1 朝

 オルゴールの曲。
 室数二十は下るまいと思われる、堂々たる邸宅の、庭に面した二つの座敷。梅雨季の薄曇りの朝。石も樹も格式通りに布置されてサビの附いた庭が、手入れを怠ったため、樹や草の少し伸び過ぎたのがムッと明るい。座敷の、上手の広い室(十五六畳)の縁側近く据えた紫檀の机の前に坐っている三好十郎。机の上には、原稿紙とペン、それから今鳴りわたっているオルゴールしかけの卓上煙草入れ。その辺の調度類とも、まるきり、ふさわしく無い青しょびれた[#「青しょびれた」は底本では「青しよびれた」]風貌で、セルの着物の袖つけの所の大きくほころびたのを着て、痩せた肩を突っぱらしている。煙草をくわえたまま、ボンヤリとオルゴールに聞き入っている。邸内はシーンと静まり返っている。……オルゴール、曲を奏し終って鳴りやむ。……三好、しばらく原稿紙を見詰めていた末、フト、ペンを取り、書きそうにするが、またペンを置き、何か考えていてから、ブルンと頭を振って、煙草を取ってパタンと煙草入れのふたをすると、オルゴール再び鳴り出す。三好、煙草に火をつけるのも忘れ、それをボンヤリ聞いている。……間。……オルゴールの曲が終りに近づく。
 奥の襖を開けて入って来るお袖。四十六七の、腺病質らしい、垢抜けのした、銀杏いちょう返しの女。

お袖 ……よくよくお好きなんですねえ、ほほほ……。
三好 (夢から醒めたように)なんですか?
お袖 いえさ、こないだっから、そればっかり聞いてらっしゃる。
三好 やあ。ハハ。……先生は?
お袖 奥の倉の中。
三好 見つかりませんか?
お袖 タンスや長持ちが開けられさえすれば、チャンと御先祖伝来のもんですからねえ、いずれどこかに有るにゃ有るんですけどね、たいがい、ペタペタやられているんですから。
三好 持って行かせたいなあ。
お袖 先生だって、そりゃねえ……ごらんなさいよ、あの朝寝坊さんが、こんなに早く裏口なんぞから入って来てさ、クモの巣だらけになってかき廻していらっしゃる。先生の気性を知っているだけ、私なぞ、出来ることなら――。
三好 引っぺがしゃいい。
お袖 だってさ、(両手を背後にまわして見せる)これですもん。
三好 かまわんですよ。僕が引き受けます。
お袖 とんでも無い。こうして、居て貰っているだけでも、すまないと言ってらっしゃるのに、そんな、あなた――。
三好 あべこべだあ。僕あ、行き先きの無い人間なんですよ。――とにかく、そいつは、持って行かないじゃ駄目だ。(立って行きかける)
(そこへ、奥の廊下に足音がして、堀井博士が、手に日本刀を一本と小さい軸物を一つ持ち、塵をフッフッと吹きながら入って来る。四十才位で大きな身体に、半礼服の黒っぽい洋服。おしゃれと色白の顔と鷹揚な人柄がシックリ一つに溶け合って、年よりもズッと若く見える。良家に人と成って苦労知らずに育った秀才で、専攻の医学以外の事では、ひどく投げやりな風である)
堀井 (子供が菓子でも貰ったようにニコニコ笑いながら、刀と軸を二人に見せる)有った。
三好 そりゃ良かった。
お袖 (心配して眼をキョトキョトさせて)まさか、先生……?
堀井 なに、奥の定紋入りの手文庫で、四つばかり封印の貼ってない奴が有ったろ、あん中さ。ハハ、骨を折らしやがった。(立ったまま刀をスラリと抜く。ドキドキするような刀身が庭の木の葉の反射を受けて光る)そら、まだ錆びてやしない。(一つ二つ素振りをくれる)
お袖 あぶないわ、先生!
三好 ……(再びモッサリと坐って)斬るつもりなんですか?
堀井 勿論さあ。
三好 だって、先生は、向うへ行ってもいずれ病院でしょう?
堀井 だけど、病院と言ったって、奥地へ入りこめば、そう始めからしまいまで、病人やけが人ばかりを相手にしてメスばかりいじくっているわけでもあるまいじゃないか。敵さ。敵だよ。
三好 さあ、敵も敵だろうが、それよりも、先生なぞ、自分の中のお人良しと言う奴を向うへ行って斬り捨てて来て欲しいな。
堀井 又、それを言う。……然し、君の言う通りかも知れんね。いずくんぞ知らん、敵は我が腹中に在りか。よし、そいつを、ぶった斬って来る! なあに! ウッと! なんしろ、持っているだけでも、気強いじゃないか。
三好 なんて言う刀です?
堀井 さあ、なんでも国なんとか言ってた。銘は、たしか入って無いよ。……しかし斬れるにゃ斬れる。
お袖 まだ大旦那様がいらした頃ですよ。猫を真二つにお斬りになって、大目玉をお喰いになってさ――。
堀井 袖、つまらん事を言うな。(三人笑う)
三好 ハハ……ちょっと拝見。(堀井から抜身を受取って刀に見入る)
堀井 チョットしたもんだろ? 五六代前のじじいから伝わっていると言うから、なんしろ古いもんさ。
三好 ……。
堀井 (その辺を見まわして)なにはどうしたの、あの綺麗な娘さん?
お袖 登美さんは、まだ離れでおよってです。
堀井 寝てるか。大した度胸だね、近頃の若い娘なんてえものは。
三好 いいな……(刀に見入っている)
堀井 相当の家の人らしいじゃないか? 文学少女と言うのかね?
三好 なんですか?
堀井 離れの娘さんさ。
三好 登美君? いやあ、文学少女じゃ無いんでしょうね。
堀井 あれ、君とはどう言うんだい?
三好 どう言うとは?
堀井 とぼけなさんな。
三好 とんでも無え。ただの知りあい……女房が女学校につとめていた頃、一二年教えていたから――。(その話に興味が無さそうに、刀身を見ながら言う)
堀井 そりゃ知ってる。君の奥さんが亡くなられる前もたしか泊りこみで看病していたのを見かけた事がある。奥さんをよっぽど好きだったんだね?
三好 そうです。死んだ奴が丈夫な頃も、よく泊りに来ていました。
堀井 (話がシンミリして来たのを、はぐらかすようにニヤニヤして)チト怪しいぜ。立候補でもしたんじゃないか? なくなった先生の御亭主の後釜と言うやつに?
三好 え? じょ、冗談言っちゃいけねえ! そんな事、登美君に聞かれたら、あなた、噛みつかれますよ。
堀井 ハハハ、ハハ、噛みつかれちゃ、かなわん。……だが、いずれにしても悪く無い、劇作家や小説家なんてえ商売も。あんなのがノコノコ、たよって来る。
三好 なに、行き先きが無いんでころげ込んで来ただけですよ。
お袖 ですけど、お家の方でも話がわからな過ぎるじゃありませんかねえ。登美さんの方で財産は要らないと言ってるんですから、その通りに運んでやればいいじゃありませんか。
堀井 財産は要らないと言うのか? へえ、もったい無え! 俺にくれんかなあ!(三人声を合せて笑う)だが、なんだね、そ言ったとこも、モダンガールにしちゃ、チョイト小股が切れ上り過ぎてる。
三好 モダンガールじゃ無い。
お袖 (茶を入れながら)だけど、なんですよ。私は感心しているんですよ。あれでいて、きまりきまりだけはチャンとしたもんですから。黙あって三好さんの下着まで洗濯なさる。
堀井 それにしても登美と言うなあ、時代だね。お登美さんか。(茶を呑む)
三好 ……(抜身を鞘に納める)このままじゃ持って行けませんね。
堀井 行くまでに拵えを直させるよ。
三好 この方は、なんです?
堀井 お不動さんの画だ。
三好 (軸物を開きながら)これも持って行くんですか?
堀井 いや、一所に入っていたから出して来たまでだ。
三好 ……(小さい軸物を開けて、そこに描いてある真赤な画を見て、ギョッとする。次に吸いつけられたように画に見入る)……ふーむ。
堀井 かねなんとかてえ人の描いた、古いもんだそうだ。
三好 ……ふーむ。こいつは――。ふーむ。
堀井 唸る事あ無かろう。
三好 ……先生、これ持っていらっしゃい。刀なんぞ、くそくらえだ。
堀井 医者が仏さんなんぞ持って行けるもんか。気に入ったら、君にあげようか。
三好 そんな無茶な……。でも、持って行かないんなら、僕に貸しといて下さい。
堀井 いいさ。他にあげる物と言っても、なんにも無い。その煙草入れは気に入ったらしいけど、駄目だしなあ。これでも親父があちらから持って帰った時は、関税だけでも百円近く取られたらしいけど、こうして封印を附けて書き出して見ると、たしか七十円たらずだよ。なさけ無いや。まあ、そのお不動さんでも持っていたまえ。もしかすると、そいつが僕の形身になるかも知れん。
お袖 先生、そんな――。
堀井 いいよ、わかってるよ。大袈裟な事あ、俺あ、きらいだ。だけどね、……たかが軍医で行くのに、死ぬの生きるのと言うのも変な話だけど、実あ正直の事言やあ、……今迄みたいにしてフラフラやっているなあ、いやんなっちゃった。死んだっていいから、もっとハッキリした事をやらないじゃ、もう、俺あ、たまらん。
三好 ……(急になぐりつけられでもしたように、首をうなだれて聞いている)
堀井 人間、四十になって、こうして、先祖以来の家にも住めん。診療所も院長と言うなあ名ばかり、月給九十円の雇人だ。キョトキョトしながら、人にかくれて、親子三人アパート住いだからな。アッハハ。いくらノンキな俺でもちったあ考えらあ。
三好 …………。
お袖 この間お目にかかった時も、大奥様は泣いていらっしゃいました。
堀井 おふくろは、なんかと言やあ、直ぐ泣く。豪勢にやっていた昔を思い出すんだ。しかし、俺は違う。俺が情けないのは、そんな事じゃ無いんだ。
お袖 いえ、それは……大奥様も邦男に今更親孝行の真似なぞして貰いたいとは思わないと口癖におっしゃっていますけど――。
堀井 違う。俺あ親孝行だよ。家を無くしても財産を無くしても、親孝行な人間だと思っている。……俺の言うなあ、そんな事じゃ無いんだ。これで、診療所さえチャンとやって行けて、江東辺の人のためになることなら、俺あそのためなら、おふくろなざあ、すまんけど洗濯婆さんにでもなって働きに行って貰う。だけど、問題は、その診療所さ。いくら、あの辺の貧乏な連中を僅かな実費で診てやっても、さて、そいつが人のためになるかだ。ホントの意味でだなあ。それさ。この一二年、考える事あ、その点だ。そうなると、もう、まるでお先き真暗だからなあ。
三好 ……ふん。
堀井 ……テーベーの患者が来る。そいつを一所懸命診てやって、病勢を喰いとめてやる。半年か一年する、必らずそいつが、以前よりも悪くなって、転げ込んで来る。もう、どうしようにも手遅れだ。直ぐ参ってしまう。失敬だが、君の奥さんだってその一例だったと言やあ言える。……花柳病のクランケが来る。手当てをしてやって、チョット良い。暫くすると又来る。前よりもキットひどくなっている。……二人や三人じゃ無いもんなあ。なぜ二度と病気にならんようにしないんだと叱り飛ばしてやっても、メソメソしたり、ペコペコしたり、中にはセセラ笑ってる奴もいる。……そうだろうさ、なぜと〔言って〕俺から言われたって、どうにもならんのだ。あの連中にも、俺にも、どうにもならん原因から、あの連中の身体あ冒されて、死んじまう。……するてえと、診療所で俺のしてる事あ、物事をただ一寸のばしにしているきりだ。だろう、三好君?
三好 俺にゃ、よくわからん?
堀井 わからん? ふむ。……そりゃね、社会施設をもっと完備させろ、働らく人間がもっと安心して働いて行けるような組織……そいつをもっとチャンとしてくれと言ったようなことに、俺の考えはなるかも知れん。勿論、それもある。それが第一かも知れん。しかし、それで全部キレイに片附くか? 片附かんような気がする。まだ、これで、政治や経済の組織に一切合切をかづけて、それで以て割切っていれば、どうなるならんは別問題として、落着いてだけは居れるだろうがね。君なんか、そうだろう?
三好 違いますね。
堀井 だって君あ、以前マルキシズムをやってた事があるんだろ?
三好 少しかじっただけで、なんにもわかっちゃいないんですよ。
堀井 そうかねえ。
三好 わからん。……ぶっつかって見る以外に手は無いんだ。とにかく。しょうの物にぶっつかって、アッと思ったトタンに、自分がどんなをあげるかです。丁と出るか半と出るか、そいつが掛け値なしの自分です。よしんば醜態をさらしても、もうこれ、致し方なし。……近頃、すべてそれでやっているんですよ。
堀井 ハハハ、丁と出たか。……いや、君の言う通りかも知れん。正の物にぶっつかるか、……それさ、結局僕がこんだ行くのもそれだね。戦争に掛け値は無い。これでよしと思った瞬間に敵弾に当って死んでもよしね。……帰って来れたとしても、もしかすると、そん時は僕はもう医者では無くなっているかも知れんな。少くともこれまでの様な人道主義者では無くなっていたいよ。力と言うものを持たぬヘロヘロの善意なんてもの、何の役にも立たん。物事をこぐらからせるだけだ。ごうを引きのばすだけだもんなあ。おふくろに言わせるとさ。業だ。言って見りゃ対症療法だね。必要なのはオペラチオンだ。
三好 ……だけど、先生が、今迄なすって来た事をそんな風にばかり考えていらっしゃるんだったら、僕あ反対だな。
堀井 だって、そうだもの。(何か言おうとして口をモガモガさせている相手に)まあ、いいよ。とにかくセンチかも知れんが、そんな気がするから、僕あ行く。
三好 …………わかります。
堀井 ひょっとすると、もう会えんかも知れんね。
三好 来月の五日でしたか?
堀井 (うなずいて[#「うなずいて」は底本では「うなづいて」]見せてから、ニヤニヤして)だいぶまだ間は有るけど、なんしろ、これだ。君も、いよいよ此処に居れなくなると困るだろうが――。
三好 困りゃ[#「困りゃ」は底本では「困りや」]しません。なんにも持ってない人間から、誰が何を取り上げる事が出来ます? 先生こそ身体に気を附けて、どうか――。
堀井 ありがとう。……そうそう身体と言やあ、痔の方はその後どうだい?
三好 大した事あ無い、まだ少しは痛いけど。
堀井 どれ、チョット見せたまい。(寄って来る)
三好 いいですよ、いいですよ。(尻ごみをする)いいですよ。そんな、今頃――
堀井 だって、これが見納めになるかも知れんぜ。そんな事言わないで見せろよ。どれどれ。
三好 (逃げまわりながら)なあんだ、いいですったら! 僕のケツがどうだってんだ。馬鹿にしなさんな。
(お袖泣いていた涙を拭きながら、笑い出す)
堀井 ハッハハ、まあ、そいじゃ、悪くなったら診療所に言っとくから、後藤君に診て貰うんだな。(刀を持って立つ。その辺を見まわしながら)見納めと言やあ、此処も見納めかな。いやさ、よしんば僕が無事でいても、どっちみち、とうに他人の物だ。……なんしろ、古い家さ。
三好 ……(坐り直して、畳に両手を突いて頭を下げる)先生、いろいろ言いたい事も有りますけど――どうかシッカリやって来て下すって――。
堀井 (立ったまま、これも頭を下げて)……ありがとう。君もどうか。……後の事よろしく頼む。
お袖 じゃ私も、そこいらまで――(立つ)
堀井 いいよ、いいよ、見送られるてえガラじゃ無い。
お袖 でも、なんですから――チョット行く所もありますから。
堀井 例の神様か? 袖も、いいかげんにした方がいいぜ。インチキ宗教であろうとなんであろうと、信仰すると言うのは悪い事じゃ無いが、縁談から金談、堀井家の再興まで受合う神様なんて、話がうますぎる。
お袖 馬鹿になさいまし。今に先生も思い当られる事が出来て来ます。
堀井 ハハ、思い当るか。いやさ、お前が退屈ざましに、神様を見に行くと言うんだったら、話あ別だ。大変な色男だそうだな?
お袖 (怒っている)……ば、罰が当りますから! そんな事おっしゃっていると――。
堀井 怒るなよ。僕あただ、お前が飛んだ延命院に引っかかりゃ[#「引っかかりゃ」は底本では「引っかかりや」]しないかって心配してるだけだよ。そんなことでグズグズしているよか、横須賀の伯父さんの言う通りに、その船の人の縁談を受けたらいいじゃないか。子供が一人や二人あったって、構わんじゃないか。船員と言うものは、船から降りると恐ろしく情が深くって、オツだと言うぜ。
お袖 たんと、おっしゃいまし!
堀井 いやさ、そうしてシャンとしているお前ほどのものを、もったい無いと言うのさ。
お袖 ホントに、先生は、――(怒って居りきれず、笑い出してしまう。堀井も三好も笑い出す)馬鹿ね!
(その笑声に混って奥でベルが鳴り出す。三人ヒョイとそれに気が附いて、次々に笑い止んで耳を澄ます)
堀井 ……野郎、来やがった。(少しキョトキョトする)
お袖 どうしましょう? そうでしょうか?
三好 ……裏木戸から行って下さい。
堀井 袖、靴だ靴だ!(お袖、足音を立てないように走って上手奥へ去る)三好君、頼むよ。(縁側に出る)
三好 大丈夫ですよ。……(下手奥の玄関の方に聞き耳を立てている。その方で誰かが何か言っている声が微かにする)僕あ、玄関で喰いとめていますからね……(行きかける。そこへお袖が堀井の靴と自分の下駄を抱えて小走りに戻って来て、少しウロウロする)
堀井 (押し殺した声で)袖、早くしろ!(お袖、下駄を庭におろして穿き、堀井の靴を並べる)三好君、じゃこれで。
三好 じゃ――。
堀井 おっと――(靴を穿きにかかるが、あわてているので、うまく穿けない)くそ、外で穿け!(いきなり靴を手に持って、足袋はだしで庭に出て、お袖を先に、ユスラ梅の所を廻って上手の方へスタスタ行きかけ、フト靴と刀をかかえ込んだ自分の姿を振り返って見て、不意におかしくなり声を忍んで笑いながら縁側の三好を振返る。三好は、笑わず早く行くようにと手で示しながら、玄関の方を気にしている。お袖と堀井、庭を上手へ消える。それと殆んど入れ違いに、下手八畳の室の下手の襖を開けて初老の男(韮山)が、ノコノコ入って来る。古ぼけた洋服が身体に合わず、小さい両眼が赤く充血している。三好は此方の縁側に立ったまま、その気配に気を配っている。)……(やがて、大きな声でどなりつける)誰だあ?
韮山 …………(その声に耳を立てるが、返事はせず、キョトリキョトリとその辺を見まわしている)
三好 ……(振返って見て、堀井達の立去ってしまったのをたしかめてから、廊下をノソノソ歩いて、八畳の方へ)ああ、あなたでしたか。
韮山 やあ。……
三好 ……なんだかムシムシしていやな天気ですねえ。
韮山 天気? 天気など、どうでもよろし。堀井博士に私が来たと言って下さい。
三好 堀井さんは、居ません。
韮山 冗談言ってはいけまへん。居ないものが、あんだけ呼びりん鳴らすのに、なんで誰も出て来ない?
三好 (笑い出して)居ないから出て行けないのですよ。だけど、ベルをあんなに激しく鳴らすのは、かんべんして下さい。二三日前僕が修繕したばかりだ。
韮山 (相手の言葉を無視して)本所の病院の方に私は行って来たんですよ。いらっしゃらん。院長ともあろうものが、そうそう病院に出て来ないと言うのもおかしな話じゃが、いくら捜しても居やはらんしな。だから此処だ。
三好 此処には今、僕が居るきりです。まあ、お坐り下すったら、どうです。(そう言う自分も立ったままである)
韮山 (ニヤニヤ笑いながら、花林の卓の前に坐る)たしか、なんとか言いましたね?
三好 三好です。(これも坐る)
韮山 堀井博士とは、どう言う御関係でした?
三好 亡くなった家の者が先生に診て貰っていました。僕も厄介になって来ましたが、まあ、友達……と言うのも当らんかも知れんが、先輩の友人と言うとこですね。どうしてなんです?
韮山 こうしてゴタゴタしている家屋の留守番をなさっている位だから、勿論私に対する博士の債務のことも御存じだすな?
三好 くわしい事は知りませんが、でもまあ、いくらか――。
韮山 そう落着いていられちゃ、困りますねえ。とにかくね、よござんすか、此の前も言ったように、私の方のことを何とも片附けないで、ことわり無しに此の家屋を銀行へ二番に入れると言うのは、聞こえないと思うんだ。憎いですよ。私が腹に据えかねているのは、そこだ。そうじゃありませんかね?
三好 だけど、銀行の方は、あなたの方よりもズット以前の抵当じゃなかったんですか?
韮山 そりゃ、私の方の証書の書き代え以前の話だから、書式にすれば銀行の方が先口かも知れません。しかし、その前から私の方じゃ証書一枚で随分御用立てしてあったんだから、義理人情を多少でも知っていたら、みすみす銀行に持って行くと言う法は無いのだす。
三好 韮山さんが義理人情のことをおっしゃると、少し妙ですね。
韮山 (怒り出す)そうでしょう? そうなんだ! あんた方あ、その腹だ。高利貸しが義理の人情のと言うと、あんたらの眼で見りゃ、狸が衣冠束帯で出て来たように見えるのかいな! ふん! その狸にだ、生きるの死ぬのと言って泣き付いて貸して貰ったなあ誰かね? 笑わしちゃいけませんぜ。いいかね? 義理も人情も問題にしないで私が開き直ればだ、いやさ、仮りに私がその気になって荒立てて来れば、この二番抵当のことは、刑事々件にだってなせる事じゃ。
三好 刑事々件ですか?
韮山 詐欺取財だす。そうじゃありませんかね? だけど、先生とは永年のおなじみだから、まさか、こうなっても、それほど冷たい事も出来ないと思うて、わては、これでも、我慢に我慢をしぬいて来ている。先生に会おうと思って足を棒のようにして彼方此方お百度を踏みはじめてからだって、もう一月の余にもなります。そこんとこはあんたも諒解して貰いたいな。
三好 そりゃ、わかっています。
韮山 でしょう? それなんだ。第一、私は、先生が誠意さえ示して下さりゃ、元金もときんだけで、利子の分はスッカリ棒を引いてもいいと言う腹さえ持っている。
三好 この前も伺いました。……だけど、今の先生には千円一万円も同じことじゃないかな。
韮山 だ、だからさ、だからわては言うんだ。問題は誠意ですよ! 誠意の問題だす。先生が誠意さえ見せて下さりゃ、なにも好んで事を荒立てたいとは思うていません!
三好 そうですかねえ。だけど無いものは無いんだから……いっそ、どうです、その刑事々件にしちゃったら!
韮山 そ、そんな、あんた。あんたは心易く言うが、そいでは、そうしてもよろしか?
三好 ほかに仕方が無ければ……。
韮山 だから問題は誠意の問題だと言うとるんや、私は! な! 人は情の淵に住む、歌の文句にも言うたある。いいか! 問題は誠意の――。
三好 誠意なら、先生は持っていますよ。
韮山 (いたけだかに)持っている! 持っている人が、どうして、こんな具合に、弁護士に頼んで銀行の方だけに家屋から家財一式を、そっちの方だけに、封印を貼らせてしもて、私の方で債権を実行しようとしても手も足も出ないように、でけます? しかも、話を附けようと私がこれほど追い廻しているのに、逃げかくれして歩くことが、どうして、でけます?
三好 金さえ有れば問題無いでしょう?
韮山 そりゃ、金が有れば、金が有れば、私の方は、もともと、――(フッと言葉を切り、聞き耳を立てる。奥で何か物音がしたのである。三好もそっちを見る。再び奥でコトコト物音がする。韮山スッと立って、上手の広い室との間の襖を開けて入って行き、誰も居ないので変な顔をして四辺を見廻わす。三好も続いて入って来て、韮山のする事を眺めている)……ふむ。……(韮山、再び此の室の奥の襖を開けて、出て行く。三好もそれに従って奥へ消える。……間。あちこちの室を人を捜して忙しく歩きまわっている韮山の襖を開け立てする音。……しばらくして、再び此の室に戻って来る。誰も見つからなかったらしい。少しボンヤリして室の中央に立っている)……え、と……。
三好 どうしました?
韮山 ふん……(上手の襖の方へツカツカ行き、それをガラリと開ける)……(その奥――食堂や洗面所がその方にある――に、予期しなかったものを見たらしく、ガッカリした顔で立っている)
女の声 (奥で、向う向きになって、何かしながら言う声)……あら、三好さん?
三好 ……今頃起きたのか?
登美 お早うござい。……(言いながら歯ブラシを口にくわえた顔を出す。廿二三の、身体つきのスラリと若々しい女。寝起きに冷水摩擦をしていたもので、ワンピースの胸のスナップをはめながら、まだボンヤリ立っている韮山を見てチョット目礼)……いらっしゃいまし。
三好 眼の玉がとろけちまやしないか?
登美 ハッハハ。お袖さんは? もう朝ごはんすんで? 私、おなかがペコペコだ。(歯をゴシゴシみがく)
三好 もう何時だと思っているんだい? ソロソロ昼飯だよ。お袖さんは居ない。
登美 また、神様? フフ。(韮山に)失礼いたします。(奥へ引込む。鼻唄を低く唄いながら、水を出す音)
韮山 (毒気を抜かれたようにユックリ歩いて、紫檀の机の傍に坐りながら)……あんたの奥さんですか?
三好 いやあ。
韮山 すると言うと――?
三好 友人ですよ。
韮山 ふーん。……(左手の人差指で自分の頭の上でクルクル輪を描いて見せて)少し、この、来てるんじゃないかな?
三好 ……(ニヤニヤして)そうですね。
韮山 気の毒に、あんなベッピンさんを。
三好 ハハ。……煙草いかがです?
韮山 ありがとう。……(急に又、緊張した顔になり)ホントに、博士の居所を教えて下さいよ。な! 頼む!
三好 僕も知らないんです。
韮山 そんな筈は無からう。此処にだって、たまにはやって来るのでしょうが?
三好 来ます。しかし……。
韮山 それであんたが知らんと言う法は無い! そんなシラを切っても、通らせん!
三好 でも知らないんだ。(煙草入れから煙草を取る。すると、やがてオルゴールが鳴り出す)
韮山 チェッ! (再びイライラして、いたけだかな声を出す)アホ言うたら、いかん! そんな、そんな、あんたらが、腹を合わせて、私を妨害するならば、私にも覚悟があるぞ!
三好 訴えるんですか?
韮山 いや、博士の居所がわかるまで、私は此処に置いて貰う! あんたが教えてくれるか、先生が此処に現われるかだ。すまんが、それまで居させていただきます。
三好 ……そうですか。そりゃ、まあ仕方が無いけど、僕はホントに知らんし、先生も今日明日には来ないだろうし――。
韮山 かまん! もうこうなったら私も意地や! 置いて貰う!
三好 そいじゃ、まあ、どうぞ。
韮山 あんたらから、舐められている韮山かどうか、まあ見ているが――。
(言っている所へ登美が、深呼吸をしながら、上手の廊下口からスタスタ出て来て、廊下の角の所に姿勢を正して立つ。素顔に素足が戸外の照り返しを受けて白くピチピチしている)
登美 ……(やがて、すなおな張りのある号令をかけながら、ダルクローゼ体操をはじめる)一、二、三、四――。(それが自然にオルゴールの曲に合う)
韮山 (それを見てビクッとして言葉を切る)…………
登美 (足を上げ手を振り、無心につづける)五、六、七、八。……一、二、三、四、五、六、七、八。――
韮山 ふーん。……(少しキョトキョトしながら、われ知らず立ちあがって、登美の体操をマジマジと[#「マジマジと」は底本では「マヂマヂと」]見ている)
三好 ……(ニヤニヤしながらその韮山の様子を見ながら、坐って煙草をふかしている)
登美 一、二、三、四、五、六、七、八。……一、二、三、四――。
(そこへ下手の庭木戸の扉を開けて、着流しの轟一夫〈卅二三才〉が入って来る。頭髪を長くモジャモジャに[#「モジャモジャに」は底本では「モヂャモヂャに」]した男で、原稿紙をフロシキに包んだのをぶら下げている)
轟 お早う……。(呼びながら庭に歩み入って[#「歩み入って」は底本では「歩み入つて」]来るが、直ぐに登美の姿に眼を引きつけられてしまう)
三好 (坐ったまま振返って)ああ、轟君か。
轟 今日は。ベルが、又、こわれたようだな。(言いながら眼を三好から、突っ立っている韮山に移して、変な顔をしてしばらく見ていたが、やがて又登美に眼をやる。この男は、登美のダルクローゼは以前に一二回見たことがあるらしく、韮山のようにびっくりした見方では無いが、ゆるやかに正確なリズムで動く若い女の姿態の新鮮さに眼を洗われたように見守っているのである。その間にオルゴールが一曲奏し終る)……。
三好 何か用? まあ、あがりたまい。
轟 ええ、ありがとう。チョット相談をしたい事がありましてね。いやあ、もう、僕あ、いよいよ以て駄目ですよ。(まだ庭に立ったまま、登美を見ている)
三好 まあ、あがれよ。
登美 一、二、三、四、……三好さん、オルゴールもう一度鳴らして! 五、六、七、八。……一、二、三、四、……(つづける。韮山は、まだ立って見ている。三好が、再びオルゴールを鳴らす)

     2 昼

 三好と轟と登美が、簡単な昼食をすましたばかりの所。三好と轟は机を中に坐って茶を呑んだり煙草を吸ったり、登美は机の上の食器類を片附けている。

 相変らず薄曇りの空。

轟 ……御馳走さん。
登美 どう致しまして。……(三好に)応接の方は、うっちゃっといていいかしら?
三好 どうして?
登美 だって、おなかがすくでしょう?
三好 あ、そうか。でも腹がすけば、なんとか言うだろう。
轟 あれ、なに? たしか此の前も見かけたなあ。
登美 アイスクリーム。(食器を抱えて奥へ出て行く)
轟 え……? (登美を眼で追う)
三好 堀井博士に会わせろと言うんだけどね。この家の抵当のことさ。
轟 ……こんだけの家を抵当にすれば、随分借りられるだろうなあ。どれ位なんです?
三好 僕あよく知らん。
轟 あんたは、いつ迄此処にいるんです?
三好 強制処分になる迄は居る。頼まれた様な形になってるしね。
轟 あとは、どこへ行くんです?
三好 さあ。……(煙草をふかす)
轟 僕んとこでよければ来て貰うんだけど、狭いしね、それに病人を抱えていちゃあ――。
三好 その後、おっ母さん、どんな具合だい?
轟 もう、あかん。病気も病気だけど、そこいら中、メチャメチャですよ。僕も、早くなんとかしなきゃ、下手すると、間も無く幕が降りちまう。
三好 …………(考え込んでいる)
(登美戻って来て、机の上をフキンで拭く)
登美 ……(下手奥の方を※(「臣+頁」、第4水準2-92-25)で指して)応接、馬鹿にシーンとしているけど、どうかしたんじゃないかしら?
三好 ……(チョットその方に耳をやってから)静かで、いいさ。
登美 だって、あんまりお腹が空いた結果――。
三好 眼をまわしたか? ハハ、君じゃあるまいし。
登美 いえさ、それだけで無くさ、なにか……。
三好 そんなに気になるんだったら、電話で何かそう言って……。
登美 電話は、とうに、切られているじゃ[#「いるじゃ」は底本では「いるじや」]ありませんか。
三好 そうだった。じゃ、やめるさ。
登美 いいわ、私、ちょうど手紙を出すのが有るから、ついでに言って来てやろう。いくらなんでも、かわいそうだわ。(立って奥へ)
三好 ついでに煙草買って来てくれないかな。
登美の声 はーい。
三好 金は、チョット角の店で借りて――。
登美の声 私、有るの。……(ドカドカ上手奥へ去って行く足音)
轟 ……全体、どうした人ですかね。
三好 だから、借金取りさ。韮山正直まさなおか。音で読めば正直しょうじきだから笑わしやがらあ。
轟 いや、あの登美子さんですよ。
三好 登美? どうとは?
轟 どうして内を飛び出して、此処へ来てるんです?
三好 さあ。僕も詳しい事は知らんがね、家の相続問題でゴタゴタしているとか言ってた。あの人の上に兄さんが一人居てね、二人兄妹だが、その兄きと言うのが、なんでも妾腹の子だ。そいで、家の後しき〔跡式〕をその兄にやらせるか、登美君にゆずって婿を取るかと言うんで家ん中がムチャクチャにこぐらかってるらしい。なまじっか小金の有る家によくあるやつさ。そいで、やっこさん、家ん中がいやになったんだなあ。つまり、だから、結婚問題もからんでいるわけだろう。
轟 じゃ、その婿があの人と財産を一挙に手に入れると言うわけですね。もったい無いなあ。いずれ、じゃ、その相手を嫌って――?
三好 嫌ってるんじゃ無いらしいね。おかしいと言うんだ。
轟 おかしい?
三好 近頃の若い男なぞ、大概、ああ言った、女には、おかしく見えるんじゃないかね。なんしろ見合いをしていても、おかしくて笑いが止まらないそうだ。その癖、見合いと言う形式そのものを馬鹿にしてるんでも無い。
轟 変っているなあ。
三好 変っているかねえ? ……もっとも、今出征している男友達に好きなのが一人居るらしいが、それの帰って来るのを待っていると言うんでも無いらしい。待っていたって、帰って来るとも限らんしね。いずれにしても明るいもんだよ。勿論ニヒルとも違う。もっと健康だな。
轟 まるで、まあ、新らしいタイプですね。
三好 さあね。でもシンは普通の性質の女だよ。
轟 いつまで此処にいるんですか?
三好 家の方が多少片附けば戻るんだろう。僕あ早く戻って、なんか働きにでも出たらとすすめているが、……なかなか人の言う事なんぞ聞く女じゃ無いからね。
轟 それにしちゃ、しかし、あんたのめんどうなど、よく見てくれるじゃありませんか。知らないで見ると、ちょいとこう――。
三好 ハハハ、あれ位の年頃の女には、そ言った本能が一般に有るんじゃないかね。……それに女房が生きていた頃を知ってるしね、僕がこうして一人でウジをわかしているのを見ると、あわれになるんだろう。……ひどく気にするじゃないか?
轟 気にするってわけでも無いけど。……奥さん亡くなられてから、一年と――。
三好 間も無く、六ヶ月になる。
轟 あなたも大変だなあ。……なんしろ、あの悪戦苦闘の後だもんなあ……。(間)
三好 ……君んとこのお母さん、いっそ病院に入れたらどうだ? そんな風にグズグズしていると、取り返しの附かん事になるよ。
轟 だけど、なにしろ先立つ物が無くっちゃ――。
三好 それは、しかし、此処の先生の診療所に話せば、なんとかなる。
轟 ありがとう。いずれ、お願いするかも知れんけど……それよりも、僕の作品の事が、目下のところ先決問題でしてね。
三好 だって、ああして発表してしまえば、一応その方は片附いたようなもんだから。
轟 そりゃそうだけど……そう大して人が読んでも呉れんだろうし――。
三好 そりゃ、まあ、あんな、始めたばかりの雑誌だからな。しかし、どうも僕が口を利いてあげられる雑誌は、あすこいらしか無いからね。
轟 いえ、そりゃ、僕なぞの作品を発表出来たのは、あなたのおかげだと思って、感謝しているんです。誤解して貰っちゃ困ります。発表した場面に不足を言ってるんじゃ[#「言ってるんじゃ」は底本では「言ってるんぢゃ」]無いんだ。僕なんぞが、そんな、そんな事言っちゃ罰が当る。
三好 いや……。だが、君のこないだの話では太田さん達の仲間あたりでは、だいぶ読んで呉れたって言うんだろ?
轟 あの一派は、あなたとの関係が有りますからねえ。でも、それにしてからが、あと、別に誰も何とも言ってくれんし、須堂さんなぞ今月の「世紀文学」に月評を書いてるんだけど、僕の作は黙殺しているんだ。あれだけ知ってるんだから、なんなら悪口でもいい、せめて一行でも書いて呉れたっていいと思うんだけど。
三好 ……そうかね。でも、そいつは何かの都合が有ったんじゃないか? 第一、批評するしないは当人の自由だもの。
轟 僕は、しかし、派閥根性と、一種の嫉妬心だと思うなあ、たしかに意識的なボイコットなんですよ。
三好 だが須堂さんが君に対して嫉妬心を抱くと言うわけも無かろう。
轟 外に取りようが、だけど、無いんだもの。当然この次には僕の戯曲に触れるべき所まで行くとグラリと方面を変えて他の雑誌の作品の批評をはじめているんですよ。たしかに、有ります! ほかの事は知らんけど、この僕のカンには間違いは絶対に無い! 絶対にありませんよ! なにが間違ったって、こいつだけは――。
三好 しかし、いくらなんでも、あの連中だって、それ程ケツの穴が狭くもないと僕は思うけどな。
轟 そりゃ、あんたが――。あんたが、そう思うのは、暫く引込んでいたからだな。現にあんたの事だって、あの連中ずいぶん酷く言ってるんだ。
三好 ふーん。なんだって?
轟 僕も又聞きですからね、ハッキリは言えんけど、……大概まあ、あんたの後輩でいながら、随分思い切った事を言うんだ。
三好 ……赤大根のインチキ野郎とでも言うか?
轟 いや、まあ、いろんな事をね……一つは御時勢がこんな風になって来たんで、連中、とても威勢が良くなったせいもある。
三好 時勢のせいじゃ無いね。……僕が昔ホントに赤大根だったせいだよ。
轟 そ、そんな、そんな――。
三好 いや、こいつは皮肉でもなければ、よくある自嘲でも無いんだ。俺あ、そうだったんだよ。七八年前を想い出すと冷汗が出る。
轟 だって、一人の劇作家として、とにかく戯曲と言う面から言って、つまり純粋に芸術的な業績としてチャンと――。
三好 そんなもの、大した事じゃ無い。又、もしそうだとしてもだ。そうだとすれば尚更だ。これはね。過去の自分をあわてくさって言葉の上だけで否定し去ることに依って、現在を韜晦とうかいするために、言っているんじゃ、決して無いんだ。鞭をあげて俺を叩く資格を持った人は、いくらでも鞭打つがいいんだ。……何と言われようと、俺あ、もう腹は立たん。俺あ、これから勉強しなおすんだ。よしんば……身体もこんなに弱ってるし……その勉強がなんの実を結ばなくても、実は結んでも、そいつを世に問う事が出来なくても、そいでも俺あ、いいんだ。自分として、腹ごたえの有る気持に到達出来さえすれば、そいつを誰が知らなくっても、俺あそれで満足する。戯曲なぞ書けても書けなくてもいい。末の末だ[#「末の末だ」は底本では「未の末だ」]
轟 (深くうなづきながら聞いていたが)そこまで、あんたは自分を掘り下げて来ている。僕あ、頭が下がる。
三好 とんでも無い。掘り下げだなんて、そんな事じゃ無いさ。こりゃ男としての恥だよ。恥をさらけ出しているんだ。恥も外聞も無くした、言わば破廉恥な態度だ。
轟 いや、そうなんだ。それでこそ、あなたなんだ。……しかしね。僕あ思うんだけど、あんた自身のそんな風な考えは考えとして、そのあんたを良く見たり悪く見たりする世間も有る。これは又これで客観的な立派な一つの事がらだと思うんだ。そしてそいつが、不当に間違っていれば、やっぱし怪しからんと思いますね。
三好 ところが、そいつが間違っていないんだな。いや僕の事に就いてだけじゃ無い。すべての事、仮りに作品に就いてだって、外部からの批評と言う奴は、その高さや低さはあるかも知れんが、実は全部当っているもんだよ。昔の人はうまい事を言った。「目明き千人、めくら千人」。
轟 だから、その、主にめくらの方の千人にぶっつかった奴は災難ですからねえ。僕は近い中に一度、辻森淳三さんにでも逢って、新聞か雑誌でもう一度あらためて批評して貰おうと思っているんだ。
三好 違う違う。僕の言うのは、目明きが千人居て、別にめくらが千人居ると言うんじゃ無いんだ。同じ千人だよ。目明きの千人が同時にめくら千人なんだ。一人々々が、みんな目明きだし、同じその人がめくらだ。どっちにしても批評と言うのは、そんなものなんだ。
轟 そうかなあ。……しかし立派な批評家に批評して貰った作家は幸福だと僕は思うがなあ。
三好 僕は必らずしも、そうは思わんな。同じだよ。場合に依って、批評家から何だかだと言われるよりも、その辺に歩いている車引きのおっさんみたいな人から何か言って貰う事が、僕なぞ、うれしい事があるぜ。
轟 そりゃ、わかるけど。……三好さん、辻森さん知ってるんですか?
三好 よくも知らんけど、二三度会った事はある。逢うの?
轟 ええ。とにかく今後の事も頼みたいし。紹介状書いてくれませんかねえ?
三好 ……ああ、書いてもいい。この次ぎまでに書いとく。
轟 いつも、すまないけど。
三好 だが……逢うのは、いいが……どうして君は、そんな事ばかり気にするのかね? 少しあせり過ぎやしないかな。
轟 ……でも、人間、三十づらを下げて、こうしてウロウロしていますとねえ。それに生活……生活と言うんじゃ無い、生きているだけ……ただ食って寝て生きて行く食物や家賃さえ、来月のやつが見当が附かない、と言いたいが、四五日先きの当てが無い。おまけに病人だ。……せめて書いた物を上演してくれるあてでもあれば、金も金だけど、おふくろだって、暮しのことも病気の苦しさだって耐えて行ってくれる――。
三好 無理も無い。チャンと一人前の劇作家として世の中に立って行けるだけの腕は君には有るんだものな。……しかし今更そんな事を言ってたってどうなるんだね? 文壇だとか劇壇だとか考えて見たって、結局つまらんじゃないか。人一人、安心して死ねる所じゃ無い。つまらんよ、そんなもの。全体、俺達はウヌの好きで何はいてもやりたいと思った事をやってる。世間を見渡して、これで、自分のホントに好きな事をやっていると言う人は、極く僅かしきゃ居ないぜ。俺達が、なんだかだと言いながらも、かつえ死にもしないで、こうしてやって行けているのは、ありがたいと思わなきゃならん。僕あ、そう思っている。……僕なんぞも、言って見りゃ、明日の日がわからん。金はもう、此の二月ばかり無いしね。よく生きてると思う。
轟 だって堀井さんの方から、いくらか――?
三好 先生の方は僕よりゃ[#「僕よりゃ」は底本では「僕よりや」]、ひどいさ。……先ずお袖さんの才覚や、登美君の金で食わして貰ってるんだなあ。ハハハ、痩せる筈さ。もっとも、チョット心当りが無い事は無いから、それがどうにかなったら、少しは君の方へも廻せる。
轟 いや、こんだけ厄介になっているのに、その上そんな……実際、頭がカーッとして叫び出しそうになる事があるんだ。……おふくろだって、黙ってはいるが、やっぱりそうだと見えて、夜中にうなされたりしているんですよ。先日もヒョッと眼が覚めて見ると、おふくろが寝床の上に起き上って、ボンヤリ指を折って何か言っているんだ。よく聞くと、「一俵二俵三俵……」と言っている。昔、田舎で盛大にやっていた時分の、小作米の勘定をしているんだな。……人間の妄想と言うか……現在一升の米にも困っている病人が、よる夜中、床の上に起きて米俵の勘定をしてる。……僕あゾーッとしちゃってねえ。
三好 ふーむ。……
轟 ……なるほど僕は、あせっているように見えるかも知れない。しかし、あんたが、こうして、落着いて居られるのは、僕なんかと違って、現在は困っていても、誰が見ても、あんたには作家として既に築き上げられた地位と言うものが有るんだからな。それにあんたさえその気になって、少しぐらいおかしな劇団の本でも我慢して書く気になりゃ――。
三好 僕の地位? アッハハハ、僕の地位か! そんなもの有るもんか! よしんば有ったにしたって、そいつが何になるんだよ? 事実何になっている? 御覧の通りどこでも相手にはしてくれないんだぜ? 僕は、もしホントに書かせてくれりゃ、世間からどんなにインチキだと思われている劇団の本だって、ムキになって書く気でいる。インチキ劇団はインチキ劇団で、それはそれで本職となれば僕あ立派な仕事だと思っている。その気になるもならんも無い。ただ先様に僕等に書かそうと言う気が無いだけさ。……駄目だ。君は一方に於て、そんな風な仕事を馬鹿にしていながら、同時に一方に於て、世間的な地位を早く手に入れたいとあせっているんだ。つまり、言って見りゃ、ホントは馬鹿にしきっている者に自分自身が早くなりたいと思っているんだな。
轟 ……矛盾していると言う事は、自分でも知っていますよ。だけど、あんたは、いちがいにそう言うけど、そんな地位だとか、人気だとかで一切が左右されるジャーナリズムとか[#「ジャーナリズムとか」は底本では「ヂャーナリズムとか」]文壇と言ったようなものが、現に存在している事は事実だからな。浮薄な事実かも知れんけど、或る意味では、事実ほど強いものは無いし、現実の真実だと思うんだ。それを否定していると、否定した此方があべこべに否定されて、ひっくり返るかもわからん。
三好 うん。わからんじゃ無しに、ひっくり返るね。現に、ひっくり返された僕と言う者が、こうして、居る。……しかし、それが全体、なんだてんだい?
轟 なんだって事も無いけど、そんな偏狭にならないで、此の世間的なアクタモクタをも避けないで、肯定した上に立って進んで行く方が、やっぱし作家としてのホントの道じゃないかと、近頃、そんな気がするものだから――。
三好 ……なるほど、僕は偏狭だよ。こりゃ、直さなきゃ、いかん。……だから、僕が考える通りに君も考えろなんて、僕は言いたくは無い。しかしだな。君がたった今言った事と、先刻言った事とは、字面は似ているけど、まるで違う事だよ。そして、君のホントの腹は前のようじゃないかね?……いや、だからと言って、僕は君をどんな意味ででも非難しようとは思って無い。たしかに、そんな態度も有るし、その方がホントかも知れんからね。ただ残念ながら、今のところ、僕はまだそんな風には考えきれない所でフラフラしているんだ。せめて、戯曲を書くことを、自分と言う人間のヤワさを鍛えに鍛え抜いて行く修業だと思って、やらして貰ってる。……その内には、もしかすると、何か少しは役に立つような物が書けるかも知れない。……書けないかも知れない。……その間、一所懸命にやるから、済まんけど、無駄飯を食べさせて置いてくれ。……生かして置いてくれ。……大げさな言い方をするようだが、それさ。
轟 ……(次第に坐り直し、頭を垂れて聞いている)
三好 先ず、地獄だ。世間も、そいから自分の裡もだ。神よ神よと叫びながら、しかし、自分の身体で、こいつの中をのた打ち廻って、思い捨てないで、毎日々々を、これきりだと思って、汗水を垂らして行くんだ。救いが、もし有るならば、そいで、実は、此処にしきゃ無い。地獄のほかに逃げ場所が有ると思えれば、そいつは、地獄じゃ無い。此処だけだ。此処に全部あるんだ。廿四時の地獄だよ。
轟 …………地獄か。
三好 …………(涙を拭いながら)やれやれ、頭がズキズキ痛みやがる。
(間。……四辺は静かである)
轟 ……僕も考えて見よう。僕の立っている所など、あんたに較べれば、まだ甘いもんだ。なるほど、対世間的なことなど考えてあせるのは僕など、まだ早い。
三好 (昂奮の過ぎ去った後の静かな調子)いやいや、達うよ。俺が甘っちょろい男だから、こんな大げさな事を考えなきゃならん所に、おっこちるんだ。ばけ物をこわいこわいと思っている臆病な子供が、闇の中から白い物が出て来たのに、ハッと思った怖さの余り、そいつに掴みかかって行くと言った類いだろうな。ハハ、弱虫の証拠だろう。どこまで行ってもリアリストで無い。……世間と言うものはこんなもんだと平たく思って、すなおに順応して行くのが、ホントかも知れんさ。俺だって、心がけだけは、そうしようと思って居る。ただなかなか、そいつがうまく出来ないだけさ。君を非難したいとは思わないと言ったのは、そこの事さ。そんな世間は馬鹿らしいが、その馬鹿らしい世間が厳然として実在していると言う事実は、君の言う通り、馬鹿には出来んかも知れん。……どうだい、小田切さんに会って見るかね?
轟 小田切喬さん――?
三好 うん。世話好きだと言うしね、実は以前に僕もチョットあの人の家で毎月やっている研究会みたいなもんの仲間に紹介されかかった事がある。僕あ、具合が悪くって参加しなかったけど――。劇作家だけで無く、大島や金井などと言う小説家や、新聞関係や劇団関係の人もいるらしいし、何かと便宜が有るだろうと思うんだよ。なんしろ、あれだけの門戸を張って、勢力の有る人だから――。
轟 しかし、そんな事僕には出来ないなあ。第一、小田切さんの作品にホントに感心した事は僕は一度も無いんだ。だのに、その人の前に手を突いて、今更――。
三好 それを言えば、僕だって同じだ。第一、小田切さんはあれはあれで、偉い人だと僕は思っている。行ったらどうだ?
轟 そんな事言わないで下さいよ。僕は、そんな気持で、此処へ通って来ているんじゃ無いんです。僕あ、何はさて置いても、僕の目の前に居る一番大きな、一番尊敬出来る作家と思って、……早く言やあ、あなたに惚れ込んで、こうして指導して貰っているんだ。ほかの事は先ずさておいて、第一義的に、あなたの作品と人間からホントの影響を受けたいと思って来ているんですよ。それだけは、わかって貰わないと困るんだ。話の順序でひどく世間的なことや生活の話ばかり気にしているように取れたかも知れませんが、ホントは、あなたにこうして向き合っている時は、そんな事あ、腹に無いんです! 正真正銘、僕には自分の創作の上で、自分の師と思い、兄とたのめる人は、あなただけだと思っています。でなければ、三年以来紹介も無しに訪ねて来て、頼むなどと言えるもんですか。
三好 いやあ、それは――。
轟 そうなんです! あなたがこれまで書いて来た戯曲の前に出せば、現在のあれやこれやの作家のものを寄せ集めてもですね、小田切さんの物など山と積んでもです、なんだと言う気がします。僕はまちがっているかも知れんが、しかし本気で僕がそう思っている事は事実です。そりゃ、うまいとか、まずいとか言やあ、あなたよりうまい劇作家はいくらでも居る。しかし、僕の言っているのは、戯曲と言うものの中に、打込んでいるあなたの全身的な、いやおう無しの、ノッピキのならない精魂の事なんだ。そいつに、取っつかれて惚れ込めば、もう、蛇に見込まれたのと同じで、もうおしまいなんですよ。それを僕は言っているんだ! 第一、あなたに今見捨てられたら僕はどうなります? いやいや、世間的な事や生活の事では無く、仕事のホントの道筋、芸術の本堂にこれから分け入ろうと言うのに、そいつの手がかりが無くなるんだ。そうなったら、僕あ、こうしてやっていても死ぬにも死にきれない! 世渡りの事や生活の事は、そいっちゃなんだけど、世話してくれる人は、捜せば、ほかに有ります。しかし文学の、この、戯曲の正念場で、人間として、僕のぶつかる相手になってくれる人は、日本広しといえども、あなただけしきゃ居ないと僕は思っているんだ。これだけは解って下さい! そして、そんな冷たい事は言わないで下さいよ。僕の量見がまちがっていたら、かんべんして下さい。あやまります!(懸命に言いながら、畳に両手を突いている)
三好 (弱り果てて)いやいや、俺の言っているのは、そんな事じゃ無いんだ。そんな君、あやまるの何のって……。弱るなあ。だから、それなら、それでいいんだから、一緒に[#「一緒に」は底本では「一所に」]勉強して行こう。実あ僕もその方が、うれしいさ。ただ君の方の事情も事情だから、僕あ――。
轟 (手を上げて)いやあ、どうも、お前なんぞと附き合うのは、もうごめんだと言われたのかと思って、びっくりしちまったんですよ。
(そこへ下手の庭口から、折カバンを下げた浦上豪三が入って来る。俊敏そうな、垢抜けのした洋服姿の三十才位の男)
浦上 ……今日は。
三好 (振返って)やあ、おいでなさい。(縁側へ立って来る)どうぞ。
浦上 こんな所から失礼して。(靴を脱ぐ)ベルが鳴らないようですね。……(あがって、手を突いて挨拶をする)先日はどうも失礼しました。
三好 いやあ、こちらこそ。(自分の坐っていた坐ぶとんを裏返して出す)どうぞ、此方へ。
浦上 (室に入る)実はもっと早くあがらなきゃと思っていたんですが、大阪の公演を控えていたもんで、まるきり、暇が無くて――。
三好 いや。……劇団の方、その後うまく行っていますか?
浦上 おかげで、まあ、どうやら……。
三好 ああ(轟に)君、浦上さんまだだっけ?
轟 ズーッとせん、一度此処でお目にかかった事だけは有るんで、僕の方は存じていますけど――。
三好 そう。……(浦上に)浦上さん、これは、やっぱし芝居を書いている友人で轟一夫君。一所懸命にやっている人だからどうか今後よろしくひとつ。……(轟に)浦上豪三さん。
轟 どうかよろしく。
浦上 こちらこそ。たしか、この間、「水の上」と言うのをお書きんなった?
三好 ああ読んでくれた?
浦上 私は忙しくて、途中までなんですが、ほかの者が読んで感心していました。
轟 ありがとうございます。こちらでズーッと見て貰ってるんですが、まだ、ロクな物は書けません。
浦上 いやあ、うちあたりでも、いつも本が無くって弱っているんですから、どうか、よろしく。なんかお書けになりましたら、是非お見せ下さるように。
轟 よろしくお願いします。
三好 どうも、お茶も無くて弱った。登美の奴、どこをウロウロしている……。
轟 僕が入れましょう。(気軽に立って、奥へ)
浦上 いえ、どうぞおかまい無く。……(何か言い出しかねてモジモジしている)
三好 僕が言うと何だけど、今の轟、僕の知っている新進の中では今後一番書けそうな男ですよ。少し気永に見ていてやって下さい。
浦上 そりゃ、もう……。(煙草に火をつける)
三好 ところで、僕のやつ、演出は誰にきまりました?
浦上 ……実はそれなんですが。……もっと早く来なくちゃいけなかったわけですけど……なんしろ、まだほかの脚本が全部出そろって無いと言った有様なんで……実にどうも失敬しちゃって――。
三好 いやあ、そいつはお互いだ。やっぱり伊坂君と言う事になりますか? 山口さんと言う手も有るだろうけど、山口さんじゃ、少し小取りまわしが利かんで、力仕事になり過ぎるかな。伊坂君じゃ、小味に過ぎて大劇場には向かんと言う難も有るが、でも結局、トータルから押せば、こいつ、伊坂君のもんでしょうね。
浦上 ええ、うちでも、その点は大体まあ、そんな事を考えていますが……実は、こんな事を今更になって言うと、怒られては困りますが……実は、なにしろ、初め二本立ての予定が三本立てになったもんですから、中幕の時間としては、どうしても一時間しか取れませんので、……いかんせん、あなたの物は少し長過ぎまして――。
三好 へえ? ……でも、それは、そちらでも初めから承知の上で――?
浦上 ですから、大変申しわけの無い次第ですけど……今言った通り、二本立てが三本立てになっちゃったもんで……経営的にやむを得ない理由が有りましてね、どうも、二本立てが否決されちまったんです。……そんなわけで、今更になって甚だ申しわけがありませんが――。
三好 ……刈込むんですか?
浦上 ええ……実はそうも考えて見たんですけど、あなたの前で言っちゃ、なんですけど、さすがにピシッと出来ていて、これ刈込むと言っても、そんな余地は無い。下手をすると、せっかくの良い脚本をぶちこわしてしまう。それでは、うちの芝居の建てまえにも反するし、第一、あんたに対して失礼過ぎる。で、此の際、残念ながら、これは一応保留と言う事にして、なんとか、他に応急策を考えようと皆の意見が――。
(その話の内に轟が茶を入れて出て来て、二人の前に茶を出し、自分も坐って飲む)
三好 …………そうですか。……そいでほかに適当な本が――?
浦上 無いんで、困っているんですよ。こう日が迫って来ちゃって、改ためて誰かに頼むと言うわけにも行かず……出来る事なら、多少の無理をしても、あなたの物を予定通りやりたいのは山々ですけど。
三好 ……仮りに刈込むとすれば、どれ位ちぢめれば、やれます?
浦上 それがねえ、あまりひどいんで言いにくいんです……。
三好 言って見て下さい。僕も、あれで以てお宅から金を前借りしているんだし、それが駄目だで、すましては居れんので、出来る事なら、なんとかして上演して貰わんと気が済まない。あれは百五十枚チョットとですが、二十枚位なら刈込めるかも知れませんよ。
浦上 それがねえ、とても、それ位では――。なんしろ、取れる時間が、精一杯で一時間足らずなんで――。
三好 すると、百枚にちぢめても駄目ですね?
浦上 ええ、まあ……。
三好 じゃ八十杖なら、出来ますか?
浦上 それでも少し長過ぎますけど――。
三好 じゃ五十枚なら?
浦上 そうしていただければ、時間の点はいいんですが、そんなに刈込めますかしらん?
三好 ハハ、刈込めませんねえ。いくらなんでも三分の一には出来ないでしょう。そんな脚本は、初めから僕は書いていないつもりですがねえ。
浦上 ですから、ですから、初めにも申した通り、あんまり失礼だからって――。
三好 そいつは、しかし、少し無理と言うもんじゃないかなあ。……戯曲は生き物ですよ。そいつを三分の二だけ、ぶった切って、恰好つけろ。……こいつは、初めっから、出来ないを承知の相談を持ち出して――。
浦上 ですから、一応、これは、あきらめようと――。
三好 ……浦上さん、お願いだから、ホントの事を聞かせてくれませんか。おなじみ甲斐に、歯にきぬを着せない所を。遠慮なく、ひとつ――。どっか、内容的にまずいとか。
浦上 とんでも無い。内容は、うちの皆も全然気に入っているんです。そんなあなた……。
三好 だって初めから、長さはこれ位でよいか、よろしいと言う事でお引受けした物を、今更になってこんな事になれば、そうとしか考えられない。言って下さい。かまわないんです。でないと僕の勉強のためにもならん。第一、のみこめないんだ。
浦上 いえ、ホントに――。ですから、予定がスッカリ変わっちゃって……その点は、私共の不明の致す所で――。
三好 言って下さると、ありがたいんだがなあ。すると、その理由の是非はともかくとして、とにかく納得が行くんだけど。
浦上 ホントに、絶対にホントに、それ以外に理由は無いんですよ。ですから、この際は一応あきらめるとして、その内に又二本立てで公演すると言った折が有れば、その際もう一度改ためて考えて見ようと言っている者も有る位で……。
三好 そうですか。……(青い顔でションボリしている)
浦上 では、一応この原稿はお返しして……(カバンの中から原稿の袋を出して差し出す)どうも――。今日はチョット忙がしいので、いずれ又、近い内に……。
(言っている所へ、下手奥の方で、板敷の床の上に重い物が倒れたらしいドシーン、ガチャーンという音がする。それが静まり返っている広い屋内にこもって響き渡る。三人、ギョッとして聞き耳を立てる。音はそれきりで、あとは再びシーンとなる)
轟 ……なんです?
三好 ……チョット……(浦上に言って、ノッソリ立上り、下手奥の方へ室を出て行く。浦上は帰りもならず、暫くモジモジしていたが、やがて諦らめて腰を落着け、煙草に火をつける――間)
轟 ……三好さんの、その脚本、ホントに長過ぎるだけなんですか?
浦上 え?……ええ……まあ……。
轟 あれは、僕も読まして貰いましたけど、物は立派なものなんだから、惜しいなあ。
浦上 ええ、まあ。……ただ少し暗くてねえ。
轟 ……(相手の表情をさぐるようにしながら)……すると、やっぱり、内容としても、まずいと言った風の――?
浦上 いえ、そうハッキリした事じゃ無いんですけどね、とにかく長過ぎるんですよ。……近頃、三好さんの書く物、益々、なんだか、三好さん自身の人柄が生のままで出て来ちまうんじゃないですかね?
轟 ……でも元来が、人は良い人ですから。偏狭は偏狭ですけど。
浦上 この、ネチネチとからんで来る式の……あれが困るんだなあ。そりゃ、そうだ、人は良い人ですよ。
轟 イデオロギー的にも、少し古いんじゃないですかね?
浦上 さあ。……でも、なんですねえ、時代がこんな風になって来ると、なんかこう飛躍的に明るい力強い物を世間が要求する事は事実ですから。それに、三好さんなど、現在はそうで無くても、昔が昔だから、やっぱり変な目で見る方面もありましてね。外部から一人の人を見るのにも先入観と言ったようなものが有って、そんなもの馬鹿げていると言えば言えるが、やっぱし、世間を相手にして芝居をして行かなきゃならんとなると、そいつを無視するわけにも行きません。あんたなぞも、最初、妙な色眼鏡で見られないように気を附けないと――。
轟 よくわかります。実は僕もそれには気が附いているんで、なんとかしたいとは思っていますけど、別にツテも無いし、何とか、しようにも未だロクな物は書けんし。
浦上 でも「水の上」など、面白いと言うじゃありませんか。あれは何枚でしたっけ?
轟 四十七八枚です。いや、まだ駄目ですよ。
浦上 たしか、大陸物だったですね?
轟 大陸物と言うわけでも無いですが、多少そっちの方にも引っかけてあります。素材だけは新らしいつもりですけど、まだまだ、仕事が青くって……。
浦上 そうだなあ……四十七枚と。……道具は――装置ですよ――何杯でしたっけ?
轟 一場面きりです。夜の河岸ですから、簡単なもんです。
浦上 そうか。すると……そうだなあ……そいつは良いかも知れんなあ。ええと、その雑誌、今、あなた持っていませんか?
轟 今は持っていませんが、なんなら、明日にでもお届けしましょうか? 読んで下さいますか?
浦上 三好さんのと突き代える物が、二三有るにゃ有りますけど、とにかく、今大至急に捜しているんですよ。そうだなあ。明日にでも、もし出来たら、その雑誌を持って一度僕んとこにやって来て呉れませんか?
轟 あがりましょう。事務所ですね?
浦上 御存じでしたね? とにかく、その上で、拝見もするし、もしそれで行けるようなら、その方の御相談も――。
轟 どうか、よろしくお願いします。そんな事になれば、僕も実にありがたいし、どうか一つ――。
浦上 あなた、小田切さんに一度会ったらどうです?
轟 小田切喬さん?
浦上 やっぱし、そんな事になればデビュは、大きい所からした方が将来のために良いし、小田切さんの口添えと言う事になれば、文壇方面で、その先刻言った先入観と言ったような事も、結局うまく行くと思うんですよ。なんなら、私の方から紹介してあげてもよござんす。
轟 そうですか、では、どうか一つ御紹介を願います。実はそれは以前から考えていたんですけど、そんな事を言い出すと、いやな顔をされるもんですから――。
浦上 いやな顔を? 三好さんがですか? そいつは、しかし、よく無いと思うなあ。後輩の進んで行く路を、そんな事でふさぐと言う手は無いですよ。
轟 いえ、そんなわけでも無いんですけど。……僕のために考えてくれているにゃ居るんです。ハハ、先刻も、そ言った事で叱られていたとこでした。あの人の言う事に間違いは無いんだ。でも、なんしろ、善良過ぎる人で……しかもドグマチストと言うんですか、こだわる必要の無い所でも、自分がこう思ったら、むやみと自分を通そうとするんです。
浦上 それなんだ。あの人が、もっと大きな作家になれないのも、その性質のためです。もっと人の言う事を聞いて呉れりゃ、いいんだが。一徹と言うよりも、なんか変質的にイコジだから。
轟 近頃、イライラしてるからですよ。人は無類に善良な人ですよ。ハハハ、あんな、良い人は居ませんよ。良い人です。ハハハ。私の「水の上」が、もし、そんな事になれば、キットよろこんで呉れます。
浦上 そりゃ、よろこんで呉れるのが当然ですからね。先輩として……。
(言っている[#「言っている」は底本では「言つている」]所へ、奥から足音が此方へやって来る。轟と浦上はポツリと話を止めてしまう。……三好入って来る)
三好 ……どうも失敬。
轟 どうしました?
三好 ううん、何でも無いんだ。待っている人が、居眠りをしていて、チョット……。
浦上 そいじゃ、お客さんもお有りのようだし、今日は、これで――。(腰を上げて縁側へ)
三好 そう?……すると、じゃ、まあ僕の物は引込めるとして、拝借してある金は、どうしたもんですかね?……今返すと言っても、僕の手元には、まるで無いし――。
浦上 いいえ、その事は、いずれ又、何か新らしく書いていただく時にでも清算していただきますから、気になさらないで――。
三好 そいつは是非書かせていただきたいけど、でもいつになるか当ての無い事では、御宅の方も整理が附かないでお困りでしょうし[#「しょうし」は底本では「しようし」]――。
浦上 いや、それは……。(かまわず靴を穿きにかかる)いずれにしても、元々私の方でお頼みして書いて貰ったんですから[#「貰ったんですから」は底本では「貰つたんですから」]、仮りに、これきりになりましても、それは私の方の責任で、あなたに御迷惑をかける筋はありませんから――。
三好 え? それ、どう言うんです?
浦上 まあ、まあ良いじゃ[#「良いじゃ」は底本では「良いじや」]ありませんか。あんまり、そんな事気になさらないで、どうか――。
三好 (顔の色を変えている)しかし、そんな、そいつはくない[#「そいつはくない」はママ]。あなたの言う事は――。
(そこへ、やはり下手庭口から、ワンピースにサンダル下駄を突っかけた登美が妙な表情をして、背後を気にしいしい戻って来る。その後から、ボサボサの頭髪にヨレヨレの袷を素肌に着流し、サナダ紐で帯をして煎餅のようにチビた下駄を引きずった若い男(佐田)が入って来る。消耗性の病気にやられている者特有の身体つきと顔の色で歩く足附きなども少しフラフラしている。入って来て立停り、誰にと言う事も無くヒョコリと頭を下げる。……此方の三人は一斉に二人に目をとられ、三好も言葉をとぎらせてしまう)
登美 ただ今あ。直ぐ持って来るんですって。(ドンドン上にあがる)
三好 おそいなあ。
登美 だって[#「だって」は底本では「だつて」]……(佐田を頤で示して)……向うで会っちゃって、いいって言うのに、ついていらっしゃるんですもの。
三好 佐田君、どうしたの?
佐田 はあ。……
三好 まあ、あがったら、いいだろう。(佐田黙って縁側の端の方に腰をかける)
浦上 では、これで失礼します。
轟 僕もその辺まで御一緒に[#「御一緒に」は底本では「御一所に」]――。(庭に降りる)
三好 チョット待って下さい! それじゃ僕が困るんだ。僕に迷惑はかけないと言うのは、どう言う事なんです?
浦上 ですから、既にお払いしたお金は無駄になっても、私の方としては致し方が無いと思っていますから――。
三好 そんな、そんな、そんな失敬な……失敬な事を、君、言うのはよせ! 僕あ、乞食じゃ無いんだ。そんな――。
浦上 (少しビックリしている)……だって、あなた、失敬な事を言うつもりは無い……じゃ[#「じゃ」は底本では「じや」]、どうすればいいんでしょう?
三好 どうする? どうするって、……そりゃ、あなたの方がどんな劇団か知らないが、僕も芝居書きだ。わけも無いのに金を恵んで貰う法は無い。そんな――。
浦上 ですから、最初頼んだ私の方に責任は有るんで、それだけの損失は私の方でかぶろうと言っているんですよ。恵むのなんのって、そりゃ、あなたの邪推だ、考え過ぎです。
三好 ……今返せばいいが、五十円はおろか、一円も無いんだ。(ガックリする。が、再び顔を上げて)浦上さん、……お願いだから、ホントの訳を言ってくれないかな? 頼む!
浦上 ですから、何度言っても長過ぎるからと――。
三好 違う! そいつは口実だ。長さは初めから、これでいいと言う事になっていたんだから。脚本がまずいからと言われりゃ、僕だって、それで目がつぶれる。そして今後もっとうまい物を書くように努力します。あなたも人間なら、どうかホントの事を言ってくれ。
浦上 そんな、まずいの、うまいのと言った――。(さすがにムッとしている)
三好 じゃ、誰かが何とか言ったんですか?
浦上 いやあ、別に。
三好 その筋から注意でも受けた――?
浦上 いいえ、別にハッキリと、そんな事も――。もういいじゃありませんか。そんな事を今更言って見ても全体なんになります。言えば言う程、お互いに不愉快な思いをするばかりです。あなたも、こだわり過ぎると思うんだ。
三好 こだわる! こうして僕も戯曲だけを死に身になって書いていりゃ、こだわらざるを得ないんだ。
浦上 ……あなたも、しかし、少し考えて呉れた方がいいと思うんだ。これで、十年前とは違うんですからね。時代が、どうなっているか……芝居がどうなっているか……そいつを掴みそこなえば、元も子も無いわけで――。
三好 え? 時代とは?
浦上 これで、今の時代は、十年を一年にしてグイグイ革新されて行っている世の中だから――。
三好 古いと言うの?……そうかも知れん。しかし、古かろうと新らしかろうと、僕なぞ自分のホントの量見から動き出すんでなけりゃ、一行も書けん。あわを食って、時代の調子に自分を合せようとすることなぞ、どうしても出来ん……。
浦上 いや、そんな事よりも、つまりだな、人民戦線風の考え方では、もう既に時勢のホントのいぶきは掴めない事は事実ですね。
三好 人民戦線? 僕が人民戦線だって? (眼をむいて驚いている)
浦上 いや、あなたがそうだって言うんじゃありませんよ。ただ世間にはいろんな事を言う人が有りましてねえ――。
三好 世間はどうでもいいんだ。あなたの考えを聞いているんだ。
浦上 そんな風に言われたって――。
三好 いや、知りたいんだ。良し悪しに関せず、自分の心得のために。……すると、僕の今度の作品にも、そういう所が有りますか?
浦上 ……いえ、まあ、そんな風に見る向きも有るって事を言っているんですよ。
三好 だから、どこが、どんな風に? 又、どこそこと言うんで無しに、全体が、そんな風な気分で貫かれていると[#「いると」は底本では「ゐると」]言うんですか? 遠慮無く言って下さい。
浦上 別に、それほどハッキリした事じゃ無いんですよ。
三好 しかし、すると、誰が、あなたにそう言いました?
浦上 困るなあ。誰って、別にハッキリした事じゃ――。
三好 じゃハッキリ誰が言ったわけでも無い、又、どこがどんな風に人民戦線と言った事でも無いと言うんですね? それでいて、しかも僕が人民戦線なんですね? こいつは面白い。ハッハハ、ヒヒ!
浦上 そりゃねえ、あなた見たいに言やあ[#「言やあ」は底本では「言ゃあ」]、そうかも知れないけど、社会と言うものは、そんな明瞭な定義附けで以て動いているんじゃ無いからなあ。たとえば、今の時代の全体主義なんて言うものも、別に主義としての定義附けが有って、それに依ってすべてが進んでいるんじゃ無い。この人の抱いている全体主義と、あの人の全体主義とでは、よくよく調べて見れば、まるで違っているかも知れない。ただ一つの言葉ですよ。漠然とした雰囲気と言ってもいい。でもね、それでも、全体主義……主義的気運と言うか、それを中心にした革新の動きは、実際に於て厳然と存在している事は,事実ですよ。
三好 それはそうだ。だがそれとこれとは別だ。全体主義的な革新気運と言うものは、誰が何と言っても、厳然として存在している。ところが一方、出たらめに人を差して言う人民戦線なぞと言うものは、存在はしていない。存在していないのにその様な言葉で人を指すのは、たとえば、唯単に人を陥れるために、その人の蔭にまわって「あいつは、赤だ」と言うデマ政治家の類いでしょう。そんなものこそ、ホントは革新を害する毒虫だ。
浦上 しかし、なんですよ、あなたの作品と言えば、今お返しした物もそうですが、いつでも、社会の暗い部分、貧乏な層だけが、十年一日の如く、いつでも題材になっていますしね。多少、そう思われても――。
三好 阿呆なことを言いたもうな! 暗い部分や貧乏人が現に居れば、そいつを明るくしたり、貧乏を無くして、日本人として健康なものにしなきゃならんのだ。それこそ革新だ。それ以外にどんな革新が在る? そして、そうするためには、先ず第一に暗い所や貧乏人の現状をありのままに正直に見て行く、人にも見せると言う事が絶対に必要なんだ。
浦上 いや、唯単に題材の点だけでは無いですよ。書かれ方も、そうなんだ。そいつを、どんな方向に向って[#「向って」は底本では「向つて」]解決するように、つまりどんな線に添ってそれを描いてあるかが問題なんだ。
三好 じゃ僕の物が、どんな描き方をしているかね? 先ず僕は貧乏な人間の善良さや力強さに引かれる。国民としての健康な本質に引かれる。だから、貧乏人を描く。描くからにゃ、ありのままに描く。しかも、その描き方の中にも国民として、民族の一人として、まちがった方向に向って引きずって行くような描き方は、絶対にしていない! これは俺は誰の前だって言える!
浦上 それならそれでいいじゃありませんか。あなたが事実そうで無いのならば、他から何と言われたって関[#「関」にママの注記]う事は無いんだから。(庭に立って冷たく笑っている)そんな風に、あなたが、チョット言われた位で、そんなにいきり立つと、却って、それじゃ、何かやっぱり在るんだろうと思われやしないかなあ?
三好 そ、そんな――そんな言い方で、君!……だから、俺あ、聞いているんだ。もしそんな所が僕に有れば――。
浦上 もう失礼しますよ。いつまで言っていても仕方が無いと思うんだ。しかし、これで七八年前の事を言えば、あなたにもそんな風な時代が有るにゃ有ったんだからなあ――。(庭口の方へ歩いて行く)
三好 そ、そ、それを――それを君――それを君が言うのか! そうか!(文字通り顔を叩きなぐられたように真青になって立ちすくむ)
浦上 ……じゃ失敬。いずれ又――。(庭口から歩み去る。轟はチョットマゴマゴしていたが、やがてコソコソと立ち去る)
三好 待て! それで行ってしまわれては、俺あ――。(ヨタヨタと庭口の方へ追う)おい、浦上君! 轟! 君もチョッと待ってくれ! おい轟! 君まで行ってしまうのか! 浦上君! 浦上! (あまり昂奮しているので走って行けず、ハアハア喘ぎながら庭木戸の傍の木につかまってしまう)
登美 三好さん――(立って来る)もう、いいわ。
三好 …………(なさけ無い姿で木につかまって、ハアハア喘いでいたが、やがて、しゃがんでしまう)
登美 どうなすったの? 三好さん?
三好 うん。…………(昂奮のあまり、やがて、ゲーゲーと嘔吐する)
登美 あら! (びっくりして、下駄を突っかけて走り寄って来て、三好の背に手をかける)どうしたの? いいじゃありませんか、あんな人達の言う事なんか! そんなムキにならないで! チェッ! 醜態だわ!
三好 ……(よごれた口のはたを横なぐりに拭きながら)うん。……うん。……やられた!……俺にゃ一言も無い。それを言われちゃ、一言もない。いたちっ屁を、ひっかけたきりで行ってしまやがった! いたちっ屁だ。参った。……彼奴の言う通りかも知れんのだ。畜生! (フラフラしてまだ歩けない)
登美 (ハンカチを出して)はい、これで拭いて! いいわよ、もう! 何てえザマなの?
(佐田がボンヤリ二人を見ている)

     3 夕

 梅雨晴れの午後の陽がカッと照りつけ、底一面、燃えるような緑の輝き。半透明の鮮紅の実をこぼれる様に附けたユスラ梅。縁側に座布団を持ち出して坐った[#「坐った」は底本では「坐つた」]三好と、少し離れて、これもモッソリと坐った佐田。登美は机の向うに坐ってレースを編んでいる。三好と佐田とは、ズッと前から、ボツリボツリと、とぎれ勝に話していたらしい様子。間。静かである。

佐田 ……読んで下さったでしょうか、僕の戯曲?
三好 ああ読んだ。
佐田 どうでしょう?
三好 うむ。……
佐田 言って下さい。……かまいませんから。
三好 うん。……君の名前は伝次郎と言うのか?
佐田 ええ。
三好 原稿に書いてあったので、はじめて知ったよ。本名なの?
佐田 本名ですけど、変ですか?
三好 変なことは無いさ。佐田伝次郎か。すげえ名だ。
佐田 すげえんですか?
三好 ……うーむ。(何か他の事を考へながら唸る。登美がクスクス笑い出す。それを振返って)なに?
登美 だって……。
三好 そうだ、韮山さん、天どんを食ったかな?
登美 持ってってあげといたから、お食べんなったでしょう?
佐田 駄目でしょうか?
三好 え?
佐田 僕の作品ですよ。
三好 チョッと待ってくれ。
佐田 ……そうと決れば、いよいよ僕も……(眼を据えている)なんとか考えを決めなければならないんですから。(上手奥でカタリと音がする)
登美 (それを聞きつけて)チョイト……(二人を手で制する)
三好 (なんだと言う顔)
登美 応接間から出て来たわ。……(短い間。……やがて上手の端の襖を開けてお袖が顔を出す)……なあんだ、お袖さん?
お袖 ただ今。
三好 お帰り。先生は?
お袖 直ぐそこでお別れして、先生はあちらへ。あのう、なには、無事に帰ったんですか?
三好 いやあ、会えるまで此処にがんばるんだって、応接の方にズッと居るんですよ。無事なだんじゃ無い、転げ落ちてね。
お袖 転げ落ちた? どこから? 誰が?
三好 韮山がさ。長椅子からね。
お袖 へええ。どうして、また――?
三好 ドタンと言ったんで、びっくりした。行って見ると、床の上でキョロキョロして御当人も驚いているんだ。居眠りをしていたらしいんだな。あんな連中の神経は、わからん。借金とりに来て、よその内で寝込んでしまう……大したもんだ。
お袖 ホントに何てえ、ごうつくばりでしょうね。
三好 だって、当然の金を取りに来ているのに[#「いるのに」は底本では「ゐるのに」]、ごうつくばりは無いだろう。
お袖 いいかげんに、もう諦らめたら、いいじゃありませんか。もともと六七年前に関西からポッと出て来て、小金を持っているもんだから何か始めようとマゴマゴしていた頃なんか、あれで随分先生の御厄介になった奴なんですよ。お借りになった金だって、たしか千円とチョットですよ。あれから毎年法外も無い利息を入れて来ているんですから、利息だけでも、とうの昔に元金は出ているんですよ。
三好 でも韮山はなんでも、一万円がどうしたとかこうしたとか言っていたが……ケタが違うようだな。
お袖 証文にはどうなっているか知りませんよ。書き換え書き換えして、利に利が積んで来ているんでしょうからね。でも、とにかく、五年前に先生のお借りになった金は千円とチョットですよ。忘れもしません。病院の方の、僅かばかりの建て増しの金なんですから、なんしろ、高利の金と言うのは怖いもんですよ。三好さんなども、お気を附けなさいましよ。
三好 ハハ、なに、貸して呉れる先さえあれば、高利もヘッタクレも[#「ヘッタクレも」は底本では「ヘツタクレも」]構やあしない、のどから手が出る位に欲しいけど、先様で相手にしません。でも、物は試しだ、韮山に申し込んで見るかな。
お袖 とんだ事をおっしゃる。淀橋の韮山正直と言やあ、あの島では名代なだいだそうですからねえ。彼奴にかかられて生血をしゃぶり[#「しゃぶり」は底本では「しやぶり」]尽された者が、どれ程居るか知れないんですよ。
三好 生血か。……血ぐらいなら、僕にもまだ、いくらか有る。
お袖 それに、憎らしいじゃ[#「憎らしいじゃ」は底本では「憎らしいぢゃ」]ありませんか。あれで、色気だけは隅に置けないんですよ。みずてん芸者の若いのを二人も三人も妾にして、待合いなんぞ出させているそうですよ。それでいて、女と見りゃ、誰彼なしに、直ぐにいやらしい真似をする。
三好 お袖さんなども、一票を投じられた口じゃないかな。どうです。チット色を持たせて、あべこべに大将の生き血をすする?
お袖 おお、いやだ! 男ひでりが、しやしまいし!
登美 ようよう!
お袖 こら馬鹿! お登美!(三好、登美、お袖笑い出す。佐田だけが、自分の傍で喋られている事にまるで無関心に、死灰の様に坐っている)……さてと、じゃ、私、離れの方に行きますから、彼奴には黙っていて下さいよ。先生の事を聞いて、又うるさいから。クサクサして仕方が無いから、おさらいでもするんだ。
登美[#「登美」は底本では「三好」] あとで、私にも又教えてね。
お袖 モダンガールに弾かれちゃ[#「弾かれちゃ」は底本では「弾かれちや」]三味線が泣く。
三好 鞍馬山だけは、かんべんしてくれないかな。あいつをやられると、脳味噌を引っ掻きまわされるようだ。
お袖 おっしゃいます! こうなったらなんでも引っ掻いてやる。(立ちながら)だけど、どうかなすったの? お顔が真青ですよ。
三好 ヘッヘ、若葉の照り返しだ。
登美 ふんだ! さっきの、ザマ!
お袖 なんですの? ……(それよりも自分の言った真青と言う言葉で自ら刺戟されて、改ためて佐田の顔を見る。三好の顔も青いが、佐田の顔色と来たら青いのを通り越して、殆んど土気色である。……佐田は、しかし、他の者達から注視されている事など知らぬものの様にボッサリと坐りつくしている)……じゃ、まあ、ごゆっくり――(廊下を廻って上手へ行きかける)ユスラ梅が綺麗だこと。
三好 お袖さん、お参りの方は、行って来たんですか?
お袖 ええ。
三好 なんだか、御神ママが、よくなかったらしいなあ!
お袖 御神ママもなにも……先生は、今日は御病気。
登美 アッハッハハハ。
お袖 なにを笑うの?
登美 アッハハハハ。
お袖 ほかの事と違って、これだけは、笑ったりすると、ききませんよ!
登美 オッホホホホ。
お袖 登美子さん!
登美 だって、お袖さんの神様は、信者の病気だとか心配事なんでも治して呉れるかたでしょう? そう言ったわね? その神様が御自分の病気は治せない。
お袖 そりゃ、先生だって、人間だから――。
登美 人間でしょう? だから、おかしいの、ウッフフフ。
お袖 ……ふん、あなたにゃ、なんでも、おかしいのよ!(尚、何か言おうとしていたが、よして、トットと廊下を上手へ消える。ホントに怒ったらしい)
三好 よせよ。そんな、からかうもんじゃ無いよ。
登美 だって、おかしきゃ、笑うわ。
三好 人間にとって、神様は、やっぱし人間であっても差しつかえ無いんだ。
登美 ツアラトストーラ、かく言えりか……。
三好 (カッと怒って、出しぬけに大きな声を出す)だまれ! 生意気だぞ君は! ツアラトストラがどうした? 君にとっては、なにもかも遊びかも知れんが、お袖さんは真剣だ。
登美 (いっぺんにしょげてしまって、しばらく黙って眼をショボショボさせていたが、やがて大変すなおに)お袖さんがどうか知らないけど、私に何もかもが遊びだって事はホントね。泣きたくなるような遊びだわ。……いくら考えても考えても……その結論が、私も男に生れて来ていればよかった……と言った、まるで、わかり切った、それでいて、今更どうにもならない結論に来れば、世話は無いわ。……ごめんなさい。
三好 (これも怒り出した時と同様に、唐突にスッと機嫌を直して)いいよ、いいよ。
登美 死んだ先生もおっしゃってたわ。あなたは、もともと大変子供らしい性質だけど、虫がきついから、始終気をつけて虫をこじらせないように、なんでも単純に単純に考えないといけない――。
三好 全くだぞ。
登美 でも三好さんだって同じよ。私が居れば、私さえ泣かされていれば、そいで三好の虫はなんとか納まって行けるけど、私が居なくなったら、どうなるんだろうって、先生、心配なすってた。
三好 あいつ、そんな事まで君に言ったのか?
登美 亡くなる四五日前にも、おっしゃったわ。三好さんだってもうシャンとしないと、先生お泣きになってよ。
三好 なによ言やがる。
登美 だって、三好さんのこと、先生、とてもそりゃ大事になすっていたんだから――。
三好 いいよ、いいよ。彼奴の事はよそう。いや、もうよせ。……ふん。……しかし、荒れてるなあ。
登美 あたし?
三好 いや、お袖さんさ。迷っているんだよ。無理も無いんだ。水商売とは言え、もともと良い家で育って、此方の女中頭でチャンとやって来た、あげくだ。子持ちの船乗りの所へなぞ、そうチョックラ行けはしまい。
登美 お気の毒だわ。あんだけの長唄ってものが叩き込んであるんだから、あれで何とか身は立たないのかしら。うまいと思うんだけどなあ。
三好 うまい。うまいのを通り越して、あの三味線を聞いていると、時に依って、なんか、人間の号泣しているのでも聞いているようで、俺あ、こたえる。……しかし、でも、長唄の師匠になるにも金がかかるらしいね。名取りになるだけでも、小千円かかるって、こないだ言ってた。
登美 だって、そこいらの名取りなぞより実際に実力が有れば、それでいいじゃありませんか。
三好 それが、そう行かないんだな。先刻の浦上の言い草じゃないけど、そいつが世間の雰囲気と言う奴かね。
登美 馬鹿にしてるわ。なんだい!
(短い間)
佐田 ……三好さん、僕の作品、どうでしょう?
三好 う?……うむ。
佐田 ハッキリ言って下さい。
三好 そうだなあ。……だが……君、此の前、原稿持って来た時、変な事言っていたねえ?
佐田 なんですか?
三好 その作品が駄目とわかり、将来書いて行っても到底望みが無いようなら、なんだとかって。あれ、ホントかね?
佐田 ……言いましたかねえ?
三好 そ、そいじゃ、なにか、君あ、俺をおどかす気で、僕を脅迫するために、あんな大げさな事言ったんだね?
佐田 でも、……身体の方も、もう永い事は無いと医者も言いますしね。せめて食って行くだけの金でも有ればだけれど、……簡易旅館なんかでゴロゴロしていたって仕様が無いし、でも、書いた物が多少でも望みがあれば、まだ、なんですけれど、そうでなければ此の際――。
三好 ――死ぬのか?
佐田 ええ。(淡々と答える)
三好 それを僕に言わせようと言うのかね? 僕に、それが言えると思うかね?
佐田 言って下さい。
三好 ……仮りにだ、僕がそれを言ったとしてもだよ、僕などの言う批評に、そんなに絶対的な権威は無いよ。
佐田 有ります。少なくとも僕には、さうです。
三好 なぜだい?
佐田 僕が先輩の劇作家としてホントに尊敬しているのは、あなた一人きりだからです。……あなたから、君はもう望みが無いから、書くのはよした方がいいだろうと言われれば、……諦らめます。二十七年間、何かまちがって生きていたんだと思えば、それでいいんです。
三好 ……親兄弟は無いと言っていたが、誰か、伯父さんとか従兄弟だとか、親戚は無いのかね?
佐田 北海道に従姉が一人居る筈ですけど、生きているかどうか、……生きているとしても、酌婦かなんかやって暮していたし、とうに身体あ腐っちゃってるでしょう。
三好 ……君はヤケになっているね?
佐田 ヤケじゃありませんね。この一二年、冷静に考え抜いたあげくなんですから。なあに、そうと決めれば、わけは無いですよ。
三好 ……今、わが国は戦争最中だよ。恐ろしい時代に差しかかっているんだよ。俺達は一人々々よほどシッカリしなくちゃ、ならんのだぜ。君の様に、そんな風にばかり物事を考えるのは、まちがっていると俺あ思うがなあ。
佐田 この前も、おっしゃいました。そうです、あなたの言う通りです。……しかし僕が自分の事を、こんな風にしか考えられないのは、どうもしようがありませんからね。良いの悪いのと言って見ても、始まりません。
三好 だって君、それにしてもだ、死ぬの生きるのと言う問題じゃ無いだろう。創作がいかに大事でも、それよりも俺達の生活、……生命……毎日こうしてやっている生は、そんなものに較べりゃ百層倍も尊い。
佐田 その自分の生命の中で一番大切なもの、生活の中心が作品に在るんですから、……そう思う事が良いか悪いかは別問題としてですよ……そうしか考えられないんですから、仕方がありません。……あなただって、そうだと思います。いつか、そうおっしゃっていたし、此の前の戯曲集のあとがきに、お書きになっていました。僕も、実は、あの通りなんです。今となっちゃ、僕の生きて行くメドは戯曲に全部かかっているんです。
三好 ……(なにも言えず、眼をグルグルさせ、冷汗がにじみ出して来たらしい顔をしている)そうか。……しかし、それにしちゃ、君の書いた物は――。
佐田 (フッと顔を上げて、三好を直視する)……駄目ですか?
三好 ……(ドギマギして、眼のやり場に困っている)いや……駄目の、駄目で無いのと、……そんな事よりもだな……(ヤット立ち直って)この前にも言った。僕は、僕よりも若い人間が戯曲を書いて行きたいと言っても、大概の場合に賛成出来ない。又、現に賛成していない。……この国では戯曲では食って行けない。それよりも、第一、骨が折れ過ぎる仕事だ。なにかむくわれる所が多少でもあればいいが、まるきりそんな事は無い。……俺の顔を見たまい。戯曲なんてえ変なものを永い間書いていると、こんなひどいツラになってしまう。人間の顔じゃ無いだろう、こいつは?……そんな仕事だ。しかし俺は、もう、これで狂犬に噛み付かれたのと同じで、もうこれ、戯曲はよせん。一種の慢性病だからね。……しかし、若い人間が、又ぞろ、こんな酷い仕事に入って行くのを黙って見ちゃ居れん。……つまり、俺は、残念ながら、他人にはすすめる気になれん仕事を自分でやっているわけだ。……しかし、世の中には、時々、馬鹿でもハーチャンでも、叩き殺されても、苦しくても、どんな目に逢ってもだ、或る一つの仕事の中に打込んで行かなきゃ、生きて行けん人間も居るんだ。その仕事が文化的に尊いの尊く無いのと、そんな事は俺あ知らん。ただ、それをしないでは、どうしても、居られない。……こいつが、まあ、俺と戯曲との、関係だ。そうなんだ。そんな人間だよ、俺は。……そして、もし俺と同じような人間が他に居れば、こいつはもう仕方が無い。とめたって仕方が無い。だから一緒に、力になり合ってやって行こう。初めて、そんな気になる。……それ以外の人には、俺は、絶対に、とめる。こんな苦しい仕事は、もう俺だけでたくさんだ。そんな気持ちだ。
佐田 わかっています。
三好 いや、わかっていない。……俺は二十年近く芝居を書いて来ている。勿論、まだ大した物は書けん。下手だ。世間ではチットは何だかだと言ってくれた頃もあった。……それが、どうだい?……現に先程の浦上との話は君も聞いていたろう? 半年近くウンウン言って書いた作品、うまくは無い、うまくは無いが、とにかくこれで一応出来てると思って出した脚本が、あのザマだ。いいかね?……なにさ、浦上達の劇団が特にひどい劇団で、あすこだけが劇作家に対してこんな事をするんでは無いんだ。どこの劇団でも似たり寄ったりだ。又、特に僕だけが、彼奴は今落ち目だってんで、こんなアシライを受けると言うわけでも無い。たいがいの劇作家は、先ず似たり寄ったりの目に始終逢っているんだと思う。……そいで、じゃ俺はもう戯曲を書くのは、よすかと思うと、よさん。よせないんだ。……あんな目に始終逢い、醜態の限りをさらしても、そいでも、なぜよせんのか? わかるかね? こいつは、ごうと言うやつだよ。……業が深くって、書いて書き抜いて、どこまで行っても、戯曲の中に自分をぶちまけて行かなければ、苦しくて苦しくて、どうにもジッとして[#「ジッとして」は底本では「ヂッとして」]居れんからだ。
佐田 ですから、僕も、あなたと同じなんですよ。少くとも、同じようになりたいと僕は思っています。でないと――。
三好 違う違う! わからんかなあ! (と先程から何と言って相手を説き伏せたらよいか、弱りに弱っている[#「弱っている」は底本では「弱ってゐる」]。当の佐田はしかし、ションボリとしたまま平静に落ちつきはらっている。まるで、アベコベのようである)これ程言っても、わからんかなあ! ね君、考えて見たまい、今、戦争だぜ! しかも、こいつは、一年か二年経てばキレイに済んでしまって、その後は又元通りに平和になると言った、そんな戦争じゃ無い。世界が、煮えたぎったルツボの中に叩き込まれたんだ。いやだと言ったって、もう、こんりんざい、抜け出しては来れない。逃げる先は無いんだ。戦い抜き、その戦いを通して生れ変って来る以外に、法返しは附かないんだ。文化などが、なんだい? いいかね? 戦争は、そして、戦争だよ! 喧嘩だ。我慾では無い。我慾からのものでは無い。他人の裡の、それから自分の裡の敵を叩き倒すんだ。……そりゃね、戦争だから、又、総力戦だから、文化もこれに参加すべし、文化諸部門もこれを発達させなければいかんとする考え方もあろう、わからん事は無い。しかし、そいつを甘っちょろい文化主義者共が言っているのが現状だ。ふざけるなと言うんだ。そんなものは屁理窟だ。戦争をするのに絵や小説や芝居は要らんのだ。そんなものが無くっても戦争はやれるんだ。それをだな、インチキな文化主義者達共の歯の浮くようなゴタクに踊らされたり、今迄うぬらが当てがわれていたケチックサイ屋台骨に恋々としてしがみ附いていようと言う量見を捨て切れないために、科学の独立がどうのこうの、文壇や劇壇なんて吹けば飛ぶようなものが、うんだのつぶれたのとゴタゴタやった末が、見ろ! 却って、その辺に氾濫している小説や芝居が、どれもこれも時局便乗の、きわ物になってしまうんだ。あたりまえだ。士が切腹しなきゃならん時に立ち至って、死にともながれば、卑怯者になるのは当然だ。芸術が死ななきゃならん時に、死ねなければ、オベッカ芸当になるのは、わかりきってるよ! そうじゃないか?
佐田 ……わからんなあ。すると、あなたのしている事は、なんですか?
三好 僕がしている事?
佐田 そんな風に、文化は亡びなければならんと思っていながら、あなたは、そいでも戯曲を書いている。
三好 ……(虚を突かれて、ギョッとし、口をモガモガさせていたが、やがてガックリと肩を落して唸る)うむ。……そうだな、俺あ、……まだ、俺なんか、駄目だあ。
佐田 そいつが、しかし、人から人民戦線だとののしられていりゃ、世話あ無いですね。
三好 なんとでも言うがいいんだ。その内には……その内には、この俺が、この俺こそ、チットは書いて見せる! 必らず、書いて見せる。それまで、何とでも言え、何と言われたって、俺にゃ、自分の量見をひん曲げて、タイコモチの真似は出来ん! きわ物の時局便乗物は書けん! そんな事をして、自分をいつわり、今の時代に時めき、それに依って、此の、此の偉大な時代を軽しめ、日本を嘲弄する気にはなれんのだ! (殆んど号泣するに近い)そんな事をする位なら、俺あ、このペンをおっぺし折って、首でもくくってくたばってしまう! それ以外の事なら、どんな苦しみでも俺あ耐えて行く覚悟でいる。しかし、しかしオベッカをしなければやって行けん苦しみにだけは、俺は耐えきれん! それだけは耐えきれん。それだけは、こらえてくれ! (頭をかかえ、机の上に突伏してしまう。背が波を打っている)
登美 (いたましそうに、それを見ている)……三好さん。
佐田 ……(これもマジマジ、三好の背を見守っている)……(永い間)……そいで……実あ、僕も、……やっぱし、あなたと同じような気持があるもんですから……なんとか、ハッキリしたいと思うもんで――。
三好 ……(やっと顔をあげる)……う? (昂奮が少し鎮まって)……だって君、同じようなと言ったって、良い若いもんが、こんなミジメな仕事を続けて行って、なんになる?
佐田 ですから、こないだの作品が、いよいよもう、まるきり取り柄が無いと決まれば――。
三好 何かほかの、有用な仕事でも捜す?
佐田 いいえ、この身体じゃ、そんな事したって、先は知れていますし――。
三好 ……やるのかね?
佐田 ……(下を向いてションボリしている)
三好 困ったなあ。そいで俺が何と言やあ、いいんだ? 褒めりゃいいのか? くさしゃいいのか?
佐田 ホントの事を言って下さい。
三好 …………。(クタクタに弱って、ボンヤリしている。登美が立って、縁側をユックリユックリ歩き出す)……(間)
登美 ……ええと……(ユックリ引返して来、又向うへ歩き出しながら、庭を見、はじめ低く、でたらめの鼻唄)……フン、フン、フーンと。ユスラ梅が赤いよう……赤いのは、ユスラ梅……神は天にまします。天にましまし、なんにも御存じない――と。(何か讃美歌の節になる。その間も、三好と佐田はぼんやりして相対している)
(そこへ下手庭口からツカツカ入って来る和服に袴で黒い手カバンを下げた男、本田一平。四十二三歳で服装も態度もキチンとして上品である。木戸口で立停り、屋内の様子を見廻している)
登美 どなた?
本田 堀井さんのお宅でしたっけね?
登美 はあ……(縁側に手を突いて、丁寧に)どちら様でございましょう?
本田 いやあ……(ツカツカ、縁側の方へ)ええと、失礼ですが――。
登美 三好さん、お客様です。
三好 ……(先程から、救われたように、此方を振向いていたが、ノッソリ立って来る)やあ……。どなたですか?
本田 こんな所から失礼でございますが、私、本田と申しまして、堀井先生には二三度お目にかかった事がありますが、今日は御在宅――?
三好 堀井博士なら此処には居られんのですが……どんな御用事です?
本田 そうですか。いえ、警戒なさらなくても結構です。博士に用が有って伺ったわけでは無いので。実は、こちらに、たしか、昨日か、又は二三日前か、韮山と言う人が伺った筈でございますが――韮山正直と言って――。
登美 韮山さんなら、見えています。
本田 いる、と言うと――今、来ているんですか?
登美 はあ。朝からズーッと。
本田 そりゃ――そいつは――(言うなり、サッと縁側にあがり、キョロキョロと四辺を見廻す)じゃ、チョット失礼して――(あわてた風で座敷の方へ入って行きそうにする)
三好 ……(突立ったまま本田をジロジロ見ていたが)そっちじゃありませんよ。
本田 え? どこです?
三好 応接室です。そう申して来ましょうか?
本田 (あわてて)いや! いいんです! 私が行きますから。ええと応接室と言うのは――。
三好 こっちです。御案内しましょう。(先きに立って下手へ歩き出す)
本田 そりゃ、どうも――(キョロキョロと彼方此方を警戒しながら、三好の背後にピッタリと引き添うようにして、ついて行く。三好は、下手の室に入り、その奥の襖をサッと開ける。すると、本田は何と思ったか、三好より先きに、サッとそこから奥の廊下に消える。三好は驚いて、それを見ていたが、やがてこれも、奥へ去る)
(登美はその二人の姿を見送って立っていたが、やがてスタスタ、元の室の机の所に戻って来て坐る)
佐田 ……なんですかね?
登美 さあ。……変なお客ばっかり、しょっちゅう来る家ですから――。(レース編物を取り上げる)
佐田 ……さしずめ[#「さしずめ」は底本では「さしづめ」]、僕なんぞは、変なのの一人ですかね。ハハ。
登美 ……(顔をあげて佐田を見るが、話に乗って行こうとせず、又うつむいて編物をはじめる)
佐田 何を編むんですか?
登美 ええ……。
(話のつぎほが無い。上手奥の離れた所から、お袖のき鳴す三味線の音がして来る。これは最後まで断続する。……佐田、眼を据えて登美の姿を見ている。……間。……登美は佐田から見詰められている事を意識して不愉快らしいが、動かぬ。すまして、編物の手を動かしている)
佐田 むむ……。(低く唸るような声)
登美 ……どうなすって?
佐田 いや……。登美子さん――。
登美 あなた、三好さんをいじめるの、いいかげんになすったら、どう?
佐田 いじめやしません。なんしろ僕あ苦しいもんだから――。
登美 この前だって、三好さん、なけなしの金を、ああしてあなたにあげたわね。
佐田 僕あ、感謝していますよ。…………(しばらく黙っていてから)あなたは三好さんの、なんですか、愛人ですか?
登美 あいじん?……私?
佐田 そうでしょう?
登美 そう見える?……フ。
佐田 そうじゃないんですか?
登美 なぜそんな事おききになるの?
佐田 ……なぜって事も無いんですが、……はじめから、僕は、あなたを綺麗な人だと思っているから。
登美 ……。綺麗でしょう? 勿論綺麗だわ、私は。
佐田 ……あなたを見ていると、僕あ、なんか、夢の中で美しい人を見ている様な気になる。
登美 夢ね? アハハ。
佐田 嘘を、僕は言ってるんじゃ無いんだ。(スッと立って来て、登美の直ぐ傍に並んで坐る)
登美 …………? (でも起とうとはしない)
佐田 (机にかけた自分の左手を見て)チョット、これを、おさえて下さい。こんなに顫えるんだ。こいだけ、もう、身体が参っちゃってるんですよ。……おさえて見て下さい。
登美 こうなの?……(佐田の左手を片手でおさえる)
佐田 ……こら。ドキドキしているでしょう?
登美 そうね。……(少し身じろぎをして)なに、なさるの?
佐田 いや、僕はね……。
(二人はそのままの姿で並んだままジッとしていたが、登美がそれまで右手に握っていた金属の編棒を、着物の上から佐田の脚のどこかにグッと突き立てて、次第に力を加えて行く。佐田は、その痛みをジッとこらえている。声は出さないが、よほど痛いと見えて、肩で息をしている。……そこへ、足音が下手奥の廊下からして来る。登美が編棒を引く。佐田ヨロリと立って、元の所へ戻って坐り、前へ折れ曲るようにして畳を見ている。三好入って来る)
三好 ……勝手にしろ。(一人ごと)
登美 どうしたの?
三好 ジュンデンゴウと言う奴か。(坐る)
登美 どうして?
三好 うん、向うでなんか談判している。……(佐田を見る。見ていて、何か思い決した風で奥歯をグッと噛み、眼を光らせて立ちあがり、床の間の方へ行って、そこにのせてあった一束の原稿を持って戻って来、佐田の前にそれを置く)……これが君の作品だ。
佐田 はあ……。
三好 言うよ。仕方が無い。……言うからには正直に言う。ことわって置くが、勿論これは僕の一家言だ。つまり偏見だよ。自分では自分の言う事に間違いは無いと思うが、でも他の人が見れば、又違った見方をするだろう。批評と言うものは、そんなものだ。結局、なんのたしにもなるもんじゃ無い。いいね?
佐田 ……(黙ってかがみ込んでいる)
三好 ……そいで、ハッキリ言うと、君は一日も早く戯曲なぞ書くのを、よした方がいい。望みは無い! (言い切って、真青な顔をしている)
佐田 ……(首を垂れていたが、やがてフト顔を上げて)駄目でしょうか?
三好 駄目だ。……全体、命がけで戯曲を書いている人の、こいつは、作品では無い。命がけで書いた作品を、第一、こうして、綴じても来ないと言う法があるか。
佐田 ……それはあなたが僕の生活を知らないからです。綴じようにも、紐一本、紙一枚僕は持っていません。原稿紙だけはズッと以前のがありましたけど。
三好 ……いや。内容もそうだよ。ここに出て来る若い男が女に話す話、まあラブシーンかね、……あれは、なんだ? 田舎の百姓の青年が、「僕はこうしてあなたと並んでいると、生命の躍動を感じます」とは、なんてえ言い草だ? ダボラを吹くな! これはホンの一例だよ。徹頭徹尾、君は作品で嘘をつこうとしているんだ。
佐田 そうでしょうか? 僕は、現実に行われる会話や動作を、作品でそのまますき写しをして再現することは、必らずしも要らないと思っているんですけど――。
三好 僕の言っているのは、その事じゃ無い。……なるほど、現実をすき写しをする必要は無い。しかしどんなにロマンティックな、又は表現的な書き現わし方をしようと、そいつの根本は正直でなきゃならん。リアリティがどうのこうのと、理窟を僕は言おうとしているんじゃ無い。ごく普通の意味で正直。それだ。そいつを、君は、ごまかそうとしている。飾り立てようとしている。
佐田 しかし、僕の生活なぞ飾り立てでもしなければ、あまりにみじめですからねえ。
三好 駄目だよ。君の生活の、どこが結局みじめだよ? むしろ、みじめなのは、飾り立てでもしなければ、あまりにみじめだと思っている君の精神そのものだ。創作をする事が、なにかしら、すばらしい聖なる仕事のように考えて、それにかじり附いて、そんな愚劣なものを書いて自己満足を感じている君の量見が、一番みじめだよ。悪い事は言わないから、そんな物を書きちらす事なぞよして、何でもいい、どんな小さな仕事でもいいから、もっと有用な仕事を捜すんだな。
佐田 ……そいつは、しかし、僕に死ねと言うのと同じです。
三好 (叫ぶように)死んだらいいじゃないか。何をしていても、死ぬものは死ぬし、生きるものは生きる。冷淡なようだが俺あ知らん。君にまだ救われるだけの脈が有れば、誰から突っぱなされようと、救われる。むしろ僕なぞから早く突っぱなされればされるほど、早く救われる。そりゃね、君には望みが有るから、もっと書いて行きたまいと言う事は、僕には一番たやすい。しかしそうすると、君のみじめなウロウロ歩きは、いつまで経っても、おしまいにはならん。よした方がいいね。
佐田 ……そうですか。
三好 ………やるかね?
佐田 …………………。(原稿を取る)
三好 ……やろうと、やるまいと君の勝手だ。しかし、此処で、僕の目の前でやることだけは、かんべんして呉れ。
佐田 ……失敬しました。じゃ、これで――。(フラフラ立って縁側へ。膝が痛そうである)
三好 ……帰るの? 電車賃は有るかね?
佐田 歩きますから……(庭へ降りる)
三好 だけど、その様子では……(たもとを捜して五つ六つのバラ銭を出す)じゃ、これ持って行きたまい。僕にも、これっきりしか無い。いいから――。
佐田 (それを受取って、ガクンとお辞儀をする)ありがとう。では――(ビッコを引きながら、下手庭口の方へフラフラ歩き出す)
三好 気をつけて……(呼吸を呑んで、縁側に立ったまま、見送っている。佐田のまるで幽霊の様にションボリした後姿が庭口を出て消える)……ああ、えらい目にあった。(額に、にじみ出した油汗を掌で拭く)俺が死ぬ目に逢ってるような気がした。
登美 (レース編みを又始めていたが)三好さんは、馬鹿だわね。
三好 馬鹿? どうして?
登美 馬鹿だから、馬鹿だわよ。鼻の先きで、人に裏切られても、それを知らないで、自分だけ良い気持になっていりゃ、世話は無いわ。そいつは、立派な悪徳よ。
三好 なんの事だ?
登美 今の佐田さん、さっき、私に何をしたと思って?
三好 何をしたんだい?
登美 知らないでしょう? いやな奴!
三好 手出しでもしたのか?
登美 あんな奴、死んだりするもんですか?
三好 ……そうじゃ無い。僕あ、昔、買って貰った靴が自分の足に少し小さいと言うだけの理由で自殺しようとした子供を知ってる。どんな小さい事でも死ねる奴もいるもんだよ。……もしかすると、ホントに死ぬ気だから、最後にあの男はそんな事をしたのだとも取れる。
登美 キザったら!
三好 君が美し過ぎるからだろう。
登美 私が美しい?
三好 美しい。……俺にしたって、君を見ていて、どんな酷い事を考える時だってある。鬼も悪魔も自分の裡に巣くっている。
登美 いいわよ。
三好 断絶すべきは自分だ。チョット裸かになって見ろ。
登美 私?
三好 いや、俺だよ。そこにウジがブツブツと毒液を吐いている。ケッ[#「ケッ」は底本では「ケツ」]! 俺も佐田も結局同じだよ。……佐田は君にどんな事をしたい?
登美 手を持って来てさ、此処に――。そいでブルブル顫えているの。
三好 ……(眼をギラギラさせ、登美のそばに行き、相手の身体を押すようにトンと坐る)……こうかね?
登美 ……(ジッと[#「ジッと」は底本では「ヂッと」]三好の眼を見詰めている)だから、私、こうして、これで突いてやった。(編棒を三好のわき腹の方に出す。三好、登美の顔を尚もジーッと[#「ジーッと」は底本では「ヂーッと」]見ていてから、その編棒に眼を移す)
三好 ……ああ、血が附いてる。……ひでえ事をしやがる。(編棒を取る)そいでビッコを引いていたのか。……かんにんしてやれよ。登美君、かんにんしてくれ。かんにんしてくれ。そうなんだよ。人間、大体まあそんなもんさ。こんな風なもんだ。許してくれ。
(間)……
登美 ……いいのよ。……(しばらく黙っていてから)佐田さんの事なんか、どうでもいいの。私の言っているのは、三好さんの事よ。……佐田さんだけじゃ無い。あなたは、誰からだって、ホントに何の苦も無く裏切られたり、うっちゃられたりする人よ。そして、それは、裏切ったり、うっちゃったりする人が悪いと思うよりも、三好さんに責任があるのよ。私が言っているのはその事だわ。
三好 ……俺にどんな責任があるんだね?
登美 あるわ。センチメンタリストだからよ。御自分のセンチなツボの所にヒョッと突込んで来られると、直ぐムキになって、それで以て夢中になって、一人で角力を取って、一言に言うと結局非常に頭を悪くしてしまう人よ。
三好 ……センチメンタルか。……そうだな。そうだ。うん。頭も悪くしてるようだ。(登美の言葉でホントの所を突かれ、すっかり参っている)……でも今更仕方が無い。
登美 そうじゃ無いの。センチメンタルになった時に必らず頭を悪くしているんだわ。私が見ていても、わかる。ハラハラするようなのよ。私、センチメンタルは好きよ。ホントにセンチメンタルになれる人はえらいと思うの。三好さんは、えらいと思う。しかし、そいで以て段々自分と言うものを駄目にして行くんだったら、なってないわ。いくら、えらくったって、馬鹿であることに変りは無いわ。見てごらんなさい。三好は一番すぐれた性質を発揮する時に一番馬鹿げているから……亡くなった先生がいつも言ってらした。やっぱり先生が三好さんの事一番よく御存じだったわ。
三好 ……よそう。あいつの話はよそう。……俺も考えて見るよ。
登美 フフ。……(急に涙ぐんでいる)
三好 どうしたの?
登美 いえ、私、今の三好さんの姿を見ていると、亡くなった先生が、おかわいそうでならない時があるの。こんな三好さんを一人放りっぱなしに残して、先生、さぞ死にたくなかっただろうと思うの。……
三好 泣くのは、よせよ。……わかった……俺がなって無えんだ。……(二人しばらく、そのままで居るが、やがて三好、頭をブルブル振りながら立ち、縁側に出て、編棒を持ったまま、ユックリ歩く……間)かには自分の甲らの形に自分の穴を堀る。……俺を窮地に追い込んでいるのは、誰でも無い、俺の性格かも知れん。
登美 (フッと顔を上げて)私、いつまでこうしていても仕方が無いから、タイプの方で勤め口でもめっけようかな[#「めっけようかな」は底本では「めつけようかな」]
三好 ……そりゃ、いい! そりゃ、いい! 是非そうしたまい。家の方にも早く戻るんだな。一人で帰りにくかったら、僕が連れてって、あげる。是非そうしたまい。(廊下をノソノソ歩く)……あぶない。みんな、あぶない瀬戸ぎわを歩いているんだ。なんとかしないと、みんな、あぶない。……みんな、生れ変る事が必要だ。
登美 ですから、私、生れ変ろうと、思ったの。……内ん中のゴタゴタ、財産を兄さんにつがせたらいいの、私に婿を取って相続させたがいいの、ゴタゴタゴタゴタ……お父さんとお母さんが眼くじら立てていがみ合うし、親戚連は親戚連で二派に分れて策略の弄しくら……私、いやでいやでたまらなくなった。
三好 だから、兄さんに相続させればいいじゃないか。
登美 そうよ、私もそう言ったの。ところが、兄さんは、せんのお妾さんの子だからってんで、いけないって言うんだわ。私は今のおっ母さんの子でしょう? 私につがせるのが本当だと言う人が多いの。お母さんだって私につがせたいんだわ。私がいくら、兄さんにつがせて下さいと言っても、駄目。本郷の伯父さん……いつか此処へも来てくれたわね……あの伯父さんなんかがお母さんの尻押しをするの。……お父さんはお父さんで、表面は何も言わないでいるけど、勿論、兄さんに家はやりたい。それを又、尻押しする人達がいる。……そりゃもう、いやだわよ。しまいに、お母さんが、御飯の中に毒を盛って兄さんに食べさせようとしたなんて言いふらす人があったり、こんだ、それを聞いたお母さんが、そんな事をしたと言われては申しわけが無いから、私が死ぬんだと言って騒いだり、……それが、なんだと言うと、五万か十万か知らないけど、僅かばかりの財産のためだ。……
三好 聞いた。……
登美 たまらなくなって飛び出して来た。……私が居なければ何とか早く片附いてくれるだろうと思っていると、……伯父さんの話では、相変らず、以前と同じらしいの。……せっかく、せっかく、抜け出せた、ああ何とかなると思っていたら、何ともならないで、又、元の家へ戻って行くんだわ。
三好 いいじゃないか。それでいいさ。……君さえシャンとしていれば、そして諦らめないでネバリ強くやって行けば、その内、なんとかなる。……どこへ行っても大概似たようなもんさ。……凡々として、その日その日の塵や泥の中を、こねくり返して、やって行くのさ。それでいいんだよ。
登美 ……なさけ無いわ。
三好 なさけ無くったって、かまわんよ。
登美 いえ、私の言うのはね、そんな周囲のイヤな事もだけど、それよりも、私自身のこと。……これまで私、チットは人より頭も良いし、生きて行き方に就ても多少は新らしい理智と言ったようなものも持っている人間だと自分で思っていたの。……それが、まるっきり自惚れ。……そんなもの結局なんにもなりはしない。ただ要するに平凡な、馬鹿な、道に迷っている一人の女に過ぎなかったのよ。やっと近頃それに気が附いたわ。
三好 いいさ、俺あ、むしろ、それに賛成だよ。君はもともと大変良い子だよ。僕は好きだ。しかし、ふだんから、君の中にある新しがりやの[#「新しがりやの」は底本では「新しがやりの」]、変に高飛車な所だけは好かん。そこに君は自分で気が附いたんだ。いいじゃないか。……人間ふだん何でも無い時は、いくらでも高飛車な事を言って居れる。しかしイザと言う場合に、ホントに自分を支えてくれるものは、大概、外部から見れば平々凡々たる単純なことだ。現に女房が死んだ時に俺を支えてくれたものは「神」の観念だった。……兵隊が死にぎわに、「天皇陛下万才!」と叫ぶそうだ。中には「お母さん!」と言って死ぬのも居ると言う。……俺にゃ近頃、そいつが身にしみる程よくわかる。そいつが嘘もかくしも無い自分だよ。ホントの自我だよ。……俺達は、その他の物からは逃げようと思えば逃げ出すことが出来る。しかし自分、自我からだけは逃げられん。これが、俺達に与えられた全部だ。そして、こいつは、ただの一刹那せつなだ。良くも悪くも、その時その時にすっぱだかになって、アッと思って、やって行くきりだ。ベストを尽せば、人間の事は終る。裏切られたって、うっちゃられたって、醜い事を見せつけられたって、いいじゃ無いか。それも亦、めでたき人生の一部だ。元気を出せ。
登美 三好さんこそ、元気を出しなさい。なんなの、その恰好。今にもぶっ倒れそうよ。
三好 フフ、倒れるかな? しかたが無いじゃないか。(二人は互いに憐れむような顔をして微笑し合う)
(そこへ、韮山正直が、ひどくキョトキョトしながら下手奥から出て来る。いつの間に玄関に行ったのか、手に自分の靴を下げて来ている)
韮山 やあ、……(言いながら、奥を気にしながら、縁側に出て、手早く靴を穿きにかかる)
三好 どうしました?
韮山 いやあ、チョットな……(靴を穿き終って庭に降りる)
三好 本田さんとかは?
韮山 私は、これで、今日は……(エヘラ笑いをしてソソクサと歩き出す)
三好 え? 帰るんですか?
韮山 堀井さんには、いずれ又……。
(そこへ、顔色を変えた本田一平が、奥から走り出して来る)
本田 韮山さん! 韮山さん! どこへ行ったね、韮山――(その声を聞くや、韮山はアワを食って駆け出そうとしたトタンに庭石にけつまづいて、モロに転ぶ。もがいてはね起きて、ソソクサ走り出しかける。それを見るや本田は、いきなり、足袋はだしで、縁側から横っ飛びに飛び降りて行き、韮山にむしゃぶり附く)野郎、逃げるか!
韮山 ワァ! 痛いっ! 痛いがな! これ!
本田 人が、おとなしく話をしていりゃ、ナメやがって!
韮山 こ、こ、これ、乱暴な!
本田 はばかりに行くからって言うから、まさかと信用して此方は待っていりゃ……あんまり遅いから出て来て見ると、このザマだ! 話を中途にして逃げると言う手があるかっ!
韮山 そんな、そんな乱暴せんかて! なに、さらす!(二人、組打ちとなる)
三好 ……(登美と共に、アッケに取られて見ていたが、やっとの事で)どうしたんです? 全体、どうしました?
本田 どうしたも、こうしたも、この野郎! 人をナメやがって!
韮山 しゃあから、しゃあから、返さんとは誰も言うとらん! ただ、もう少し待ってくれと、これ程言うても、あんまり話がわからんよってに――。
本田 逃げるのか! よし、逃げて見ろ、野郎!(尚も二人取組合い)
三好 まあ、まあ……(思わず、縁側から飛び降りて来て二人を引分けにかかる。登美も縁側に出て来て見ている)
韮山 痛えっ! わても淀橋の韮山だ。逃げたりかくれたりはせんぞ!
本田 逃げたりかくれたりはせんと言う奴が、こうして、もう、とうに期限は切れているのに、しかも、私の方から何度も足を運んで行っている事を承知していながら、なんで逃げまわるんだ、此の狸め!(ピシリと韮山の頬をなぐる)二三日前から、私は、手前の家をはじめとして、妾の家までサンザンお百度を踏んで、追いかけて歩いているんだ。それを、それを、こんな所に逃げ込んで、シャーシャーとして昼寝なんかしていやがって――。
三好 まあまあ、そんな乱暴なことをしなくたって、おだやかに話しをすれば――。
韮山 (なぐられた頬を撫でながら)だれもシャーシャーとなんぞして居らん! 眠うて眠うてならんから、ツイ知らん間に眠っていただけや。
三好 全体、どうしたんですか?
本田 いやね、先程から、もうサンザン話をして、口がすっぱくなる程言っても、この人にゃわからんのですよ。大体、此の男には誠意と言うものが、まるで無い!
三好 誠意か……(朝の内、堀井博士に就て韮山が自分に対して言った事を思い出し、妙な気特になり、ゲッソリして手を引込める。本田と韮山の叩き合いはいつの間にか、やんでいる)
韮山 だから、いくらそんな風に言われても、無い袖は振れんと、先程から、私はこれ程言うてるやないか! 此処の堀井博士が金を返してさえ呉れれば、たかが千や二千、たった今でも返すからと、これ程言うても、あんたが――。
本田 それがいつの事だか、わからんから、それじゃ、証書を書き換えろと言っているんだ。それが、いやなら、君の方の、この家に対する債権を僕が肩代りをしてこの家の処分は私の方でしようじゃないかと言っても、ウンと言わん。あれも、これも、いやだいやだで、それで、私の方の立つ瀬が有ると思うのか!(落ちている手カバンを拾い、草履を穿く)
韮山 そないな事言うたとて、あんたの方から、わしが借りている金はスッカリで八百円ですぜ。わしの此の家に対する債権は八千円にチョット足りない位じゃ。それを、いくらなんでも、肩代りすると言うても、ケタが違い過ぎる。法外も無い――。
本田 しかし、あんたの八千円と言うのも、いづれ、利に利が積んで十倍にも二十倍にもなった金でしょうが? いづれ最初は五百円か六百円だろう。ところが、私があんたに融通した金は、現金で五百円ですよ。それを忘れて呉れちゃ困る。(三好はヤット事情がのみこめて、あきれてしまい、引きさがって、庭石の上に腰をかけて二人を見ている。登美も、ニヤニヤしながら縁側から見物している)
韮山 忘れやしませんがな。しかし、もう少し待ってくれとわてがこれ程言うているのに、あんだけ手広く事業をなさっている弁理士の本田一平さんともあろうもんが、そればっかりの金でそんなに――。
本田 そいつは御同様でしょう。私の方も、去年以来、の方でサンザンなんだ。あっちこっちで、振出した手形の期限が次から次と追って来ている。これが落とせないとなると、なんしろ相手は銀行だから、イナヤは無い――。
韮山 わかっています。それは百も承知している。出来ることなら、わしも何とかしたい。したいけど、何度も言う通り、無い袖は振れまへん。千や二千の金、わての所に無いと言うと、信用でけんかも知れんが、正真正銘、おはずかしながら[#「おはずかしながら」は底本では「おはづかしながら」]、ホンマの話が、此の半月ばかり、五百とまとまった物が無いのです。しゃあから、ここの博士が返して呉れたら、あんたの方も何とかするつもりで、実はこないだ中から血まなこになって夜もロクロク寝とらん言うのが、ホンマにイツワリの無いとこだす。
本田 イツワリの無いとこか何か知らんが、そちらにそれだけの誠意さえ有れば、白山や大塚に出している待合あたりからでも、それ位の金のひねり出せん法は無いでしょう。
韮山 (ベソを掻いたように笑って)冗談もんでしょう。あこいらが、二重三重とガンジガラメに、もう、金になる程のドンヅマリまで[#「ドンヅマリまで」は底本では「ドンズマリまで」]、しばり上げられている事を御存じ無いから、そんな事がおっしゃられる。アハハ。……なあ、本田さん、韮山とも言われた奴が、なさけ無い言い草じゃが[#「言い草じゃが」は底本では「言い草ぢゃが」]、ホンマに、ここいらに枝ぶりの良い木でも有ったら、ぶらさがってしまお思うている位だすぞ。(とその辺を見まわし、丁度本田から詰め寄られてその傍まで来ていたユスラ梅の枝に無意識に触って見ている[#「見ている」は底本では「見てゐる」])ハハ。……(三好を眼に入れて)なあ、あんた、ええと……(名は忘れてしまったらしい)
本田 ……(これも少しボンヤリして)すると、全体、どうすりゃ、いいですか? そんな事言われても――。
韮山 だから、もう少し……(言いながら、半ば無意識にちぎり取ったユスラ梅を見て)こら、綺麗だ。(ポイと口に入れる)うむ。……(噛みながら、又ちぎる)
本田 ……(これもユスラ梅を一つちぎって口に入れる)……だが、すっぱいな。(顔をしかめながら、又ちぎって口に入れる)
韮山 すっぱい。……(次から次とユスラ梅をちぎっては口に入れる)
(三好は石に腰かけたままボンヤリそれを見ている。登美も縁側に坐って、黙って見ている。……断続する三味線の音。……本田も韮山も、殆んど無心になったように、セッセとユスラ梅をちぎっては口に入れ、そのたねをペッと吐きペッと吐きしている。……間)
韮山 そいで……(言いながら、ヒョイと本田を見る。〔顔を〕しかめながらユスラ梅をちぎっている本田。韮山、それを見すまして、いきなり下手の庭口の方へパーッと[#「パーッと」は底本では「パーツと」]走り出す)
本田 あ!(ギクンとして、これも韮山を追って走り出す)また逃げるかっ! こら! 待てっ! 韮山! この野郎!(叫びつつ、脱兎の様に木戸口を飛び出して行く韮山を追って消える。これは殆んど一瞬の出来事である)
(アッケに取られて、その方を見送っている三好と登美……)
登美 ……(次第に笑いがこみ上げて来る)フフフ、フフ……。
登美 フフフ……。
三好 なあんだい。フフフ……。
登美 行っちゃった。フフフ、フフ……。
三好 フフ……(むやみと、おかしくなって、腰をかけて居れず、立上って、フラフラ歩き出し、声を殺して笑いながら、ユスラ梅の方へ)
登美 アッハハハ[#「アッハハハ」は底本では「アツハハハ」]、ハハハハ。
三好 フフ……(ユスラ梅をちぎって[#「ちぎって」は底本では「ちぎつて」]口に入れる)なるほどすっぱいや[#「すっぱいや」は底本では「すつぱいや」]。……アッハハハハ、フフ、アッハハハ、アッハハハ……(笑いが止まらない)
登美 ホホホホ、ホホホホ……(これも笑いが止らず、苦しそうにして、編みかけのレースで顔を蔽うて縁側に突伏して笑っている)
三好 アッハハ、ハッハハ (ユスラ梅をちぎって噛む)いいよ! いいよ! いいじゃないか[#「いいじゃないか」は底本では「いいぢやないか」]! なんて事あ無い! 枝ぶりの良い樹かあ。
登美 ク、ク、クク……(縁側に突伏した笑い声が、いつの間にか、次第に泣き声に変っている。肩が波を打っている)みんな、みんな、みじめだわあ。
三好 どうした、登美? アッハハ、いいんだ、いいんだ、泣く奴があるか! みじめな事あ無いさ。みじめであっても無くっても同じ事さ。面白いじゃないか[#「面白いじゃないか」は底本では「面白いぢゃないか」]。みんな追っかけられてる。堀井さんは韮山に、韮山は本田に、本田は銀行に。そいで、それぞれ又別の奴を追っかけてる。佐田も、そいから君も、そいから俺も……ええと、俺もかな? いや、俺が一番ドンヅマリの終点かな。とにかく、なんにも持ってない俺が一番楽なようだ。フフフ、枝ぶりの良い樹は無いか? 少し俺もぶらさがりたくなった。
登美 (泣き声を上げて)三好さんの馬鹿! 三好さんの馬鹿! 三好さんの馬鹿!
三好 ハハ、馬鹿でもいい。馬鹿でいい。馬鹿は、死ななきゃ、治らない――と。馬鹿でいいんだ。……ありがたい!(深く頭を下げ、何かに向って二度も三度もお辞儀をする)ああ! 日々、好日! ありがたい。良い天気だ。……(いつの間にか、頬に涙がタラタラと流れ、光っている)
登美 なさけ無い! みじめだわ! なさけ無いわあ!
三好 なさけ無い事あ無い! ハハハ、なにを泣く?
登美 馬鹿よ!
三好 俺が馬鹿なら、君も阿呆だろ。いいさ。昔、ほとけ霊鷲山りょうしうざん[#ルビの「りょうしうざん」はママ]にいましき、と言う奴だ。……そら、お袖さんが鞍馬山をやり出した。(なるほど、上手奥で鞍馬山の最初の部分の大薩摩が、殆んど三味線の糸が切れんばかりの烈しさで鳴り出している)……(三好、無意識に左手で顔の涙をブルンと拭いて、気が附くと、レース編みの編み棒をまだ握っている。びっくりして見ていたが、それを握りしめて、自分の左の太腿の上からグッと突き立てる)ツ!
登美 何するのよう、馬鹿!(また泣き出す)
三好 ……(その編棒をポイと植込みの方に投げ捨ててスタスタ縁側の方へ行く)……痛え、やっぱし。……登美、君は、あっちへ行ってて呉れ。
登美 どうするの?
三好 チョット、書きたいんだ。(足の塵をはたいてから上へあがる)これを書く。
登美 これ?
三好 これさ。……日々、好日。日々、これ、好日だ。……なんでもいいから、あっちへ行け。邪魔だ。(机の前にキチンと坐る)
登美 三好さんの馬鹿野郎!(言い放って縁側を廻ってドンドン上手へ立去って行く)
三好 ……(机の上の原稿を見詰めながら、無意識に左手が煙草入れの方へ行く。しかし、その手が中途で止り、しばらくジッとしていたが、そのままの姿勢で、キチンとお辞儀をした額が机に附かんばかりになる。……お辞儀を終って、そのまま坐って原稿紙を見ている)
 (叩きつけるような鞍馬山の三味線が、音量一杯に鳴り渡って来る。それを聞くともなく聞きながら坐っている三好。……オルゴールが三味線に変っただけで、全部が[#「全部が」は底本では「 全部が」]第一場の幕開きと同じ情景である)
 (庭の樹々に陽が照り、明るく、静まっている)
(終わり)
(昭和十六年六月作)

底本:「三好十郎の仕事 第二巻」學藝書林
   1968(昭和43)年8月10日第1刷発行
※〔 〕内は、底本編集委員による加筆です。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:伊藤時也
校正:及川 雅・伊藤時也
2009年6月6日作成
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