あらすじ
「従軍行」は、激動の時代を生きる男の心の叫びを力強く歌い上げる詩です。祖国のために命を懸ける決意、戦場に向かう高揚感、そして死を覚悟した覚悟が、力強い言葉で表現されています。戦火に揺れる時代、男たちはどんな思いで戦場に赴き、何を想うのでしょうか。
吾に讎あり、艨艟吼ゆる、
      讎はゆるすな、男兒の意氣。
吾に讎あり、貔貅群がる、
      讎は逃すな、勇士の膽。
色は濃き血か、扶桑の旗は、
      讎を照さず、殺氣こめて。

天子の命ぞ、吾讎撃つは、
      臣子の分ぞ、遠く赴く。
百里を行けど、敢て歸らず、
      千里二千里、勝つことを期す。
粲たる七斗は、御空のあなた、
      傲る吾讎、北方にあり。

天に誓へば、岩をも透す、
      聞くや三尺、鞘走る音。
寒光熱して、吹くは碧血、
      骨を掠めて、戞として鳴る。
折れぬ此太刀、讎を斬る太刀、
      のり飮む太刀か、血に渇く太刀。

空を拍つ浪、浪消す烟、
      腥さき世に、あるは幻影まぼろし
さと閃めくは、罪の稻妻、
      暗く搖くは、呪ひの信旗。
深し死の影、我を包みて、
      寒し血の雨、我に濺ぐ。

殷たる砲聲、神代に響きて、
      萬古の雪を、今捲き落す。
鬼とも見えて、焔吐くべく、
      つるぎに倚りて、まなじり裂けば、
胡山のふゞき、黒き方より、
      銕騎十萬、※[#「くさかんむり/奔」、U+83BE、470-14]として來る。

見よつはもの等、われの心は、
      猛き心ぞ、ひづめを薙ぎて。
聞けや殿原、これのいのちは、
      棄てぬ命ぞ、彈丸たまを潛りて。
天上天下、敵あらばあれ、
      敵ある方に、向ふ武士ものゝふ

戰やまん、吾武揚らん、
      傲る吾讎、茲に亡びん。
東海日出で、高く昇らん、
      天下明か、春風吹かん。
瑞穗の國に、瑞穗の國を、
      守る神あり、八百萬神。
――明治三十七年五月十日『帝國文學』――

底本:「漱石全集 第十二卷 初期の文章及詩歌俳句」岩波書店
   1967(昭和42)年3月30日発行
初出:「帝国文学」
   1904(明治37)年5月10日
入力:フクポー
校正:きゅうり
2019年12月27日作成
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