あらすじ
北大路魯山人は、自ら陶器を作りたいと強く願うようになり、昭和二年四月、ついに鎌倉に窯場を築きます。それ以前は、他人の窯場で制作し、自身は絵付けをしていました。しかし、それでは自分の理想とする陶器は作れないと悟り、自ら窯場を構える決意をしたのです。
自分の手で全てを作りたいと願う魯山人は、古陶磁器を研究し、その精神と本質を理解しようと試みます。しかし、現代の材料や技術では、古陶磁器の持つ深みや味わいを再現することは難しいと感じ、行き詰まることもありました。それでも魯山人は、生涯陶器作りを続ける覚悟を決めます。
古窯の視察、原料土や釉薬の採取、古瀬戸の窯跡の発掘など、魯山人は陶器への探求心を燃やし続け、数々の経験を重ねていきます。そして、自らの作品を通して、製作意図や材料、技法などを語り、陶磁器の製作と鑑賞に関する知識を深めていきたいと願うのです。
 私が陶器を自分で作る気になり、窯を自分の家に築き始めたのは昭和二年四月であり、窯が出来て第一回の製作を了り、初窯を試みたのはその年の十月の七日であるから、まだ至つて日の浅いことである。自分の家に窯を持たなかつた以前は、京都で宮永東山氏の窯場、加賀では山代の須田菁華氏の窯場を主とし、時には山中の永寿窯、大聖寺の秋塘窯、尾張赤津の作助氏の窯などに於て、自分好みの生地をつくらせ、それに自分で上絵を描き、主として食器類をこしらへ試みてゐたのである。
 処が他人の作つて呉れたのに自分が模様を描くといふのでは、個々の相違からと、鑑賞力の相違からとで、とてもしつくりと行かない。そこで、これは自分で何から何まで一通りやらねば本格でないといふ事がわかり、意を決して遂に鎌倉の山崎にささやかな窯場を設けるに至つた。さて窯場を設け、助手を使つて研究にかかつて見るといよいよ面白くなつて来たと、手を打たずには居られないことになつて来た。併しその半面に於ては、それは又益々むづかしい事になつて来たのだと嘆息せざるを得なかつた。
 一体私の製作上の狙ひといふものは、すべてこれを和漢の古陶磁器の優秀作品の上に置いて居た。明代の染付や赤絵は言ふに及ばず、朝鮮物、日本物、その何れであつても、要するに徳川中期以上鎌倉時代ぐらゐまでの物を自分の好み得られる対象とした。しかし自分は擬古的にその皮相の追求を企てようとしたのではない。即ちどこ迄も内容的に、その本質と精神とを狙ひたいと思つたのであつた。
 処が其後の経験により、今日の窯の造りと、そして其の材料とでは、到底昔の作品の持つうまい味はひといふものを現出する訳には行かないことが確実になつた。かくて自分は、ある場合には実際途方に暮れた。が又その一方には案外に面白い事もあつて、今日ではこの陶器製作は愈々生涯止められぬ宿縁だといふ覚悟をしてしまつてゐるのである。
 かうした間に自分は朝鮮の古窯の視察を思ひ立ち、京城以東、釜山以西を歩き廻つた。鶏竜山その他数十ヶ所に於て原料土や釉薬の採取も行つた。或は尾張の瀬戸三十六窯と称される古代の窯跡の最初の探査発掘をしても歩いた。信楽に陶土の採取をやつたのも何回かであつた。近くは美濃の久々利村の山中に志野焼の破片を見付出し、それを便りにその窯跡の探査を進め、遂に四五ヶ所の志野古窯を発見し、更に初期古織部の釉跡の発見にまで進んで、所謂古瀬戸の隠れてゐた種々相を発見した。又九州の唐津附近に於ては、古唐津、岸岳及原料土を採取した等、これらの総ては自分のこの道に対する勉強心と興味とを極度に誘つて呉れた。尚此他に微力ながら参考品としての古陶磁の蒐集にも幾分其の歩を進めた。
 斯様な訳で、ここ数年間窯場に居る限りは土をいぢり、轆轤を廻し、筆を舐め、窯の火を焚くなど、自分の心持一杯の程度に、製作上の努力を為し続けた。
 そこで私ははなはだ僭越ではあるが、自作品の中から百点だけをここに写し出してその一つ一つに製作の意図、材料と技法との関係、焼上がり後の感想等を併記し、更に古人のいはゆる秘法とか秘伝とかに就いても、私の経験した範囲に於て出来るだけそれを打開け、是によつて陶磁に関する製作上の知識や、鑑賞上の趣味性能やを、もつともつと真剣に深めて行きたいと思ふのである。
(昭和七年 原文のまま)

底本:「魯山人陶説」中公文庫、中央公論新社
   1992(平成4)年5月10日初版発行
   2008(平成20)年11月25日12刷発行
底本の親本:「魯山人陶説」東京書房社
   1975(昭和50)年3月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:木下聡
2020年4月28日作成
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