水泡の嵐たゆたふ千尋の底。
折しも焔はゆるき『時』の鎖、
まひろく永き刻みに囚れつつ、
群鳥翔る翼のその噪ぎと、
その疾さあらめ、宛も眠り転び、
無際の上枝下枝を火の殻負ひ
這ひもてわたる蝸牛の姿しめす。
火と水、相遇はざりし心を、今、
夜とせば、かりそめならぬ朝や日や、
舞ひたつ疾風歓喜空を揺りて、
擁きぬ、触れぬ、燃えなす願ひよ、将た、
霑すおもひよ、ここに力の芽は
男子と燻りて、雙手、見よ、披けり。
水と火、噫相遇へり、青き膏、
浮浪ただよふひまをかぎろひたち、
くちづけ、手握るや、このひと時こそ
生命の精なれ、よろづの調のもと。
歌へり『劫初』、かかれば極のくまも
讃頌こだまにこたへ、化り出でたる
真白き姿―しぶきと消えぬ花や、
奇しきにほひ焔の蘂をまとふ。
現ぜる女よ、胸乳抑ふる手の
とこしへ解きもあへざる深きおもひ
つゝみて独りながむるけはひ著るし
なべての秘事孕むこは母ぞと
知れりや、水泡胡蝶のつばさ浮び、
千条の烟いぶきて薫りみちぬ。
(月刊スケツチ 第十一号 明治三十九年二月)