あらすじ
靴屋のこぞう、兵助は、初めて作った靴を旅人に売ります。兵助は自分の作った靴が売れた喜びと、旅人がその靴を大切に履いてくれることを願って、旅人を追いかけ、靴の扱い方についてあれこれと教えようとします。しかし、旅人はしつこく思え、ついに怒ってしまいます。兵助は自分の行動を反省し、旅人が見えなくなるまでじっと見送ります。
 靴屋くつやのこぞう、兵助へいすけが、はじめていっそくのくつをつくりました。
 するとひとりの旅人たびびとがやってきて、そのくつを買いました。
 兵助は、じぶんのつくったくつがはじめて売れたので、うれしくてうれしくてたまりません。
「もしもし、このくつずみとブラシをあげますから、そのくつをだいじにして、かあいがってやってください。」
と、兵助へいすけはいいました。
 旅人たびびとは、めずらしいことをいうこぞうだ、とかんしんしていきました。
 しばらくすると兵助は、つかつかと旅人のあとを追っかけていきました。
「もしもし、そのくつのうらのくぎがぬけたら、このくぎをそこにうってください。」
といって、くぎをポケットから出してやりました。
 しばらくすると、また兵助は、おもいだしたように、旅人のあとを追っかけていきました。
「もしもし、そのくつ、だいじにはいてやってください。」
 旅人たびびとはとうとうおこりだしてしまいました。
「うるさいこぞうだね、このくつをどんなふうにはこうとわたしのかってだ。」
 兵助へいすけは、
「ごめんなさい。」
とあやまりました。
 そして、旅人のすがたがみえなくなるまで、じっとみおくっていました。
 兵助は、あのくつがいつまでもかあいがられてくれればよい、とおもいました。

底本:「ごんぎつね 新美南吉童話作品集1」てのり文庫、大日本図書
   1988(昭和63)年7月8日第1刷発行
底本の親本:「校定 新美南吉全集」大日本図書
入力:めいこ
校正:鈴木厚司、もりみつじゅんじ
2003年9月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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