あらすじ
真夏の午後の日差しが射し込む、静かな庭。そこには、苔むした石にひっそりと咲く鳩酢草の姿があります。命を宿し、実を結び、そして夜を待ちながら、小さな草は懸命に生きています。その姿は、病に伏せ、静かに時を過ごす「予」の心と重なり、風や小雨に包まれた庭で、共に一日を終えようとしています。
真夏(まなつ)の午(ひる)の片日向(かたひなた)、
苔すこし泥(ひぢ)ばみ青む捨石(すていし)に、
鳩酢草(はとかたばみ)は呼吸(いき)細(ほそ)う雫(しずく)に湿(うる)ひ
実(み)を持(も)ちぬ、かつ喘息(あへ)ぎつゝ。

そのかみ誰(た)れに小(ちひ)さなる
性(さが)は得(え)て、また誰(なれ)恋(こ)ひて、その熟実(うみみ)、
かつこぼし、かつ夜(よ)を待(ま)ちて、
いづ方(かた)へ精進(さうじ)の魂(たま)ぞ。

鳩酢草(はとかたばみ)はえも知らず、
捨石(すていし)に。――小雨(こさめ)のあとの風(かぜ)いきれ、
木々(きゞ)みな死(し)ぬと泣(な)く庭(には)に、ひとり静(しづか)に
おほどかに夢(ゆめ)に入るさま。

蚊帳(かや)を繞(めぐ)れる名香(みやうかう)に、
手枕(たまくら)も頬(ほ)もひた痩(や)せて病める身の
予(よ)は横臥(よこふ)しぬ。心こそ、鳩酢草(はとかたばみ)の
魂(たましひ)にさながら似たれ。

風(かぜ)また薫(くゆ)り小雨(こさめ)しぬ。
鳩酢草(はとかたばみ)も、予(よ)も一日(ひとひ)
天地(あめつち)に幸福(さいはひ)ありき。
了

底本:「沖縄文学全集 第1巻 詩」国書刊行会
   1991(平成3)年6月6日第1刷
入力:坂本真一
校正:フクポー
2018年6月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。