あらすじ
月下浣の夜、岩根から滴る水滴に包まれ、熟れきった茴香の香りが漂います。そこには、姉妹の姿がありました。秋の木々は骨立ち、冷酷な自然の中で、茴香は一人、悩みを抱えています。それは、まるで優婆夷のように静かに、しかし深く、切ないものです。そして、飢えた赤蟻が這い寄る湿り地に、茴香は優しげな顔で寄り添います。その姿は、まるで弘誓の如く、慈悲深く、力強いのです。
なが月(つき)下浣(すゑ)の日のゆふべ、
山下(やました)岩根(いはね)垂る水の
玉のしづくに核(さね)ぐみて、
かつ熟(う)みこぼし斎(いは)ひつゝ、
風(かぜ)に額(ぬか)づく茴香(うひきやう)の
あゝ姉妹(おとゞび)の二人もとよ。

化石(くわせき)もすらむ秋(あき)の木(き)は
骨立(ほねだ)ち強(ごは)に呼吸(いき)つまり、
天つ御法(みのり)のおん宣告(つげ)に、
拗(す)ねては、櫨(はぢ)も葉こそ縒(よ)れ、
孕婦(はらみめ)ながら茴香(うひきやう)は
優婆夷(うばゐ)か、悩(なや)む色(いろ)もなし

伴(つれ)にはぐれし赤蟻(あかあり)の
飢(う)ゑて足(あ)悩(な)ゆむ湿(しめ)り地(ぢ)に、
憐(あはれ)み顔(がお)のおとどひは
茎(くも)[#ルビの「くも」はママ]も軟(なよ)らに額(ぬか)づきて、
手弱腕(たよわがひな)にそと乗せつ、
弘誓(ぐせい)もさこそ、あゝ茴香(うひきやう)。
了

底本:「沖縄文学全集 第1巻 詩」国書刊行会
   1991(平成3)年6月6日第1刷
入力:坂本真一
校正:フクポー
2018年5月27日作成
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