この名前は、昭和十年ごろ、私が勝手につけたもので、てんぷらのようであって、てんぷらとも違うものだ。てんぷらより簡単にできるし、腕前がなくてもたやすくできる現代的な料理で、存外美味い。日常の料理にもなり、よそゆきの料理にもなる、便利な中国料理に似たものだ。
 材料は、なるべく軽いさかなを用いるのがよい。例えば、いさき・えび・たい・さわら・すずきのようなさかなである。まぐろとか、ぶりのような脂っ濃いものは適しない。白身のさかなを選ぶがよい。言うまでもなく、えびなどはいつの時期でも適している。つくり方としては、まず指の通らぬほどのかたさに水溶きした葛を衣にして、充分煮立った油でカラリと揚げるのだ。だしはてんぷらのそれと同じように、比較的かためにつくった葛の汁に、橙かレモンを入れて酸味をつける。この葛だしの中に揚げたさかなをちょっとつけ、それを食器に形よく盛る。揚げものに、すりしょうがを少し添えると、匂いもよく、風情もととのう。見かけは中国料理に近いものだが、中国にはこの種のさかながないので行われていない。似たものにこいを使ってやるのはあるが、こんな美味い琥珀こはく揚げはできない。
 琥珀とは松やにの化石のことを言うのであるが、私の琥珀揚げは色の美しさがそれに似たところがあるので名付けたのだ。琥珀揚げは家庭でも立派な料理になる。
 ついでに葛のことを言うと、今日市場や店舗で、葛と書いて細長い袋に入れて売っているものは、馬鈴薯澱粉なので、すぐ水にもどってしまう性質がある。ほんとうの葛、片栗だと、美しくもあるし、水にすぐもどったりしないから、でき上がったものが美味である。馬鈴薯の澱粉は客料理には禁物である。九州の窮介きゅうすけ、吉野のくず山中やまなかの片栗というような本場ものでやると、料理も完全なものになる。そんな葛も築地の珍味店に行くとある。
 ついでながら、油のことも申し上げよう。油は胡麻油の枯れたのがよい。オリーブ油は物足りない。大豆の油は無味に等しく、まるっきり美味くない。ふつう市場で、てんぷら油として売っているのは、大豆油である。かやの油は特徴があって寒中でも凍らないから、胡麻油に何分かまぜると、胡麻油のあくどさを中和することもできる。かやの油ばかり用いると、軽かったり、渋かったりで、味が全うしない。結局、胡麻油が一番よい。胡麻油の新しいのは、プーンと多少鼻につく刺激臭があるが、古いものになると、そうしたことはないから、古いものを選ぶ必要がある。
 玄人筋は、この古い枯れた胡麻油をたくさん買っておき、枯れたのから順々に用いているようだ。新しいのをチビリチビリと買って用いるようでは、美味いてんぷらはできない。かと言って、大概の家庭で油ばかりウンと買い込むこともできないだろう。その辺になんらかの工夫の余地がありそうに思われる。
(昭和八年)

底本:「魯山人味道」中公文庫、中央公論社
   1980(昭和55)年4月10日初版発行
   1995(平成7)年6月18日改版発行
   2008(平成20)年5月15日改版14刷発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2012年8月20日作成
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