちゃんは、縹致きりょうだって気立てだってあの通り申し分ないんですもの、そりゃ行こうとなさりゃどんなところへでも……」
「いいえ、そんなことを思っていると大間違いです。こないだもね、お光さんがおいで下すった時に、何だかあれが煮えきらない様子でしたから、後で私がそう言って聞かしたことですよ。お前なんぞ年が若いから、もしね、人並みの顔や姿でとんだ自惚うぬぼれでも持って、あの、口なくして玉の輿こしなんて草双紙にでもあるようなことを考えてるなら、それこそ大間違い! 妾手掛めかけてかけなら知らないこと、この世知辛い世に顔や縹致で女房を貰う者は、唐天竺からてんじくにだってありはしない。縹致よりは支度、支度よりは持参、嫁の年よりはまず親の身代を聞こうという代世界よせかいだもの、そんな自惚れなんぞ決してお持ちでないって、ねえ、そう言ったことですよ」
「だって、何ぼ今の代世界だって、阿母さんのようにそう一概に言ったものでもありませんよ。随分また縹致や気立てに惚れた縁組も、世間にないとは限りませんもの。阿母さんのように言ってしまった日には、まるで男女おとこおんな情間じょうあいなんてものはなさそうですけど、今だって何じゃありませんか、惚れたのはれたのと、欲も得も忘れて一生懸命になる人もあるし、よくそんな話が新聞なぞにも出ているじゃありませんか」とお光は真剣になって弁駁べんばくする。
「ええ、それはそうですね。私なぞも新聞を見るたび、どうしてこんなことがと不思議に思うようなことがよくありますからね。それは広い世間ですから、いろいろなこともございますよね」と媼さんはいい加減にあしらって、例の洋銀の煙管きせるで一服吸ってから、「それで、何でしょうか、写真は向う様へお見せ下さいましたでしょうか?」
「ええ、それは見せました、こないだ私がお宅から帰ると、都合よくちょうど先の人が来合わせたものですから」
「それで、御覧なさいましてどんなお口振りでした?」
「別にその時は……何しろ急いでいたものですからね、とにかく借してくれってそのまま持って行きましたが……それは、お仙ちゃんのあの縹致ですから、あれを見て気に入らないってことはありますまいよ」とお光は気の乗らぬ笑顔をする。
「ですがね、あの写真は変に目がこわく写っていますから……」
「そんなことはありゃしませんよ。けれど、ただね、ちとどうも若過ぎやしないかって……」
「ええ、私もそれを言わないことじゃなかったのですよ、あまりあれじゃはで作りで、どう見ても七か八に見えますもの。正真なところ、二月生まれの十九ですから……お光さんからもそうちょっと断っておもらい申すでしたにねえ」
「そりゃ言いましたとも。お世話をしようてのに、年を言わないってことがあるものですか、ほほほほ、何ですよ! 阿母さん」
「大きにね、御免なさいよ。そこらに如才のあるようなお光さんでもないのに、私もどうかしていますね、ほほほほ」と媼さんも笑って、「では、写真を持っておいでなさいましてから、その後まだ何とも?」
「はあ、いろいろ何だか用の多い人ですから……」
「いえね、それならば何ですけど、実はね、こないだお光さんのお話の様子では大分お急ぎのようでしたから、それが今日までお沙汰のないとこを見ると、てッきりこれはいけないのだろうとそう思いましてね。じゃ、まだそう気を落したものでもないのでございますね」と言って、媼さんは空笑そらわらいをする。
 お光も苦笑いをして、「でも、全くあの時は先方さきの口振りがいかにも急ぎのようでしたものですから……いえ、どッちにしてもほかのこととは違いますし、阿母さんの方だって心待ちにしておいでのことは分ってますから、先方が何とも言って来ないからって、それで打遣うッちゃっておいちゃ済みませんわね。私もね、実はもうこないだから、一度向うへ出向こう出向こうとそう思っちゃいるんですけど、ついどうも……何分病人をかかえてちっとも体がはずせないものですからね」
 言われて媼さんは始めて気がついたらしく、「まあ、私としたことが、自分の勝手なことばかりしゃべっていて……ほんにまあ、御病人はどんなでおいでなさいますね、まだおよろしくございませんかよ」
「え、よろしいどころなものですか、今日もお医者から……」と言いして、お光は何と思ったか急にことばを変えて、「何しろたちのよくない病気なんですもの」
「質がね? それじゃ御病人も何でしょうが、お光さんが大抵じゃございませんね。そんな中へどうも、こんな御面倒な話を持ち込みましちゃ……」と媼さんは何か思案にれる。たばこめては吸い填めては吸い、しまいにゴホゴホせ返って苦しんだが、やッと落ち着いたところで、「お光さん、一体今度のお話の……金之助さんとかいうのでしたね? その方はどこに今おいででございますね?」
「え、それは霊岸島の宿屋ですが……こうと、明日は午前ひるまえ何だから……阿母さん、明日あした夕方か、それとも明後日あさってのお午過ぎには私が向うへ行きますからね、何とか返事を聞いて、帰りにお宅へ廻りましょう」

     四

 金之助の泊っているのは霊岸島の下田屋という船宿で。しかしこの船宿は、かの待合同様な遊船宿のそれではない、清国しんこくの津々浦々からのぼって来る和船帆前船の品川前から大川口へ碇泊ていはくして船頭船子ふなこをお客にしている船乗りの旅宿で、座敷の真中に赤毛布あかげっとを敷いて、けやき岩畳がんじょうな角火鉢を間に、金之助と相向ってすわっているのはお光である。今日は洗い髪の櫛巻くしまきで、節米ふしよね鼠縞ねずみじまの着物に、唐繻子とうじゅす更紗縮緬さらさちりめんの昼夜帯、羽織が藍納戸あいなんどの薩摩筋のおめしというめかし込みで、宿の女中が菎蒻島こんにゃくじまあたりと見たのも無理ではない。
「馬鹿に今日は美しいんだね」と金之助はジロジロ女の身装みなりを見やりながら、「それに、くるまなぞ待たしといて、どこぞへこれから廻ろうてえのかね?」
「はあ、少しほかへも……」と言って、お光は何か心とがめらるるように顔を赤める。
「じゃ、ちっとは新さんもい方だと見えるね? そうやってお前が出歩くとこを見ると」
「いえね、あの病気は始終そう附きりでいなけりゃならないというのでもないから……それに、今日つくだの方から雇い婆さんを一人よこしてもらって、その婆さんの方が、私よりよっぽど病人の世話にも慣れてるんだから」
「それじゃ、病人の方は格別快いてえわけでもねえんだね?」
「ええ、どうもね」
「その代り、大して悪くもならねえんだろう」
「ええ」とうなずく。
「そういうのはどうしても直りが遅いわけさね。新さんもじれッたかろうが、お光さんも大抵じゃあるめえ」
「そりゃ随分ね何も病人の言うことを一々気にかけるじゃないけど、こっちがそれだけにしてもやっぱり不足たらだらで、私もつくづく厭になっちまうことがありますよ。誰でも言うことだけど、人間はもう体のまめなのが何よりね」
「だが、俺のように体ばかり健で、ほかに取得のねえのも困ったものさ。俺はちっとはわずらってもいいから、新さんの果報の半分でもあやかりてえもんだ」
「まあ、とんだ物好きね。内のがどう果報なんだろう?」
「果報じゃねえか、第一金はあるしよ……」
「御笑談もんですよ! 金なんか一文もあるものかね。資本もとでだって何だって、皆佃の方から廻してもらってやってるんだもの、私たちはいわば佃の出店を預ってるようなものさ」
「そりゃどうだか知らねえが、何しろ新さんはお光さんてえいいお上さんを持って……ねえ、こいつは金で買われねえ果報ださ」
「おや、どうもありがとう。だが、もうそんなことを言ってもらって嬉しがるような年でもないから大丈夫自惚れやしないからたんとお言い」とお光はちっとも動ぜず、洗い髪のハラハラこぼれるのを掻き揚げながら、「お上さんと言や、金さん、今日私の来たのはね」
「来たのは?」
「ほかでもないが、こないだの、そら、写真のはどうなの?」と鋭い目をしてじっと男の顔を見つめる。
「うむ、あれか、可愛らしいね」
「可愛らしいからどうなの?」
「どうてえこともねえさ」
「何だね! この人は。お前さん考えとくと言って持って帰ったんじゃないかね?」
「そうさ」
「じゃ、考えたの?」
「別に考えて見もしねえが、くれるならもらってもいい」
「貰ってもいいんだなんて、何だか一向はずまない返事だね」
「なに、弾まねえてえわけでもねえんだが……何しろこうして宿屋の二階にくすぶってるような始末で、まるで旅へでも来た心持なんだからね。まあ家でも持って、ちゃんと一所帯構えねえことにゃ女房の話も真剣事になれねえじゃねえか」
「そりゃ、まあね」とお光は意を得たもののように頷いて見せる。
「だが、向うは返事を急いででもいるのかい?」
「向うはなに、別に急いでもいやしないけどね」
「急がなくたって、何もこれ、早くくれてしまわなきゃ腐るてえものでもねえんだからな」
「当り前さ、夏のお萩餅はぎか何ぞじゃあるまいし……ありようを言うとね、娘もまだ年は行ってても全小姐からねんねえなんだから、親ももう少し先へなってからの方が望みなんかも知れないのさ」
「じゃ、とにかくもう少し待ってもらおうじゃねえか。第一お前、肝心の仲人があの通りの始末なんだもの」
「仲人があの通りってどう?」
「新さんの今のとこさ」
「ああ、だけど、それを言ってちゃいつのことだか分らないかも知れないよ」と伏目になって言った。
 金之助は深くも気に留めぬ様子で、「こっちだっていつのことだかまだ分らねえんだから……だが、わけのねえことだから、見合いだけちょっとやらかして見ようか?」
「え、見合いを※(感嘆符二つ、1-8-75)」お光はぎょッとしたように面を振り挙げたが、「さあ……ね、だけど、見合いをすりゃ、すぐ何とか後の話をしなけりゃならないからね。見合いをしっ放しにして、いつまでもまた引っ張っとくというわけにも行かないから……まあ何てことなしに延ばしといたらいいじゃないかね」
「そうかい、それじゃまあ、どうなりとお光さんの考え通りに任せるから、よろしく頼むよ」
 金之助は急須に湯をしたが、茶はもう出流れているので、手を叩いて女中を呼ぶ。
 間もなく、「何か御用ですの?」と不作法に縁側の外から用を聞いて、女中はジロジロお光の姿を見るのであった。
「御用だから呼んだのよ。この急須を空けっちまっての、新しく茶を入れて来な」
「はい」と女中はようよう膝を折って、遠くから片手を伸ばして茶盆ぐるみ引き寄せながら、
「ついでにお茶椀ちゃわんも洗って来ましょうね」
ねえさん、あの、便所はばかりはどちらですの?」
「便所ですか? 御案内しましょう」
「はばかりさま」
 女中は茶盆を持ってお光を案内する。
 しばらくすると、奇麗に茶道具を洗い揚げて持って来たが、ニヤニヤと変に笑いながら、「ちょいと、あなたのレコなの?」と女中は小指を出して見せる。
「何が? 馬鹿言え」
「隠したって駄目だめよ。どこの芸者?」
「芸者だ? 馬鹿言え! よその立派な上さんだ」
「とか何とかおっしゃいますね。白粉おしろいっけなしの、わざと櫛巻か何かで堅気かたぎらしく見せたって、商売人はどこかこう意気だからたまらないわね。どこの芸者? 隠さずに言っておしまいなさいよ」
「ちょ! 芸者じゃねえってのに、しつこい奴だな」
「まだ隠してるよ! あなたが言わなきゃ俥屋に聞いてやる」
「俥屋が何とか言ってますか?」と背後うしろからお光が入って来た。
「あら!」と女中は真赤になって、「まあ、御免なさいまし。いえね、おいどを振らずに俥屋は走れないものか、それを聞いて見ようとそう申して……ほほほほ。あなた布団をお敷き遊ばせ」とがらにもない遊ばせことばをてれ隠しに、そのままバタバタとせ去ったのである。
「何のことなの? 女中の言ったのは」
「なあに、馬鹿馬鹿しいのさ。お光さんのことをどこの芸者だって……」
「まあ、厭よ……」
「芸者なものか、よそのれっきとしたお上さんだと言っても、どうしても承知しやがらねえで、俺が隠してるから俥屋に聞いて見るって、そう言ってるところへヒョッコリお光さんが帰って来たのさ。お多福め、苦しがりやがって俥屋の尻が何だとか……はははは、腹の皮をらしやがった。だが、そう見られるほど意気に出来てりゃしようがねえ」
「およしよ! 聞きたくもない」とお光は気障きざがって、「だけど、芸者が何で金さんのとこへ来たと思ったんだろう!」
「それがまたおかしいのさ。馬鹿は馬鹿だけの手前勘で、お光さんのことを俺のレコだろうって、そうかしやがるのさ、馬鹿馬鹿しくって腹も立てられねえ」
 お光はただ笑って聞いたが、「そうそう、私ゃその話で思い出したが、今家にいる若い者ね」
「むむ、あの店にいる三十近くの?」
「あれさ、ためといって佃の方の店で担人かつぎをしていた者でね、内のが病気中、代りに得意廻りをさすのによこしてもらったんだが、あれがまた、金さんと私のなかを変に疑ってておかしいのさ。私が吉新へ片づかない前に、何でも金さんとわけがあったに違いないんだって」
「へええ、どうしてお光さんの片づかねえ前のことなんか――お互いに何も後暗いことはねえから、何と言おうがかまわねえけれど、どうしてまたそんなころのことを知ってるんだろう?」
「それがさ、お前さんをその時分よく知ってて、それから私のことも知ってるんだって」
「はてね、俺が佃にいる時分、為ってえそんな奴があったかしら」
「それは金さんの方じゃ知らないだろうって、自分でも言ってるんだが、何でもね、あの近辺で小僧か何かしていて、それでお前さんを知ってるんだそうだが、寄席よせなぞでよく私と二人のとこを見かけたって……変な奴がまた、家へ来たものさねえ」
「そりゃしかし、お光さんも迷惑だろうな。くだらねえこと言やがって、もしか新さんの耳にでも入ったら痛くねえ腹も探られなきゃならねえ」
「なにもね内の耳へ入れるようなことはさせないから、そりゃ大丈夫だけど……金さん、もう何時だろう?」と思い出したように聞く。
 金之助は床の間に置いてあった銀側時計を取って見て、「三時半少し過ぎだ。まあいいじゃねえか」
「いえ、そうしちゃいられないの、まだほかへ廻らなきゃならないから……」とお光は身支度しかけたが、「あの、こないだの写真はいてて?」
「持ってくかい?」
「え、あれはほかでちょいと借りたんだから」

     五

 お光の俥は霊岸島からさらに中洲なかずへ廻って、中洲は例のお仙親子の住居を訪れるので、一昨日おととい媼さんがお光を訪ねた時の話では、明日の夕方か、明後日の午後にと言ったその午後がもう四時すぎ、昨日もいたずらに待惚まちぼけ食うし、今日もどうやら当てにならないらしく思われたので。
「今まで来ないところを見ると、今日も来ないんだろう、どうも一昨日行った時のお光さんの様子が――そりゃ病人を抱えていちゃ、人のことなんぞ身にも人らなかろうけれど――この前家へ来た時の気込みとはまるで違ってしまって、何だか話のあんばいがよそよそしかったもの」と娘を対手に媼さんが愚痴っているところへ、俥の音がして、ちょうどお光が来たのであった。
 親子は裁縫の師匠をしているので、つい先方さきかた弟子の娘たちが帰った後の、断布片たちぎれや糸屑がまだ座敷に散らかっているのを手早く片寄せて、ともかくもとしとねに請ずる。請ぜられるままお光は座にいて、お互いに挨拶も済むと、娘は茶の支度にと引っ込む。
「一昨日はどうも……御病人のおあんなさるとこへ長々とはなし込んでしまいまして、さぞ御迷惑なさいましたでしょうねえ。どうでございますね? 御病人は」
「どうも思わしくなくって困ります」とお光は辞寡ことばすくなに答えて、「昨日はお待ちなすったでしょうね。出よう出ようと思っても、何分にも手がけられないものですから……今日やッと出抜けて今向うへ廻ってすぐこちらへ参ったのですよ」
「まあねえ、お忙しいとこを本当に済みませんね、御病人のお世話だけでも大抵なとこへ、とんだまたお世話をかけまして……」
「あれ、私の方から持ち込んだ話ですもの、お世話も何もありゃしませんけど……」と口籠くちごもるところへ、娘のお仙は茶をれて持って来た。
 例の写真ではとても十九とは思われぬが、本人を見れば年相応に大人びている、色は少し黒いが、ほかには点の打ちどころもない縹致で、オットリと上品な、どこまでも内端うちわにおとなしやかな娘で、新銘撰の着物にメリンス友禅の帯、羽織だけは着更きかえて絹縮きぬちぢみの小紋の置形、束髪に結って、薄く目立たぬほどに白粉をしている。
「お仙ちゃん、どうぞもうかまわずにね、お客様じゃないんだから」
「え、何にもかまやしないことよ」
「かまいたくも、おかまい申されないのでございますからね」と媼さんは寂しげに笑う。
「でも、この間伺った時にゃ大層御馳走になってしまって……」と今さらに娘の縹致を眺めて、「本当に、お仙ちゃんはいつ見ても美しいわね」
「あら、厭な姉さん!」
「だって、本当なんだもの。束髪も気が変っていいのね」
「結いつけないから変よ」
 媼さんが傍から、「お光さんこそいつ見ても奇麗でおいでなさるよね。一つは身飾みだしみがいいせいでもおありでしょうが、二三年前とちっともお変りなさいませんね」
「変らないことがあるものですか、商売が商売ですし、それに手は足りないし、なりも振りもかまっちゃいられないんですもの、爺穢じじむさくなるばかりですのさ」
「まあ、それで爺穢いのなら、お仙なぞもなるべく爺穢くさせたいものでございますね……あの、お仙やお前さっきの小袖を一走り届けておいでな、ついでに男物の方の寸法を聞いて来るように」
「は、じゃ行って来ましょう……姉さん、ゆっくり談していらっしゃいな、私じき行って来ますから」とお仙は立って行く。
 格子戸の開閉あけたて静かに娘の出て行った後で、媼さんは一膝進めて、「どうでございましょう?」
「少しね、話が変って来ましてね」
「え、変って来ましたとは?」と気遣わしそうに対手を見つめる。
「始めの話じゃ恐ろしく急ぎのようでしたけど、今日の口振りで見ると、まず家でも持って、ちゃんと体も落ち着いてしまって、それからのことにしたいって……何だかどうも気の永い話なんですよ」
「ですが、家をお持ちなさるぐらいのことに、別に手間も日間も要らないじゃございませんか」
「それがなかなかそうは行かないんですって。何しろこれまで船に乗り通しで、おかで要る物と言っちゃ下駄一足持たないんでしょう、そんなんですから、当人で見るとまた、私たちの考えるようにゃ行かないらしいんですね」
「ですがねえ。私なぞの考えで見ると、何も家をお持ちなさるからって、暮につか煤掃すすはきの煤取りから、正月飾る鏡餅かがみもちのお三方さんぼうまで一度に買い調えなきゃならないというものじゃなし、おへッついを据えて、長火鉢を置いて、一軒のお住居をなさるにむつかしいことも何もないと思いますがね」
「それになんなんでしょう、今はまだ少し星が悪いんでしょう。そんなことも言ってましたよ」
「じゃ、話だけでも決めておいていただいたら……」
「え、それは私も言ったんですがね、向うの言うのじゃ、決めておくのはいいが、お互いにまたどういう思いも寄らない故障が起らないとも限らないから、まあもう少しとにかく待ってくれって、そう言うものですからね」
「お光さん」と媼さんは改まって言った、「どうかね、遠慮なしに本当のことを言っておくんなましよね。ほかのこととは違って、御縁のないものならしかたがないのでございますから、向う様がお断りなさいましたからって、私はそれをどうこう決して思やしませんから」
「あれ、阿母さん、私ゃ本当ほんとのことを言ってるんですよ、全く向うの人はそう言ってるんですよ」
「つまりそれじゃ、ていよくそう言ってお断りなさいましたんでしょう?」
「そんなことがあるもんですか」と言ったが、媼さんの顔を見るといかにも気の毒そうで、しばらく考えてから、「断ったのなら、写真も返しそうなものですけど、あれはもう少し借りときたいと言ってるんですから」
「もう少し借りときたいって?」媼さんも幾らか思い返したようで、「そうすると、お断りなすったわけでもありませんかね」
「そうですとも」と言って、お光はそっと帯の上をでる。
「けれど、いつまで待ってくれとおっしゃるのだか、それも分らないのでしょうねえ。あれも来年は二十でございますからね、もう一だの二だのという声がかかった日にゃ、それこそ縁遠いのがなお縁遠くなりますからねえ」
「阿母さんもまあ! 何ぼ何だって、そんなに一年も二年も待たされてたまるもんですか。ですからね、向うの話は向うの話にしておいて、ほかにまた話がありゃそれも聞いて見て、ちっとでもいい方へ片づけてお上げなさりゃいいじゃありませんか」
「そんなにどこから話があるものですか」
「阿母さんはじきそんなことをお言いだけど、お仙ちゃんのようなあんないいを……誰だって欲しがるわ。私もまだほかにも心当りがあるから、その方へも談して見ましょう。今度のもそれは悪くはないけど何しろ船乗りという商売はあぶない商売ですからね、それにどこか気風のあらッぽい者ですから、お仙ちゃんのようなおとなしい娘には、もう少しどうかいう人の方がとそうも思うんですよ」
 ところへ、娘は帰って来た。あたりはいつか薄暗くなって、もう晩の支度にも取りかかる時刻であるから、お光はお仙の帰ったのをしおいとまを告げたのである。時分時じぶんどきではあり、何もないけれど、お光さんの好きなうなぎでもそう言うからと、親子してしきりに留めたが、俥は待たせてあるし、家の病人も気にかかるというので、お光はって辞し帰ったのであった。
 中洲なかずを出た時には、外はまだ明るく、町には豆腐屋の喇叭らっぱ、油屋の声、点燈夫の姿が忙しそうに見えたが、俥が永代橋を渡るころには、もう両岸の電気燈もあざやかに輝いて、船にもチラチラ火が見えたのである。清住町へ着いたのはちょうど五時で、家の者はいずれも夕飯を済まして茶を飲んでいるところであった。
「婆やさん、私が出てから親方はどんなだったね?」
「別に変った御様子も見えませんでございますよ。ウトウトねむってばかりおいでなさいましてね、時々床瘡とこずれが痛いと言っちゃ目をおましなさるぐらいで……」
「お上さんが出なさるとね、じき佃の親方が見えましたよ」と若衆の為さんが言った。
「おや、そう。それでいつ阿父さんは帰ったね?」
「つい今し方帰っておいででした。何ですか、昨日の話の病人を佃の方へ移すことは、まあ少し見合わせるように……今動かしちゃ病人のためにもよくなかろうし、それから佃の方は手広いことには手広いが、人の出入りがはげしくって騒々しいから、それよりもこっちで当分店を休んだ方がよかろうと思うから、そう言ってたとお上さんに言えってことでした。明日は朝からおいでなさるそうです」
 お光はうなずいて、着物着更えに次の間へ入った。雇い婆は二階へ上るし、小僧は食台ちゃぶだいを持って洗槽元ながしもとへ洗い物に行くし、後には為さん一人残ったが、お光が帯を解く音がサヤサヤと襖越ふすまごしに聞える。
「お上さん」と為さんは声をかける。
「何だね?」と襖の向うでお光の返事。
「お上さんはどこへ行ったんだって、佃の親方が聞いてましたぜ」
「…………」
わっしゃ金さんてえ人のとこへ遊びにおいででしょうって、そう言っときましたぜ」
「…………」
「ね、お上さん」
「…………」
 答えがないので、為さんはそっと紙門からかみを開けて座敷を覗くと、お光は不断着をはおったまままだ帯も結ばず、真白な足首あらわにつまは開いて、片手に衣紋えもんを抱えながらじっと立っている。
「為さん、お前さん本当ほんとにそんなことを言ったのかね?」
「ええ」と笑っている。
「言ったってかまわないけど……どんな用事があるか分りもしないのに、遊びに行ったなんて、なぜそんなよけいなことをお言いだね?」
「じゃ、やっぱり金さんのとこへ? へへへへそうだろうと思ってちょっとかまかけたんで」
「まあ、人が悪いね?」
「へへへへ。何しろお楽しみで……」と為さんはジリジリいざり寄って来る。
「あれ、そっちへ行っておいでよ! 人が着物着更えてるのに、不躾ぶしつけ千万だね」

     六

 医者が今日日の暮までがどうもと小首をひねった危篤の新造は、注射の薬力に辛くも一縷いちるの死命をささえている。夜は十二時一時と次第にけわたる中に、妻のお光を始め、父の新五郎に弟夫婦、ほかに親内みうちの者二人と雇い婆と、合わせて七人ズラリ枕元を囲んで、ただただ息を引き取るのを待つのであった。力ない病人の呼吸は一息ごとに弱って行って、顔は刻々に死相を現わし来たるのを、一同涙の目に見つめたまま、誰一人口を利く者もない。一座は化石したようにしんとしてしまって、鼻をむ音と、雇い婆が忍びやかに題目をとなえる声ばかり。
 やがてかすかに病人のくちびるが動いたと思うと、かわいた目を見開いて、何か求むるもののようにひとみを動かすのであった。
「水を上げましょうか?」とお光が耳元で訊ねると、病人はわずかに頷く。
 で、水を含ますと、半死の新造は皺涸しわがれた細い声をして、「お光……」と呼んだ。
「はい」と答えて、お光はまず涙を拭いてから、ランプを片手に自分の顔を差し寄せて、「私はここにいますよ、ね、分りましたか?」
「お前には世話をかけた……」
「またそんなことを……」とお光はハラハラ涙をこぼす。
「阿父さん……」
「阿父さんも皆お前の傍にいるよ。新造、寂しいか?」と新五郎は老眼を数瞬しばたたきながらいざり寄る。
「どうかお光の力になってやって……阿父さん、お光を頼みますよ……」
「いいとも! お光のことは心配しねえでも、俺が引き受けてやるから安心しな」
「お光……」
「はい……」
「お前も阿父さんを便りにして……阿父さん、お光はまだ若いから、あなたが世話してやって……」
「よし! それも承知してる、心配しねえでもいい」
「お光……」
「はい……」
「このあいだから阿父さんにも頼んどいたが、お前はまだ若いから……若い今のうちに片づくがいいよ……」
「新さん!」とお光は身をふるわして涙の中から叫んだ、「私ゃ、私ゃ、いつまでも新さんの女房でいますよ!」
 乾ききった新造の目には涙が見えた。しゅうとの新五郎も泣けば義理ある弟夫婦も泣き、一座は雇い婆に至るまで皆泣いたのである。それから間もなく、新造は息を引き取ったのであった。

     *    *    *

 越えて二日目、葬式は盛んに営まれて、喪主に立った若後家のお光の姿はいかに人々の哀れを引いたろう。会葬者の中には無論金之助もいたし、お仙親子も手伝いに来ていたのである。
 で、葬式の済むまでは、ただワイワイとはたのやかましいのに、お光は悲しさも心細さも半ばまぎらされていたのであるが、寺からもどって、舅の新五郎も一まず佃の家へ帰るし、親類親内みうちもそれぞれ退き取って独り新しい位牌いはいに向うと、この時始めて身も世もあられぬ寂しさを覚えたのである。雇い婆はこないだうちからの疲れがあるので、今日はよいの内から二階へ上って寝てしまうし、小僧は小僧でこの二三日の不足に、店の火鉢の横で大鼾おおいびきを掻いている、時計の音と長火鉢の鉄瓶のたぎるのが耳立って、あたりはしんと真夜中のよう。
 新所帯の仏壇とてもないので、仏の位牌は座敷の床の間へ飾って、白布をかけた小机の上に、蝋燭ろうそく立てや香炉や花立てが供えられてある。お光はその前に坐って、影も薄そうなションボリした姿で、線香の煙の細々と立ち上るのをじっと眺めているところへ、若衆の為さんが湯から帰って来た。
「お上さん、お寂しゅうがしょうね。わっしにもどうかお線香せんこを上げさしておくんなさい」
 お光は黙って席を譲った。
 為さんは小机の前にいざり寄って、線香を立て、りんを鳴らして殊勝らしげに拝んだが、座を退すべると、「お寂しゅうがしょうね?」と同じことを言う。
 お光はたとえようのない嫌悪けんお目色まなざしして、「言わなくたって分ってらね」
「へへ、そうですかしら。私ゃまたどうかと思いまして」
 お光は横を向いて対手にならぬ。
 為さんはその顔を覗くようにして、「お上さん、親方は何だそうですね、お上さんに二度目の亭主を持つように遺言しなすったんだってね?」
「それがどうしたのさ?」
「どうもしやしませんが、親方もなかなか死際しにぎわまですいを利かしたもので……それじゃお上さんも寝覚めがようがさね」
「寝覚めがいいの悪いのと、一体何のことだね? 私にゃさっぱり分らないよ」
「へへへ、そんなにとぼけなくたって、どうせそのうちに御披露があるんでしょうから……」と言って、為さんは少し膝を進めて、「ですが、お上さん、親方はそりゃ粋を利かして死んなすったにしても、ね、前々からこういうわけだということが、例えばわっしの口からでもれたとしたら、佃の方の親方が黙って承知はしめえでしょう」
「何を阿父さんが承知しないのさ?」
「何をって、金さんとお上さんと一緒になることでなくって、ほかにお前さん……」
「まあ! あきれもしない。いつ私が金さんと一緒になるって言ったね?」
「言わないたって、まあその見当でしょう?」
「馬鹿なことをお言い!」
 為さんはわざと恍けた顔をして、「へええ、じゃ私の推量は違いましたかね」とさらに膝の相触れるまで近づいて、「そう聞きゃ一つ物は相談だが、どうです? お上さん、親方の遺言に私じゃ間に合いますめえか……」
「畜生! 何言やがる※(感嘆符二つ、1-8-75)
 お光はいきなり小机の上の香炉を取って、為さんの横ッ面へ叩きつけると、ヒラリ身を返して、そのまま表へ飛び出したのである。

     *    *    *

 飛び出して、その足ですぐ霊岸島の下田屋へ駈けつけたお光は、その晩否応なしに金之助を納得させて、お仙と仮盃だけでも急に揚げさせることにした。

底本:「日本の文学 77 名作集(一)」中央公論社
   1970(昭和45)年7月5日初版発行
   1971(昭和46)年4月30日再版
初出:「新小説」
   1905(明治38)年3月
入力:川山隆
校正:土屋隆
2007年2月13日作成
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