明治の初年のことであった。月の明るい晩、某と云う者が北の庄の大手のあった処を歩いていたところで、幾何往っても同じ処へ帰って来て、どうしても他へ往くことができなかった。そこでふと気をつけてみると、己の周囲には城の枡形らしい物の影が映っていた。大手の址はあっても建物も何もないのに枡形の映るは不思議であった。某は顫いあがって逃げようとしたが、どうしても枡形の外へ出られないので朝まで其処に立ちすくんでいた。
幕末の比、某と云う医師があって夜遅く病家へ往って帰っていた。それは月の明るい晩であった。其の大手を通っていると、戞戞と云う夥しい馬の蹄の音が聞えて来た。続いて鎧であろう金属の触れあうような音も聞えて来た。おやと思って見ると、騎馬武者の一隊が前から来ているところであった。
某は不思議に思ったが路の真中に立っていられないので、路ぶちへ寄って見ていると、騎馬武者の一隊は、其の前を粛々と通りすぎようとした。医師はどうした軍勢だろうと思って見ると、其の武者にはどれもこれも首がなかった。はっと思って眼を下へやると、それには何の影もなかった。
医師は驚いて家へ帰るなり、家の者を起してその話をしたが、しているうちに血を吐いて死んだ。それは柴田勝家の亡霊で、同地方では、それを見た者は死ぬと云われているものであった。
底本:「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」春陽文庫、春陽堂書店
1999(平成11)年12月20日第1刷発行
底本の親本:「新怪談集 物語篇」改造社
1938(昭和13)年
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2004年8月20日作成
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