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おさんだいしよさまは、常陸地方の方言、
三台星のことなり。

おさんだいしよさま
屋根の上
むぎきや臼の蔭で
杵枕きねまくら――    (農民歌)

農村の夜更けなどしのばれて、われには
なつかしき星なり。


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あの山越えて


おれとゆかぬか
   山越えて
あの山越えて
   ゆかないか

連れてゆくなら
   ゆきもせうが
鬼がゐるから
   おらいやだ


酒はよいもの
お酒は(アラヨー)

酒は(サ)酒は命の(ドンドマンマホイ)
若返り 若返り

命若うすにや
お酒で(アラヨー)

酒で(サ)酒で命が(ドンドマンマホイ)
若返る 若返る


空は夕焼 酒場は遠い
可愛女でも見にゆこか
  コリヤ デカデカレンレン

可愛女に逢ひたさで見たさで
遠い酒場へ酒飲みに
  コリヤ デカデカレンレン

何をくよくよ酒場の酒で
酔ふて恋した身ぢやないか
  コリヤ デカデカレンレン


わたしや女の
かなしさに

捨てらりや世間も
狭くなる

女の念力ねんりき
夢の鳥

夢の鳥ゆゑ
自由な翼

来るなと言ふても
逢ひにゆく


わたしや女よ
   可愛かはいの人よ
思ひつめれば
   じやにもなる

永いこの世に
   短や命
どうせこの世は
   苦の娑婆よ

恋に生きませう
   可愛の人よ
恋は自由よ
   ほんに自由

連れてゆくなら
   鬼棲む国の
遠い世界の
   果までも

辛さこわさを
   可愛の人よ
わたしや思ふて
   恋はせぬ


紅屋べにやで娘の言ふことにや
(サノ)言ふことにや

春のお月さま薄ぐもり
(ト、サイサイ)薄ぐもり

お顔に薄紅つけたとさ
(サノ)つけたとき

わたしも薄紅つけよかな
(ト、サイサイ)つけよかな

粉屋こなやで妹の言ふことにや
(サノ)言ふことにや

わたしの姉さん薄化粧
(ト、サイサイ)薄化粧

お顔がほんのり桜色
(サノ)桜色

わたしも薄化粧しませうかな
(ト、サイサイ)しませうかな



 「わたしや浅草の
     観音さまで――

 「お母さんに話しちや
     いけないよ

 「しかものつく
     たそがれ頃に――

 「言つてあるいちや
     困るだよ

 「屋根の瓦を
     眺めてゐたりや

 「観音さんに話しちや
     いけないよ

 「鳩がお屋根で
     ゆふざれた


嫁になりたや
   聟さまほしや
縁が遠くて
   なさけなや
 アラテバヨ アラテバヨ

縁が遠けりや
   おしやれておいで
人目ひとめ惹かなきや
   縁が来ぬ
 アラテバヨ アラテバヨ

人目惹くさに
   かどへ出て見たが
今日も空しや
   日が暮れる
 アラテバヨ アラテバヨ

いつそ金茶に
   髪の毛お染め
異国情緒で
   縁もあろ
 アラテバヨ アラテバヨ


今夜忍ぶは
   恋ではないに(サイサイ)

千鳥ア宵から
   チロチロリンと啼きやる

寒や河原の
   夜明し千鳥(サイサイ)

わたしや恋路で
   ゆくぢやない

恋や恋路で
   忍んだ頃にや(サイサイ)

わたしや焔の
   火も吐いた


軒端で雀の
   言ふことにや

窓から手紙を
   ちよいと投げりや

ちよいと見て袂に
   ちよいと入れた

アララのラ
   アララのラ

お母さんは知らない
   アララのラ

とつさんも知らない
   アララのラ


お袖引かれりや
   いやだと言へよ

ほいと呼ばれりや
   顔かくせ

十四頃なりや
   未通おぼこで通る

明けりや二十一
   十四と七つ

聞いて下さい
   お母さんよ

燃ゆる心は
   かくされぬ


咲けや菜の花
  揉めろや菜の葉 ホイホイ

お月や片割れ
  昼出てる ササ ホイホイ

わしと昼出る
  片割れお月や ホイホイ

連れ衆ほしさに
  気が滅入る ササ ホイホイ

連れ衆持たせりや
  すちや ちやら ちやらか ホイホイ

連れ衆眺めて
  わしや暮す ササ ホイホイ

咲けや菜の花
  揉めろや菜の葉 ホイホイ

花が揃はにや
  葉が揉める ササ ホイホイ

昼の日中に
  菜の葉が揉めりや ホイホイ

お月や焦れて
  細枯れる ササ ホイホイ

可愛や昼出る
  細枯れお月や ホイホイ

連れ衆ほしさに
  夢もみる ササ ホイホイ


  娘
橋をかけたや
   音戸おんどの瀬戸へ
かよてゆきたや
   船大工さんよ

  船大工
汐にせかれりや
   橋ア流る

  娘
橋が流れりや
   わたしも流る
小舟ほしいや
   船大工さんよ

  船大工
舟も櫓がなきや
   流される

  娘
橋はせかれる
   舟ア流される
通て来るなか
   船大工さんよ

  船大工
いのちにして
   通て来よ


恋の巣立ちか
   ゆふべのお星や
  触れりや落ちそにもう出てる

触れりや落ちそに
   もう出てる

女なりやこそ
   涙ももろい
  恋の甘さにや泣かされる

恋の甘さにや
   泣かされる

空はたそがれ
   夕のお星や
  うぶな心であこがれる

うぶな心で
   あこがれる
[#改段]

鴫の声


晩げになつても
つかさんが来ない

お母さん来るかと
出て見たりや

スイスイちけ
鴫の声

鴫は田で啼く
可愛かあいとり

待つてもお母さんの
来ないときや

せどの田甫で
いつも啼く


  ○

岩手片富士
あの山蔭で
なじよな心で あねこよ
暮すやら

  ○

あねこ思へば
あの山蔭の
雪もおぼろに あねこよ
解けぬかや


言ふた 言ふた 言ふた
つかさんが言ふた

美濃の笠松ア
住みよて居よい

同じゆくなら
美濃縞織りに

娘ゆけよと
よいこと言ふた

トンカ トンカ トンカ
機場はたばで暮らしや

いつも心が
トンカ トンカ若い

昨夜ゆふべ夢みた
機場の夢を

ゆこかおつかさん
美濃縞織りに


空の雲さへ
  日の暮れにや

風に吹かれて
  はぐれがち

風はなさけに
  吹くぢやなし

雨もなさけに
  降るぢやなし

どうせなさけの
  風ぢやとて

涙まさせる
  ことばかり


雉子きぎすア啼くから
  出て山見たりや

雉子ア小松の
  雉子ア小松の
    蔭で啼く

山は焼け山
  焼け山蔭ぢや

雉子ア棲もとて
  棲まりやせぬ

棲むにや棲まれず
  小松の蔭へ

姿隠して
  姿隠して
    雉子ア啼く

雉子ア鳥でも
  姿を隠す

人目しのんで
  いぢらしや


どこで生れた
  籔鶯よ

わたしや谷間の
  籔育ち

谷間出るときや
  氷の筏

山にやまだら
  雪も降る

長い旅ゆゑ
  やつれたわたし

姿見せるも
  恥かしや


雉子きじ雌鳥めんどり
  茅野の中で
子供たづねて
  ほろたたく

わが子可愛や
  茅野は深や
ほろろ ほろちけ
  ほろたたく

西でほろほろ
  東でほろろ
藤の焼け蔓
  見ちやほろろ

わが子可愛や
  地べたは広や

どこが地べたの
  果てだやら

一の山越え
  二山ふたやま蔭にや
同じ野もありや
  原もある

雉子の雌鳥や
  地べたの上を
踏んで啼き啼き
  ほろたたく


梅に鶯
  ちらりととまり
ちらりとまつて
  言ふことにや

竹に雀は
  仲よくとまる
梅にわたしは
  来てとまる
ホホ ホケキヨ
  ホ ホケキヨ


釣瓶つるべたたいたら
雀の鳥は
たまげはらつて
飛んで廻つた

たまげはらつて
雀の鳥は
釣瓶ちよいと見て
飛んで逃げた


鴨緑江流す筏は
水まかせ

ちやうどわたしの
身の上も

その日その日の
風まかせ

人の知らない
袖しぼる


雲雀ひばりの唄よ
なつかし唄よ

おいらももとは
田舎の生れ

畑の中で
麦笛吹いた


木曾の御嶽おんたけから
流れる水も
しばし 笠松の
岸によどむ

水の流れさへも
笠松ア恋し
わかれ惜んで
しばし よどむ
(註。笠松町は岐阜県木曽川の岸にあり)


たんたん竹が鼻
よいよいよいとこ

飛んでゆきたや
はね欲しや

飛ぶに飛ばれぬ
片袖しぼる

せめて雀の
翼欲しや
(註。竹が鼻町は美濃国の小都会なり)


海の中かと
思ふてゐたりや
別府海地獄
山の中

おさへきれない
わたしの胸は
ちやうど鶴見の
活地獄いきぢごく

わたしや別府の
八幡はちまん地獄
ぶつりぶつりと
日を暮らす

とてもかなしや
血の池地獄
とてもこの世と
思はれぬ

因果地獄を
見たけりやおいで
因果地獄は
坊主地獄


  ○

茶の芽ア伸びるし
あゆア瀬に
のぼる
茶摘みをなご
もう来やう

  ○

茶摘みアしまへば
鮎ア瀬を
くだる
早瀬眺めて
袖しぼる
(註。大分県日田郡は野生茶の産地なり)


おいで おいで おいで
このちやうへおいで

来たらつひで
機織つておいで

住んで住みよい
暮してゐよい

尾張奥町は
機場でござる

啼いた 啼いた 啼いた
また来て啼いた

軒端覗きに
ちよいと来た雀

今夜来よとて
逢はれるものか

尾張奥町は
月夜でござる
[#改段]

野雀・雀


旅の(チンチン)雀か
野雀 雀

夜さへ(チンチン)明ければ
啼く雀

山で(チンチン)寝ました
枯れ木の下に(ネ)

磯で(チンチン)寝ました
小石の上に(ネ)

今は(チンチン)宿なし
野雀 雀

空を(チンチン)眺めて
日を送る


七つ八つまで
赤い下駄はいた
   人形さんよ

赤い下駄見りや
思ひ出す
赤い鼻緒の
下駄はく頃にや
   人形さんよ

わたしやおつかさんと
ねんねした
いつの間にやら
物恥かしい
   人形さんよ

淡いあはれの
夢もみる


広いこの世は
三千世界
親のない子は
皆おいで


砂の数ほど
かぞへて見たが
かぞへきれない
わが涙


みんなおなりよ
雀の鳥に
雀ア家蔵いへくら
建てやせぬ


山が晴れれば
    かかやんよ母やんよ

あれサ港に
    風が吹く

風はわかれの
    母やんよ

あれサわたしの
    袖に吹く

山が曇れば
    ととやんよ 父やんよ

あれサ港に
    雨が降る

雨は涙の
    父やんよ

あれサわたしの
    袖に降る


おお寒む
    寒むや

赤い茨の
    実が落ちる

山の木の実も
    落ちたやら

おお寒む
    寒むや

霜は山にも
    降つたやら


因幡夕やけ
どの山見ても
山にや
木のない
山ばかり

山にや
木はない
あの山あたりや
備前備後か
岡山か


よしの葉蔭でカツサカサと
行々子よしきりア騒ぐ

石を投げたら日の暮れ頃だにヨ
飛んで逃げた

葦は夕凪ぐカツサカサと
行々子ア帰れ

飛んで逃げよと日の暮れ頃だにヨ
石ア投げぬ


鯉の滝登り
   鯉の滝登りヤ

水をたよりに
   滝をのぼる

滝にや滝の水
   樋の水はネ

かけひたよりに
   流れてる


笑ふかどには
   福来るたとひ

笑て暮らそよ
   皆さんよ

笑ろて暮せば
   家内中かないぢゆう平和

愉快 愉快で
   暮らされる

愉快 愉快で
   家内中暮らしや

いつもおだやか
   波ア立たぬ


空は花ぐもり
  菜の花日和

紅い花咲きや
  皆恋しがる

紅い花から
  こぼれて落ちる

花の雫は
  汲んでも尽きぬ

少女をとめ若かれ
  世は長閑のどかなれ

花は常世とこよ
  春に咲く
[#改段]

農民歌


一鍬ひとくわ打ちな
  サツクリコと打ちな

二鍬ふたくわ打ちな
  ウントサと打ちな

このはた耕しや
  ひとやすみ

たばこの煙の
  一やすみ


春の来る日にや
こころの底に
娘さんだちよ

草がちよつぴり
やせぬか

萠えた草だと
摘まずにおけば
娘さんだちよ

やがて葉が出て
葉が茂る

茂るその葉を
そのままおけば
娘さんだちよ

遂にやちらほら
花も咲く


空飛ぶ鳥なら
  行く先やどうでも
青空まかせに
  飛ばなきやならない

帆かけた船なら
  行く先やどうでも
吹く風まかせに
  走らにやならない

引かれた袖なら
  行く先やどうでも
行く先まかせに
  行かなきやならない

流れる水なら
  行く先やどうでも
瀬と淵まかせに
  流れにやならない


お乳母日傘の
   娘さん達よ
わたしや下街したまち
   横丁の生れ
蝶よ花よぢや
    育ちやせぬ

産みの親より
    育ての親ぢや
親も横丁の
    かど生れ
わたしや皆さん
    気も荒い


狐見るたび
    おら考へる(ドツコイ)

可愛女に
    なぜ化けぬ

化けてくれれば
   話しもあるが(ドツコイ)

化けにや狐と
   話されぬ


かかとたたいたりや
踵見て泣いた

踵見ながら
笊投げた

笊は空笊からざる
ころげてまはりや

踵忘れて
笊見てる


梨の番すりや
蜂の子が憎や

子蜂アな

子蜂ア飛んで来て
梨刺した


山は 霜枯れ
月や細枯れる

お月や出てても
あの山蔭にや

棲む[#「棲む」は底本では「褄む」]だろ
なヨ かか


桶をながめてお米が磨げりや
お百姓さんは
田さへながめりや蔵が建つ
 (トコ トコダト磨ぎぬきな)

一桶ひとをけ磨ぐのにや十桶とをけの水汲み
夜明けの明星は
まだまだチラリだ
 (トコ トコダト磨ぎぬきな)

この桶あげなきや仕込みがおくれる
仕込みがおくれりや
いとま出される
 (トコ トコダト磨ぎぬきな)

お暇出されりや酒蔵おくらとおわかれ
そのときや
あのと泣きわかれ
 (トコ トコダト磨ぎぬきな)

そのときやそのときおさらばさらばだ
天道てんとさままかせに
足まかせ
 (トコ トコダト磨ぎぬきな)

さうなりやこの地へ来年来るやら
あてさへないから
尚更あのと泣きわかれ
 (トコ トコダト磨ぎぬきな)


西瓜畑さ
 おらかぬ

狐がゐるから
 おら行かぬ

ホイホイちけ
西瓜の番

西瓜畑で
寝てたちけ


とんぼ追つかけたら
畑さ逃げた

とんぼよウ
とんぼア畑で
スウイ スイ


おらは田舎の
  お百姓生れ

田螺たにしながめて
  暮してた

お前や東京の
  おぢよさま育ち

おらと生れが
  ちがひやさ


麦が芽を吹きや
 がん 雁 帰る

一羽いつぱ帰れば
 また一羽帰る

帰る雁でも
 別れは惜む

畑見ながら
 啼いて立つ


わしが鳥なら(ヨー)
   烏の鳥に(ヤンレサホイ)

啼いて夜明けを(ヨー)
   知らせたい(ヤンレサホイ)

啼いて夜明けを(ヨー)
   烏の鳥は(ヤンレサホイ)

騒ぎまはして(ヨー)
   ふれあるく(ヤンレサホー)
[#改段]

茶ツ葉


雀ア帰るに
  かはたれ頃に

小雪ヤちらりと
  来て降つた

茶の樹畑の
  茶の茶ツ葉に

雀ア来ちや啼き
  来ちや見て啼いた

茶の樹畑の
  茶ツ葉の上に

小雪ヤ降つちや解け
  降つちや解けた

茶の樹畑にや
  茶の樹の茶ツ葉

小雪ヤ降るのに
  かはたれごろに

雀ア茶ツ葉に
  とまつてた


朝にや朝霧
ゆふべにや
狭霧さぎり
秩父三峰みつみね
霧の中

霧にまかれりや
三峰さまも
霧にまかれた
ままで
寝る


畑に菜の花
   咲いたとさ

菜の花咲いたら
   見てよかな

菜の花畑は
   夕明り

日暮れにやお星も
   出るだとさ

お星も出たなら
   見てよかな

お星もちらちら
   夕明り


鐘になりたや
チヤン チヤカ チヤンの鐘に
叩きやチヤン チヤカ チヤンと
鳴る鐘に
  チヤン チヤカ チヤンとナ

鐘は気楽ぢや
チヤン チヤカ チヤンのチヤンと
叩きや チヤン チヤカ チヤンの
チヤンと鳴る
  チヤン チヤカ チヤンとナ

どうせなるなら
チヤン チヤカ チヤンの鐘に
叩きや チヤン チヤカ チヤンと
鳴る鐘に
  チヤン チヤカ チヤンとナ

鐘になりたや
チヤン チヤカ チヤンのチヤンと
丸くかどなく
暮したや
  チヤン チヤカ チヤンとナ


夕となれば
風は秋かや
 そよそよと

野末の草に
そよそよと
 風は吹く

野末の風も
 今は秋なれや

野に鳴く虫は
秋の虫かや
 ほそぼそと

草端の蔭に
ほそぼそと
 虫は鳴く

草端の虫も
 今は秋なれや


津島 津島と
日の暮れ
頃はよ
風も津島へ
吹きたがる
風に吹かれりや
草木でも
靡くに
袖に吹く風
吹いて来る
(註。愛知県津島町は昔より美女多しと伝へらる)


烏ア啼くから
出て見りやゐない
  おつかさんよ

わたしや烏に
だまされた
  オヤお母さんよ

はぐれ烏だ
だました烏
  お母さんよ

烏ア啼いても
もう出ない
  オヤお母さんよ


霧にまかれりや
御山おやまが曇る
  シヤンシヤンシヤン
御山曇れば
馬よ
雨となる

御山雨降りや
つまさきすべ
  シヤンシヤンシヤン
辷りやころげる
馬よ
谷底へ

谷は深谷
底なし地獄
  シヤンシヤンシヤン
落ちりや地獄だ
馬よ
気をつけな

せくな 急ぐな
頂上にや遠い
  シヤンシヤンシヤン
せかず急がず
馬よ
早よ歩け

風が強うなりや
御山は晴れる
  シヤンシヤンシヤン
晴れりや青空
馬よ
日は凪ぎる


お月さま見てたりや
とぼしくなつて来た

お月さま出てても
秋の月

すすきにゆられて
夢をみてる

霧たちのぼれよ
山の

お月さまみた夢
青い夢

片袖ぬらした
夢をみてる


(高原颪は日光の連山一帯より吹きおろす山風)

寒い筈だよ
  高原颪たかはらおろし
馬の耳まで
  てかへる

馬よ 寒かろ
  高原颪ヤ ササホイ
小雪交りで
  吹きおろす

小雪ヤチラチラ
  上州は雪ぢや
可愛かはヤ 機場も
  もう雪ぢや

上州雪降りや
  夜明けの星も ササホイ
白く白んで
  冴えかへる
[#改段]

古巣わすれて


古巣わすれて
小鳥の

どこにゐるやら
帰らない


鳩ぽつぽ啼くから
帰らぬか

  帰ります 帰ります
  あの山越えて

鳩ぽつぽ啼くのに
帰らぬか

  帰ります 帰ります
  あの川越えて

鳩ぽつぽ啼いても
帰らぬか

  帰ります 帰ります
  この子を寝せて

草履投げたら
蚊喰ひの鳥は

蚊かとおもてか
だまされてるに

草履しとふて
飛びさかる


南瓜畑に
烏が来てる
  (ドドンガドン)

烏ア南瓜を
ながめてる

烏見てたりや
烏も見てる
  (ドドンガドン)

烏ア柿の木に
飛んでいつた

南瓜叩いて
数へてみたりや
  (ドドンガドン)

烏アちよろりと
見て啼いた

南瓜欲しけりや
こつち来な烏
  (ドドンガドン)

烏ア黙つて
あつち向いた


馬鈴薯じやがたらいも
  花咲く頃にや

ほととぎすア啼く
  聞きやしやんせ

海の上越えて
  来て啼く声か

山の上越えて
  来て啼く声か

ほととぎすア啼く
  聞きやしやんせ


裏へ出て来ちや
畑を見てる

盆が来るから
あねさん達よ

豆の花でも
咲いたのか


末の松並まつなみ
東は海よ

吹いてくれるな
汐風よ

風に吹かれりや
松の葉さへも(オヤ)

こぼれ松葉に
なつて落ちる

お色黒いは
磯原生れ

風に吹かれた
汐風に

啼いてくれるな
渚の千鳥(オヤ)

末の松並ア
風ざらし
(註。磯原町は茨城県海岸の勝地である)

底本:「定本 野口雨情 第一巻」未来社
   1985(昭和60)年11月20日第1版第1刷発行
底本の親本:「おさんだいしよさま」紅玉堂書店
   1926(大正15)年6月10日刊
初出:あの山越えて(原題 山越えて)「講談倶楽部」
   1925(大正14)年12月
   春の月「令女界」
   1925(大正14)年3月、10月
   観音さま「新進商人」
   1925(大正14)年4月
   夜明し千鳥(一部改作)「のきばすずめ」東華書院
   1925(大正14)年2月刊
   軒端雀「のきばすずめ」東華書院
   1925(大正14)年2月刊
   菜の花踊り「行楽」
   1925(大正14)年4月
   娘と船大工「現代」
   1925(大正14)年4月
   恋の巣立ち「婦人倶楽部」
   1925(大正14)年4月
   鴫の声「少女の国」
   1926(大正15)年1月
   笠松機場唄(原題 機場唄)「キング」
   1926(大正15)年5月
   籔鶯「婦人画報」
   1925(大正14)年1月
   梅に鶯「婦人倶楽部」
   1925(大正14)年2月
   武蔵野にて(原題 雲雀の唄)「桂月」
   1926(大正15)年4月
   野雀・雀「令女界」
   1925(大正14)年12月
   人形さんよ「のきばすずめ」東華書院
   1925(大正14)年2月刊
   因幡夕焼(原題 因幡の夕焼)「婦人倶楽部」
   1926(大正15)年1月
   行々子(原題 よしきり)「日本詩集 一九二六版」
   1926(大正15)年5月
   鯉の滝登り「雄弁」
   1926(大正15)年1月
   春の来る日「令女界」
   1925(大正14)年1月
   そらとぶ鳥よ「婦人倶楽部」
   1925(大正14)年11月
   踵「抒情詩」
   1925(大正14)年3月
   お百姓生れ(原題 田舎者の唄)「日本民謡」
   1925(大正14)年9月
   麦の芽「婦人画報」
   1925(大正14)年1月
   わしが鳥なら(原題 ヤンレサホイ)「講談倶楽部 臨増」
   1926(大正15)年5月10日
   茶ツ葉「詩人倶楽部」
   1926(大正15)年4月
   鐘になりたや「雄弁」
   1924(大正13)年11月
   秋風「婦女界」
   1924(大正13)年10月
   はぐれ烏(一部改作)「雨情民謡百篇」新潮社
   1924(大正13)年7月刊
   御山小唄「キング」
   1925(大正14)年8月
   秋の月「婦人世界」
   1925(大正14)年9月
   高原颪「婦人画報」
   1925(大正14)年1月
   豆の花「日本詩集 一九二六版」
   1926(大正15)年5月
入力:川山隆
校正:noriko saito
2010年4月18日作成
2010年11月5日修正
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