あらすじ
道頓堀川の朝焼けが、夜の歓楽の名残をたたえた街を美しく染め上げています。しかし、宵っ張りの町々はまだ眠りから覚めていません。大阪の街を流れる道頓堀川は、まるでセーヌ川のように、人々の生活を潤しています。間もなく秋が訪れる、そんな大阪の朝の静寂を描いた作品です。
 川に張り出した道頓堀の盛り場は、仇女の寝くたれ姿のように、たくましい家裏(やうら)をまざまざと水鏡に照し出している。
 太左衛門橋の袂(たもと)。
 舟料理の葭すだれは、まき上げられたままゆうべの歓楽の名残をとどめている。
 宗右衛門町の脂粉の色を溶かしたのであろうか、水の上に臙脂(べに)を流す美しい朝焼けの空。
 だが、宵っ張りの町々は目ぶた重く、まだ眼ざめてはいない。
「朝は宮、昼は料理屋、夜は茶屋……」という大阪の理想である生活与件。そのイの一番に大切な信心の木履の音もしない享楽の街の東雲(しののめ)。
 瓦灯(がとう)が淡くまたたいている。
 私は、安井道頓の掘ったこの掘割に目をおとして、なんとなく、
 ――どおとん。
 と、つぶやく。そしてフッと
 ――秋(ドオトンヌ)
 というフランスの言葉を連想する。
 左様、巴里の空の下をセーヌが流れるように、わが大阪の生活の中を道頓堀川が流れているのだ。
 間もなく秋が来る。
了

底本:「ふるさと文学館 第三三巻 【大阪】」ぎょうせい
   1995(平成7)年8月15日初版発行
底本の親本:「安西冬衛全集 4」寶文館出版
   1983(昭和58)年
初出:「サンデー毎日」
   1952(昭和27)年8月
入力:大久保ゆう
校正:Juki
2016年3月4日作成
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