あらすじ
「いろ/\の言葉と人」は、石川啄木が自身の言葉や人生観について深く考察した作品です。少年時代から抱いていた言葉への思い、特に「英雄」や「天才」といった言葉が、啄木の心にどのように影響を与えてきたのか、そしてそれらの言葉が持つ魔力と危険性を、率直な筆致で語ります。当時の社会状況や自身の心の変化を背景に、言葉の持つ力と人間の心の脆さを、繊細かつ鋭い視点で描写したエッセイです。
 少年の頃、「孝」といふ言葉よりも、「忠」といふ言葉の方が強く私の胸に響いた。「豪傑」といふ言葉よりも、「英雄」といふ言葉の方に親しみがあつた。そして、「聖人」とか「君子」とかいふ言葉は、言ふにしても書くにしても、他處行の着物を着るやうな心持が離れなかつた。
「豪傑」といふ言葉には、肥つた人といふ感じが伴つてゐた。私は幼い時から弱くて、痩せて小さかつた。同じ理由から高山彦九郎を子平よりも君平よりも好きではあつたが、偉いとは思へなかつた。私は彦九郎は背の高い男だつたらうと想像してゐた。あの單純な狂熱家が少年の頭には何となく喜劇的に見えたのは主として其爲であつた。彦九郎が三條の橋に平伏して皇居を拜したと聞くと體が顫へて涙が流れた、と同時にひよろひよろとした長い體を橋の上に折り疊んだと思ふと、感激の中に笑ひの波が立つた。平伏した彦九郎の背が三尺もあつたやうに思へた。
「女」といふ考へが頭の底にこびり着くのは、男の一生の痛ましい革命の始まりである。十七八歳の頃から「詩人」といふ言葉が、赤墨汁インキのやうに私の胸に浸み込んだ。「天才」といふ言葉が、唐辛子のやうに私の頭を熱くした。髮の毛の柔かい、眼の生々した、可愛らしいセキソトキシンの中毒者は「無限」「永遠」「憧憬」「權威」などといふ言葉を持藥にしてゐた。それは明治三十五年頃からの事である。
 何方も惡魔の口から出たものには違ひないが、「英雄」といふ言葉は劇藥である。然し「天才」といふ言葉は毒藥――餘程質の惡い毒藥である。一度それを服んで少年は、一生骨が硬まらない。(明治四十二年十二月)

底本:「啄木全集 第十卷」岩波書店
   1961(昭和36)年8月10日新装第1刷発行
入力:蒋龍
校正:阿部哲也
2012年3月8日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。