秀吉金冠きんかんいただきたりといえども五右衛門四天よてんを着けたりといえどもさる友市ともいち生れた時は同じ乳呑児ちのみごなり太閤たいこうたると大盗たいとうたるとつんぼが聞かばおんかわるまじきも変るはちりの世の虫けらどもが栄枯窮達一度が末代とは阿房陀羅経あほだらぎょうもまたこれを説けりおはなしは山村俊雄としおと申すふところ育ち団十菊五を島原に見た帰りみち飯だけの突合いととある二階へ連れ込まれたがそもそもの端緒いとぐち一向だね一ツ献じようとさされたる猪口ちょくをイエどうも私はと一言を三言に分けて迷惑ゆえの辞退を、酒席の憲法恥をかかすべからずといられてやっと受ける手頭てさきのわけもなくふるえ半ば吸物椀すいものわんの上へしのつかねて降る驟雨しゅううしゃくする女がオヤ失礼と軽く出るに俊雄はただもじもじとはしも取らずお銚子ちょうしの代り目と出て行く後影を見澄まし洗濯はこの間と怪しげなる薄鼠色うすねずみいろくりのきんとんを一ツ頬張ほおばったるが関の山、梯子段はしごだんを登り来る足音の早いに驚いてあわててみ下し物平ものへいを得ざれば胃のの必ず鳴るをこらえるもおかしく同伴つれの男ははや十二分に参りて元からが不等辺三角形の眼をたるませどうだ山村の好男子美しいところを御覧に供しようかねと撃て放せと向けたる筒口俊雄はこのごろみ覚えた煙草のけぶりに紛らかしにっこりと受けたまま返辞なければ往復端書はがきも駄目のことと同伴つれの男はもどかしがりさてこの土地の奇麗のと言えば、あるある島田には間があれど小春こはる尤物ゆうぶつ介添えは大吉だいきちばば呼びにやれと命ずるをまだ来ぬ先から俊雄は卒業証書授与式以来の胸おどらせもしも伽羅きゃらの香の間から扇を挙げてさしまねかるることもあらば返すにこまなきわれは何と答えんかと予審廷へ出る心構えわざと燭台しょくだい遠退とおのけて顔を見られぬが一の手と逆茂木さかもぎ製造のほどもなくさらさらときぬの音、それ来たと俊雄はまた顫えて天にも地にも頼みとするは後なる床柱これへもたれて腕組みするを海山越えてこの土地ばかりへも二度の引眉毛ひきまゆげまたかと言わるる大吉の目に入りおふさぎでござりまするのとやにわに打ちこまれて俊雄は縮み上り誠恐誠惶せいきょうせいこうことばなきを同伴つれの男が助け上げ今日た芝居ばなしを座興とするに俊雄も少々の応答うけこたえが出来夜深くならぬ間と心むずつけども同伴の男が容易に立つ気色けしきなければ大吉が三十年来これを商標とみがいたる額のびんのごとくひかるを気にしながらえぬものは浮世の義理と辛防しんぼうしたるがわが前に余念なき小春がとし十六ばかり色ぽッてりと白き丸顔の愛敬あいきょうこぼるるを何の気もなくながめいたるにまたもや大吉にみつけられお前にはあなたのようなかたがいいのだよと彼を抑えこれを揚ぐる画策縦横大英雄も善知識もせんじ詰めれば女あってののちなりこれを聞いてアラねえさんとお定まりのように打ち消す小春よりも俊雄はぽッと顔あからめ男らしくなき薄紅葉うすもみじとかようの場合に小説家が紅葉の恩沢に浴するそれ幾ばく、着たる糸織りのえりを内々直したる初心さ小春俊雄は語呂ごろが悪い蜆川しじみがわ御厄介ごやっかいにはならぬことだと同伴つれの男が頓着とんじゃくなく混ぜ返すほどなお逡巡しりごみしたるがたれか知らん異日の治兵衛はこの俊雄今宵こよい色酒いろざけ浸初しみはじ鳳雛麟児ほうすうりんじは母の胎内をでし日の仮り名にとどめてあわれ評判の秀才もこれよりぞ無茶となりける
 試みに馬から落ちて落馬したの口調にならわば二つ寝て二ツ起きた二日の後俊雄は割前の金届けんと同伴つれかたへ出向きたるにこれは頂かぬそれでは困ると世間のミエがっつやっつのあげくしからば今一夕いっせきむが願いの同伴の男は七つのものを八つまではなだへうちこむ五斗兵衛ごとべえ末胤まついん酔えば三郎づれが鉄砲の音ぐらいにはびくりともせぬ強者つわものそのお相伴の御免こうぶりたいは万々なれどどうぞ御近日とありふれたる送り詞を、契約に片務あり果たさざるを得ずと思い出したる俊雄は早や友仙ゆうぜんそでたもと眼前めさき隠顕ちらつき賛否いずれとも決しかねたる真向まっこうからまんざら小春が憎いでもあるまいと遠慮なく発議者ほつぎしゃり込まれそれ知られては行くもし行かぬも憂しとはらのうちは一上一下虚々実々、発矢はっしの二三十もならべてたたかいたれどその間に足は記憶おぼえある二階へあがり花明らかに鳥何とやら書いた額の下へついに落ち着くこととなれば六十四条の解釈もほぼ定まり同伴つれの男が隣座敷へ出ている小春を幸いなりもらってくれとの命令いいつけかしこまると立つ女と入れかわりて今日は黒出の着服きつけにひとしお器量まさりのする小春があなたよくと末半分は消えて行く片靨かたえくぼ俊雄はぞッと可愛げ立ちてそれから二度三度と馴染なじめば馴染むほど小春がなつかしくたましいいつとなく叛旗はんきを翻えしみかえる限りあれも小春これも小春にいさまと呼ぶいもとの声までがあなたやとすこし甘たれたる小春の声と疑われ今は同伴の男をこちらからおいでおいでと新田足利勧請文にったあしかがかんじょうもんを向けるほどに二ツ切りの紙三つに折ることもよく合点がてんしやがて本文通りなまじ同伴あるを邪魔と思うころは紛れもない下心、いらざるところへ勇気が出て敵は川添いの裏二階もうのうちと単騎せ向いたるがさて行義よくては成りがたいがこの辺の辻占つじうら淡路島通う千鳥の幾夜となく音ずるるにあなたのお手はと逆寄せの当坐のなぞ俊雄は至極御同意なれど経験ためしなければまだまだ心おくれて宝の山へ入りながらその手をむなしくそっと引き退け酔うでもなくねぶるでもなくただじゃらくらとけるも知らぬ夜々の長坐敷つい出そびれて帰りしが山村の若旦那わかだんなと言えば温和おとなしい方よと小春が顔に花散る容子ようす御参ござんなれやと大吉が例の額ににらんでとうから吹っ込ませたる浅草市羽子板ねだらせたを胸三寸の道具に数え、もどかど歌川うたがわかじを着けさせ俊雄が受けたる酒盃さかずきを小春にがせておむつまじいと※(「口+愛」、第3水準1-15-23)おくびよりやすい世辞この手とこの手とこう合わせて相生あいおいの松ソレと突きやったる出雲殿いずもどのの代理心得、間、髪をれざる働きに俊雄君閣下初めて天に昇るを得て小春がその歳暮くれ裾曳すそひひろめ、用度をここに仰ぎたてまつれば上げ下げならぬ大吉が二挺三味線にちょうざみせんつれてそのおり優遇の意をあきらかにせられたり
 おしゅんは伝兵衛おさんは茂兵衛小春は俊雄と相場がまれば望みのごとく浮名は広まりうだけが命の四畳半に差向いの置炬燵おきごたつトント逆上のぼせまするとからかわれてそのころはうれしくたまたまかけちがえば互いの名を右や左や灰へ曲書きょくがき一里を千里と帰ったあくる夜千里を一里とまた出て来て顔合わせればそれで気が済むひなさま事罪のない遊びと歌川の内儀からが評判したりしがある夜会話の欠乏から容赦のない欠伸あくび防ぎにお前と一番の仲よしはと俊雄が出した即題をわたしより歳一つ上のお夏呼んでやってと小春の口から説き勧めた答案が後日のたたり今し方明いて参りましたと着更きがえのままなる華美姿はですがた名は実のひんのお夏が涼しい眼元に俊雄はちくと気を留めしも小春ある手前格別の意味もなかりしにふとその後俊雄の耳へ小春は野々宮大尽最愛の持物と聞えしよりさては小春も尾のあるきつねだまされたかと疑ぐるについぞこれまで覚えのない口舌法くぜつほうを実施し今あらためてお夏が好いたらしく土地を離れて恋風の福よしからお名ざしなればと口をかけさせオヤと言わせる座敷の数も三日と続けばお夏はサルもの捨てた客でもあるまいと湯漬ゆづけかッこむよりも早い札附き、男ひとりが女の道でござりまするか、もちろん、それでわたしも決めました、決めたとは誰を、誰でもない山村の若旦那俊雄さまとあにそれこうでもなかろうなれど機を見て投ずる商い上手俊雄は番頭丈八が昔語り頸筋元くびすじもとからじわと真に受けお前には大事の色がと言えばござりますともござりますともこればかりでも青と黄とちゃ淡紅色ももいろ襦袢じゅばんの袖突きつけられおのれがと俊雄が思いきって引き寄せんとするをお夏は飛び退きその手は頂きませぬあなたには小春さんがと起したり倒したり甘酒進上の第一義俊雄はぎりぎり決着ありたけの執心をかきむしられ何の小春が、必ずと畳みかけてぬしからそもじへ口移しの酒が媒妁なかだちそれなりけりの寝乱れ髪を口さがないが習いの土地なれば小春はお染の母を学んで風呂のあがり場から早くも聞き伝えた緊急動議あなたはやと千古不変万世不朽のむなづくし鐘にござる数々のうらみを特に前髪に命じて俊雄の両のひざたたきつけお前は野々宮のと勝手馴れぬ俊雄の狼狽うろたえるを、知らぬ知らぬ知りませぬい嬉しいもあなたと限るわたしの心を摩利支天様まりしてんさま聖天様しょうでんさま不動様妙見様日珠様にっしゅさまも御存じの今となってやみやみ男を取られてはどう面目が立つか立たぬか性悪者しょうわるものめとののしられ、思えばこの味わいが恋の誠と俊雄は精一杯小春をなだめ唐琴屋からことや二代の嫡孫色男の免許状をみずから拝受ししばらくお夏への足をぬきしが波心楼はしんろうの大一坐に小春お夏が婦多川ふたがわの昔を今に、どうやら話せる幕があったと聞きそれもならぬとまた福よしへまぐれ込みお夏を呼べばお夏はお夏名誉賞牌しょうはいをどちらへとも落しかねるを小春が見るからまたかと泣いてかかるにもうふッつりと浮気はせぬと砂糖八分の申し開き厭気いやきというも実は未練窓の戸開けて今鳴るは一時かと仰ぎればお月さまいつでも空とぼけてまんまるなり
 もろいと申せば女ほど脆いはござらぬ女を説くは知力金力権力腕力この四つをけて他に求むべき道はござらねど権力腕力はつたない極度、成るが早いは金力と申す条まず積ってもごろうじろわれ金をもって自由を買えば彼また金をもって自由を買いたいは理の当然されば男傾城おとこけいせいと申すもござるなり見渡すところ知力の世界畢竟ひっきょうごまかしはそれの増長したるなれば上手にも下手にも出所しゅっしょはあるべしおれが遊ぶのだと思うはまだまだ金をしむ土臭い料見あれを遊ばせてやるのだと心得れば好かれぬまでもきらわれるはずはござらぬこれすなわち女受けの秘訣ひけつ色師いろしたる者の具備すべき必要条件法制局の裁決に徴して明らかでござるとどこで聞いたかうじも分らぬ色道じまんを俊雄は心底しんそこ歎服たんぷくし満腹し小春お夏を両手の花と絵入新聞の標題みだしを極め込んだれど実もってかの古大通こだいつうの説くがごとくんば女は端からころりころり日の下開山の栄号をかたじけのうせんこと死者しびとの首を斬るよりも易しとこんぼうとなる大願発起痴話熱燗あつかんに骨も肉もただれたる俊雄は相手待つ間歌川の二階からふと瞰下みおろした隣の桟橋さんばしに歳十八ばかりのほっそりとしたるが矢飛白やがすりの袖夕風に吹きなびかすを認めあれはと問えば今が若手の売出し秋子とあるをさりげなくはらにたたみすぐその翌晩月の出際でぎわすみ武蔵野むさしのから名も因縁づくの秋子をまねけば小春もよしお夏もよし秋子も同じくよしあしの何はともあれおちかづきと気取って見せたさかずきが毒の器たんとはいけぬ俊雄なればよいお色やと言わるるを取附きの浮世噺うきよばなし初の座敷はお互いの寸尺知れねば要害きびしく、得て気のつまるものと俊雄は切り上げて帰りしがそれから後は武蔵野へ入り浸り深草ぬしこのかたの恋のお百度秋子秋子と引きつけ引き寄せここらならばと遠くお台所より伺えば御用はないとすげなく振り放しはされぬものの其角きかくいわくまがれるを曲げてまがらぬ柳に受けるもややふるなれどどうも言われぬ取廻しに俊雄は成仏延引し父が奥殿深く秘めおいたるとらの子をぽつりぽつり背負しょって出て皆この真葛原下まくずはらしたいありくのら猫の児へ割歩わりぶを打ち大方出来たらしいうわさの土地に立ったを小春お夏が早々と聞き込み不断は若女形わかおんながたで行く不破ふわ名古屋も這般このはんのことたる国家問題に属すと異議なく連合策が行われ党派の色分けを言えば小春は赤お夏は萌黄もえぎ天鵞絨びろうどを鼻緒にしたる下駄げたの音荒々しく俊雄秋子が妻もこもれりわれも籠れる武蔵野へ一度にどっと示威運動の吶声ときのこえ座敷が座敷だけ秋子は先刻せんこく逃水「らいふ、おぶ、やまむらとしお」へ特筆大書すべき始末となりしに俊雄もいささか辟易へきえきしたるが弱きをたすけて強きをくじくと江戸で逢ったる長兵衛殿を応用しおれはおれだと小春お夏を跳ね飛ばし泣けるなら泣けとあくッぽく出たのが直打ねうちとなりそれまで拝見すれば女冥加みょうがと手の内見えたの格をもってむずかしいところへ理をつけたも実は敵を木戸近く引き入れさんざんじらしぬいた上のにわかの首尾千破屋ちはやを学んだ秋子の流眄ながしめに俊雄はすこぶる勢いを得、宇宙広しといえども間違いッこのないものはわが恋と天気予報の「ところにより雨」悦気面に満ちて四百五百と入り揚げたトドの詰りを秋子は見届けしからば御免と山水やまみずと申す長者のもとへ一応の照会もなく引き取られしより俊雄は瓦斯がすを離れた風船乗り天を仰いで吹っかける冷酒ひやざけ五臓六腑へ浸み渡りたり
 それつらつらいろは四十七文字をあんずるに、こちゃ登り詰めたるやまけの「ま」がければ残るところの「やけ」となるは自然の理なり俊雄は秋子に砂浴びせられたる一旦の拍子ぬけその砂はらに入ってたちまちやけの虫と化し前年より父が預かる株式会社に通い給金なり余禄よろくなりなかなかの収入とりくちありしもことごとくこのあたりのみぞ放棄うっちゃ経綸けいりんと申すが多寡が糸扁いとへんいずれ天下てんがは綱渡りのことまるまる遊んだところがつえ突いて百年と昼も夜ものアジをやり甘い辛いがだんだん分ればおのずから灰汁あくもぬけ恋ははた次第と目端がき、軽い間に締りが附けば男振りも一段あがりて村様村様と楽な座敷をいとしがられしが八幡鐘はちまんがね現今いまのように合乗り膝枕ひざまくらを色よしとする通町辺とおりちょうへんの若旦那に真似のならぬ寛濶かんかつ極随ごくずい俊雄へ打ち込んだは歳二ツ上の冬吉なりおよそここらの恋と言うは親密ちかづきが過ぎてはいっそ調ととのわぬが例なれど舟を橋際に着けた梅見帰りひょんなことから俊雄冬吉は離れられぬ縁の糸巻き来るは呼ぶはの逢瀬繁く姉じゃおととじゃのたわぶれが、異なものと土地に名をうたわれわれより男は年下なれば色にはままになるが冬吉は面白く今夜はわたしがおごりますると銭金を帳面のほかなる隠れ遊び、出が道明どうみょうゆえ厭かは知らねど類のないのを着て下されとの心中立しんじゅうだてこの冬吉に似た冬吉がよそにも出来まいものでもないと新道しんみち一面に気を廻し二日三日と音信おとずれの絶えてない折々は河岸かしの内儀へお頼みでござりますと月始めに魚一ひきがそれとなく報酬の花鳥使かちょうしまいらせそろの韻をんできっときっとの呼出状今方貸小袖を温習さらいかけた奥の小座敷へ俊雄を引き入れまだ笑ったばかりの耳元へ旦那のお来臨いでと二十銭銀貨に忠義を売るお何どんの注進ちぇッと舌打ちしながら明日あしたと詞つがえて裏口から逃しやッたる跡の気のもめ方もしや以前の歌川へ火が附きはすまいかと心配ありげにはたいた吸殻、落ちかけて落ちぬを何のまじないかあわてて煙草を丸め込みその火でまた吸いつけて長く吹くを傍らにおわします弗函どるばこの代表者顔へ紙幣さつった旦那殿はこれを癪気しゃくきと見て紙にくるんで帰り際に残しおかれたよだれの結晶ありがたくもないとすぐから取って俊雄の歓迎費俊雄は十分あまえ込んで言うなり次第の倶浮ともうかれ四十八の所分しょわけも授かり融通の及ぶ限り借りて借りて皆持ち寄りそのころから母が涙のいじらしいをなお暁に間のある俊雄はうるさいと家をけ出し当分冬吉のもとへ御免さぶらえ会社へも欠勤がちなり
 絵にかける女を見ていたずらに心を動かすがごとしという遍昭へんじょうが歌の生れ変りひじを落書きの墨のあと淋漓りんりたる十露盤そろばんに突いて湯銭を貸本にかすり春水翁しゅんすいおうを地下にめいせしむるのてあいは二言目には女で食うといえど女で食うは禽語楼きんごろうのいわゆる実母散じつぼさん清婦湯せいふとう他は一度女に食われて後のことなり俊雄は冬吉の家へころげ込み白昼そこに大手を振ってひりりとする朝湯に起きるからすぐの味を占め紳士と言わるる父の名もあるべき者が三筋に宝結びの荒き竪縞たてしま温袍どてらまとい幅員わずか二万四千七百九十四方里の孤島に生れて論が合わぬの議が合わぬのと江戸の伯母御おばごを京で尋ねたでもあるまいものが、あわぬ詮索せんさくに日を消すより極楽はまぶたの合うた一時とその能とするところは呑むなり酔うなりねぶるなり自堕落は馴れるに早くいつまでも血気さかんとわれから信用をいでけたままの皮どうなるものかと沈着おちつきいたるがさて朝夕ちょうせきをともにするとなればおのおのの心易立てから襤褸ぼろが現われ俊雄はようやく冬吉のくどいに飽いて抱えの小露が曙染あけぼのぞめを出の座敷に着る雛鶯ひなうぐいす欲のないところを聞きたしと待ちたりしが深間ふかまありとのことより離れたる旦那を前年度の穴填あなうめしばし袂を返させんと冬吉がその客筋へからまり天か命か家を俊雄に預けて熱海あたみへ出向いたる留守を幸いの優曇華うどんげ、機乗ずべしとそっと小露へエジソン氏の労を煩わせば姉さんにしかられまするは初手しょての口青皇せいこう令をつかさどれば厭でも開くはちの梅殺生禁断の制礼がかえって漁者の惑いを募らせ曳く網のたび重なれば阿漕浦あこぎがうらに真珠をて言うなお前言うまいあなたの安全器をえつけ発火の予防も施しありしにきずもつ足は冬吉が帰りて後一層目に立ち小露が先月からのお約束と出た跡尾花屋からかかりしを冬吉は断り発音はついんはモシの二字をもって俊雄に向い白状なされと不意の糺弾きゅうだん俊雄はぎょッとしたれど横へそらせてかくなる上はぜひもなし白状致します私母はまさしく女とわざと手を突いて言うを、ええその口がと畳たたいて小露をどうなさるとそもやわたしが馴れそめの始終を冒頭に置いての責道具ハテわけもない濡衣ぬれぎぬ椀の白魚しらおもむしって食うそれがしかれいたりとも骨湯こつゆは頂かぬと往時権現様得意の逃支度冗談ではござりませぬとその夜冬吉が金輪奈落こんりんならくの底尽きぬ腹立ちただいまと小露が座敷戻りの挨拶あいさつ長坂橋ちょうはんきょう張飛ちょうひ睨んだばかりの勢いに小露は顫え上りそれから明けても三国割拠お互いに気まずく笑い声はお隣のおばさんにも下し賜わらず長火鉢の前の噛楊子かみようじちょっと聞けば悪くないらしけれど気がついて見れば見られぬ紅脂白粉べにおしろいの花の裏路今までさのみでもなく思いし冬吉の眉毛のむしくいがいよいよ別れの催促客となるとも色となるなとは今のいましめわが讐敵あだにもさせまじきはこのことと俊雄ようやく夢めて父へび入り元のわが家へ立ち帰れば喜びこそすれ気振けぶりにもうらまぬ母の慈愛厚く門際もんぎわに寝ていたまぐれ犬までが尾をふるに俊雄はひたすら疇昔きのうを悔いて出入ではいりに世話をやかせぬ神妙しんびょうさは遊ばぬ前日ぜんに三倍し雨晨月夕うしんげっせきさすが思い出すことのありしかど末のためと目をつぶりて折節橋の上で聞くさわぎ唄も易水えきすいさぶしと通りぬけるに冬吉は口惜くやしがりしがかの歌沢に申さらくせみほたるはかりにかけて鳴いて別りょか焦れて退きょかああわれこれをいかんせん昔おもえば見ず知らずとこれもまた寝心わるくあきらめていつぞや聞き流した誰やらの異見をその時初めてきものなかから探りいだしぬ
 観ずれば松のあらしも続いては吹かず息を入れてからがすさまじいものなり俊雄は二月三月は殊勝に消光くらしたるが今が遊びたい盛り山村君どうだねと下地を見込んで誘う水あれば、御意はよしなんとぞ思う俊雄は馬にむち御同道つかまつると臨時総会の下相談からまた狂い出し名を変え風俗を変えて元の土地へ入り込み黒七子くろななこの長羽織に如真形じょしんがた銀煙管ぎんぎせるいっそ悪党を売物と毛遂もうすいふくろきりずっと突っ込んでこなし廻るをわれから悪党と名告なのる悪党もあるまいと俊雄がどこかおもかげに残る温和おとなし振りへ目をつけてうかと口車へ腰をかけたは解けやすい雪江という二十一二の肌白はだじろ村様と聞かば遠慮もすべきに今までかけちごうて逢わざりければ俊雄をそれとは思い寄らず一も二も明かし合うたる姉分のお霜へタッタ一日あの方と遊んで見る知恵があらば貸して下されと頼み入りしにお霜は承知と呑み込んで俊雄の耳へあのね尽しの電話の呼鈴よびりん聞えませぬかとかぶせかけるを落魄おちぶれても白い物を顔へは塗りませぬとポンと突き退け二の矢を継がんとするお霜を尻目しりめにかけて俊雄はそこを立ち出で供待ちに欠伸あくびにもまた節奏ありと研究中の金太を先へ帰らせおのれは顔を知られぬ橋手前の菊菱きくびしおあいにくでござりまするという雪江を二時が三時でもと待ち受けアラと驚く縁の附際つけぎわこちらからのようにもたせた首尾電光石火早いところを雪江がお霜に誇ればお霜はほんとと口を明いてあきるること曲亭流きょくていりゅうをもってせば※(「日+向」、第3水準1-85-25)はんときばかりとにかく大事ない顔なれどつぶされたうらみを言って言って言いまくろうと俊雄の跡をつけねらい、それでもあなたは済みまするか、済まぬ済まぬ真実済まぬ、きっと済みませぬか、きっと済みませぬ、その済まぬは誰へでござります、先祖の助六さまへ、何でござんすと振り上げてぶつ真似のお霜の手を俊雄はらえこれではなお済むまいと恋は追い追い下へ落ちてついにふたりが水と魚とのなかを隔て脈ある間はどちらからも血を吐かせて雪江が見て下されと紐鎖ぱちんへ打たせた山村の定紋負けてはいぬとお霜がくし蒔絵まきえした日をもう千秋楽と俊雄は幕を切り元木の冬吉へ再び焼けついた腐れ縁燃え盛る噂に雪江お霜は顔見合わせ鼠繻珍ねずみしゅちんの煙草入れを奥歯で噛んで畳の上敷きへほうりつけさては村様か目が足りなんだとそのあくる日の髪結いにまで当り散らしだまされて月夜烏つきよがらすまよわぬことと触れ廻りしより村様の村はむら気のむら、三十前からつなでは行かぬ恐ろしの腕と戻橋もどりばしの狂言以来かげの仇名あだな小百合さゆりと呼ばれあれと言えばうなずかぬ者のない名代なだい色悪いろあく変ると言うは世より心不めでたし不めでたし

底本:「日本の文学 77 名作集(一)」中央公論社
   1970(昭和45)年7月5日初版発行
   1971(昭和46)年4月30日再版
初出:「かくれんぼ」春陽堂
   1891(明治24)年7月
入力:川山隆
校正:土屋隆
2007年2月13日作成
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