記憶をたとへてみれば
記憶は雪のふるやうなもので
しづかに生活の過去につもるうれしさ。

記憶は見知らぬ波止場をあるいて
にぎやかな夜霧の海に
ぽうぽうと鳴る汽笛をきいた。

記憶はほの白む汽車の窓に
わびしい東雲をながめるやうで
過ぎさる生活の景色のはてを
ほのかに消えてゆく月のやうだ。

記憶は雪のふる都會の夜に
しづかな建築の家根を這ひまはる
さびしい青猫の影の影
記憶は分身のやうなものだ。

底本:「萩原朔太郎全集 第三卷」筑摩書房
   1977(昭和52)年5月30日初版第1刷発行
   1986(昭和62)年12月10日補訂版第1刷発行
入力:kompass
校正:小林繁雄
2011年6月25日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。