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 民謡は民族が有する唯一の郷土詩である。郷土詩を無視して民謡の存在はない。民謡は草土の詩人によつてうたはれる、純情芸術である。
 本書は「かれくさ」(明治三十八年発行)以後の小著中より採録した作品と未発表の作品とを加へて百篇としたが必ずしも自選集の意味ではない、自分が二十数年間辿つて来た道程の記録である。
 又、一二節外律によらざる作品も加へたのは思ふところがあつたからである。
  大正十三年六月
著者
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とんぼ来るかなと
   裏へ出て見たりや

とんぼ飛んで来て
   釣瓶つるべにとまる

とんぼ可愛かはい
   紅殻べにがらとんぼ

赤い帯なぞちよんと
   締めて来る


橋の上から
小石を投げた

小石ヤ浮くかと
川下見たりや

小石ヤ沈んで
流れてぐ


ねぎを捨てたりや
しをれて枯れた

捨てりや葱でも
しをれて枯れる

天道てんたうさま見て
おら泣いた


二十三さま
まだのぼらない

麦鍋ア囲爐裡ゐろり
あぶく立つてる

とろとろ とろりちけえ
眠くなつて来た


門司へ渡れば
九州の土よ

土の色さへ
おぼろ月夜してる

土もあかるい
あかるい土よ

人もあかるい
あかるい顔よ

遠い常陸ひたち
わたしの故郷

なぜに暗いだろ
故郷の土よ

暗い土でも
常陸は恋し


背戸の竹藪で
  竹つてゐたりや

雀ヤ飛んで来て
  啼いてからまつた


音頭とり「よいとまきすりや
     綱引き「この日の永さ

音頭とり「たのみましたぞ
     綱引き「音頭おんどうとりさんよ

音頭とり「唄が切れたら
     綱引き「唄ぎやしやんせ

音頭とり「寝てて暮らそと
     綱引き「思ふちやゐぬが

音頭とり「杭の長さよ
     綱引き「お天道てんたうさまよ

音頭とり「唄で引かなきや
     綱引き「どんと手に来ない


夜明お星さま
一つかや

宵に出た星ヤ
どこへいつた

天さのぼつたか
むぐつたか


かはづ鳴くから
  沼へいつて見たりや

沼にや眼子菜ひるも
     花盛り

沼にや眼子菜の
     花盛り

蛙ア眼子菜の
   蔭で鳴く


夜あけ千鳥ぢや
あの啼くこゑは

帰りなされよ
お帰りなされ

川の浅瀬にや
朝霧立ちやる

霧は浅瀬の
瀬に立ちやる


青いすすきに
螢の虫は
夜の細道 夜の細道 かよて来る

 細いすすきの
   姿が可愛ネ
 細い姿に
   こがれた螢ネ

夏の短い
夜は明けやすい
夜明頃まで 夜明頃まで 通て来る


粉屋こなや念仏」踊る子は
帰る

若い娘は
まだ帰らない
 スタコラサ
  スタコラサ

月も夜明にや
山端やまはへ帰る

寝ぼけ月なら
帰らない
 スタコラサ
  スタコラサ


磯のの鳥ヤ
  日暮れに帰る

波浮はぶの港にや
  夕焼け小焼け

明日あす日和ひより
  ヤレ ホンニサ なぎるやら

船もせかれりや
  出船の仕度

島の娘達ヤ
  御陣家ごぢんか暮し

なじよな心で
  ヤレ ホンニサ ゐるのやら


海の遠くの離れた島で
かはい小鳥がうたふ歌聞ゆ

海の遠くを毎日見ても
島も見えない小鳥もゐない

島は見えずも小鳥はゐずも
かはい小鳥がうたふ歌聞ゆ

誰も知らない遠くの島で
かはい小鳥がかはい歌うたふ


洪水の跡に
コスモス咲き

赤い蜻蛉とんぼ
とまつてゐる

赤い蜻蛉よ
旅人は
どこまで行つた


わたしや恥かし
喜蔵きざうさんの謎が

枝垂柳の謎ばかり
かける

解けとふたとて
解かりよか 謎よ

これさ 喜蔵さん
かけずにおくれ


烏 啼くから
出てみりやゐない
   おつかさんよ

わたしや烏に
だまされた
   だまされた

はぐれ烏だ
だました 烏
   お母さんよ

烏ア啼いても
もう出ない
   もう出ない


夜になるとお月さんは
窓に来た

そーツと窓から
覗いてる

お月さんは しばらく
来なくなつた

闇夜の夜ばかり
続いてる

今朝けさ見りやお月さんは
ぽツと出てた

有明お月さんに
なつてゐる


土に物問うた
畑の土に

土が物うた
畑の土が

日南ひなたぼつこして
ゐたよと言ふた


木瓜ぼけの花咲く
日和ひよりは続く

茶師ちやしヤ来るのも
もう間はなかろ

裏の畑の
茶の樹を見たりや

雀アならんで
とまつてる


鹿島灘越しや
船玉さまよ

アレサ マア
大洗おほあらひ沖の
アレサ マア

隠れ御礁おんね
磯が鳴る


わたしや田舎ゐなか
草刈り娘

草は千駄せんだん
刈らなきやならぬ

  ザツクリ ザツクリ
  ザツクリサ

草の千駄
夜明ののんの

わたしや思はぬ
日とてない

  ザツクリ ザツクリ
  ザツクリサ


金雀枝えにしだの花咲く頃は
ほととぎすが啼く
ほととぎすが啼く

故郷ふるさとの森の中にも
もう 金雀枝の
花咲く頃か

ほととぎすが啼く
ほととぎすが啼く


裏戸覗きやる
口笛ヤ吹きやる

 わたしや気が気ぢや
 ゐられない

逢へる身ならば
逢ひにも出よが

 元のわたしの
 身ではない

戸縁とぶち叩きやる
小声ぢや呼びやる

 とても気が気ぢや
 ゐられない

空の星でも
縁なきや流る

 薄い縁だと
 おぼしやんせ

石は投げしやる
雨戸にやあたる

 もうも気が気ぢや
 ゐられない

この去れとて
石投げしやるか

 石に言はせに
 来やしやるか

去つちやくれろと
石投ぎやしない

 風の音だと
 思やしやれ

風の音だと
よくふてくれた

 窓にもたれて
 泣いたぞえ


   (ある農夫の歌の VARIATION)

真昼間まつぴるまでごわせう
畑ン中に、田鼠むぐらもちが一匹
斑犬ぶちに掘りぞへられて
イヤハヤ
むんぐらむんぐら居やあした
畑の土は、開闢このかた、黒いもんか
どなもんか
まことの所、烏に聞いて見やあすべい

畑ン中は、青空天上、不思議はごわすめえ
喉笛鳴らした ケー ケー ケー
かしはが走つた
こりやまた事だと魂消たまげ払つて見てやあした。
蜻蛉あけづが一匹
追つかけ廻つた、つつくわ 啄くわ
ぶつ飛びあがつた、飛んだわ 飛んだわ
蜻蛉は御運ごうんでござりあした

地主様の一人娘が
娘に二種ふたいろ何処にごわせう
どどの詰りが
エヘン
孕み女子をなごになりやあした
畑ン中の豆ン花なもんだ
朝つぱらから何事ぶたずに
べろりと咲いてござりやあす


願ひかけました
米山よねやまさまへ

縁をつないで
お呉れよとかけた

末はどうでも
お薬師さまよ

せつぱ詰つた
つないでお呉れ

帯で結んでも
切れる縁は切れる

どうせ米山も
お道楽薬師

切れるまでにも
つないでお呉れ


春も末かよ
葉桜の
蔭に来てゐる
蚊喰鳥かくひどり

友なつかしい
今日の日も
桜の蔭に
暮れて行く

桜の蔭の
たそがれが
なぜなつかしい
蚊喰鳥


月日立つのは
  つばめの鳥よ
はやいものだと
    さう思へ

南風吹きや
  また来よつばめ
桜咲いたら
    来よつばめ

南風吹きや
  つばめの鳥よ
わしが待つぞと
    さう思へ


千代ちよの松原
ひよろひよろ松よ

こぼれ松葉の
わたしぢやほどに

逢ひに来たのか
泣かせに来たか

逢ひに来たなら
出て逢ひませうに

泣けと云ふなら
わしや泣きませうに

唄で流して
横丁を通る


狐ヤ背戸山さ
   来ちやコンと啼いた

背戸の松山の
   松つてしもと

狐ヤ背戸山さ
   来なくなつた


山にや
毎日 寒い風吹くに
飛騨の高山
渡り鳥や
渡る

渡りなされよ
富山の 山にや
風は吹いても
まだ雪ヤ
降らぬ


思ひつめたぞ
   米山よねやまさまよ

生きて暮らそと
   恋路で死のと

わしの心も
   こうなりや闇ぢや

どこで照る日も
   照る日は同じ

故郷くにも捨てたぞ
   この土地去るぞ


旅の身ぢやとて
   さうぢやとて

明日あすはわかれて
   ゆく気かい

たづねて来よとて
   さうぢやとて

このままわかれて
   ゆく気かい

待つてて呉れとて
   さうぢやとて

どうでもわかれて
   ゆく気かい


  □

上州見おろし
   浅間が山は
胸にほのほの
   火を燃やす

  □

二つ日はない
   浅間が山よ
わしが願ひを
   どうなさる


沖は時雨しぐれ
   渚は雨よ

船は出船でぶね
   みち汐か

汐はみち汐
   港の船よ

時雨まじりの
   風が吹く


昨夜ゆふべも君から
来たたより

博多小女郎こぢよらう
浪枕

わたしも博多の
浪枕

ゆるしてお呉れと
いふたより


さつさきましよ
   あの山越えて
花は咲けども
   ふるさとの
月はおぼろに
   川しぶき
さつさ行きましよ
   あの川越えて
花は散れども
   ふるさとの
月はなつかし
   川しぶき


芙蓉ふようの花の
   咲く頃にや

芙蓉の紅い
   花が咲く

雀もお宿に
   帰る頃にや

雀のお宿も
   日が暮れる

おれもかうして
   ゐるうちにや

おれも日暮れて
   しまふだらう


青い月夜だ
   いとどの虫よ

河原蓬かはらよもぎ
   うらから枯れる

青い月夜も
   いつまで続く

鳴いてくれるな
   いとどの虫よ


生れ故郷の
   父母ととかかさまよ

今日けふもわたしは
   糸とりながら

父と云ひました
   母と云ひました

千羽烏の
   カホカホ声よ

父が恋しい
   母なつかしい


薔薇の花さへ
   真赤に咲くに
二度と帰らぬ
   わかれた恋よ

夢か 涙か
   流れの水か
わたしや口惜くやし
   捨てたか恋よ

薔薇の花さへ
   真赤に咲くに
帰つて下さい
   わかれた恋よ

夢も 涙も
   流れの水も
わたしや口惜い
   帰らぬ恋よ

薔薇の花さへ
   真赤に咲くに
忘れられない
   せつない恋よ

夢と 涙と
   浮世の風に
わたしや口惜い
   しぼんだ恋よ


わたしや黒猫
   闇夜がすきよ
寒いロシヤへ
   渡ろか こか

行こかロシヤの
   雪降る国へ
身まで売られた
   わしや黒猫よ

風は 吹く吹く
   港の沖に
寒いロシヤの
   国吹く風よ

行こよ明日あした
   ロシヤの国へ
どうせ売られた
   わしや黒猫よ

鳥は空飛ぶ
   空飛ぶ鳥よ
つれて行かぬか
   ロシヤの国へ

ロシヤは恋しい
   火を吐く国か
たよりすくない
   わしや黒猫よ


同じ国なら
   故郷の人か

聞いただけでも
   なつかしう思ふ

今の 今まで
   忘れてゐたが

村の娘で
   わしやゐた頃よ

思ひ出したぞ
   涙の種を


飲めよ コクテール
うたへよ 未来の歌を

赤く爛れた
二人のこころ

弾こか バラライカ
ロシヤの歌を

空は闇夜で
星さへ見えず

窓を ノツクする
暴風あらしよ 雨よ

明日あすの夜明が
またれてならぬ


但馬たじま山国やまぐに
   三日月さまも
山の蔭から
   蔭へとはいる

山の蔭かよ
   三日月さまは
但馬山国
   恋の星月夜


にが 不思議だ
春降る雪は ヨー

山の峰さへ
一夜いちやで解ける

わしの扱帯しごき
春降る雪か ヨー

伊那いなに来た夜に
不思議に解けた


伊那いな龍丘たつをか
   桃の花盛り

春蠶はるこ掃きませうか
   籠ロヂ乾そか

春蠶毛子けごになつた
   日和はよいし

まぶしたたいて
   桑摘み唄よ


霧ヶ岳から
   朝立つ霧よ
霧を見てさへ
   父母ちちははさまを
思ひ出されて
   どうもならぬ

故郷恋しい
   あの山蔭の
霧は消えても
   父母さまを
思ひ出されて
   どうもならぬ


ざんぶざんぶと
   越後の海は
恋の海かよ
   海鵯うみひよどり

 はなればなれに
   波々打つな

同じ海でも
   越後の海は
ざんぶざんぶと
   かなしい海か

 はなればなれに
   波々打つな


茄子なすびヤうれたかと
畑を覗きや

茄子ヤうれずに
まだ花盛り

ひよいと茄子の
木の下見たりや

蟻の行列ア
続いてる


春の花かよ
   桜の花は
春の花だよ
   あの花は
 チヤチヤラチヤ ヤツトサ

夏の空かよ
   夕立雲は
夏の空だよ
   あの雲は
 チヤチヤラチヤ ヤツトサ

秋の月かよ
   尾花の上に
秋の月だよ
   あの月は
 チヤチヤラチヤ ヤツトサ

冬の風かよ
   山吹く風は
冬の風だよ
   あの風は
 チヤチヤラチヤ ヤツトサ


  □

さんさ時雨しぐれ
夜来ちや
降りやる
かやの枯れ穂に来ちや
降りやる

  □

塩の塩釜しほがま
石の釜
欲しや
鉄の錆釜ぢや
塩アたけぬ


浜町はまちやうへ 来て幾年になるだらう
物干台の
つばくらめ
お前も旅の鳥だわネ

昨日きのふまでなにも云はずにゐたけれど
わたしも旅の
鳥なのヨ

もうわたしや遠いところへ
ゆくんだよ
物干台の
つばくらめ

今日けふはわかれだ
泣かないか


つやが風呂にはいつてゐると
若い男が
だましに来た
小さい声でだましてゐる

お艶がざぶり湯をかけてやると
男はうろうろしてゐたが
裏から
すーつと逃げて行つた

馬はうまや
馬堰棒ませんぼ
がらんがらんと鳴らしてゐる
天の川は北から西へ流れてゐた


山に春雨
   野に茅花つばな
花のかげかは
   つばくらめ
去年常陸ひたち
   ふるさとの
山に来もした
   つばくらめ

雨は降れども
   つばくらは
花に寝もせぬ
   旅の鳥
野にも山にも
   春の日の
雨は糸より
   細く降る


蝸牛ででむし
黙り腐つた
蝸牛よ
渦を巻いてる蝸牛よ
何が恋しい
篠藪に
さらさら さらと 雨が降る
夢現ゆめうつつ
おれは暮した
蝸牛よ
己に悲しいコスモスの
花と花とに雨が降る

もう己の
家は最終をはり
蝸牛よ
田もいらぬ
畑もいらぬ
篠藪に
さらさら さらと 雨が降る


誰に見せうとて
   髪結ふた
西の山には
   かやの花

誰に解かそと
   帯締めた
東の山にも
   萱の花

萱の枯れ葉に
   だまされた
お綱さまはと
   懸巣啼く


わたしのねえさん
     篠藪で
さつさ お背戸の
     鷦鷯みそさざい
誰にも言はずに
     ゐてお呉れ

去年の暮にも
     篠藪で
さつさ お背戸の
     鷦鷯
誰にも言はずに
     ゐてお呉れ


風に吹かれて
   そよそよと
山の枯葉は
   皆落ちた

木曾に木榧きがや
   実はうれる
かへれ信濃の
   旅烏

茶の樹畑の
   豆食べた
鳩は畑の
   どこで啼く


花と云ふ花は咲けども
妻と云ふ
花は咲かない
おお 淋し

荒野あれのの果てに
咲く花は
妻と云はりヨか
おお 淋し

風に吹かれて飛ぶ雲は
荒野の 果ての 野の 果ての
わたしに んで
恋しかろ


渚の 渚の
子安貝

波 どんど
波 どんど
子安貝

今日けふから ふたりで
暮しませう

お前も
わたしも
子安貝


姉は 男に
だまされた
野中のなかの一軒家の
きりぎりす

機場はたばに売られた
妹は
とんがらがん とんがらがん
暮してる

姉は 男に
だまされた
野中の一軒家の
きりぎりす

青いすすき
降る雨は
ちんちりりん ちんちりりん
降りました


かげろふの
あしたはまたぬ命だと
たよりは来たが
どうしよう

ひとつにはまたひとつには
かすかに白き
花でせう

しよんぼりとまたひとつには
さびしく咲いた
花でせう

かなしくもまたふたつには
涙に咲いた
花でせう

かげろふの
糸より細き命だと
たよりは来たが
どうしよう


今朝けさも 南へ
下総しもふさ
かりが啼き啼きたちました

さらば さらばと
下総の
風の吹くのにたちました

親と別れた
故郷ふるさと
空を見てゐた雁でせう

旅の身ゆゑに
下総の
風の吹くのにたちました


逢ひはせぬかよ
十六島で
潮来いたこ出島の
ぬれ乙鳥つばくら

潮来出島の
ぬれ乙鳥は
いつも春来て
秋帰る


赤いはお寺の
百日紅ひやくじつこう
白いは畑の
蕎麦そばの花

空飛ぶ鳥ゆゑ
巣が恋し
別れた子ゆゑに
子が恋し

木瓜ぼけの花咲く
ふるさとの
国へ帰れば
皆恋し


潮来いたこ出島の
五月雨さみだれ
いつの夜の間に
降るのだろ

枯れて呉れろと
枯れ山の
風は幾日
吹いただろ

常陸ひたち鹿島の
神山かみやま
おれが涙の
雨が降れ


わたしの胸の
恋の火は
いつになつたら
消えるだろ

かまどの土は
樺色かばいろ
焔に燃えてをりました

君はたしかに
夕暮の
野に咲く花の
露でした

土蔵の壁に
相合あひあひ
傘にかかれてありました


君のたよりの
来た日から
かなしい噂がたちました

水に流して呉れろとは
夢と思への
謎か知ら

走り書きだが
仮名文字かなもじ
「涙」と記してありました

水に流して呉れろとは
熱い涙の
ことか知ら


友禅の 赤く燃えたつ
祇園町ぎをんまち
銀の糸の
雨はななめに降りしきる

渋色の 蛇の目の傘に
降る雨も
上に下にと降りしきる

鴨川の 河原に啼いた
河千鳥
君と別れた路次口に
雨はしきりと降りしきる


雑木林の
啄木鳥たくぼくてう
杉の枯れ木を
つついて啼いた

杉の枯れ木を
啄木鳥は
無性むしやう やたらに
啄いて啼いた

掛けた襷の
解けたも知らず
涙うかべて
お糸は見てた


裏の田甫たんぼ
しぎがゆふべ啼いた

ささげ畑の 暴風あらしの晩も
君は忍んで 逢ひに来て
呉れた

裏の田甫で
鴫がゆふべ啼いた

鴫も田甫も霜枯れだけど
君は今夜こよひも 逢ひに来て
呉れよう


垣根の外に
来ては泣く
故郷ふるさと
恋しい唄に聞きほれて
垣根の外に
来ては泣く

下野しもつけの 機場はたば
しぼむ螢草ほたるぐさ
垣根の外に
故郷の
恋しい唄を
聞いて泣く


裏戸覗いて 裏から
帰る
紺の前掛 麻裏あさうら草履

あなた一人に
じやう立てましよと
泣いて別れた 小室こむろ
小笹こざさ

裏戸覗いて 裏から
帰る
紺の前掛 麻裏草履


「死なば共だ」と
新吉しんきちさんは
裏の お玉坊と
畑で泣いた

ウンニヤ 新吉さんは
小指の先を
細いすすき
葉で切りました

裏の お玉坊も
泣き泣き指を
共に芒の
葉で切りました


春の名残なごり
暮るる日に
紅き花さへ
をしみたり

夕べ 畑で
恋人を
待ちしも
今は昔なり

夏のをはりに
露草つゆぐさ
白き花さへ
惜みたり

河原の岸で
恋人と
泣きしも
今は昔なり


西瓜畑すゐくわばたけ
お月さま出てる

そろりそろりと
お月さま出てる

土をたたいたら
どしんこ響いた

姉もいもと
おさらば さらば


旅で暮らせば
茅野かやの
雨も
さらり さらりと
身にしみる

さらり さらりと
茅野の
雨は
さらり さらりと
身にしみる


潮がれ浜で聞く唄は
みんな悲しい
唄ばかり

沙の数ほどかぞへても
別れた人は
帰らない

涙ぐましくなつて来て
泣かずに 泣かずに
ゐられよか


お前と逢うた
武蔵野に
青い 昔の 月が出た

お前も 見たろ
武蔵野の
畑の中に家が建つ

畑の 中の 夕雲雀ゆふひばり
もう おれは
故郷くにへ帰るぞよ


川の向うで
水鶏くひなが 啼いた

  帰りやんせ
  帰りやんせ

月も おぼろに
河原さ出てる

  帰りやんせ
  帰りやんせ

きつと忘れて
ゐるんだよ


恋しくて
裏へ出て見りや
青い空

はかない
わたしの
片恋かたこひ

はかない
わたしに
何故なぜしたの

荒海あらうみのやうな
こころに
何故したの


つた嫁さま
煙草たばこの花は
元の男の 畑に咲いた

お蔦嫁さま
もう 諦めた
何にも縁だと もう諦めた

切れた障子の
穴から見たら
後向きして糸繰りしてる


学校先生よ
  石地蔵さまも
赤い涎掛よだれかけ
  かけてゐる

烏ア欲しくて
  涎掛見てる
学校先生よ
  じよにしぺ


裏の川端の
さらさらよもぎ

思ひ返して
みる気はないか

今朝けさも 裏戸に
櫛が落ちてゐた

通つて来たのか
可哀想なものだ


卯の花が散る
時鳥ほととぎすが啼く
沼の中に
菖蒲あやめの花も咲いてゐる

沼の中の
菖蒲の花よ
葛飾に
二月ふたつきもゐたかつた

家も屋敷もない おれ
去年の夏は東京に
今年の今は葛飾に
わかれねばならぬ時が来た

この住み馴れた
葛飾の
菖蒲の花よ
また逢はう


蛇の目からかさ
時雨しぐれが降るに

月日かぞへて
港を見てる

待つはつらかろ
待たるる身より

伏木港ふしきみなと
船頭さんだち


蘆が枯れたら
どこで逢ひませう

前の河原は
石まで枯れるし

蘆が枯れたら
どこで逢ひませう

裏の畑は
土まで枯れるし

蘆が枯れたら
どこで逢ひませう

蘆の枯れ葉の
蔭で逢ひませう


おけらの唄の
さびしさに
窓にもたれて
すすり泣く

まぼろしさう
コスモスも
花は昔の
ままで咲く

おけらの唄の
さびしさに
畳の上に
伏して泣く


今日もつぐみ
丘に来て啼いた
おれも泣きたい 鶫の鳥よ

空は乳色に
また日が暮れる

死んで別れた
人ではないし
忘れようとて 忘らりよか


窓の格子によりかかり
「いつまた来るの」と
泣く女

錆た庖丁の かなしくも
「はかない身だよ」と
さうか知ら

ただ明易い 夏の夜の
街はあかるい
青すだれ

いでも磨いでも 庖丁の
錆は磨いでも
さうか知ら


仲姉なかあねさま
畑の中で
しやなりしやなりと
麦踏みしてる

かりは帰るし
ゆふべの月は
※(「木+國」、第3水準1-86-6)くぬぎばやしの上から
出てる

つまらないよと
涙でふた
お仲姉さま
丸顔だつけ


スイッチヨスイッチヨと
大阪の
街のはずれで鳴くスイッチヨ

姉は筑紫の
長崎へ
いもとも筑紫の
長崎へ

スイッチヨスイッチヨと
蔦の葉の
上にとまつて鳴くスイッチヨ


左官が 左官が
蔵建てた

おけらが三匹
出て鳴いた

大工が 大工が
家建てた

お月さん ぽかんと
眺めてる


雨の降る日は
雨だれ
小だれ
にも恋しくないが
公休日が恋し

空の弁当箱
雨だれ
小だれ
腹の減るたび
故郷くにの親思ふ

いやな監督さんだ
雨だれ
小だれ
何にも恋しくないが
公休日が恋し

かかれかかれと
モータが廻る
なにもかかりませうか
雨だれ
小だれ


まきの島から
  対馬つしまが見ゆる

最早対馬も
  春だろに

海にや海霧
  朝から立ちやる

対馬見るなの
  霧ぢややら


いたちア騒ぐから
背戸へ出て見たりや

烏ア河原で
水浴びしてた

山の頂上にや
薄雲かかる

今夜 山から
雨ア降るか


※(ローマ数字1、1-13-21)

     娘
リウさん
赤んが生れたならばどうしませう
何処どこへたのんで育てませう
     劉
ワタシ ワカラナイ アナタ スル ヨロシー
     娘
横浜の叔母さんとこへ遣りませう
新しい一身ひとつみひとつも着せて遣りませう

※(ローマ数字2、1-13-22)

     娘
叔母さんに断られたらどうしませう
     劉
ワタシ クニ トホイ ワカリマセン
     娘
悲しいけれど捨てませう
顔の見えない闇の晩
ミルクの管をくくませて――公園のベンチの上に捨てませう

※(ローマ数字3、1-13-23)

     娘
お月夜の晩であつたらどうしませう
お月夜が続いて居たらどうしませう
育てませうか捨てましよか
     劉
ワタシ ニホン タツ アナタ タノム
     娘
薄情な 薄情な 劉さん
思ひ切つて――悲しいけれど捨てませう
ベンチの上に青青と月がさしたら泣くでせう
わたしの顔をきつと眺めて泣くでせう
劉さん
劉さん
その時のわたしの心はどんなでせう

底本:「定本 野口雨情 第一巻」未来社
   1985(昭和60)年11月20日第1版第1刷発行
底本の親本:「雨情民謡百篇」新潮社
   1924(大正13)年7月14日刊
初出:紅殻とんぼ「婦人世界」
   1924(大正13)年7月
   捨てた葱(原題 葱)「日本詩集 一二二五版」
   1925(大正14)年4月
   青いすすき(原題 細いすすき)「婦人世界」
   1924(大正13)年5月
   波浮の港(原題 ハブの港)「婦人世界」
   1924(大正13)年6月
   海の遠く「少女倶楽部」
   1924(大正13)年6月
   謎(「甚吾さん」の全面的改作)「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   草刈り娘(原題 草刈り唄)「婦人倶楽部」
   1924(大正13)年5月
   金雀枝(原題 金雀枝の花咲く頃)「郷土」
   1923(大正12)年5月
   風の音「婦人倶楽部」
   1924(大正13)年3月
   畑ン中「都会と田園」銀座書房
   1919(大正8)年6月刊
   蚊喰取り「令女界」
   1923(大正12)年5月
   また来よつばめ「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   千代の松原「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   米山小唄「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   旅の身ぢやとて「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   小諸小唄(第二聯を全面的に改作)「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   出船「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   浪枕「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   川しぶき「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   いとどの虫「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   千羽烏「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   薔薇の花さへ「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   わたしや黒猫「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   同じ国なら「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   暴風の夜「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   但馬山国「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   春降る雪「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   伊那の龍丘「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   霧ヶ岳から「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   かなしい海「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   運動踊り(題名に「(四季の歌)」を追加)「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   つばくらめ「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月刊
   お艶(「わしの隣人」から)「都会と田園」銀座書房
   1919(大正8)年6月刊
   旅の鳥(一部改作)「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   篠藪(「己の家」から)「都会と田園」銀座書房
   1919(大正8)年6月刊
   萱の花「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   みそさざい「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   風に吹かれて(原題 烏)「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   荒野「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   子安貝「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   一軒家「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   白露虫「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   雁「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   濡れ乙鳥(原題 乙烏)「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   空飛ぶ鳥「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   枯れ山唄「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   土蔵の壁(一部改作)「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   儚き日「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   祇園町「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   お糸「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   霜枯れ「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   螢草「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   小室の小笹「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   芒の葉「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   恋の日「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   西瓜畑「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   旅で暮らせば「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   沙の数「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   昔の月「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   帰らぬ人「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   片恋「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   煙草の花「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   櫛「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   葛飾の夏(原題 己の家 十、夏)「都会と田園」銀座書房
   1919(大正8)年6月刊
   港の時雨「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   蘆枯れ唄「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   おけらの唄「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   鶫「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   錆「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   夕の月「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   スイッチヨ「沙上の夢」新潮社
   1923(大正12)年4月刊
   おけら「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   女工唄「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月刊
   娘と劉さん「都会と田園」銀座書房
   1919(大正8)年6月刊
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:noriko saito
2010年5月18日作成
2011年5月11日修正
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