今日では温室栽培の向上によって、くだもの、野菜など季節がなくなってしまった。早晩、俳諧はいかい歳時記など書き改めねばならなくなりそうだ。とはいっても、やはりしゅんのものに越したことはない。
 あえてきゅうりにはかぎらないが、旬がうまいということは、今も昔も変わらない。
 しかし、促成野菜を味なきもののようにいうのは、促成野菜の価値を認識しない批評であって、促成野菜は、いわゆる旬のものにない味わいを持っている。従って、軽々に取り扱うのは考えものである。
 昔は旬のきゅうりという一つのものであったが、今日では促成野菜というものができて、きゅうりもなすも二種類になっているわけである。その他にも一が二になっている促成野菜というものは多種多様に発明されている。
 従って促成と季節と楽しみは二つにふえているわけである。
 ところできゅうりはまっすぐなのがよく、ひょうたん形のものはまずい。総じてよいきゅうりは形が平均している。真盛りになると、大きくなっても種がないうちはうまいが、種ができるように成長してしまっては落第である。一般に、温室など利用して作った小さなきゅうり、俗に初物はつものと呼ぶような出たてのきゅうりで、料理屋などで使うのは、小さなのがよい。これは贅沢なシャレた食べ物の場合だが、いいきゅうりの漬けものを賞味しようと思ったら、やはりあとさきのそろったものを選ぶべきだ。
 漬けものの漬かり加減は非常にむずかしく、気候とぬかみそ漬けの置き場で、漬かり方の速度に非常な差異ができるから、その点、注意深く心がける必要がある。不精して漬け過ぎると、きゅうりはすっぱくなるから、いい加減の時にぬかみそから取り出しておく。取り出しておいても味は急に変わらない。そのまま漬けておいたのでは酸っぱくなってしまう。ちょうどいいと思える時に取り出して、ぬかのついたまま包み、冷たいところに置いておく。そうすれば二、三時間ってもうまく食べられる。そのわけは塩が中まで浸潤していかないので味が変わらないからである。
 そういったコツは、万人の苦労の集積から生み出されたものであろうが、そのコツを会得し、利用することはよいことである。しかし、なすの場合は出すと、間もなく色が変わるからそういうわけにはいかない。出し置きの利かないなすは、適当な時にぬかみそから出して食べることだ。

底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所
   2008(平成20)年4月18日第1刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
   1993(平成5)年発行
初出:「星岡」
   1933(昭和8)年
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年12月3日作成
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