昔、寺田(寅彦)先生が、よく「線香の火を消さないように」という言葉を使われた。
 大学を新しく卒業して、地方の中学校即ち今の高等学校などへ赴任する学生が、先生のところへ暇乞いとまごいに行くと、先生はどういうところへ行っても、研究だけは続けなさいとさとされた。「地方の学校へ行くと、研究の設備などは、もちろん少いだろう。研究費だってほとんどないだろうが、その気さえあれば、研究は出来るものですよ。設備や金がなくても出来る研究というものも、ありますよ。一番いけないのは、研究を中絶することなんだ。何でもいいからとにかく手を着けて、研究を続けることが大切です。一度線香の火を消したら駄目ですよ」
 特別に優れた人たちのことは別として、普通の意味での秀才でかつ真面目まじめな学生だった人が、いつの間にか、学問の世界から離れて行ってしまう場合がよくある。ところが大学時代は平凡な学生で、卒業後も十年くらいはほとんどうわさのぼらなかった人が、案外にいい研究者として、次第に学界の表面に出て来るような場合もある。
 そういう場合に、その原因とか、理由とかいうものを考えても、結論は出るはずがない。一々の場合について、条件は皆ちがうからである。運ももちろんあろうし、本人の本当の能力が、時とともに現われて来る場合もあろう。しかし千差万別の条件の差を超越して、普遍的に言えることが少くも一つはあるように思われる。それは、研究者として成熟した人は、線香の火を消さなかった人である。
 科学、たとえば物理学のような学問をやっても、皆が研究者になる必要はない。しかし科学をやった以上は、やはり研究者となるのが本筋であって、他の方面はいわば傍系である。もちろん教育は非常に大切であり、また科学行政のような仕事も、国家的見地から見れば、区々たる研究などよりも、もっと重要である。しかしそれにもかかわらず、本筋は何かと聞かれれば、やはり科学者の任務は研究にある。ということは、現在ばかりでなく、将来を含めても、言い得ることのように思われる。
 そういう意味で、寺田先生の「線香の火を消してはいけない」という言葉には、重要な意味があるような気がする。この頃になって、三十年も昔に言われた先生の言葉を、しみじみと思い出しているのには、わけがある。
 先年、二年あまりアメリカの研究所で仕事をして見て、日本とくらべてあまりにも研究能率の差があるのに、一驚をきっした。日本だったら、二十年かかる仕事が、アメリカでは二年で出来るのである。現在の日本の研究費および施設は、世界での「地方の高等学校」である。それなればこそ、われわれは線香の火を消してはならないのである。
(昭和三十年十月二十二日)

底本:「中谷宇吉郎随筆集」岩波文庫、岩波書店
   1988(昭和63)年9月16日第1刷発行
   2011(平成23)年1月6日第26刷発行
底本の親本:「百日物語」文藝春秋新社
   1956(昭和31)年
初出:「西日本新聞」
   1955(昭和30)年10月22日
入力:門田裕志
校正:川山隆
2013年1月4日作成
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