勢猛き鼓翼の一搏に碎き裂くべきか、
かの無慈悲なる湖水の厚氷、
飛び去りえざりける羽影の透きて見ゆるその厚氷を。
この時、白鳥は過ぎし日をおもひめぐらしぬ。
さしも榮多かりしわが世のなれる果の身は、
今こゝを脱れむ術も無し、まことの命ある天上のことわざを
歌はざりし咎か、實なき冬の日にも愁は照りしかど。
かつて、みそらの榮を忘じたる科によりて、
永く負されたる白妙の苦悶より白鳥の
頸は脱れつべし、地、その翼を放たじ。
徒にその清き光をこゝに託したる影ばかりの身よ、
已むなくて、白眼に世を見下げたる冷き夢の中に住して、
益も無き流竄の日に白鳥はたゞ侮蔑の衣を纏ふ。
底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店
1962(昭和37)年12月16日第1刷発行
2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行
初出:「三田文学 六ノ一二」
1915(大正4)年12月
※著者名の原綴り「Stphane Mallarm」は、ファイル冒頭ではアクセント符号を略し、「Stephane Mallarme」としました。
入力:川山隆
校正:岡村和彦
2012年11月24日作成
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